新世界より誤解を込めて
「よう、真央」
徳間が真央に気が付いて片手を上げた。
徳間は、客が二組しか居ない閑散としたファミリーレストランの中で、剛太と向い合い話し合っていたところで、読んでいた資料を四人がけのテーブルに放ると、真央に笑顔を向けた。
真央は徳間の横につくと疲れた様子で息を吐いた。
「どう? 終わったの? 電話だと何かあったみたいだったけど」
「とりあえず記憶を操作して混乱の防止はした。後始末は魔検がする手筈な訳だけど、そこで問題発生」
「何があったの?」
徳間は訝しむ真央に向かって携帯を掲げた。
「恐らく魔検と連絡がつかない」
「は? 何、恐らくって」
「今、魔検に繋がってる」
携帯の向こうから声が聞こえている。
「繋がってるじゃない。あの糞理事の声が聞こえる。胸糞悪くなってきたわ」
真央がうんざりした様子で手を振った。それに合わせて携帯の向こうから何か声が聞こえ、それに真央が噛み付く。
「うるさい。いずれ殺すから覚悟しときなさい」
「真央、今それは要らない。それよりちょっとここから出口の方まで歩いてくれ。携帯からの音に気をつけながら」
真央は不思議そうにして、言われた通りに出口へ向かう。その途中で立ち止まり、少し戻り、かと思うとまだ出口へ向かって、途中で立ち止まり、戻ってきた。
「何だかある程度離れると砂嵐の音になるけど。言っていたのはそれ?」
「ああ」
「通信妨害でもされてる訳?」
「それがまだ分かっていないんだ。だからどうしようかって相談」
「そうは言っても何も分かっていないんじゃ」
その時、三人の座るテーブルの横に一人の男が立った。真央達がそれに気が付いて顔を向ける。この店に居る徳間達以外の唯一の客で、三十路を越えた頃の眼鏡を掛けた穏やかな表情の何処にでも居そうな男だった。
「どうもどうも、桃山です。恐らくそれ、通信妨害とはまた少し違うかと思います」
男がそう言った。
何か知っていそうな言葉に、真央は睨みを効かせる。
「いきなり何?」
「いえいえ、私はただ」
その言葉を遮って、真央は更に聞き重ねる。
「今回は誰の依頼?」
「あなた方の上司様からのご依頼です。ですから安心してください」
桃山はにこやかにそう言うと、席の奥へ行くよう剛太に手振りして、空いた場所に座った。
「さて、それでは情報の共有と行きましょうか」
「待ちなさい。誰があんたみたいな殺人鬼と」
「あ、酷い。引網みたいなのと一緒にしないで欲しいなぁ。私は何でも屋。快楽の為に誰かを殺した事なんてありませんよ」
桃山は飄々と言って、人差し指を立てた。
「あなた達から見れば、私は大切なご友人の仇かも知れません。色々とお気持ちはあるでしょう。けれど今回に限って言えばお互い協力しないとまずいと思いますよ」
「どういう意味よ」
「ですから話を聞いてください」
真央は仕方なさそうに口を閉ざした。桃山はそれに笑顔で頷く。
「ありがとうございます。それでは早速、まず一つ。皆さん、今この町は隔絶されている訳ですけれど、どういう見解をお持ちで?」
「隔絶?」
「成程成程。まあ、当たり前ですね。世界の中に居る者は気付けないでしょう」
「桃山さん、回りくどくやるのは無しにしよう。一体どういう意味だ?」
徳間の苛立ちを抑えた言葉に、桃山はにこりと爽やかな笑みを浮かべて、外を手で示した。
「今、この町は何者かの生み出した新世界に覆われています」
「新世界? 町が? そんな馬鹿な」
