第零話 プロローグ
「御問合せの儀、例へば宗英は雪の白きが如く、宗歩は紅の赤きが如し――
第十一代大橋宗桂」
最初の記憶はずっと泣いているところ。
――おや、どうして泣いてるの?
誰かにそう聞かれたけれど悲しすぎて答えられない。
――お母さんはどこ? ねぇ、あんた見慣れない子だけれど、一体どこの子だい?
緋色の着物を着た優しそうな女の人が、心配そうに聞いてくれた。
――お母さんは……いません。
ひとしきり泣いた後、私はやっとそれだけを答えることができた。
——いませんって……じゃあ、あんた捨て子かい?
――ち、違います!わたしの……おうちはあそこです。
そう言って、私は通りの先にある大きな屋敷を指さした。
そこには、武家屋敷と見間違えるほどの重厚な建物が建っていた。
――あそこは……、将棋の大橋先生のお屋敷じゃないか。するとあんたは……
師匠との指導対局に負けた私は、そうやっていつも独りで泣き続けた。
師匠は絶対に迎えになんか来てくれない――
だから、自分で立ち上がって戻るしかない。
江戸幕末の動乱期、後世「幕末の棋聖」 と呼ばれた一人の天才棋士がいた。
八段までしか許されない時代に「実力十三段」と評されたにもかかわらず、ついに「名人」になれなかった謎多き孤高の棋士――
その者の名を、天野宗歩という。
本編をお読みいただくにあたり、将棋の豆知識をご紹介させていただきます。
【宗歩好み!TIPS】「将棋のルーツ」
一説では古代インド『チャトランガ』が発祥。西の端に伝わったのがチェス、東の端に伝わったのが将棋。古代インドでは象を戦争に用いたため「象棋」と中国で名付けれられた。
日本には遣唐使が伝えたとする説がある。日本に象がいなかったのでいつの頃からか「将棋」と呼ばれることに。世界広しと言えども取った駒を使えるのは将棋だけ。