ニートを増やす方法とは
見事に筆者はニートになりました。残酷なニートのテーゼ
…………。
あぁ、ほんとにVRだったんだ。残念だなぁ…、ボク、魔王の生活、幸せだったのに。
最初にぼんやり思ったのはそれ。
病院特有の天井、カーテンで仕切られた視界、脳に直結されているなにかを感じながら、ああ、本当にこっちの世界は灰色だ。ボクはそう、思う。
でも、戻れる可能性はゼロじゃない。いや、戻るためにわざわざあっちで死んだんだから。
脳波の乱れに看護師が気づく前に、ボクは点滴をむりやり抜いて、誰か友達が差し入れてくれたらしい果物に添えてあったナイフを手に取る。
そして、ちゃんとVRに接続されていることを確認した上で、幾つか作業をする。時間との勝負だ。
プログラミング画面が浮かぶ。急いで、急いで僕はいくつかの作業を終えて。
「はぁ…、待ってろよ、クズ責任者」
大きく深呼吸して、ためらいなくナイフで頸動脈あたりを思い切り切った。
「がっ…かは…っ……」
本来ならこんな勇気、出ないよ。痛い。
でも、時間がない。勇者をたすけなきゃ。
口から大量の血を吐きながら崩れ落ちる魔王に、二人は駆け寄る。
「魔王!魔王!しっかりしろ!頼むから目をあけてくれ…っ…!!」
「ケイ素、リン、青酸カリ、ベラドンナ、ロベリア、阿片…その他諸々、毒花から抽出した強力な毒を奥歯に仕込んでいたか…これでは、新しい魔王候補が見つかるまでまた凍結…」
「おい貴様!魔王を返せ!!魔王を!俺の大切な人を――――!」
「フン、所詮はデータの存在。すぐにその思いごと消してあげますよ。あなたも苦しまなくて済む。そうですね、NPC達の記憶を書き換えて、勇者の外見も世界受けする黒髪にするのもありですね。最近の日本人のオリエンタルブーム到来に乗るのもアリか…。…とりあえず、会議の時間までに済ませましょう。消えて貰います」
どん、と勇者を衝撃が襲う。
無様に床に転がり、身を縮めるものの、勇者の目から殺意は消えない。
「……?消えない……?データのカタマリの勇者がなぜ…。…!!あの時か!!」
あの時、魔王が勇者にしたくちづけは、離別を意味するものではなかったのだ。
自分の―――つまり、現存する本物の存在を、一部とはいえ、あの一瞬で移したのだ。
「あの小娘…。…しかし、水樹が死んだ以上、勇者もいずれまたただのデータと成り果てるはず…」
だがその瞬間、真っ暗な空間が割れた。引き裂くように、魔王の両手によって。
対比するように、ボロボロに割られた真っ白な空間から見えるシルエットは間違いなく水樹、いや―――ー翼を広げた魔王のもの。
「悪かったねー、死んでなくって。アンタ、RPGの責任者だっけ?アハハッ!マジでウケるんだけど!……VR型BHMMOの理論を最初に提唱したのって、誰かくらい習わなかったのかな?」
まー幼かった癖にあんな理論打ち立てて、余計親に不気味がられたんだけどさ、お金になるからって提出されたんだよ。そう言って魔王はケラケラ笑う。
「な………」
それはさすがに当時の技術では実現不可能であり、しかし理論としては完璧であったがゆえに、今の世代まで凍結されてきたもの。
提唱者の名前は、明かされなかった。ただ、―――……MIZUKIプロジェクトと、呼ばれている有名な―――…。
「まさかっ!!MIZUKIプロジェクトの提唱者は…っ…」
「データ書き換えてもらったし。色々ダウンロードさせてもらったよ。そしてあっちでは本当に死なせてもらったよ。だからボクは、冷酷非道の魔王でしかない」
「ま、待って、待って下さい、お金なら…」
「金?魔王城に唸るほどあるけど?あぁ、それともリアルマネー?もう死んだボクに何の意味があるのさ」
そう言って笑んだ魔王の笑みは、逆光で見えなかったが、酷く残酷に楽しげに微笑んでいた。
「[永続激痛」
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ
「うるさいなぁもう。[沈黙」よし、これで静かになった」
「魔王…?あの、魔王、なのか………?」
「勇者…って、そこで疑うのかにゃー!」
「痛い!ごめん!」
「まったく!あ、優しい勇者はアレ(→開発者指差し)でも殺すと怒りそうだから、今のところ、怪我は一切なしの激痛を味わってもらってるよ」
「そっちのほうがひどいような…」
苦笑して、
「え…?」
勇者が、力いっぱい魔王を抱きしめたのだ。
「な、なになに?ちょっと勇者苦しいにゃ、え、何泣いてるにゃ?怪我したの?」
「お前にまたあえてよかった……!!」
………。
「なんでそこで殴るんだお前はー!」
「魔王たるもの、勝算のない賭けには絶対に出ないっ!ふーんだふーんだ、勇者はちっともボクの事なんか信じてないんだっ!」
「そんなことない!でも、万が一ってことも…」