「そんな馬鹿な事が起こっているんです。その解決が私に依頼された仕事。国や魔検が今躍起になって解決しようとしている重要課題です」
「でもそんなの全然気付かなかったのに。新世界っていう事は今この辺りには何か特別な法則が働いているんでしょ? 一体それは」
「それに関しては調査中です。どうやら複数あるようですね」
剛太が疑わしそうに桃山に尋ねる。
「あなたは今、国や魔検が躍起になって解決しようとしていると言いましたね?」
「はい」
「でしたら、その味方は何処に居るのです? まさか派遣されたのがあなただけという事は無いでしょう? 私達に連絡が来ないのも解せない」
「まず連絡が無いのは、通信機器が使えないからです。それは今あなた達が試していた通り。それから味方が居ない理由ですが。何て事はありません、この新世界に派遣された味方は壊滅したからです」
「壊滅? 一体何が!」
「引網ですよ。彼が現れましてね。しかもフェリックスを操っているときた。選びぬかれた人間が百人位派遣されたんですけど壊滅です。まあ、その中で戦闘が得手なのは半分位で、後は学者連中でしたけど。とにかく壊滅して、生き残った者達も散り散りに。私は何とかあなた達を探しだして、善後策を練ろうかなといったところで」
「引網が生きていたのか。くそ!」
「どうせ自滅すると思ってたけど、結局操れた訳ね」
「はい、現場組の皆さん、納得しているところ申し訳ないですけど、私にも説明をお願いします。何だって引網がフェリックスを? フェリックスは死んだんですか? 魔検も引網やフェリックスが居るという情報は掴んでいたみたいですけど、二人が手を組んだなんて話は聞いていませんよ」
「真治がフェリックスを倒したのですが、捕まえる直前、引網に奪われたんです。それは魔検にも報告しましたけど。いえ、そうですね、通信出来ていなかったんだ」
「死体を奪った? それは変ですね」
「何がですか?」
「いえ、それに関しては、少し待ってください。とにかくその引網が問題で、彼は今この町に死体を放って町中の人間を殺し回っているんです」
「は?」
「ですから、今この町はゾンビ映画さながらに、死体が住人を殺し回っているんですよ。まあ、死体がゾンビにならないだけ、映画よりはマシかも知れませんけれど」
法子は荒れ果てたリビングでしばらく立ち尽くしていたが、やがてリビングを飛び出して自室に向かった。
何も分からない。どうして家が荒れているのか。どうして家族の姿が見えないのか。とにかく誰か相談出来る味方が欲しかった。
だから法子は自分の部屋に飛び込むと、窓を開けて屋根に下り、いつも穂風がそうしている様に隣の屋根へと移って、穂風の部屋の窓に手を掛けた。幸い鍵は掛かっていなくて、法子はあっさりと穂風の部屋に入る。
部屋に入ったが暗く、誰も居ない。
「穂風」
穂風の部屋を飛び出て、法子は下に向かう。嫌な予感がした。もしかしたら穂風の家も襲われたのかもしれない。恐ろしい思いで階下に下り、そのまま近くのリビングに飛び行って、饐えた匂いに足を止めた。
法子はあまりの光景に意識が遠のきかけた。
穂風の家のリビングも荒れ果てていた。
病院で起こった事件のあらましを聞いた桃山は頼んだコーヒーを飲みながら頷いた。
「成程。では虫の息のフェリックスを引網が奪っていった訳ですね」
「そう。魔術を御しきれずに自壊すると思ったんだけど、まさか操れたなんて」
「いえ、あれは自壊したと言って良いでしょう。狂っていましたし。彼は人間としての生を終えて、ただ人を殺す為だけの魔術になったんですよ」
