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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
主人公は眠らない
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無論事件はまだ続く

 法子が目を覚ますと、カーテンの隙間から光が漏れていた。

 体が重い。心の端でそう思うのだが、それとは別に寝起きの靄のかかった思考はぼんやりと光に誘われ、身を起こして窓に近付きカーテンを大きく開けた。真っ暗な空が段々と曙光に染まり始めていた。

 朝だ。

 強い青みがかった夜から真っ白な朝へうっすらとグラデーションの掛かった空を見てそう思った。しばらく外の光景をぼんやりと眺めていた法子は再びベッドの中に潜りながら戦いの事を思い出す。

 昨日は確か、皆と病院に行って、そこで変な人達が襲ってきて、四葉ちゃんが狙われてて、それを目論んだ教祖が居て、実はそれが四葉ちゃんのお父さんで、そこに変なお爺さんと他にも沢山の昔の人が来て、それでみんなで戦って、それで何とか勝って。

 そこで法子は、将刀と共闘した事を思い出し、そうして勝った後に将刀と触れ合いそうな位の近さで一緒に寝転んでいた事を思い出した。法子は思わず恥ずかしくなって寝返りを打ち、壁にぶつかって悶絶する。

 布団の中で丸くなった法子は思う。

 ばれてしまった。

 自分が魔法少女だという事がばれてしまった。皆にも将刀君にも。

 恐ろしく、嬉しく、恥ずかしかった。

 純を切った者やショッピングモールで役立たずだった者が自分だと知られた事、折角の変身ヒーローという格好良い存在がこんなに駄目な自分だと知られてしまった事は恐ろしい。

 一方で自分が変身ヒーローという一般に羨望を受ける存在である事を知ってもらえたのは嬉しい。

 同時に自分がきらびやかな存在に変身しているというのは、おこがましいというか、勘違いをしているというか、似合っていないと思われたかも知れない。それが恥ずかしい。

 総合的に言って、良く分からない。良い訳でも悪い訳でも無い、今は。知られてしまった以上、きっと次に会った時、皆は何かしらの反応を示してくるに違いない。そうしてそれが好意的であれば良いけれど、蔑む様であったり、馬鹿にする様であったりすれば、最悪だ。

 みんな馬鹿になんかしないって信じてるけど。

 信じては居るけれど、何だか怖かった。

 将刀君にも知られちゃったし。

 昨日共闘した時の事を思い出した。危なかったけど、協力して、何とか勝って、助けてもらって、庇ってもらって。

 将刀君も同じ変身ヒーローだったんだ。

 何だかそれが特別な繋がりに思えた。普段の駄目な自分だったらお話にならないかもしれないけど、同じ変身ヒーローとしてだったら横に立てる様な気がした。もしかしたらお似合いになれるんじゃないかと思った。

 将刀と一緒に、世界を救う変身ヒーローになった未来を夢想する。どんな人でも敵わない化物に、二人で挑んで、苦戦しつつも何とか勝って、みんなに賞賛されて、それで何だか二人は良い雰囲気になって。

