猫耳のコスプレには意味がない その1
我が探偵事務所に、子猫が来た。
その経緯はというと、子猫探しの依頼を受けて子猫探しをしていたところ、見つけたその白い子猫を一日だけ預かってほしいと依頼人に言われたのである。
恥ずかしい話だけど、俺は動物のお世話なんてしたことがない。
「そんなの適当でいいのよ~」
と、逸美ちゃんは言うけど、このお姉さんは俺より二つ年上なだけなのにものすごく博識なのだ。基本的には逸美ちゃんに頼ろう。
「でもさ、逸美ちゃん。適当って言ってもまだ子猫だし、ごはんはちゃんとしないとまずいよね?」
「そうなのよ。子猫ちゃんはごはんも普通の猫ちゃんとは違うから」
ここで、俺はひとつ、いままで触れてこなかった重大な問題について問いかける。
「ところで逸美ちゃん」
「なぁに?」
「あのさ、子猫、全然俺たちに懐いてくれなくない?」
「まだ会ったばかりだし~」
俺はブンブンと手を振る。
「いやいや、人見知りとかの問題じゃないって。俺や逸美ちゃんが近づくだけで逃げちゃうじゃん!」
「人見知りなのよ~。きっと」
うーん……。どうなんだろうな。
これは俺の勘だけど、あの子猫は俺と逸美ちゃんのことが嫌いみたいだ。
すると、探偵事務所のドアが開いた。
やってきたのは、凪と鈴ちゃんだ。
来て早々、凪は言った。
「子猫がいるんだって?」
「凪、なんで知ってるの?」
「だって逸美さんから連絡が来たから」
なるほど。
雑学とか無駄な知識が豊富にある凪に、いろいろ教えてもらおうと思ったわけか。
鈴ちゃんは金色のツインテールを揺らせて、
「凪先輩、なんであたしにはそういう説明してくれないんですか?」
と、ジト目で言った。
凪は飄々とした調子で、
「気にするなって。鈴ちゃんに言ったところで特にどうこうないと思っただけなんだ」
「どういう意味ですかっ。先輩はいつもあたしにはなんにも説明せずにあちこち連れ出すんですから!」
腕を組んでそっぽを向く鈴ちゃん。耳がちょっと赤い。
鈴ちゃん、デートとかに誘われたと思ったのだろうか。今日は平日だっていうのに着替えて張り切った装いになっている。
とりあえず、俺たちは四人そろって和室に上がった。
依頼人も今日は来そうな気配がないし、そういうときは俺と逸美ちゃんも和室に上がって凪たちとくつろぐのだ。
俺はこたつに入って、凪に問うた。
「それで、来たからには子猫について詳しいの?」
しかし凪は逸美ちゃんが出してくれたお茶をのんきにすすっているだけだ。一息ついて、それからのんびりと答えた。
「詳しいか詳しくないかじゃない。ぼくは子猫に好かれるのさ。逸美さんが困ってるのも、エサより懐かれないってことでしょ?」
「そうなの。わたしも開くんもダメみたいで」
と、逸美ちゃんは眉を下げる。
鈴ちゃんは期待もない冷めた目で凪に聞いた。
「で、先輩のどこが子猫に好かれるんですか? まったくそうは見えませんけど」
基本的に鈴ちゃんは凪に振り回されてばかりいるから、凪に対してつっけんどんな接し方をしている。でも、凪のことを満更でもなく思っているようで、傍からはいわゆるツンデレに見える。
凪は朗々と言った。
「よし。じゃあ見せてあげようか。ぼくの慕われっぷりを」
そして、凪は立ち上がり、子猫に近づいて行った。
俺や逸美ちゃんでは、半径五〇センチ以内に入ると逃げられてしまう。
だが、凪はさらに近づいても大丈夫だった。
「これは……」
もしかして、凪のやついけるか?
凪がさらに近づくと――
なんと、子猫のほうから凪にジャンプしていった。凪の胸に飛び込み、心地よさそうに目を細めている。
おお! なんてことだ。
逸美ちゃんが感激して笑顔で拍手する。
「わ~。凪くんすごーい」
「いや~。それほどでもないよ。ぼくって人間にも猫にも好かれる体質みたいなんだ。なんでも引き寄せちゃうっていうのかな?」
お調子に乗っているが、こいつが引き寄せるのは大抵がトラブルばかりだ。
なのに、子猫に好かれる才能があったなんて驚きだ。
俺は聞いてみる。
「それで、どうやったら俺も子猫に好かれるの? コツとかあるんでしょ?」
「そうですよ、教えてください」
鈴ちゃんも立ち上がって凪のすぐ目の前に行く。手を伸ばして子猫に触れようとすると、子猫はひょいっと凪の胸から飛び降りて、部屋の隅に行ってしまった。
「あーあ。鈴ちゃんが不用意に近づくから」
「うぅ……」
ズーン、と鈴ちゃんは沈んでいる。
膝をついて落ち込むその大きなリアクションから、鈴ちゃんの心境もわかるというものだ。
凪はそんな鈴ちゃんの肩にぽんと手を置いた。
「まあまあ。そんなに落ちこぼれるなよ」
「落ち込んでんですよっ!」
俺は苦笑いで、
「落ちこぼれじゃなくて落ち込んで、だろ?」
と、訂正してやる。
凪は言い間違いが多いから困る。