『女の過去を詮索するべからず!』by店主
客は次々にやってくる。
冒険者のパーティーや、賞金稼ぎ、発掘者の一団が主だ。
酒をちびりと飲み、ラーメンを豪快に平らげては去ってゆく。
カウンターでは、まだデリーとダニエルが話しこんでいるが、それは放っておくことにしたようだ。
屋台の外には三つほど簡単なテーブル席をこさえてあるので特に問題はなかった。
また一人、この屋台の常連は暖簾をくぐって来た。
「やあ。繁盛してるね。ラーメン一杯貰えるかな?」
所々が擦り切れた召し物を着た老人がカウンターについた。
「わわわわわわ! デオクラテス殿ではありませんか?」ダニエルは老人を見るとまたもや目を丸くした。
「おい! じいさん?! わるいが今週末は友人の結婚式がある! こっから出してもらうからね!」秋子がその老人に怒鳴った。
「おいおい! いくらなんでも! 大賢者様にその口のききかたはないだろ?!」ダニエルは慌てた。
「はいはい。わかったよ。仕方ない。週末は我慢するか……」賢者は溜め息交じりに言った。
不思議そうにその様子を見ているダニエルに、デリーが説明をした。
秋子はもともと、この世界の住人ではない。
しかし、ある時彼女はこの世界に転移した。なぜなら大賢者デオクラテスが召喚したからだ。
偉大なる料理人を召喚する魔法で、彼女はこの世界にやってきた。
秋子は、大手町にある証券会社に勤めるOLだった。
特別さのない人生だったと、秋子は思う。ただ一点を除けば……。
新潟の田舎で生まれ、小学校入学前に父の仕事の都合で秋子と両親は東京に移り住んだ。極普通に都会の子供らしく育ち、秋子にとっての生まれ故郷である新潟は、一年に一度か二度行くだけの遠い場所となっていった。秋子は経済大学に進学し、学業ととバイトを両立させながら、極普通の学生生活を歩んでいたはずだった。
卒業と同時に、いくつかの内定の中から、なんとなく選んだ証券会社に就職した。
そして、同期の男性社員の告白をなんとなく受け入れ、交際がはじまった。
いつしか、年月が流れ、ある日、相手は別れを切り出した。
何の気配もなかったわけではない。なので、特に何とも思わなかったが、それでも六年もの年月を無駄に過ごしたのかと気づくと、流石に落ち込みもした。
「私、……なにやってんだろ?」そんな言葉が秋子の口癖になったのはその頃だ。一人の部屋で過ごす時、乗り換え駅のホーム、そして仕事中でさえふとその言葉を呟いてしまいそうになる。
そして、秋子は仕事を辞めた。理由は、そう……。”なんとなく”だ。
何もせず、時には散歩をしてみたり、図書館に行ってみたりして過ごした。
次第に、”このままじゃだめだ。何かしよう”と、少々の焦りのような気持ちが湧いてきたが、具体的に何をすればよいのかわからない。幸い退職金と、学生の頃から少しづつ溜めてきた預金があった。一人旅にでも出てみようか、とも考えたが、特に行きたい場所もない。思い切って何か大きな買い物をしてみようかとも考えたが、特別欲しい物は思いつかない。思えば、自分は流れ流され生きてきた気がした。自分自身から強く何かを欲したことはなく、いつの間にか身の丈にあったモノが手元にある。もちろん飢えや貧困に苦しむ人々が数多くいる世界で、そんな悩みは贅沢極まりないことだとはわかっている。しかし、どうしても自分の生き方に対するモヤモヤとした気持ちを止めることができなかった。
ある日、秋子は意を決してある買い物をした。
それは、キレイな服や、おしゃれな家具ではなく、寸胴鍋と中華鍋だった。
秋子は大学の四年間、学校の近くにあるラーメン屋でアルバイトをしていた。卒業間近には、スープの仕込みまでこなせるようになっていたため、店長から社員にならないか? と誘われたほどだ。大変な仕事ではあったが、あの頃の自分は、今よりずっと活き活きとしていた気がする。
ラーメン屋さん。……まあ、それも悪くないのかもしれない。それと同時に、秋子は祖父のことも思い出していた。
田舎で小さな”しなそば屋”をやっていた祖父。秋子がアルバイトにラーメン屋を選んだのも、やはり祖父の影響があったからだ。
そんなことを考えながら、アパートのキッチンでスープの仕込みをはじめた。うまくいったら、何人か友人を招いてご馳走してもいいかもしれない。いや、しかし……。
自分には自宅に招いてラーメンをご馳走するような友人が果たしていただろうか? 元同僚を呼ぶのは躊躇われるし、学生時代の友人達ともしばらく連絡をとっていないことに気づいた。
味見をしながら、またしても呟く。
「はー。……なにやってんだろ? 私……」
そう。本当になにをしてるのか……。こんなことをしたって何かが変わることなんてない。そんな考えが浮かんできて悲しくなる。
すると、秋子は光に包まれた。