 法子はまた恥ずかしくなって、寝返りを打ち、壁とは逆方向に進んだ所為で、ベッドから落ちた。

 凄まじい音が響いて、体中に痛みが走る。

 床の冷たさに頭が冷えていく。

 浮かれている場合じゃなかった。

 冷静になった法子は再び昨日の事を思い出す。

 戦いが終わった後、みんなで病気の人達を病院の中に運んで、病院の人達が戻ってきて急いで治療を再開して、みんな助かったって聞いて安心して、それから。

 段々と思い出がぼやけていく。

 それから警察に行って、親が迎えに来て、沢山怒られて、それで帰ってきて眠って。

 それで今、起きた。窓から入ってくる光がどんどん強くなる。朝だ。

 あれからまだほんの数時間しか経っていない事が信じられない。それ位に濃密な夜だった。

 階下から扉を開閉する音と足音が聞こえてきた。

 多分両親が起きだした音だ。

 法子は起き上がって、重たい体を引きずりながら、一階に降りた。謝らなくちゃいけない。

 リビングに行くと朝ごはんの匂いが漂ってくる。油の爆ぜる音が響いている。

 キッチンに行くと母親が居た。鼻歌を歌っていた。

 母親は顔を覗かせた法子を見ると、驚いた顔になって、それから微笑んだ。

「おはよう」

「うん、おはよ」

 法子は答えてから、口ごもり、母親が目玉焼きを皿に移した頃にようやっと口を開いた。

「あの、ごめん」

「何が?」

 母親はにこにことしながら盛り付けをしつつ、片手間に返事をする。

「色々迷惑かけて。迎えに来てもらったり」

 母親は盛り付けの終わった皿を手に持って法子に向いた。

「それはもう昨日散々怒ったでしょ? 反省はしてるんでしょ?」

 そう言いながら、法子を押しのけてキッチンを出てリビングへ出ていった。

「うん。そうだけど」

 謝ったのに大した反応も無く流されてしまったので、法子は戸惑って立ち尽くしていると、リビングから母親の声が聞こえた。

「手伝ってよ。そっちのお皿持ってきて」

 そう言われて慌てて法子は料理を持って、リビングに出た。もう一度母親に何か言おうと思ったが、何も言えない。あっさりと流されたのにまた謝罪をするというのも変だし、散々迷惑を掛けたのにいつもの態度で接するのも何だか申し訳ない。どうして良いか分からず黙々と料理を並べていると、母親が言った。

「夜に病院に忍び込んだっていう位なら別に良いんじゃない? 友達と遊びたい盛りだろうし」

 法子が顔を上げると母親はまたキッチンに消えていた。キッチンから声が聞こえてくる。

「私も昔は色々やったし、ちょっと位危ない事なら別にね」

 そうして料理と飲み物を持って戻ってくる。声は明るいが、表情は真面目で、法子は怒られている気がして緊張した。

「でも爆弾魔とか出てるんだから、せめて今は夜出歩くの止めなさい」

「うん」

「後、帰りが遅くなるなら連絡する。心配だから」

「うん」

 法子は何だか泣きそうになって、声が上擦った。心配させてしまった事が情けなく、それを許してくれる優しさが嬉しかった。

 涙を堪えて謝ろうとしたが、泣いてしまいそうで口を開く事すら出来ない。そうこうしている内に家のチャイムが鳴った。

「早く食べなさい。一日中寝てたんだし、お腹空いてるでしょ」

 そう言って、母親が玄関に向かう。

 申し訳ないなぁと思いつつ、法子は言われた通り、席に着いてテレビを点け、溢れてきた涙を拭いながら朝食を取り始めた。

 お味噌汁に口を付けた時、ふと母親の言葉が引っかかった。

 一日中寝てた?

 もしかしてと思って、テレビを見ると、朝のニュースがやっていて、今日の天気を予報していて、今日の曜日が日曜日だった。病院での戦いが金曜日に端を発して、終わったのが日を跨いだ土曜日。帰ってきたのが日の昇る前だったから、文字通り丸一日眠っていた事になる。

 その事実はさして重要な意味を持っていない。強いて言うなら休日を一日無駄にした事位だけれど、それすらも学校が爆発事件によって臨時休校になっている今は何の問題にもならない。

 ただ座りの悪さを感じた。土曜日だと信じて過ごしていたのに、ほんの一瞬で日曜日へと流転してしまった。あまりにもあっさりと簡単に世界がずれてしまった。何だか不思議な重圧を感じた。

 むず痒い様な不快感を覚えながら法子がぼんやりとテレビを見ていると、急に身近な場所が映ったので、驚いて意識が覚醒した。あまりにも強烈な印象を持った風景。あの病院がテレビに映っていた。報道されている事柄は当然あの事件。魔術師達の集った病院での戦い。

 報道官が画面に向かって語りかけている。

 テロがあったという報道。死人は出なかったが大混乱を喫したという報道。

 法子はそれを聞いて複雑な気持ちになった。

 あれだけの混乱があって誰も亡くならなかったのは、表面だけを見ればとても喜ばしい事なのかもしれない。けれど実際にあの事件の場に居た法子は、友達が襲われ危うく殺されかけた経験している。その危うさを思い出して身震いする。もしもほんの一歩、何かを間違えていれば、誰か、友達や知り合いが死んでいた可能性がある。それを考えるとどうしても素直に喜べなかった。

