知ってたよ
将刀は体の重たさと痛さに呻きながら体を起こした。
疲れた頭でぼんやりと昨日の事件の事を考える。生きていた事が奇跡に思える様な戦いだった。犠牲者の出なかった事が信じられない様な事件だった。
水の中に居る様な体の気怠さに、全てが夢だったんじゃないかと思いながらベッドから降りると、隣の部屋とを仕切る襖が少しだけ開けられていて、そこに手が掛かっていた。真っ白な細い手。手だけが襖の間からこちらの部屋に覗いている。
将刀が驚いて息を止める。
まるで幽霊の様な真っ白な腕がぱたぱたと揺れながら襖を撫で上げている。
そうして暗い声が襖の向こうから聞こえてきた。
「将刀」
聞き覚えのある声に将刀は安堵した。暗く沈む様な声だったが、間違いなく、最近一緒に住んでいるファバランの声だった。
「ファバラン」
将刀が声を掛けると、襖の向こうからファバランの声がまた聞こえてくる。
「将刀、起きた?」
「ああ」
「元気?」
「元気だよ。ファバランは?」
「私、駄目」
「え?」
予想外の言葉に将刀の背を衝撃が突き抜けた。
思い出してみれば、戦いの途中からファバランの姿が見えなかった。その間に何かあったのか。酷い怪我でも負ってしまったのかも知れない。
将刀が慌ててベッドから飛び降りて襖を開けると、ファバランが蹲って両手で顔を覆った。
「見ないで」
そう呟いて、顔を隠している。
「ファバラン?」
将刀は困惑しながらファバランの肩に手を置いた。
何故顔を隠しているのか。
顔に消えない傷を負ったのかもしれない。火傷か切り傷か。あるいはもっと酷い傷を負っているのかも知れない。その痛ましさを思うと胸が苦しくなった。
「ファバラン」
将刀は何とか励まそうとしたが、何も言葉が思い浮かばない。ただファバランの名前を呟くだけで、後は何も。
蹲るファバランは将刀の言葉を聞いて体を震わせた。怯える様に震えていたがやがて顔を覆う手の間から声が漏れてきた。
「将刀、私、汚い、汚れた」
そう言って、ファバランは俯きながらゆっくりと手を離す。俯いているのでまだ顔は見えない。けれどこれから顔が見られる。
将刀の喉が鳴った。
どんな姿になっても受け入れると心で誓う。だが冷静な思考は、それが出来るのかどうか執拗に尋ねてくる。もしもファバランと顔を合わせた時に、それを見て一瞬でも戸惑えば、それは刃物となってファバランの心を抉る。
将刀が硬直してファバランの事を見つめていると、ファバランはゆっくりと顔を将刀へと向けた。
「将刀、私、嫌う?」
将刀は思わず声を漏らした。
どんな姿でも平静でいようと思ったが無理だった。
「え」
ファバランの顔はあまりにも美しすぎた。
人の手で作られた様な、人工美の極地。人間の持つ美しさとは違う、硬質な人形としての美しさがそこにあった。
「え?」
思わず漏れでた将刀の間の抜けた声に、ファバランは自分の醜さを感じて悲しげに顔を歪ませる。だが表情が歪んでも尚美しさは歪まない。美しい少女がそこに居る。
実のところ、ファバラン自体にほとんど変化は無い。今の今まで彼女の顔を台無しにしていたメイクを落として、当たり前の化粧を施しただけの当たり前の変化ではあったが、彼女の地の美しさと、将刀が事前に想像していた酷い顔が相まって、その美しい容貌は将刀の意識を一瞬消し飛ばした。
「将刀」
ファバランは声を震わせながら呟いた。
その声音を聞いて、将刀ははっとして意識を取り戻す。
ファバランは悲しげに俯いて言った。
「私、謝る。ごめん。居ちゃいけない。私、汚い。顔、汚された。将刀の傍、居ちゃいけない」
そう言って、立ち上がろうとしたファバランの手を将刀が引いた。
「汚くなんかない」
ファバランが涙を浮かべた目で将刀を見た。
「綺麗だよ。君は。汚くなんか全然無い」
その言葉を聞いて、ファバランはその美しい顔を更に歪めて俯く。
「シャメン、将刀。でも、私、分かる。将刀の言葉、嘘」
