夢が現実になった
俺はパッと目が覚めた。
「なんかいい夢見た気がする」
こういう日は本当になにかありそうな予感がするもので、俺は気分よくベッドから起き上がった。
でも、どんな夢だったっけ?
思い出そうとしても、いっこうに思い出せない。
いや、喉まで出かかっているんだけど、そのあとちょっとがどうしても出ないのだ。
ううむ。思い出せそうで思い出せない、なんてもどかしいのか。
そのとき、凪が俺の部屋のドアを開けた。
「おはよう~! 朝だよ~」
俺は凪を見て、
「もうっ、あとちょっとだったんだ!」
「は?」
と、凪は小首をかしげた。
お茶の間に歩いて行く。
一歩一歩と歩くたびに思い出せそうだったはずの記憶が薄れてゆくのは、まったくどうしてだろうか。これじゃあニワトリといっしょだ。まあ、千鳥足でないだけマシである。
「お兄ちゃん、おはよう」
「ああ、おはよう」
花音に朝の挨拶をされて返したけど、こうやってちょっとしゃべっただけでまた夢の残像すらかき消えそうな気配がある。
実際、そういうことって誰だってあると思う。
みんなはどうやって夢を思い出しているのだろうか。
「どうしたの? むつかしい顔して」
「花音って、見た夢を思い出せるほう?」
「あたしは覚えてること多いかも」
「むしろ、花音は予知夢を見るんだったね」
「うん。お兄ちゃんが受験に合格する夢を見たときが最初だったんだよ」
そこから覚醒したわけである。
これまでだって何度も花音の予知夢が的中した話を聞かされてきたので、俺だって花音の予知夢を信じている。
「お兄ちゃんだって予知夢見れるんじゃない? 兄妹だし」
「なんでも兄妹だから同じにいくわけじゃないよ」
花音は肩を落として、
「そうだね。お兄ちゃんと同じにいけばあたしだって勉強できるもん」
「それはおまえが勉強をしないだけだ」
しかし、本当に兄妹だからといって、俺は予知夢など見たこともない。夢が現実になる以前に、俺は夢を思い出せないのだから。
凪がまた人んちで朝ごはんを食べながら、
「開は見た夢を思い出したいのかい?」
「まあ、そうかな」
と、答える。
「なるほどねー。てことは、いい夢だったの?」
「確かね。そうだったと思う」
いい夢だったからこそ、思い出したいと思っているのだろう。
「好きな物が出てきたとか?」
「うーん、出てきたのかも」
「そうだ。ならさ、ぼくがヒントになりそうな物を次々に挙げていくよ」
「おお! やってみて!」
もう今朝見た夢の残像なんてなくなってしまった段階まできたので、これはよいきっかけになるかもしれない。
凪はスマホを取り出して、
「はい」
出されたのは、逸美ちゃんの写真だった。
しかもこれは、俺が持ってないショットの逸美ちゃんだ。
「開の好きな者」
「ちょっ! 凪っ!」
俺は凪からスマホを奪い取る。花音に見られなかったからいいけど、まったくなんてことをするんだ。
物と者で違うじゃないか。
凪はジト目で俺を見て、
「開、こっそり自分のところに送るなよ」
「いや、送ってねーよ」
まだね。
でも、なんだか思い出せそうだぞ。
確か、逸美ちゃんは夢に出てきた。
問題は、逸美ちゃんがどう夢に関わってきたのかだ。
考えていると、凪がまた別の写真を見せてきた。
「ほい」
今度はオカマの写真だ。
「おわぁ! 朝から変なもん見せんな!」
驚き過ぎてのけぞってしまった。
オカマの顔は眉が太くつぶらな瞳でぽってりした唇は赤く、ぽっちゃりしている。一昔前のアニメに出てくるオカマって印象だ。
「開、ハッキリ目が覚めた顔してるね」
「そんなん見せられたら目も覚めるわ! 誰だよ、このオカマ。なんでおまえがこんな写真持ってるんだ?」
凪は眉を下げて、
「そりゃあ、オカマの一人や二人は情報屋としてストックがないと」
こいつの扱っている情報の種類を疑うよ。
「それとも開は逆のほうがよかった?」
オカマの逆って、オナベか?