「どっちにしても最悪じゃない。奴が人を殺して、殺された人がまた人形にされて。どんどん不利になってく」
「ああ、それは大丈夫です。さっきも言いましたけど、殺された者がゾンビになる事はありません」
「どうして?」
「この世界では死んでも死体が残りません。死んだら消えます」
「どういう事だ? 死んだら何も無くなるのは普通だろ?」
「ええ、その勘違いが二つ目ですね」
「勘違い? 真治が勘違いしている様には聞こえませんでしたけど」
不思議そうにする徳間達を前にして、桃山は一度コーヒーを飲むと、三本指を立てた。
「今、この新世界の法則で私が分かっているのは三つです」
三本指の内、二本を折りたたんで、一本指にした。
「まず一つ。外に出ると死にます」
「死ぬ? 外に出るだけで?」
「はい、死にます。次に二つ目。死ぬと死体が魔力となってこの世界に取り込まれます」
桃山が気軽に言って、それからふと気が付いた様にメニューを広げ出した。それを横目で見ながら、剛太が尋ねた。
「取り込まれるというのは?」
「魔力となって吸収されるんです」
「一体何の為に」
「正確には分かりませんが、何かの魔術の為の準備でしょう。ところで死体って分かります?」
「え? 死体は……死体でしょう。死んだ人です」
剛太が困惑しながら言ったのに対して、桃山は何度か頷いてから尋ね直した。
「死んだ後に残る人の抜け殻。それを想像出来ていますか?」
剛太は言っている意味が分からずに沈黙した。
「皆さん、この世界では人が死んだら消えます。分かっています?」
「勿論、分かってるわよ。人は死んだら消えるものでしょ? 何もかもを失う。それが死よ」
そう言い切る真央を、桃山が否定する。
「いいえ、死は活動を停止する事です。少なくとも死体は残る」
桃山は親指と人差し指を立てて、人差し指を真央へ向け、直ぐに腕を跳ね上げた。
「例えば今真央さんの頭を吹き飛ばせば、真央さんは頭を失って倒れる。そうして活動を停止する。そうですね?」
「それは、そうね。物凄く不快な喩え話だけど」
「けれどこの新世界だと、その動かなくなった真央さんが死ぬと同時に消えてしまうんです」
「おかしい事じゃ、無いでしょ?」
「おかしな事ですよ。死んだら後に何も残らないのなら、火葬の時に何を燃やすんです? 何も処理する必要なんて無いでしょう? 土葬の時に何を埋めるんです? 早すぎる埋葬は何と勘違いされるっていうんですか?」
「え? ちょっと、ちょっと待って。ごめんなさい。何だか頭が混乱して」
「そう、それです。三つ目、この新世界によって新しく生まれた異常を、外の世界での常識と同列に考えてしまう。この新世界が吐いた嘘を信じこんでしまうんですよ」
法子は、穂風の家の荒れたリビングで立ち尽くしていた。
息を呑んで、自分の混乱を鎮めつつ、目の前にある目を疑う様な光景に、自分なりの意味付けをしようと必死になって、思考を巡らせていた。
目の前にある穂風のリビングは荒れていた。
けれど法子の家の荒れ方とは全く違っていた。
饐えた匂い。埃に満ちている。蜘蛛の巣が張り、床の一部が腐っている。
まるで何年もの間、誰にも使われていなかった廃墟の様な荒れ方をしていた。
人の手によって荒らされたのではなく、時間によって自然に崩れていった。そんな壊れ方。まるで今まで誰も住んでいなかったかの様な手入れの無さだった。
ここは穂風の住む家のはずなのに。
どういう事?
