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プロローグ

 ざっくざっくと野菜を切る小気味いいリズムが響く。

 大ぶりに切ったそれらをまな板からドボンドボンと投入したら、プロパンのガス栓を開け、コンロに火をかける。まずは強火だ。

 長ネギ、タマネギ、ニンジン、キャベツ……。最後に隠し味のリンゴを一切れ。

 日課のようになってしまった作業ではあるが、こう見えて案外集中力が必要だ。鍋の火加減を常に気にしつつ、その日の野菜の固さによっては配分を変えたりもする。そして天気も大事だ。寒い日なら甘みが出るニンジンやタマネギを増やす。熱い日なら香りの出やすいネギ類を多めに。雨の日にはリンゴを二切れ入れる。

 それは、人間の味覚というものが絶対的なものではなく、口にする時の環境によって変わる、つまりは相対的なものだからだ。

 スープ一つとっても、ラーメンとはこれほどまでに奥が深いものなのだ。

 いよいよスープ作りは佳境に入る。

 次は、鶏だ。皮を剥いだ若鶏を丸々一匹寸胴に入れる。

 ここからが勝負! 肝心なのは火力だ。決して煮立たせないように。常に沸騰寸前の摂氏九十八度を維持するのが理想だ。そして、動物性のネタは灰汁が出る。なので常に鍋を覗き込み、徹底的にそれをレードルで排除する。

 頃合を見計らって、隣のコンロで片手鍋を火にかける。そちらでは節系の出汁を作る。なぜわざわざ鍋を使い分けるのかというと、それは材料の塩分濃度の違いのためだ。”浸透圧”というものが関係していると教えられたが、正直よくわかってはいない。使う節系は三種類。定番のかつおと、アゴ(トビウオ)、そして鯖節だ。

 さらに、軽量カップにお湯をはり、そこにドンコ(椎茸)を入れる。ドンコの出汁は火にはかけない。香りが力強いため、バランスをとるならこの方法が一番なのだ。

 その時をキッチンタイマーが教えてくれた。寸胴の火を止め、節系の出汁と、ドンコの出汁を合わせる。最後に灰汁を丁寧に取ると、寸胴の蓋をしめた。

 これでスープ作りはおしまい。あとは営業時間まで”寝かせる”。一度冷ますことで、味がもう一段階引き締まるのだ。


 秋子は頭に巻いていた手ぬぐいを取ると、ビールケースにどかっと腰を下ろした。

 メンソールの煙草に火をつけ、道行く人々をボンヤリと眺める。スープ作りの後、秋子はこうしてしばらく放心してしまう。それは彼女のスープ作りに対する並並ならぬ集中力の反動だった。

 「なにやってんだろ……、私……」

 流れる雲を見上げながらそう呟いた。

 街道の隅に置かれた屋台で、秋子は夜を待った。

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