ファバランの塞ぎこむ様な言葉に、将刀は思わずファバランの両肩に手を当て、ファバランが恐る恐る上げた顔に、自分の顔を近付けた。
「嘘なんかじゃない。君は、綺麗だ!」
「将刀」
ファバランの両目から涙が零れ落ちる。ファバランの体から生まれた機械の腕が、その先に持ったハンカチで涙を拭う。
「シャメン、将刀。でも、私、汚い」
「そんな事無い!」
「シャメン、将刀。私は汚れた。でも将刀が褒めてくれるなら、汚くて良い。将刀なら、見てくれる。それなら、良い」
そうして、ファバランは笑みを浮かべた。
将刀がその笑みに見惚れて動けなくなっていると、ファバランが立ち上がって、将刀から離れた。
「すっきりした」
将刀が驚いて振り向くと、ファバランは言った。
「すっきりした。掃除する」
「掃除?」
ファバランが玄関へ続く廊下に出て、姿が見えなくなる。
将刀はそれを呆けた調子で見送る。ふと気が付くと辺りに耳障りな音が満ちている事に気がついた。それは起きる前から鳴り続けていたのだけれど、今の今まで気が付かなかった、インターホンの音だった。この部屋の玄関の向こうに居る誰かが鳴らしている。
来客を告げる音はしつこくしつこく、狂気じみた調子で鳴らされている。何度も何度も繰り返しならされる音は、ファバランが玄関の前に立った瞬間、鳴り止んだ。
その時既にファバランは戦闘態勢に入っており、全身から無数の火器を生み出していて、玄関のドアが無理矢理こじ開けられたのと同時にファバランの火器は一斉に火を吹いた。牛の鳴き声の様な弾幕音が響いて、一瞬後に静寂が訪れる。
部屋で呆けたままの将刀の耳に、ファバランの声が聞こえてくる。
「将刀、このマンションは全部駄目。だから全部掃除する。待ってて!」
そう言って元気よく駆けていく足音が聞こえて、続けて破裂音やら爆発音が聞こえてきた。
「え?」
将刀がようやっと正気を取り戻した時には、既に音は遠くへ離れていた。
「じゃあ、穂風はみんなとも友達だったの?」
法子が尋ねると穂風はあっさりと頷いた。
「そうだよ。まあ、こいつは違うかもしれないけど」
穂風が陽蜜の頬を指で押すと、陽蜜もまた穂風の頬を指で押した。
「まあ、私は友達と思ってないけどね」
「そ、そうなんだ」
仲の良さそうな二人を見て、法子は自分の中に嫉妬が生まれるのを感じた。醜い事は分かっているけれど、嫉妬してしまうものは仕方ない。穂風は世界でたった一人の幼馴染で親友なのだ。けれどきっと穂風にとってはそんな事なくて、全ては自分の一方通行で。
法子が俯いていると、その手を穂風の手が掴んだ。
「法子、気にしないで。親友は法子だけだから」
まるで自分の心を見透かされた様で法子は顔を赤らめて益々俯いた。穂風の言葉は嬉しい。けれどそれを信じる事が出来ない。それを信じるだけの自信を、法子は持っていない。それでも親友だと言ってくれる穂風の優しさは嬉しかったけれど、穂風の過剰な寵愛は穂風と陽蜜達との間に溝を作りそうで、何だか申し訳なく、そして怖かった。
そんな法子の悩み等知らぬげに陽蜜は穂風へと尋ねかける。
「二人はどういう関係な訳?」
「別に? 家が隣同士で幼馴染で昔から一緒に学校通って一緒に遊んで。ね、法子」
「うん」
「つまり私と法子は親友な訳。ね、法子?」
穂風が誇らしげに陽蜜の前で胸を張った。むっと唇をへの字する陽蜜に笑うと、穂風は陽蜜の後ろに居る摩子と実里の手を引いた。
「摩子も親友で良いよ。勿論実里もね」
そうすると叶已が不満げに唇をへの字にした。
「私は?」
「叶已は駄目。暴力的な陽蜜と叶已は仲間外れ」
法子が嫉妬混じりにそんなやり取りを呆然と見ていると、首に何かが巻き付いてきた。
「法子、こっちも親友だよな!」