法子は思考を巡らせる。けれど答えが出ない。
この荒れ様、ここ数年、あるいは十数年、このリビングには誰も立ち入っていない。けれどこの家は穂風の家だ。何年も前からの親友だった穂風の家。この家に来たのだってもう数え切れない位。勿論、リビングにだって通された事があるし、その時には本当に清潔で整ったリビングだったのに。
だけど今目の前にあるリビングは違う。埃に満たされ、蜘蛛の巣が張り、床に穴が空き、ソファは破れ、カーペットは虫にくわれ、人を拒絶する様な黴臭さ。
まるで初めからここには誰も住んでいなかったかの様な。
嘘だ。
何かの間違いだと思った。何が間違いなのかは分からない。けれど何か間違っていて、自分がそれに気が付いていないだけなのだ。だから今混乱している。そうに違いない。だからそれを探しに行こうと踵を返した時、玄関の方から扉の開く音が聞こえた。
そして直後に閉まる音。
ばたん、と。
扉の閉まる音が消えると、今度は足音。
みじ、と。
何かが床を踏みしむ音が玄関の方から聞こえてくる。
法子は息を飲んだ。
玄関から何かがやってきている。それは当たり前に考えれば、この家の家主で、きっと穂風のはずだ。穂風であれば親友なのだから会えるのは嬉しい事のはず。玄関まで迎えに行ったっておかしくない。
けれど法子の足は一歩も動かない。リビングから廊下に出る為の扉を前にして、ただ緊張で速まる鼓動に耐える。また息を飲む。干上がった喉がへばりついて痛かった。
穂風は親友だ。
親友のはずだ。
それなのに玄関からやってくる存在が、親友だとは思えない。
足音はゆっくりと近付いてくる。
みじ、みじ、と。
床を踏みしめながらやって来る。
それは間違いなく穂風のはずだと法子は信じている。
絶対に穂風だと信じている。
けれどそう考えれば考えるほど、胸の鼓動が速くなる。頭に寒気が入り込んでくる。自分の周りに広がる惨状が、誰もこの家に住んでいなかったと、必死になって訴えかけてくる。
でもそれは全て間違いなのだ。全部間違い。本当は違うのだ。けれど何が間違いなのか分からない。
法子は扉のノブに手を掛けた。
これ以上緊張に耐えられそうになかった。
そう全ては間違い。今こうして緊張している事は間違いだから。扉を開けて、廊下に出れば、そこには穂風が居るはずだから。親友の穂風がそこに居る。助けてもらえる。
訳が無い。
足音はもうそこまで来ている。
みじ、みじ、みじ、みじ。
近づいてきている。
もうすぐここまでやって来る。
法子の背をすっと怖気が撫で上げた。
震え上がりながらもドアノブを掴んだ手は離さない。法子は震える足に力を込めて、恐れる自分を叱咤する。
強くなった。私は強くなった。タマちゃんもそう言ってくれた。私は強くなった。もう怖がってるだけの自分じゃない。こんなホラー映画の襲われるのを待つだけの端役じゃない。
自分から立ち向かわなくちゃ。
例えそこに居るのが化物であろうとも。
法子はノブを掴む手に力を込め、一度目を瞑った。
暗闇の向こうからはっきりと足音が聞こえる。もうほんのすぐそこに居る。
法子はゆっくりと扉を開けて廊下に出た。
そうしてそこに立つ影を見て驚いて立ち止まった。
「ああ、何だやっぱり法子か」
そこには想像していた通り、穂風が立っていた。
「全く脅かさないでよ、法子。てっきり泥棒かと思ったじゃん」
穂風は余りにも普通に笑う。手には買い物袋を提げている。
何もおかしい所は無い。
もしかして本当に何もおかしな事なんて無いんじゃ。
けれどすぐに法子は、自分の背後にはあの人の住んでいる形跡の無いリビングがある事に思い至った。
法子がじっと買い物袋を見ている事に気がついて、穂風は買い物袋を掲げた。
「ああ、ちょっと夕飯買いに行ってたの。法子、一緒に食べる?」
穂風はそう言いながら、法子の横を通って、リビングへと入っていく。荒れ果てたリビングへ。