 結局守れなかった。

 変身して事件を止めようとしたのに、結局周りに頼りっぱなしで、ほとんど何も出来なかった。

 友達も危険な目にあった。混乱が長引けば大勢の人が死んでいたかもしれない。

 そんな中でまたも自分はほとんど何も出来なかった。ただ一つ、将刀を守れた事以外は。沢山の無念の中のほんの一縷の希望は将刀を救えた事。駄目な自分に出来たたった一つの結果。それを思うと、事件に対する嫌な気持ちとは別に、心の中にほんの微かに暖かみが灯る。

 その時突然、玄関から母親の声が聞こえてきた。

「法子! お友達が来たよ!」

 法子は思考を打ち切り、慌てて立ち上がって、玄関へと向かった。

 友達。

 摩子に陽蜜に実里に叶已、友達の顔が次々に浮かび上がって、途端に嬉しくなる。と同時に緊張する。

 変身ヒーローだとばれた今、一体どんな顔をされるのだろう。昨日危険な目にあっている時に助ける事が出来なくて一体どんな事を思われているだろう。

 不安に思いながらも、とにかく友達と会えるという単純な嬉しさを原動力に、母親の横をすり抜け、玄関を飛び出した。

 門の向こうに友達が居た。

 けれど摩子達ではなかった。

 輝く様な白い髪に優しげな笑みを浮かべた同年代の女の子だった。期待していた人物と違って肩透かしをくらい、その後すぐにそれが親友である事を思い出して、法子はぱっと笑顔になった。

「穂風!」

 ほのかと呼ばれた少女は笑顔になって手を挙げた。

 法子が外に飛び出そうとすると、穂風は挙げた手を前に突き出した。

「法子、そのまま出てきっちゃ駄目だよ。とりあえず服位は着替えようね」

 そう言われて、法子は視線を落とし、パジャマを着ている事に気が付いた。後ろに立つ母親に頭を叩かれる。

 穂風が言い重ねる。

「頭もぼさぼさだし。前みたいにお風呂も入らずに外に出ようなんて思ってないよね?」

 過去の醜態を思い出して法子は恥ずかしくなって顔を赤らめながら、何度も首を横に振った。

「私の事は気にしないで良いから、ちゃんと準備して出てきてね」

 法子はぶんぶんと何度も頭を縦に振ってから家へと引っ込みいつにない速度で支度をして外に飛び出すと、穂風はさっきと同じ様に手を上げて法子を迎え入れ、法子の頭に手を載せると、顔をしかめた。

「頭濡れてる。ちゃんと乾かさなかったでしょ」

「え? ううん、ちゃんとドライヤーで」

 法子が反論すると、穂風がそれを切って捨てた。

「乾かし方が足りない」

 法子は気まずくなって頭を触る。

 穂風はそれを見て笑顔になったかと思うと、今度は真剣な表情になって、法子に問い尋ねてきた。

「ところで法子、男の人、そうだなぁ、二十代の中盤位? ちょっとおじさん入ってる、ちょっと目の鋭い、男の人、知り合いに居る?」

「え?」

 男の人の知り合いと言われて真っ先にルーマが浮かんだ。けれど何で穂風がそれに言及するのか。もしかして一緒に居るところを見られたのか。けれど能々考えてみれば、ルーマの外見は二十代中盤よりも若いし、目付きの悪さもちょっとでは済まない。多分穂風が言っている人とは違うだろうと思った。

