表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/10

『ただいま店を離れています。少々お待ち下さい』by店主

 旅は道連れ、世は情け。

 そんな言葉どおり、傷の男は故郷に向けて旅立った。屋台の常連三人を引き連れてだ。

 二週間後、ダンジョンの第四層に戻ってきた男は、幾分か男らしくなったように秋子には見えた。

 戦果を一言で表すなら、”圧倒的勝利!”ということだ。それはそうだろう、なんたって(一応)只者ではない助っ人を三人も連れていったのだから。領主を斬り殺したりはしなかったものの、民衆を率いて大規模な騒動を起こしたそうな。それにより、領主はその地を逃げ出し、皇室に助けを求めたのだという。しかし、それは領主にとって大きな間違いだった。何故なら、皇室にはすでに”ナシ”がついている。

 盗賊ギルドの長、カイエン・マクラフリンによってだ。

 そして、新たな領主が誕生した。

 顔に傷を持つ男。ブッフォルディオ・カルディーナだ。

 「ささ! 今日は好きなだけ注文してくれ! お礼だ。とにかく奢らせてくれ!」男は三人の男と共に再びこの屋台に戻ってきた。

 「まずは、”クボタ”じゃろう。それで異存はあるまい?」デオクラテスは男達を見やる。

 「そうそう。まずはたらふく飲んで、最後にラーメンで”シメ”! だったよな? アキコ?!」ダニエルは秋子に窺った。

 「いやー。疲れたわ。しかし、久々に暴れるのも、悪くなかったな!」デリーが赤黒い顔を綻ばせた。

 「ブッフォルディオ……、だっけ? あなた随分立派な名前だったのね?」

 秋子がそう言うと、傷の男は満更でもなさそうな表情をした。

 「めんどくさいから、そうねー……、”ブル”でどう?」

 秋子の提案に、男達は大笑いをしたが、意外にも本人はその呼び名が気に入ったようだった。

 

 ブルはこの日、明け方までこの屋台に居座った。

 常連達が去り、最後の客が帰った後も、ちびりちびりと”ヒヤ”を呑んでいた。

 「まだ呑むの?」秋子はそういって、空になったグラスに冷酒を注いでやった。

 「うむ。今日は、な……」

 「なに? せっかく領主様になれたのに、なんだか憂鬱そうな顔して……」

 「母が……、もう既にな……。俺は遅かったんだ。そう……、遅すぎた……」

 秋子はそれに対して何も答えなかった。

 かわりに、細い乾麺を鍋に入れた。

 「……今日は、いい。……すまんが、食えそうにない」ブルはそう言った。

 「そう。じゃあ、食べなくていい……。私は、これをあなたのお母さんのために作るから……」

 「ふん……、死んだ人間につくるだと? そんな無駄なこと……」

 「無駄じゃない! 私がそうしたいからそうするんだ。ブルが気に入ってくれた味なら、きっとお母さんだって気に入ってくれる! そう信じて、私は見ず知らずの人の為に一杯のラーメンを作るんだ」

 「なんだってんだ? そんなことに何の意味が……」

 「私にはそれしかできないからだよ! いいじゃないか? 見ず知らずのあんたのお母さんの冥福を祈ってラーメンの一杯でも作ったって! それしかできないんだから、そうさせてくれよ!」

 秋子の両目は潤んでいた。今にも零れ落ちそうなほどに、清らかな水を力強い相貌に湛えていた。

 「すまない……」ブルは呟く。

 秋子は出来上がった豚骨ラーメンを、ブルの隣の席に置いた。誰もいないその席に……。

 ブルはただだまってそのドンブリを見つめた。

 秋子は煙草に火をつけ、ブルに後ろ姿をみせるようにして黙ってしまった。

 しばらく薄い煙を燻らせていた秋子はアルミの灰皿にメンソールをねじ込んだ。

 溜め息のように、ニコチンを吐き出すと。

 「ほんと……、何やってんだろ、私……」そう呟いた。

 しばしの沈黙がその場を満たす。

 麺の煮汁がから沸き立つ息苦しい水蒸気は、いたたまれないように空中に霧散し続けている。

 「なあ、アキコさん」ブルが突然言った。

 「なに?」

 「どうしたら……、俺は強くなれる?」

 「そんなん。私は知らないよ。剣だとか、腕っ節だとか、私の専門外だよ」

 「そうじゃない! どうしたら、俺の心は強くなれる? そう。……アキコさんのように」

 「私なんて、強くないよ……。いつもギリギリなんだから」

 「ああ、俺も……、ギリギリなんだ。お袋が死んだと知って……。故郷を捨て、お袋を捨てて逃げた俺は……俺は……俺が許せない」

 「じゃあ、泣けばいいよ。私は……、ちょっとトイレに行ってくるからさ」

 そう言って、アキコは屋台を離れていった。

 ブッフォルディオは隣を見る。

 そこには、湯気を立てながら、誰も食べることのない豚骨ラーメンが置かれている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