法子がはっとすると、自分の顔のすぐ傍に陽蜜の顔があって、抱きつかれていた。それに加えての親友という言葉に法子は身を固くして顔を赤らめ何度も首を縦に振る。身の固まり具合は心臓まで固まってしまう程で、顔は今にも赤く破裂せんばかり、首の振りはそろそろ脳挫傷を起こすんじゃないかという位に激しく振られる。
何故か分からないけれど、陽蜜の言葉は信じる事が出来た。
「ちょっと!」
穂風が割って入ってくる。
それを陽蜜が防ごうとして、法子は二人から引っ張られる。親友二人の間を行ったり来たりする。
何だか良く分からないけれど、きっと今自分は幸せの絶頂に居るんだろうと悟りながら、法子は陽蜜と穂風のやり取りに挟まれて、人形の様に揺られていた。
しばらくして穂風が突然顔を上げ、何処かを見つめたかと思うと、話頭を変えた。
「それで、さっき言ってた法子が結婚するっていうのはどういう事?」
「え! 結婚?」
法子は戦いて後ろに引き下がろうとするが、それを陽蜜が強引に押さえ込む。
「つまりそういう事!」
「どういう事?」
穂風が訝しむ様にそう言った。法子も同じ気持だった。
それを無視して陽蜜は嬉しそうに語る。
「相手はねぇ、誰だと思う?」
「だれだれ?」
「はい、法子」
陽蜜がそう言って法子の肩を叩いた。法子は驚いて、跳ね上がる。
「え? 何?」
「発表! 法子の好きな人は誰だ!」
「ええ! 何で?」
「法子、私達親友でしょ? 他の女には教えるのに、どうして私だけには教えてくれないの?」
潤んだ瞳で穂風が詰め寄ってくるので、法子は脂汗をかきながら涙目になって口ごもる。
「ねえ、教えてくれないの?」
重ねて言われて、法子は息苦しくなった。言いたくない訳ではないけれど、それを実際に口に出してしまうのはとても恥ずかしくて息が詰まる。息が止まりすぎて苦しくなって、息を吐くつもりで口を開いた時に、その名前を言ってしまった。
「将刀、君」
途端に穂風と陽蜜が手を合わせながらはしゃぎだした。
一方で法子はその名前を言った瞬間、顔が今まで以上に熱くなって、動悸が激しくなった。法子自身にも理解出来ない位に、その名前を言った事に動揺していた。いつの間にそんなに好きになっていたんだろうと疑問に思いながら、それとは別の思考が過去の将刀に助けてもらい、怒ってもらい、優しくしてもらった事を思い出していた。将刀が自分だけを気にかけてくれた時の事を。将刀にとっての特別であった時の事を。
それは勘違いだと思うのだけれど、もしかしたら将刀も自分の事をと考えてしまう。そうするとまた胸の動悸が早まって、胸が苦しくなった。
胸が苦しくなって、胸を掻き抱いていると、その手が急に掴まれて胸から離された。
「じゃあ、行こうか、法子」
穂風がそう言って法子の腕を引いて歩き出した。
それを驚いた表情の陽蜜が追う。
「何処行く気?」
「それは勿論将刀のところだよ。決まってるじゃん」
あっさりと言い放った穂風の言葉に法子は驚きの声を上げる。
「へええ?」
法子は足を地面に押し付けて止まろうとするが、穂風はそれを許さず引っ張り続ける。
その横を歩きながら陽蜜が抗議の声を上げた。
「ちょっと待て。まだ早いだろ」
穂風は法子を引っ張りながら言い返す。
「はあ? 何で? さっき告白しに行くって言ったじゃん」
「いや、そうだけど、もうちょっと、準備を」
「準備って?」
「服とかメイクとか。これから準備して、その後、言いに行くつもりだったのに」
法子が必死で頷いた。今のままで成功するとは思えない。
穂風が笑って手を振った。
「いらない、いらない」
法子が泣きそうになりながら穂風を見ると、穂風も笑って法子を見た。
「法子だったら絶対大丈夫だから」
何でと法子は心底不思議に思う。
すると穂風が自信に満ちた口調で言った。
「だって法子はそんな事しなくても十分可愛いから」
法子がまた首を横に振って否定するが、陽蜜は「確かにー」等と言って納得している。
法子の反論は言葉にならず、飄々とした穂風に引っ張られていく。
「法子、大丈夫だよ」
穂風が宥める様に言った。
