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わけあり同居人

作者: アキヒサ

 私は今、風邪をこじらせてしまい、病院に入院している。数日のうちに退院できると言われたけど、実はこの病院は「出る」という噂がある。病院では当たり前と言えるけど、ただ幽霊を見たという人が他の病院よりも多いような気がする。

 私が入院し始めて二日。その二日のうち、幽霊を目撃したという話が後を絶たない。看護師さんたちは、そんな患者さんたちの声などほとんど無視しているけど、本当は全員目撃しているらしい。

 そんな病院に入院するのは嫌だけど、残り三日の我慢。そう思っていたのだけど―――


 春も真っ盛りの桜見の季節。まだ、朝と夜は肌寒い時間帯。私は、いような寒さにさいなまれていた。冷房が入っているわけでも、夜の気温が低いというわけでもない。それなのに、身体の震えが止まらない。体を横向きにして、枕に顔をうずめる。

 私は、ギュッと目を閉じて、早く朝が来るようベットの中で祈っていた。そのまま、数分か数時間か時間の感覚が分からなくなってきたころ、ヒヤリ、と首筋に冷たい風が当たった。

 私はゾッとして、そのまま固まってしまった。窓は寝る前に閉めたはず。六人部屋のこの病室には、高齢の人もいるから、いつも窓は閉めるようにしている。

 ヒヤリとした風が絶え間なく、私の首筋に当たる。カタカタと体が勝手に震えだした。

 ギュッと固く目をつぶって、何も感じないように、さらに体を縮める。それでも、身体の震えは止まらない。

 しばらくして、寒さはおさまってきた。

 私は、小さく目をあける。目の前には白いカーテンが見えるだけだった。私は、ホッとして、体から力を抜いた。かなり緊張して体を縮めていたから、管節が痛い。ゆっくりと身体を伸ばす。

 ふっと顔を上に向けて―――呼吸が止まった。

 そこには、白衣を着た、黒髪の医師がじっと私を見降ろしていた。

 私は怖くてそのまま、目をそらすこともできずカタカタ震えるしかなかった。そんな私に向かって、静かに佇んでいた医師は徐々に近づいてくる。

 息がかかりそうなぐらい、間近に迫った顔はまだ若く二十歳すぎぐらいだろう、身体は透けて向こう側が見える。呼吸をしているはずないのに、かすかな風を感じる。それでも、私は動けずに固まったままだ。自分の荒い呼吸だけがやけに耳につくが、指先一つ、またたき一つ出来ない。

「・・・」

 医師が何事か私に語りかけたが、自分の呼吸の音で何を言っているのか、まったく聞き取れなかった。

「・・・タバコだよ」

「・・・・・・え?」

 二度目で何とか聞きとれたけど、言われたことが分からずとっさに聞き返してしまった。

「だ~か~ら~。タバコ吸いたいって言ってるんだよ」

 軽くキレぎみに、とっくに死んでいるだろう医師は私に持っているはずもないものを要求してきた。困惑したまま聞かれたことに答えを返した。

「・・・持って、ませんけど」

 怖々と私は声を出す。

「いや。買うとかできるだろ」

 幽霊は偉そうに腕を組んで私を見降ろしてきた。

 ちょっとムッとしながら答える。

「ここには、ないと思いますけど・・・」

「コンビニで買えばいいだろ」

「未成年には売らないと思います・・・・」

「化粧すれば二十歳には見られるだろ」

「無理です・・・・・」

「じゃあ、どうしろってんだ!」

 こっちが聞きたい。勝手に嘆きだした半透明な医師を私は呆れた目で見る。なんだか無害そうなので、気になることを聞いてみることにした。

「幽霊、ですよね・・・?」

「ああ。君は見えるみたいだな」

「タバコ、吸えるんですか」

「いや。無理だろ」

「え?じゃあ、どうして」

「無性に吸いたくなる時ってあるんだよ」

「・・・」

 幽霊のくせに、「無性に」なにかしたくなるのだろうか。死んだことがないから分からないけど、きっとそんなものだろう。

 私は何となく納得すると、急に眠気が襲ってきた。きっと、緊張しっぱなしだったから疲れたのだろう。もうこの幽霊は私に言いたいこともないだろうと思って、素直に話してみる。

「えっと。寝たいんですけど」

「いや。待て、俺は暇なんだ。ちょっと付き合えよ。どうせ、昼寝とかできるだろ」

 思ったよりも馴れ馴れしい。ちょっと顔は良いから、きっと女の人にもてはやされてたんだろう。死んだ後ではそんなことなくなるから、寂しかったんだろうな。

「・・・今眠いんです」

「君、俺が昼間に話しかけてもいいんだな?周りをうろついてもいいんだな?変な人を見る目で周りの人から見られても」「わかりました!」

 私はしぶしぶ体を起して、変わった幽霊の話相手をすることにした。

 まさか、夜が明けるまで幽霊から解放されないとは、その時の私は思いもしなかった。

 

 三日後、私は退院した。

 少しの荷物と、変な医師を連れて。

「そう言えば、一人暮らしか?」

「親はいます。ただ、あまり帰ってこないだけです」

「へぇ~。いいなそれ」

「・・・そうですね」

 下手に言い返すとあとが面倒だと、私はこの三日間で嫌というほど理解させられた。まったく、どうしようもない同居人(?)を両親に内緒に連れ帰ってしまった。

 帰り道、桜の花びらかとてもきれいで、私にしか見えない新たな同居人と一緒にささやかな花見をした。


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