『ただいま店を離れています。少々お待ち下さい』by店主
旅は道連れ、世は情け。
そんな言葉どおり、傷の男は故郷に向けて旅立った。屋台の常連三人を引き連れてだ。
二週間後、ダンジョンの第四層に戻ってきた男は、幾分か男らしくなったように秋子には見えた。
戦果を一言で表すなら、”圧倒的勝利!”ということだ。それはそうだろう、なんたって(一応)只者ではない助っ人を三人も連れていったのだから。領主を斬り殺したりはしなかったものの、民衆を率いて大規模な騒動を起こしたそうな。それにより、領主はその地を逃げ出し、皇室に助けを求めたのだという。しかし、それは領主にとって大きな間違いだった。何故なら、皇室にはすでに”ナシ”がついている。
盗賊ギルドの長、カイエン・マクラフリンによってだ。
そして、新たな領主が誕生した。
顔に傷を持つ男。ブッフォルディオ・カルディーナだ。
「ささ! 今日は好きなだけ注文してくれ! お礼だ。とにかく奢らせてくれ!」男は三人の男と共に再びこの屋台に戻ってきた。
「まずは、”クボタ”じゃろう。それで異存はあるまい?」デオクラテスは男達を見やる。
「そうそう。まずはたらふく飲んで、最後にラーメンで”シメ”! だったよな? アキコ?!」ダニエルは秋子に窺った。
「いやー。疲れたわ。しかし、久々に暴れるのも、悪くなかったな!」デリーが赤黒い顔を綻ばせた。
「ブッフォルディオ……、だっけ? あなた随分立派な名前だったのね?」
秋子がそう言うと、傷の男は満更でもなさそうな表情をした。
「めんどくさいから、そうねー……、”ブル”でどう?」
秋子の提案に、男達は大笑いをしたが、意外にも本人はその呼び名が気に入ったようだった。
ブルはこの日、明け方までこの屋台に居座った。
常連達が去り、最後の客が帰った後も、ちびりちびりと”ヒヤ”を呑んでいた。
「まだ呑むの?」秋子はそういって、空になったグラスに冷酒を注いでやった。
「うむ。今日は、な……」
「なに? せっかく領主様になれたのに、なんだか憂鬱そうな顔して……」
「母が……、もう既にな……。俺は遅かったんだ。そう……、遅すぎた……」
秋子はそれに対して何も答えなかった。
かわりに、細い乾麺を鍋に入れた。
「……今日は、いい。……すまんが、食えそうにない」ブルはそう言った。
「そう。じゃあ、食べなくていい……。私は、これをあなたのお母さんのために作るから……」
「ふん……、死んだ人間につくるだと? そんな無駄なこと……」
「無駄じゃない! 私がそうしたいからそうするんだ。ブルが気に入ってくれた味なら、きっとお母さんだって気に入ってくれる! そう信じて、私は見ず知らずの人の為に一杯のラーメンを作るんだ」
「なんだってんだ? そんなことに何の意味が……」
「私にはそれしかできないからだよ! いいじゃないか? 見ず知らずのあんたのお母さんの冥福を祈ってラーメンの一杯でも作ったって! それしかできないんだから、そうさせてくれよ!」
秋子の両目は潤んでいた。今にも零れ落ちそうなほどに、清らかな水を力強い相貌に湛えていた。
「すまない……」ブルは呟く。
秋子は出来上がった豚骨ラーメンを、ブルの隣の席に置いた。誰もいないその席に……。
ブルはただだまってそのドンブリを見つめた。
秋子は煙草に火をつけ、ブルに後ろ姿をみせるようにして黙ってしまった。
しばらく薄い煙を燻らせていた秋子はアルミの灰皿にメンソールをねじ込んだ。
溜め息のように、ニコチンを吐き出すと。
「ほんと……、何やってんだろ、私……」そう呟いた。
しばしの沈黙がその場を満たす。
麺の煮汁がから沸き立つ息苦しい水蒸気は、いたたまれないように空中に霧散し続けている。
「なあ、アキコさん」ブルが突然言った。
「なに?」
「どうしたら……、俺は強くなれる?」
「そんなん。私は知らないよ。剣だとか、腕っ節だとか、私の専門外だよ」
「そうじゃない! どうしたら、俺の心は強くなれる? そう。……アキコさんのように」
「私なんて、強くないよ……。いつもギリギリなんだから」
「ああ、俺も……、ギリギリなんだ。お袋が死んだと知って……。故郷を捨て、お袋を捨てて逃げた俺は……俺は……俺が許せない」
「じゃあ、泣けばいいよ。私は……、ちょっとトイレに行ってくるからさ」
そう言って、アキコは屋台を離れていった。
ブッフォルディオは隣を見る。
そこには、湯気を立てながら、誰も食べることのない豚骨ラーメンが置かれている。




