当たる
『生きるとはすなわち、働くことだ』
お茶の間でテレビを観ているとき、芸能人がそんなことを言っていた。
それを聞いて、花音が困り顔でお父さんを見る。
「ねえ、お父さん。あたし働いてないから死んでるの?」
「はっはっは」
お父さんは快活に笑って、
「違うぞ。学生の本分は勉強だからな。花音は勉強を頑張ればいいんだ」
「えー!?」
驚く花音に、お母さんが聞いた。
「どうしたの? 花音ちゃん」
「だって、あたし勉強苦手だしあんまりしてないから、死んでるってことかなって思って」
すると、凪が花音の肩をぽんと叩いた。
「大丈夫さ。子供は遊ぶことが仕事。だからぼくたちは勉強をしてなくても、立派に生きてるってことになる」
「なるほど!」
納得する花音と満足そうにうんうんとうなずく凪を見て、俺はジト目でつっこんだ。
「いや、立派ではないだろ」
夕食後。
デザートにアイスを食べながら、テレビを観る。
「あ、ふぐだ。あたしふぐって食べた記憶ないかも」
テレビに映るふぐを興味深そうに眺める花音。
こんなとき、意外と物知りな凪が言う。
「ふぐは鉄砲って言われているんだ」
「へえ。なんで?」
「なんででしょう?」
凪に聞かれて、クイズが苦手なうちの家族はフリーズしてしまった。それでもみんな一生懸命考える。
まず、お父さんが言った。
「とげが鉄砲みたいに飛び出すからか?」
「ぶぶー」
と、凪が手でばってんを作った。
「口から水鉄砲を出す!」
お母さんがバシッと答えるが、凪はまたしてもばってんを作った。
「ぶぶー。それはテッポウウオだよ」
「じゃあ、ぷくーってふくれたあとしぼんだら、鉄砲みたいに細くなっちゃう!」
花音がそう言うと、凪がそれに対してリアクションする前に、ばあちゃんがぽつりとつぶやいた。
「鉄砲は食べられません」
なんの話をしてるんだ?
ばあちゃんはまたテレビを観て、あははと笑っている。
凪がばあちゃんから花音に目線を戻して、
「違うんだなー。開、わかる?」
今度は俺に水を向けた。
しかし。
「さあ。俺に当てられても」
「惜しいっ」
「え、なにが?」
凪の反応の意図がよくわからない俺に、凪がズバリと正解を言った。
「当たると死ぬから、鉄砲。ふぐは毒があるからね。弾に当たると毒に当たるをかけているんだよ」
「へえー。なるほど」
「凪ちゃんさっすがー」
花音とお母さんが感心した。
俺もこれはひとつ勉強になった思いがした。
翌日。
街中を凪と花音の二人と歩いていると、宝くじ売り場の前を通りかかった。
「あ、宝くじ!」
花音が指差す。
「よく当たるみたいだよね、あそこ」
俺がそう言うと、宝くじを買っていた五十代の夫婦が俺たちの横を通り過ぎ、その会話がちらっと聞こえてきた。
「よく当たるんだってな。ここ」
「そうそう。聞いてよ。田中さんちの息子、あそこの宝くじで当たって1億円! 余生はもう働かないって言ってるそうよ」
「まだ四十前だってのになぁ」
俺と花音が思わず会話に聞き入ってしまっていたとき、凪が腕組して言った。
「ほうほう。当たってしまったか。当たると死んだようなもんだ」
花音が首をかたむけて凪を見上げる。
「どういうこと?」
まだ凪はまじめな顔してあの夫婦の背中を見つめていたので、これについては、俺は言ってやる。
「生きるとは働くことってのとふぐをかけたんだろ」
働かないのは死んでいるってこと。
ふぐに当たると毒で死ぬってこと。
鉄砲に当たっても死んでしまうってこと。
これらをかけたのだ。
「まあ、要するに。当たると死ぬのは、ふぐも鉄砲も宝くじも同じってことだ」
「そっか~」
花音がさっきの夫婦を見やった。
そのとき、俺の背後を通りかかった青年が急に声を上げた。
「うおー! やったー! 限定グッズの抽選が当たったー! はぁ~! ボクは幸せ者だ! もう死んだも同然! 一生分の運を使い果たしたんじゃないか? ひゃっほーう」
スキップをし始めた青年を見て、凪はまじまじと見て言った。
「ふむ。あっちもか」