「万が一も何もないのっ!ボクは魔王!世界で一番えらいんだ!そのボクが計算した事は必ず実現する!」
世界一って俺の立場は、っと勇者は笑って居たが、今度は、壊れ物を扱うように、優しく優しく魔王を抱きしめた。
「にゃ?そこまで力抜かなくても」
「愛してる」
「はひいいい!?!?!?!?!?!?///」
「勇者と魔王のカップルなんて聞いた事ないよな。でも最初っから俺たちは、勇者と魔王なんて有り得ないPTを組んでた。だから…言わせてくれ、魔王。…愛してるんだ」
「ゆ、ゆ、ゆ」
顔がゆでダコになった魔王は思い切り勇者を蹴り飛ばす。
「なぜにそこでハイキック!?」
「もっとロマンのあるとこで言えっ!フン!大体、第三者もいるんだぞ!多分痛みに必死で聞こえてないだろうけど!!」
「あー…、あれ、どうする気だ?」
「殺しちゃダメ?★」
「うーん。正直私怨で殺したい。しかし俺は勇者…勇者たるもの、常に自制をせねば…」
「いあ勇者、あいつあっちの世界から来ただけだから、ここで殺してもあっちの世界で、畜生!とかいって生き返るよ」
「なるほど。それなら殺し放題だな(ニヤリ」
「勇者!勇者が怖いにゃ!勇者が悪魔に乗っ取られたにゃ!………じゃなくて。あのね、この世界は、えーっと、アレが色々勇者が理解できない言葉言ってたっしょ?」
「ああ、確かに…VRとかなんとか…」
「なんと説明したものか…」
腕を組んで、うーんとボクは唸る。
「とりあえず、あっちの世界は、こっちの世界より文明が発達してる。って前に話したよね?これは覚えてる?」
「ああ、覚えてるぞ」
「んでさ、ボクの前に7人も魔王があっちの世界からきたんだよ。人間性もドロドロ。あっちの人間は汚くて、自分の利益になる事しか考えてない」
「だから俺に倒されると分かっていても、こっちの世界今までの魔王は来たのか…」
「んー、半々だろね。むりやり、気づいたらこの世界にいました、自分は魔王です、わーびっくり!みたいなのもいたと思うし」
「最初に話してくれたお前な」
「あー、うん。あの部分は嘘じゃないよ。んで、話を進めます。ボクは今のとこ、この世界のシステム…システムって言葉こっちにあったっけ?」
「ああ、ワープシステムとか魔法理論とかそういうのだろ」
「うん、もうちょっとヘヴィーな感じで、なんと!魔王はこの世界自体のシステムを乗っ取ったのだ!!!」
「・・・・・・・・・」
「反応してよ!」
「痛い!」
「つまり、ここに木を生やしたい、と思う。すると、もうこりゃ神の領域だね。そこのデータを書き換えて、きれいな木を生やすことができるようになったんだ」
「なんでまた…?こっちで仮死になっている間、向こうでなにかあったのか?」
「うん、まあ、そんなところ。で、そんなボクでも勇者は愛せる?」
「愛してる」
「ヤダもう真顔で言わないで恥ずかしい」
「それは何キャラだ」
「素だーーーーー!!!」
パンチで勇者は星になりました。
魔王城は、陥落寸前といったところだった。
そこで、敵「だけが」消えたのだ。ボロボロの建物と、疲れきったモンスター達の姿。
「魔王様!」
「魔王さまだ!」
一気に士気が上がる。
「ほら、行ってやれよ」
とん、と勇者がボクの肩に手を乗せる。「うん」とうなずいて、ボクは配下のモンスター達を見渡した。
「皆、わらわが不在にも関わらず、よう戦った。そなた達の忠誠、わらわは心より…嬉しく思う。そなたたちを、愛しく思う」
「魔王さま…!」
「わらわは、あちら側の者と戦っておったが…そやつを捉える一歩寸前まで追い詰めたのじゃが…至らぬわらわを許して欲しい。ほんの隙に、逃亡を許してしもうたのじゃ…」
「魔王さま、愛しいなどと、過ぎたお言葉を…!」
「魔王さま万歳!」
「万歳!」
涙が溢れる。やはりボクは、この世界が大好きだ。
「う…うあああ…!」
だが突然、目の前のモンスターが頭を抱えてうめき出す。
「いかがした!?痛むのか!?」
「う、あああっ、我から、我から、離れて下さい…ま、おう、さ、ま…」
気づけば、あちこちで同じような光景が見受けられる。
「ダークポーションを飲め!それでもダメなのか!?」
「か、からだ…が…、勝手…に…」
がしゃ、がしゃ、とボクに向かって構えられる剣や斧。
「勇者、お前はなんともないか!?」
「大丈夫だ!しかし、お前の部下たちは…」
「うああああ!!!逃げてください魔王さまああああ!」
遂に一匹が斬りかかってくる。それを上手く勇者が剣で受け止め、
「許せよっ!」
と叫んで鳩尾に蹴りを入れる。
「あやつ…逃げたと思ったらNPCの改変を始めたか…だが意識までは乗っ取れない。それはボクのシステムがこちら側にあるからね…」
「魔王!どうする!」