「逆も嫌だ!」
「わがままだなー」
と、凪が呆れたようにやれやれと手を広げた。
でも、なんか思い出しかけたぞ。
思いっきり頭を打たれたようなインパクトのおかげかもしれない。
なにか手がかりはないだろうか。
いまの会話で引っかかるワードがあったような、なかったような……。
「あっ! そうだ!」
俺は思わず声を上げた。
「お兄ちゃん、思い出した?」
「開、やったんだね?」
二人に見つめられるが、俺は視線をそらして、
「いや、その、昨日やっておきたかった勉強があったのは忘れてたなって。あはは」
と、苦笑いを浮かべた。
「なーんだ。つまんない」
「びっくりさせないでよね。ぼくだって忙しいのに」
「忙しいなら朝から人んちまで来るなよ」
凪につっこんで、俺は朝ごはんを食べて部屋に戻った。
実はさっき、今朝の夢を思い出したのだ。
――逸美ちゃんや鈴ちゃん、作哉くんにノノちゃん、もちろんうちの家族や凪もいて、みんなで楽しくお鍋を食べる夢だ。
こんな子供みたいな夢を見て、今朝はいい夢見たから思い出したいとか言ってたと知られたら笑われちゃうよ。
夢のことは一旦忘れて、今日は休みだし探偵事務所へ行こう。
そう思ってベッドで横になると、メールがきた。
逸美ちゃんからだ。
『実はね、探偵事務所に頂き物があったの。それもすき焼きセットよ~。高級の牛肉もあるの。早く教えたくてメールしちゃった。それも開くん宛よ。この前開くんが名推理で解決した事件の依頼人さんからなの。帰りに持ち帰ってね』
俺は即ありがとうと返す。
いざ探偵事務所に行ってみると、本当にお肉があった。すき焼き用のたれもある。
「開くん、これ持ってって?」
「サンキュー。でさ、せっかくだから、開の家でみんなですき焼きパーティーしようぜ」
「おい、凪」
俺は急に現れた凪に驚くが、すでに探偵事務所に来ていた鈴ちゃんと作哉くんとノノちゃんは笑顔になった。
「いいんですか? でもちょっと悪いような」
「マジかよ」
「ノノも食べたいです」
「わたしもいいの?」
逸美ちゃんに問われて、俺はうなずく。
「もちろんだよ! みんなおいでよ」
やったーと喜ぶ少年探偵団たち。
「元々探偵事務所でもらった物だし、山分けが基本だよね」
そう言う凪に、逸美ちゃんが、
「違うのよ。開くんが推理してひとりで解決した事件の依頼人さんからの頂き物だから、開くんの物なの~」
凪はいつもの飄々とした顔で、
「そうだったのか。悪いね、開。なんだか押しかけようとするみたいなこと言って」
「みたい、じゃなくてそうだろ。まあ、いいけどさ」
と、素っ気ないフリをして言った。
でも、本当は俺もみんなを誘いたかったし、凪には先に言われただけなんだけどね。
夜。
明智家では、みんなそろってすき焼きパーティーになった。
「みんな! じゃんじゃん食べろ」
「お肉もいっぱいあるからねー」
と、お父さんとお母さんが言ってくれて、花音も少年探偵団のみんなもモリモリ食べている。
「お兄ちゃんのおかげだねぇ」
花音がほくほくした顔でお肉を頬張る。
すき焼きパーティーが盛り上がっている中、ふと凪が俺に聞いた。
「そういえば、開が今朝見た夢って結局なんだったの?」
俺は小さく微笑んで言った。
「さあね」
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
1月2日は書き初め。
かきぞめと読みますが、読みを変えると書き始めとも書けますので、小説のほうも今日から書き始めにしたいと思います。
さて、今回のお話も初夢にかけて夢に関するお話にしました。みなさんはよい初夢を見られたでしょうか。
皆さまに幸多き一年になりますように。