箱
父から譲り受けた唯一の「箱」
そして、謎の「天女」これからの物語はじまり
きっかけは世界規模の不況、深い深い底なし沼のような争い。辟易した各国の武器を持つ者たちがそれぞれ革命の名の下に事態の収拾に動き始めた。
そして、何度目かの大戦を経て、革命軍から派生した小さな組織が徐々に力を持ち、世界平和軍事活動局、通称WPMAと言う大規模な組織が国家権力よりも大きな存在として全世界を動かしていた。そんな時代
当時、語り手の老人…名前はシイナ ススムと言う。
彼の父親は国家陸自衛軍の幹部で後に陸自衛軍はWPMAへ吸収されていく。いわばWPMAのエリート幹部のご子息。
父親は大戦で戦死したと伝えられているが遺体も認識番号札も眼鏡も何もかも写真すら父親に関するものは戻っては来なかった。
しかし、シイナの手元には小さな箱があった。臍の緒でも入っていそうな桐の小箱。
中には薬品アンプルが入っている。その中身が薬なのか毒薬なのかシイナは知らない。だがそれが父親から自分に宛てられた最期の品だった。
その箱は、戦争初期に受け取ったという。当時は児童と呼ばれる小さな存在の彼に戦争初期とはいえ世界が混乱し、国土は集中砲火の最中にこの桐の小箱はどのようにして彼の手に渡ったのか。
「天女が持ってきたんだ」
老人はそう言った。
空爆警報が鳴り響き、退避壕へ逃げ込む彼の前に天女は現れた。緩やかなウェーブが印象的な金髪に澄んだ緑色の眼。無言で彼に現れ、箱を渡した。箱を受け取った時、空爆された。彼は死を覚悟して箱を握り締め、眼を硬く閉ざした。情報は蓋のできない耳から入ってくる。雨のように降り注ぐ弾丸のはじける音が世界を包む。
「大丈夫。君は死なない」
耳元で爆音ではなく「人の声」を聞いた。それはとても暖かく優しい声だった。
確かに、目の前の人間とシイナの真上を空爆していったが、2人とも無傷でその場に立っていた。そして、天女が言う。
「シイナ大佐からご子息宛にと伺っております『ススム、この箱は【Mt.FIJI】将来、必要になるモノだから大切に保管しておいて欲しい』と伝言があります」
天女は父親の声色をそっくりに伝言を発した。まるで父親の声を何かに録音して再生したのかと思うほどそっくりだったが、特にそういう動作をしたわけでもなく、腹話術師のように声を変えたのだ。
この者は人ではない。
空爆を受けても無傷で他人の声色まで真似る人なんて存在しないと、幼心にもそう感じたらしい、だから天女なのだと。
それ以来、桐の小箱は彼の手元にずっとある。
そっとそれを見せてくれた。中にあるはずのアンプルはなくなっていた。
「アンプルは…使ったんですか?中身はなんだったんです?」
「この物語の最後で解りますよ」
老人…いや、シイナさんは桐の小箱を大切そうにしまって物語を続けた。
彼は小箱のアンプルの中身がずっと気になっていた。
ある程度の年齢になったとき、調べ気になれば彼に出来ない事はなかったが、それをしなかったのは、父親に託されたものだという事。ただそれだけだった。
天女の腹話術は効果を発揮し、将来、時が熟すまでシイナの脳裏に焼きついていた。
そして、時は流れ、大戦が終結する。
シイナが国家の最終学歴を取得した時、WPMAは、ただの革命部隊ではなく政府の指揮監督で動く軍隊と異なり、軍隊相当の軍事力を持ちながらも各国に存在するWPMAが独自で動くことが出来る独立組織になっていた。
その組織こそ、この物語の舞台になる。
シイナは父の遺志を継いでWPMAへ入局する。
若かりし頃のシイナの話が始まります。
ようやく本編です。