「く…、済まぬ、眷属たちよ!そなたらは今、わらわが先ほど取り逃した相手から精神攻撃を受けておる!わらわがそれを解除致すまで、しばし我慢せよ!斬りかかってきても構わぬ!勇者、任せるぞ!」
「できるんだな、魔王?」
「あたりまえじゃ!そなたこそ、遅れを取るでないぞ!」
そしてボクの目の前に半透明の、白っぽい魔法陣のようなものが浮かぶ。
見えないキーボードをボクは手元に召喚し、どんどんコードを書き換えていく。
<program><command start><loading=""all project">
ざーっとログが流れる。それを見逃さないよう注意深くボクは読み解き、改悪された場所を戻していく。
背後で勇者が、殺さないようモンスターを牽制している。時間はあまりないが、ボクにとっての得意分野だ。
「毒状態、洗脳状態解除」
</end badstates><poisonless></pain killer>
「並びに全ての状態異常、痛み、疲労を解除」
ガシャガシャ、と音がして、放心したように部下たちが武器を取り落とす。
「わらわに構うな!気にせずとも良い、ダークポーションを飲んで癒やすがよい!わらわはこれより、愛し子であるそなたらを苦しめた者を攻撃する」
魔王さま…魔王さま、と謝罪する声に、謝る必要はないと告げて、ポーションを飲むよう促す。
「敵はこっち側に来てるハズ…まずログアウトを防止して…」
<searching......99.7% MACH>
みつけた。ここはボクの世界、邪魔なんかさせない!
<block ="logout" "attack is fended off"><hiding coordinates searching start> <riprre hellfire latitude="337" longitude="998">
魔法陣のようにしかこっちの世界の人には見えないであろう、ボクの目の前のプログラムからヘルファイアが無数に飛んでゆく。指定した座標へと。
「……座標、ロスト。ログアウトできないはずだから、これで撃破したか…?」
振り返れば、部下たちは見たこともないボクの攻撃方法に呆気にとられていたようだ。
「っと」
</all contents>
と、全てのプログラムを閉じる。
「魔王さま…このような凄い攻撃をお持ちとは…」
「良い、無理をして喋るな。まだ苦しいのであろう?わらわが許す。皆の者、自室に戻ってゆっくり安め。…今日は、よく戦った。褒めて使わす」
皆が一斉に頭を垂れる。
「魔王さまに剣を向けてしまったこの失態…どう償えば…」
「良い、わらわが良いと、そう言うたであろう…?そなたたちは、操られかけておっただけじゃ。悪いのはそなたたちではない。故に、命令じゃ!今すぐ、各自部屋でゆっくりと休む事。無理をしても、良い事など無い。我々は、勝ったのじゃ。今宵は、そなたたちが起きた時には勝利の宴とゆこう」
命令と言われては、さすがに誰も逆らえない。
「魔王さま…!」
「魔王様の寛大なお心に、感謝致します!」
万歳万歳の声を背に、ボクは自室に勇者を伴ってようやく帰ってきた。
「ようやく帰ってきたああああー!長かったーーー!!」
「あ、ああ…それにしても凄いな、あの魔法陣は…初めて見たぞ。あんなものを使われたら、さすがに俺も勝てそうにないな」
苦笑する勇者に、ベッドに突っ伏したままなでなでする。
「んー?あれが、さっきあの空間で話したこの世界の"システム"だよ?」
「なんだとおおおお!!あんな危険なものが!?」
「いやいやいやアレは攻撃に使ったからああ見えただけで…勇者、両手を出して?」
「ん?こうか?」
「そそ。ちょっとまってねー」
僕はまた透明のキーボードを呼び出し、勇者の手のひらの座標を正確に打ち込み、ぽん、とそこにある物体を出してみせた。
「………りんご……か…?」
「うん。りんご」
「おいおいなんでもアリだなお前…」
「いやー、あっちもなんでもアリだよ?だから戦力は拮抗してるさー、勇者はもう操られたりすることはないけど…町の人たちが、操られる可能性があるんだよね。だから、僕はこの世界ごと、ネットの海の底深くに隠してしまおうかと思ってるんだけど…」
「ネット?網か?なんのことだ?」
「うあーいここでまた文明の差だよぉぉぉ!えーっとねえ」
一時間後
「そんな凄いシステムがあるのか!なるほど!魔王の説明は凄くわかりやすい!!」
「ふっふっふー、そりゃ、開発第一人者だもんねー」
「で、弊害ってのはなんなんだ?」
「あー…VRって、本物の世界みたいに見えるって言ったっしょ?んで、剣と魔法はみんなのあこがれ。イコール!ニートが増えるのだあああああ!!」
「なん…だと…お、恐ろしい罠だ…」
感想など頂ければ幸いです
あ、魔王返事してないけど両思いです。