「法子も心当たりはあるんでしょ?」
法子はその言葉の意味が分からずに首を傾げる。
「法子が将刀を好きなのと同じ様に、将刀だって法子の事が好きなんだって、何となくだけど気が付いてるでしょ」
法子は慌てて否定した。まるで自分の心が読まれたみたいで恥ずかしかった。
結局法子は引っ張られ続け、途中で抵抗する事を諦めて引っ張られながら歩き、最終的には将刀のマンションの近くまで来てしまった。
この辺りに将刀が住んでいるのかと思うと緊張する。
心臓が恐ろしい速さで鳴っている。何か不思議なやるせない気持ちがお腹の辺りから湧き上がってきて、とても落ち着いていられない。帰りたいけれど、きっと穂風と陽蜜は見逃してくれないだろう。行くしか無い。覚悟を決めなくちゃいけない。心を落ち着けよう。
そう考えて深呼吸すると、視界に将刀の姿を見つけて、息が止まった。
「法子! 居たよ、あそこに! 将刀君!」
陽蜜が将刀を指差した。将刀は遠くの交差点に右手から現れたかと思うとそのまま左手に走り抜けて消えてしまった。
「ほら、法子!」
穂風に背中を押された。
「え?」
何がほらなのかと、法子は振り返る。
「ほら、追いかけなきゃ! 言うんでしょ?」
覚悟はまだ出来ていない。振られるのが怖くて、法子はその場から動けない。自分は将刀に相応しい人間だろうかと考えると、どうしても勇気が出てこない。
「私、別に」
「法子、ここで引いちゃ駄目だよ」
「でも」
「好きなんでしょ?」
「それは」
「言わなきゃ後悔する。今、行かなかったら、きっと次も行けなくなる」
その通りだと思った。
法子の中に怖気が走った。
振らるのは嫌だ。怖い。当然だ。でもそれ以上に結局伝える事も出来ないまま、付き合うでも振られるでもなく、ただ何も無く、将刀の人生の中で出会った数多の内の一人の、目立たない脇役で終わる事の方が怖かった。
法子の中に決意が湧いたのを見て、穂風が遠くの交差点を指差した。
「ほら、行け!」
穂風に促されて、法子は駈け出した。
まだ怖かった。自信も無い。覚悟だって出来てない。けれど多分今がその時なんだ。
必死で走って、将刀の居た交差点に行き着き、左に曲がる。
その瞬間、法子は凍りついた。
将刀がこちらに向かって走ってきていた。
さっき将刀の名前を口にした時以上に、胸が鼓動する。世界が揺らめいている様にあやふやになって、胸がぎゅっと凝縮されて今にも破裂して爆発を起こしそうな程落ち着かない。
将刀君の事が好き。
それを今から言う。
そう考えると、何だかとても恥ずかしくなって、走ってくる将刀から逃げたくなった。けれどそんな事をすれば、きっと永遠に自分は表舞台に上がれない。将刀に一生近づけない。
ふとどうして将刀は走っているのだろうと思った。何かこっちに走ってくる様で、もしかしたら自分に用事があるんじゃないかと思った。もしかしたら向こうもこちらと同じ気持ちで、むこうもこちらと同じ事をしようとしてくれているんじゃないかと、そんな想像が湧いた。
けれどそんな事はきっとなくて、どきどきして期待する横をただ通り過ぎるだけ。そうに決まってる。いつもならそれで落ち込むけれど。今は違う。将刀君はきっと通り過ぎる。だからその前に声を掛けなくちゃいけない。
横を通り過ぎる前に声を掛けなくちゃいけない。
将刀はどんどんと近付いてくる。もう後少し。
法子はぐっと両手に力を込めて、意を決して一歩踏み出た。
そうして迫ってきた将刀に声を掛けようとしたが、その前に将刀が声を掛けてきた。
「法子さん!」
法子はびっくりして、開いた口を開けたまま、間の抜けた声を出した。
「え?」
きっと通り過ぎると思っていたのに。
将刀は目の前で立ち止まった。
「良かった、法子さん」
どうして通り過ぎなかったの?
どうして私の前で立ち止まったの?
もしかして私に何か用事があるの?
もしかして、もしかして期待しても良いの?
