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『またのご来店、心よりお待ちいたしております。』by店主

 盗賊ギルドの管理する納屋の一つに秋子は屋台を引き込んだ。引き戸を閉じ、内側から厳重に錠前をかけた。

 そして、秋子は納屋の反対側にある引き戸まで歩いていき、その錠前を外し、勢いよく引き戸を開け放った。

 そこには、麗かなの街道の景色があった。

 城下町に向かい緩やかに登ってゆくその道には行商人が行き交っている。

 つまり、その納屋は街道沿いの宿場町からダンジョンの第四層まで直通で行くことができる、”秘密の抜け穴”だった。移送系魔法だと大賢者は得意そうに説明をしていたが、秋子にとってはありがたいのかどうなのか、よくわからなかった。

 正午間近の晴れた空に向かい、秋子が大きく背伸びをした。するとその姿に、洗濯物を干していた向かいの宿の女主人が気がついた。

 「おはよう! 今、帰ってきたの?」

 「はい!」

 「大変だねぇ。朝食まだでしょ? うちで食べなよ!」

 「はい。そのつもりでしたぁ!」秋子は元気よくこたえた。 

 「じゃあ、まってるねー」

 「ありがとうございます!」

 秋子は一度納屋のなかに引き返した。まだ鍋を洗っていないからだ。

 屋台から寸胴を下ろし、大きな木桶にはられた水で束子たわしでガシガシと洗う。よく水気をきりあとは夕方まで乾かしておく。

 秋子はビールケースにどかっと腰をおろすと、細いメンソールに火をつけた。

 擦りガラスを透過した淡い光の中で、無尽に散ってゆく煙を見上げる。

 秋子はふと、屋台の方を見た。

 そして、その誰もいない場所に、

 「どうしてここに?」

 声をかけた。

 「……めずらしい人がいるもんだから、ついね」

 「ふふ、煙草を吸う女って、こっちの世界じゃあまりいませんもんね」

 秋子はそんな冗談を言った。そして、

 「ブッフォルディオの、お母様ですよね?」

 「ええ、そう……。アキコさん、と言ったかしら。あなた、本当に珍しい魔法をお持ちのようで」

 「これは、魔法なんかじゃありません。いってみれば、体質なんです」

 秋子の魔法。秋子の体質。それは……、

 死者と対話することができる。

 それは、秋子が祖父から受け継いだものだった。


 秋子が、新潟にあるという祖父の”しなそば屋”にはじめて行ったのは、小学二年の夏だった。

 両親につれられ、古い暖簾をくぐった。

 薄口醤油、細ちぢれ麺。具はチャーシュー、メンマ、ナルト。そこに輪切りのネギを散らしただけの、昔ながらのラーメンだった。

 メニューは、”ラーメン”、”ラーメン大盛り”、そして、”チャーシューメンやめました”。という、三つの札だけが貼られていた。

 祖父は、秋子に「おいしいか?」と一言聞いた。

 秋子がニカっと笑いながら、「うん!」とうなずくと、「そうか」とだけ言って、チャーシューを仕込み始めた。

 寡黙な祖父ではあったが、その時から秋子は祖父が大好きになった。

 祖父の店を出て、父の運転する車がしばらく走った時だった。

 「おじいちゃんのお店、凄く人気なんだね!」前の座席の両親に話しかけた。

 「ん? どうして?」母が不思議そうに聞いた。

 「こんな昼時に、客が俺たちだけなんて、大して繁盛してるとは思えないけどなあ」父が笑いながら言った。

 秋子は不思議に思った。

 (え? だって、さっき、あんなにいっぱい、お客さんが店の中にいたのに)と……、

 その不思議な体験の、”答え合わせ”をしようと思ったのは、秋子が中学二年の夏休みだった。その頃には、秋子も自分のその特異な体質に薄々気づきはじめていたからだ。

 もう一度、祖父の店へ、今度は一人旅をすることにしたのだ。両親は少々心配だったようだが、新潟駅まで祖父が迎えに来てくれることになったので、結局は送り出してくれた。

 その旅で、秋子は祖父から、ある秘密を打ち明けられた。


 「と、いうわけなんです」

 ブッフォルディオの母親の霊魂に向かい、簡単な説明を終えた。

 「へー。長生きはしてみるもんだねぇ。不思議なことはいくらでもあるもんだ」

 「長生き、って……」

 「ああ、そうだった。私はもう死んでるんだったね」そう言って、老婆はカラカラと笑った。


 あの夜。

 ブッフォルディオが、トンコツ・ラーメンをはじめて食べた夜。そして、涙を零した夜。

 秋子には、その背中を見守る老婆の姿が見えていた。そして、その言葉が聞こえていた。

 「……いったい、どうしてそんなになっちゃんたんだい」

 老婆は本当に悲しそうだった。

 「お前、それじゃまるで、盗賊か追剥ぎみたいじゃないか……。酒に酔って暴れて、人様に迷惑ばかりかけて……。何が冒険者さ……、強くて優しい、私の息子はどこいっちまったのさ」

 その無念の嘆きは、秋子の心にだけ届いていた。痛いほどに。

 「みんな、お前が、いつか村に帰ってきて、あの悪い領主さまを成敗してくれるって、今でもそう信じてるんだよ……。私だって……それなのに……、お前は……」

 秋子はもうたまらなくなった。これ以上、無視はできない。意を決するよりも早く、秋子は叫んでいた。

 「とにかく! 今は熱いうちにそれ食っちゃいなよ! そんで今日は宿に帰って寝ちまいな! 明日、朝一で発つんだよ!」

 いつもそうだ。秋子は自分のその体質は普通じゃないとわかっている。だからこそ、なるべく死者とは関わらず、可能な限り無視を決め込むことにしている。しかし、極稀ごくまれに、我慢ならない事態もある。そう。まさに、今回がそうだった。


 「これから、どうするんですか? ずっと、ブッフォルディオを見守ってゆくんですか?」

 「んん。そういう役目も、”あり”なんだろうけど……。でも大丈夫。あの子はもうしっかりやれるだろうし。あたしは、”あちら”に行くことにするよ」

 秋子は、地面に煙草を落とし、スニーカーで踏みにじった。

 「息子さんに、なにか伝えることはありますか」秋子は顔を上げて聞いた。

 「いや……。さっき、最後に話せたから、それでいい。もうそれで充分!」皺だらけの顔をさらにクシャリと、それでいて朗らかな笑顔で老婆は答えた。

 「……ご冥福を、お祈りします」

 「ありがとう……。それともう一つ」

 「なんですか?」

 「トンコツラーメン、……っていったかな? ありゃ、本当に美味しかった! ありがとう。……できることなら、またいつか食べたいわ!」

 そう言って、老婆の魂はキラキラとした光になり、霧散していった。

 納屋の中には秋子一人だけになった。

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