〜0.プロローグ〜
それは一つの不思議な出逢い。そこから全てが始まり――。
悲愴。朝目覚めて一番最初に思い浮かんだ言葉がその二文字だった。
自室にはその中を照らす外からの陽射しと、それを遮る数枚の分厚い布――カーテンがある。
布団を剥ぐと少年は我が眼をこすりながら上下淡いブルーカラーのパジャマのまま洗面所へ向かう。
――ここは、とある高層マンションの6階窓側から数えて3つ目の部屋。
自室のすぐ隣はリビングで高級そうなソファーやテーブルが所狭しと配置されている。
当然少年が買い揃えたのではなく、彼の両親が生前ポケットマネーで購入したものだった。
数分後、一見少年の幼さの残る顔立ちはシャワーから出るとその淡い瞳は鋭さを増していた。
少年はバスタオルで濡れた髪を一頻り拭った後、少し長めの短髪をドライヤーで乾かし、
少年の性格を一層際立たせる濃いグレーの学ランと長ズボンを身につけ本格的に身支度を整える。
少年の通う高校はどんなにゆっくり歩いたとしても5〜6分で着く、姫野学園と呼ばれる都内でも有名な名門校である。
比較的新しく外装が綺麗なのが本校舎。一見して誰もが古いという印象を受けるであろう建物が別館の図書室。
そしてグラウンドを囲うようにして配置された二つの建物の他にもう一つ、ヨーロッパ調の教会のような建物があった。
今は使われていないが、この学園が設立された20年以上前は学園のOBのカップルらが結婚式を開いたりして賑わっていたらしい。
休み時間。授業が終わるや少年はその建物の傍らに配置された、やはりヨーロッパ調の芸術的なデザインの長椅子に座っていた。
普段からあまり出入りのない場所ということで正面のグラウンドに見える生徒らしき人影を除けば、周囲には人影一つ確認出来ない。
少年は無意識に瞼を閉じ、スゥ――と意識を沈めると全神経を聴覚に集めると周囲を覆い尽くすあらゆる物音を感じた。
大分距離があるはずのグラウンドで生徒達がワイワイやっている声から、近くで風が流れ、その影響で木の葉が落ちたであろう小さな音まで。
少年の集中力は他人のそれとは桁外れである。それと言うのも普段から心を落ち着け、自らの意識を保つにはそうする他なかったからだ。
少年の両親は両方とも少年が幼い頃に他界している。そのため親戚や俗世間からの気遣いや同情の視線を、少年は幼い頃から浴びてきた。
周りはただそれをするだけで直接自分に関わろうとするものはいないし、酷いときは"可哀相な子"という哀れみの視線を遠慮なしに向けてきていた。
少年はいつしか自分が深い回想に浸っていたことに気づき、瞳を開くと苦笑混じりに改めて椅子に座り直した。
と、そこで普段は人気の少ないはずのこの場所に一つの気配を感じ、ふと視線を上げると、そこには何処か儚げな少女の姿があった。
視線はしっかりとこちらを見つめており、しかし少し躊躇いとも取れる感情を浮かべながら時折少年から視線を外したりしている。
少年は長椅子の真ん中に座っていて、それに気づくと彼は無表情のまま席を詰めた。瞬間、少女の顔に驚きが広がる。
しかし、やがて小さく一礼すると少女は少年の隣に座り、やや俯いたまま両手を膝の上に乗せて暫し黙り込んだ。
別に無理に話す必要はないし、少年も足を組むと真正面を何処か遠い目で見つめながら暫しの時を過ごした。
いつもなら他人の存在を察するや真っ先に嫌悪を露わにする少年。しかし、不思議と不快にはならず、ゆっくりとした時間は刻一刻と過ぎていく。
やがて、聞き慣れたチャイムが鳴り、少年が立つとそれを目で追うようにして少女がこちらを向いた。
その瞳は相変わらず悲愴さえ思わせる。彼女に何があったのかは知らないが、少なからず少年は少女に自分と同じ匂いを感じた。
だから近くにいても不快じゃないし、拒否反応も出なかったのだと少年は理解する。小さく笑みを零す少年。それにきょとんとする少女。
しかし、彼女も目の前の少年に自分と同じ何かを感じてかやがてクスッと理由のわからない笑みを零した。
とても、不思議なことである。互いに初対面のはずなのに全然そんな感じがしない。
むしろ以前何処かで会っていたのだろうかとさえ感じてしまう、とてもとても不思議な巡り会い。
―――それが、ちょうど一ヶ月ほど前の出来事である。