法子は大きく首を横に振って、自分の想像を振り払った。期待しちゃいけない。相手の言葉を待っちゃいけない。この気持は言わなきゃいけない。
言わなくちゃ、いけない。
「あのね! あのね、将刀君」
勇気を振り絞って声を出した。もう緊張で何もかもが分からなくなっていた。目の前に将刀君が居る。けれど見られない。将刀とまともに顔を合わせられない。俯く事しか出来ない。けれどそれでも言わなくちゃいけない。
「法子さん、聞いて」
「将刀君、あのね、将刀君に言わなくちゃいけない事があるの! 聞いて欲しいの!」
法子は必死に自分の気持ちを乗せて、今までに無い程の勇気を込めて将刀に訴えかける。
将刀は途端に驚いた表情で、法子を見た。
「じゃあ、法子さんの方も?」
「え?」
将刀君も私と同じ事を?
またそんな想像が湧いた。でも今は、それが本当だとか嘘だとかはもうどうでも良い。相手の言葉を待つんじゃなくて、こっちから言うんだから。
「お願い、将刀君にどうしても聞いて欲しい事があるの。聞いてくれる?」
「うん、分かった」
法子が驚いて顔を上げると、将刀は優しげな笑みを浮かべていた。法子を勇気づける様な笑み。将刀自身に励まされている様な気がして、人生で一番勇気が湧いた。
「多分同じ状況だと思う。だからまず法子さんから言って」
「あの、あの」
言う。言え。
凝らなくて良い。どうせ噛む。格好悪くなる。
単純に。一言で良いから。自分の気持ちを、この気持を、全部の気持ちを込めて。
将刀君。
私、
「好き」
掠れる様な声で法子は言った。
「好きです」
続いて少し大きな声で。
「私は将刀君が好きです!」
最後はほとんど叫ぶ様に、法子は自分の気持ちを言った。
将刀が驚いた表情になる。
法子は恥ずかしくなって、高鳴り続ける自分の胸を見下ろした。けれど言葉は止まない。
「将刀君の事が好きです。えっと、将刀君はいっつも優しくて、助けてくれて、私の事気にかけてくれて。それで、好きになりました。この前も命を助けてくれたし。えっと、前にいじめられた時も、将刀君は助けてきてくれて」
将刀との思い出が頭の中に次々と浮かんで、それに合わせて法子は言葉を吐露していく。どんどんと気持ちが高ぶって、涙が溢れてくる。法子はそれを拭う。けれど次から次から溢れてくる。言葉と涙と好きという感情が。
「あの時は蹴っちゃってごめんなさい。でも、嬉しかった。えっと、いっつも助けてもらってばっかりで、私は将刀君に何もしてあげられてないけど、えっと、私、きっと将刀君の隣に居られる様に、将刀君の役に立てる様に頑張るから。守られてるばっかりじゃなくて、ちゃんと将刀君と一緒に居られる様に頑張るから。今はまだ私駄目かも知れないけど、きっとこれから相応しくなるから」
泣きながら法子は顔を上げた。
「絶対、この気持だけはきっと誰にも負けない。私は将刀君が好きです。だから」
涙で滲んだ視界が将刀の顔で一杯になる。
「だから! もし将刀君が良かったら私と」
ふと滲む将刀の顔が困っている表情な事に気がついた。
途端に法子の気持ちがしぼんでいく。
「私と……」
最後の残り火でそう呟いた時に、将刀が口を開いた。
「え? あの」
その熱のこもっていない、戸惑いしか感じられない口調に、法子の頭が急激に冷めていく。体中から冷や汗が流れだす。
将刀の動く口がやけにゆっくりに見えた。
将刀の口はゆっくりと動いてこう言った。
「ごめん」
その言葉を聞いた瞬間、法子は自分の中の全てが綻んで、何もかもがばらばらになった気がした。
法子は後ろに一歩退がり、身の内に存在するなけなしの社交性で、場を繋ぐ為にぎこちない笑顔を浮かべる。
「そ、そうだよね」
あははと虚しく笑いながら、更に一歩退がる。
「そうだよね。ごめん、変な事言っちゃって。気にしないで」
呆然とこちらを見つめてくる将刀の表情を見ていられなくなって、法子は俯く。
「ごめん、ごめんね!」
そう言って背を向けて駈け出した。
走りながら法子は涙を拭って口元に笑みを作った。
そうだよね。
そりゃ、そうだよ。
うん、当たり前じゃん。
何度も確認して分かってたよね。
ね? 分かってたでしょ?
そりゃ、そーだよ。
だってさ、
私が好かれる訳、無いじゃん?