法子は恐ろしい思いに固まって動けなかった。荒れたリビングに入った瞬間、穂風もまた一変して化物に変わってしまう様な気がした。法子は通り過ぎる穂風を感じながらただ祈る。今までのは全て勘違いで、穂風の向かうリビングは真新しく、リビングに入った穂風が優しげに夕食へ誘ってくれる様に。そんな奇跡が起きてくれる様にと祈った。
そうして穂風の悲鳴を聞いた。
「何これ! 何でこんな」
法子ははっとして振り返ると、穂風は買い物袋を取り落として、驚愕した様子でリビングの中を見回していた。
「確かに、言われてみるとおかしな話だな。それでもまだ、何か納得のいかない感じはあるが。自分がおかしくなっている事は分かってきた」
「そうです、徳間さん。幸いこの錯誤はそこまで強力ではないらしい。だから今の様に揺さぶれば異常に気がつく」
「それは分かるわ。分かるけど。でも何だか」
「ええ、まだ信じ切れないのでしょう? 私達は新世界の中に居る。常に影響を受け続けているのですから、当然一回気付いたところで油断すれば再び異なる常識に取り込まれます。とにかく何度も何度も自分の常識を疑い続けて、齟齬を見つけたら追求する。それを繰り返してください」
そこで店員が来たので、桃山は説明を打ち切って、注文をし始めた。
桃山が注文を終えるなり、真央が再び話に入る。
「で、この事件について、どうすれば良いのかは分かってるの?」
「それが全く。だから皆さんのお力を是非貸していただきたくてですね」
「そう」
真央は考えこむ様に口に手を当て、それから呟いた。
「この新世界、何が目的なのかしら」
「新世界に目的ですか? 新世界は勝手に修得する才能の類と聞きましたけど。違いますか、徳間さん」
「ああ、少なくとも俺のはそうだ。俺の意志と無関係に覚えた」
「使う時は自分の意志でしょ? 使った以上、何か目的があるはず。他に何か、この新世界について分かっている事は?」
真央が桃山を見ると、桃山は別の方角を向いて、ぼんやりとしていた。
「ちょっと」
桃山ははっとして真央に向く。
「え? ああ、失礼。他にですね。他に他に。ああ、後一番大切な事が一つ」
真央が苛々と自分のこめかみを叩いた。
「だったらそれを一番先に言いなさいよ」
「失礼失礼。それでですね、魔力になって取り込まれる現象は、可逆性の様です」
「可逆性? 死体が帰ってくるって……意味じゃ無いのよね? その口振りだと」
「勿論違います。生き返るんですよ。いや、凄いですね」
徳間の肩が跳ねた。
真央は一瞬黙って、それから溜息を吐いた。
「蘇生なんて。そんな馬鹿げた事まで出来るの?」
「というよりは、この新世界の中では、死が死では無いと言った方が良いでしょう。あくまで取り込まれるだけで、死なない」
剛太がふと訝しむ様に目を細めた。
「ちょっと待ってください。もう外ではそんなに解析が進んでいるんですか? そもそもこの新世界が生まれたのはいつです?」
「新世界が生まれたのは、丁度昨日の零時頃ですよ」
「僕達が病院で戦っていた時か。でもそれならまだ二日と経っていない。それなのにもうそこまで分かったんですか?」
「いえ。外の方々は何も出来ずにおろおろ叫んでいるだけでした。彼等が分かったのは、外に出ると死ぬ事だけ。他はこの優秀な私がしっかりと調べあげた次第で」
「取り込まれる現象についてもですか?」
「ええそうです。偶々親切な魔物に会いましてね。何やらこの新世界に取り込まれるシステムが魔界から人間の世界にやって来るプロセスに似てるとか何とかで。魔術を止めれば取り込まれた者も元の姿に戻るだろうと言っていましたね」
「親切な魔物?」
「ええ、何やらやけに強そうな。魔検の名前を出したら、徳間さんによろしくと言っていましたけど、知り合いじゃないんですか?」
「真治、それって」
「知り合いだな」
疲れた様子の徳間を見て、桃山は不思議そうにしていたが、気を取り直して剛太を見た。
「剛太さん何か分かりましたか?」
「いえ、どうすれば良いのかは見当も」
「嘘を吐くな、剛太」
