お茶碗を買いに行こう その1
それは昨日の夜のこと。
俺と凪と花音は、いつものように夕飯を食べていた。
が。
運悪く手がすべり、花音のお茶碗が割れてしまった。
元々、俺のお茶碗は端が欠けていたし、凪は今年から居つくようになったから凪のお茶碗は適当にしまってあったもの。
ということで。
せっかくだから、三人で新しいお茶碗を買いに行くように、お母さんに言われたのである。
「あんまり高いのじゃなければなんでもいいからね」
お父さんは笑いながら、
「凪なんかお調子に乗ってでっかいのにしそうだな。ははは」
「ぼくはそんなことしないよ。持ちやすい大きさのお茶碗にしておかわりするさ」
やれやれと肩をすくめる凪だが、それじゃあ食いしん坊だと言われた弁解になってない気がする。
まあ、それはさておき。
俺たち三人は、そんなわけで、お茶碗を買いに来たのだ。
やってきたお店は、大型スーパー。
ここなら一通りなんでもそろう。
食器類が売っているコーナーへ行くと。
お茶碗がたくさん売っていた。
柄や形など、いろいろなものが置いてある。
俺と凪と花音が三人で歩きながら、
「どれも可愛いと思うけど、いまいちピンとこないなー」
「ぼくも個性的なものが欲しいんだけど、どれも文挟だな~」
凪が意味不明なことを言っているから花音が首をかしげた。
「ハサミ?」
「違うよ、文挟さ」
と、凪が答える。
これについては全面的にうちの父が悪いので、俺から説明してやる。
「文挟っていうのは、栃木県にある日光線の駅名だよ。上り方面から見ると今市駅より手前にあるから、『いまいち』より微妙って意味で、『これは文挟だな』ってお父さんがおもしろがって言ってたのを、凪が真似したんだ」
「えー。なんかくだらない」
花音は笑いもせずに言った。
「そんなこと言っちゃいかんよ、花音ちゃん。お父さんはそのギャグを言っても、誰にも笑ってもらえないんだ。可哀想だからぼくが伝道者になってやることにしたんだ」
伝道者になった割に、凪がそのギャグ言うのを初めて聞いたけどな。
「ていうか、すべったギャグを伝道するはやめてやれ。可哀想だと思ったんなら、お父さんがそのギャグ言ったときに笑ってやれよ。おまえあのとき真顔だったじゃないか」
「それはそれ~」
凪はふらりとした足取りで自分のお茶碗探しに向かった。
「じゃああたしも探すー!」
花音も凪に続けてふらりとお茶碗を探しに行った。
凪が振り返って俺たちに言った。
「それぞれ気に入ったのを探して、あとで見せ合いっこだからね~」
さて。
俺はゆっくり見て回るとするか。特別変わったものでなくてもいいし、長く使えそうなものにしたいな。
これまで使っていたのと比べてどうとかこだわりはないので、とりあえずゆっくり吟味してゆく。
すると。
「あ、開くん。偶然だね」
声をかけられた。
相手は、浅見羽衣。
探偵事務所の隣に住む俺のクラスメートである。どこにでもいるような普通の女子高生だ。
「うん、偶然だね。なにか買いに来たの?」
「そうだよ。マグカップを買いに来たんだ。いつも使ってたお気に入りのマグカップが割れちゃって」
「そっか」
「開くんは?」
「俺はお茶碗をね。凪と花音もいっしょだよ」
浅見さんはぐるりと見回して、
「へえ。凪くんと花音ちゃんもいるんだね。三人共仲良しでうらやましいなぁ」
「別にそんなんじゃないよ。たまたまタイミングが合っただけ」
と、俺は苦笑してみせた。
浅見さんはにこにこしながら言った。
「わたしのお茶碗はね、小学生のときに買ってもらったものなんだ。もうだいぶ古いし、せっかくだからお母さんに頼んでわたしも新しいの買ってもらおうかなぁ」
「いいね」
てことで。
「わたしもいっしょに見てもいいかな?」
「うん。どうぞ」
「ありがとう」
こうして浅見さんもいっしょにお茶碗を見ることになった。
途中で凪と花音と遭遇した浅見さんは、二人ともいっしょに見て回ったりして、楽しそうにしていた。
花音は湯呑みを見て、ぽつりとつぶやく。
「そういえば、どうしてお茶碗って、お茶を飲む物じゃないのにお茶碗って言うの?」
これには凪が答える。
「変な話だよね。飯を食べるんだから飯碗でいいのにってことだろ? 実際、飯茶碗とはいまでも言われているが、一説によれば、話は室町時代までさかのぼるんだ」
「それっていつ?」
いつはないだろ、中学生よ。
「まあ、かなり昔って思えばいいよ」
おまえもかなりざっくり適当だな、凪。
「うん」
と、なんの疑問も持たずにうなずく花音である。
「当時、食事は一日二食。主食を大きな器で食べるだけ。いまでいうどんぶり飯だね。それが桃山時代から食生活も変わってきて、料理の種類、おかずの種類が多くなった。と、同時に。一日三食になったのさ」
へえ。その頃から一日三食だったのか。まったく、凪はどうしてこう無駄知識ばかり豊富なのだろう。
「ご飯もいっぱいにするのではなく、調節するようにもなって、どんぶり飯では器も大きくなってしまった。そこで、お茶を飲むためのお茶碗が、おかわりしたりとご飯用にちょうどいいサイズだってことで、お茶碗をごはん茶碗として作るようになったんだね」
パチパチパチパチ。
花音と浅見さんが、人目も気にせず拍手している。
「さすが凪ちゃん、物知り~」
「すごーい。凪くんといると勉強になるよ」
凪は鎮めるように両手をのひらを向けて、
「ふふ。まあ、それほどでもないよ。ちなみに、ぼくが最近まで明智家で使っていたお茶碗は、100円ショップで五年ほど前に売っていたものだね」
「そんな余計なことは言わんでよろしい」
と、俺は肘で凪を小突いた。
「あはは。そうなんだね。100円ショップ、いいよね」
浅見さんが困った笑みを浮かべている。
しかし、知らなかったな。凪にそんなものを使わせていたなんて。まあ、俺としては結構どうでもいいことだけど。
しばらくして。
俺と凪と花音は集まった。
浅見さんは一度お母さんにお茶碗も買っていいか聞きに行っているらしい。
で。
俺は二人に言った。
「じゃあ、せーの、でね」
「わかってるよ! 見せ合いっこ楽しみ!」
「ぼくのが一番センスがあると思うけど、二人が選んだものも気になるしね」
花音と凪が了解して、俺たち三人は声をそろえて、
「せーのっ!」