徳間が剛太を睨む。
「解決するのは簡単だろ」
剛太が不服そうに徳間を睨み返した。
「真治、あなたまさか」
「だが生き返るのであれば、一番手っ取り早い」
睨み合う二人の間に、桃山が割って入る。
「あ、この新世界の中に居る存在を皆殺しにするっていうのは駄目ですよ」
徳間が驚いて桃山を見る。
「どうしてだ? 新世界を作った存在は必ず世界の中に居る。だがそれが誰か分からない以上、無差別に殺すしかないだろう。あんたなら間違い無く賛成すると思ったが」
「その方法じゃまずいんです。先程の魔物の話によれば、この新世界は巨大な爆弾らしい。魔力をどんどんと貯めこんでいつか爆発して、何らかの魔術を辺りに撒き散らす。つまり人を殺せば、それだけ爆発を早め、規模を大きくする事になるんですよ。それじゃあ魔力になった人は消費されて本当に死んでしまうし、外の世界でだって沢山の人が死ぬかもしれない。それじゃあ解決とは言えませんよね?」
「じゃあどうすりゃ」
「そして今一番殺してはいけないのが、引網です。引網を殺せば、彼の魔力に守られて取り込まれなかった死体達が、一斉に魔力に変わって取り込まれる」
「でもその引網が町中の人を殺し回っているんでしょ?」
「ええ、そうです。だから厄介なんです」
「じゃあ、こんな悠長に話し合っている時間があるの?」
「性急さを求めたって、理解の少ないまま動けば更に惨事を招く事になる。現に徳間さんの出した結論に従ったら大惨事になったでしょう? だから一先ず現状をご理解していただいて、じっくりと善後策を」
その瞬間、桃山が身を沈めて、近づいてきたウェイターを蹴り飛ばし、続けて銃を取り出して窓ガラスを撃った。
「練っている時間は無さそうなので、続きは外で話しましょう。どうやら引網の手がここまで及んだ様です」
そう言って桃山は割れた窓へ向かって走りだす。店内に生気の抜けた人間がやってきたのを見て、徳間達も立ち上がって桃山の後を追った。
リビングの様子に戸惑っている穂風を見て、法子はほっとして息を吐いた。
どうやら穂風にとってもリビングの異常は与り知らぬところの様だ。
勿論、安心は出来ない。犯人が町に、もしかしたらまだこの家の中に居るかもしれない。誰かが荒らした事は間違い無いのだから。家族の行方も気になる。けれど親友がその犯人で無いと分かった事、そして親友が何の異常も持っていなかった事は本当に安心したし、嬉しかった。
「私、電話してくる。法子は待ってて」
そう言って、飛び出していった穂風を見送って、法子は再び安堵の息を吐いた。そこへタマが話しかけてきた。
「法子、まさか今の仕草を見て、穂風に怪しいところが無いなんて思ったんじゃないだろうね?」
「え?」
法子の息が止まり、胸が締め付けられる。
何で?
何でそういう事を言うの?
「あの子は怪しいよ。間違いない」
でも穂風は親友で。
今までずっと一緒に居たのに。
「法子、良く思い出して」
「何?」
「もしもあんな子が君の傍に居たら、君は惨めな思いなんてしなかったはずだ」
法子はその意味を噛み締めて、鼓動の激しくなった胸を抑えつけた。
「法子、君は出会った頃、いつも暗く沈んでいた。自分を惨めに思って、自分を駄目に思って、俯きながら生きていた。私はそれをはっきりと覚えている。私、言ったよね? 君に同じ立場の友達が居たらって。法子、もしも君に昔からあんな友達が居たら、君は初めからもっと強かったはずだ」
タマの辛辣な言葉に法子は呼吸を荒くしながら胸を抑える。そんな法子の反応にタマは慌てて取り繕う様に言った。
「ごめんね、法子。ちょっと誇張して言った部分もある。でもこれ位強く言わないと、君はまた流されそうで」
「大丈夫、タマちゃん。分かってる」
「法子」
「分かってるんだけど」
苦しそうに法子は顔を歪ませる。
「でもね、タマちゃん」
法子が泣きそうな声で言った。
「でもね、私、友達を無くしたくない。おかしいかな? 駄目なのかな?」