 法子は不思議に思いながら首を横に振って否定すると、穂風はやっぱりかと言って溜息を吐き、次の瞬間駈け出した。

 法子が驚いて、穂風の行く手を視線で追うと、穂風は曲がり角を曲がって姿を消して、しばらくして「確保!」という勝ち誇った叫び声が聞こえた。

「法子! こっち来て!」

 穂風に呼ばれて法子が角を曲がると、そこに穂風と穂風に圧しかかられた男が居た。それを見て驚き戸惑う法子に向かって、穂風が叫ぶ。

「こいつ、さっきからずっと法子の家をちらちら見てたんだよ! 行ったり来たりして。見覚えある? 無いよね? じゃあ不審者だよ! 警察呼んで、警察」

 穂風は見覚えが無いだろうと断じたが、実のところ法子にはその男に見覚えがあった。

「徳間さん」

 徳間が顔を上げて弱々しく笑う。

「やあ、久しぶり」

 二人のやり取りを見て、穂風が不審な目で法子を見つめる。

「知り合い?」

 法子は頷いた。

「昨日の病院の事件で」

 そう言ってから、しまったと思って口を噤んだ。穂風にはまだ何も言っておらず、言う気もなかった。これ以上心配させたくなかったから。

 だけれど言ってしまった。

「病院て事件あったよね? どういう事?」

 法子は口ごもってどうすれば良いのか考える。穂風には心配して欲しくなかった。今まで文化祭で落ち込んだ時に慰めてもらったり、ショッピングモールの事件で入院した時にお見舞いに来てもらったり、沢山心配と迷惑を掛けてきた。それが時を経ずにまた心配を掛けてしまうのは申し訳ない。

 法子は何とか心配を掛けずにやり過ごそうと思ったが、結局良い案が思い浮かばずに、事実を伝えた。

「病院に忍び込んだら巻き込まれちゃって」

 法子の言葉に穂風が目を剥いて怒鳴る。

「何で、そんな危ない事したの!」

「だって、友達が」

「友達?」

 法子は身を竦ませる。そう言えば、穂風には陽蜜達が友達になった事を伝えていなかった。もしも穂風が自分の知らないところで友達を作っていたらきっと自分は傷付く。同じ様に穂風も傷付くかもしれない。穂風を裏切ってしまったみたいで怖くなった。

「あの、この間、友達が出来て、それで一緒に遊んでて、それで病院に行こうって」

「へえ、じゃあ、その友達が法子を危険な目に遭わせた訳ね?」

 法子はぶんぶんと首を横に振る。

 確かに穂風の言う事はその通りな訳だけれど、合意の上であったし、悪意があっての事ではないし、摩子達を恨むつもりも無い。

 だが穂風は納得しない様子で、法子を睨んだ。

「とにかく後でその友達呼んで! 私が話をつけるから」

 完全に摩子達に対して敵意を持ってしまった穂風を見て、法子はどうすることも出来ずにただ頷いた。仲良くしてもらいたい。友達同士で喧嘩なんかして欲しくない。けれど穂風を説得する事も喧嘩を止める事も出来そうにない。自分の無力さが嫌になった。

 絶望的な気持ちで立ち尽くす法子から目を離した穂風は、立ち上がると、地面に倒れた徳間を指差した。

「で、結局この人は何な訳?」

「あ、その人は病院で助けてくれた人で」

 法子がそう言うと、穂風は徳間を睨め付け、そうして「あっ」と声を漏らした。

「徳間さん?」

 穂風がそう言って目を瞬かせて徳間を見つめる。その視線を受けて、徳間は立ち上がりつつ、考える様に眉を寄せ、そうして目を見開いた。

「あ、あの誘拐事件の時の女の子か」

「あ、やっぱり」

 法子がどういう事かと思って、穂風を見ると、穂風は笑顔を向けてきた。

「前に私、連続誘拐事件に巻き込まれた事があって、その時に助けてくれたのがこの徳間さん」

 そう言った後、一転して穂風は徳間を軽蔑する様な視線で見つめた。

「それがストーカーになるなんて」

「いや、違う。誤解」

 徳間が手を振って否定する。

「ただ昨日あれだけ大変な事があったから、その子が大丈夫かと思って見に来たんだよ」

 そう言って、徳間は法子を見た。

 法子はその視線に、昨日の事件を思い出し、沈んだ気持ちになったが、それを振り払って頷いた。これ以上他の人を心配させたくはなかった。

「大丈夫です。確かに酷い事件だったけど、みんな助かったし、もっと酷い事件になったかも知れないから、ましだと思ってます」

 それは自分自身を納得させる為の言葉でもあって、法子はそう思おうと力を込める。それを聞いた徳間は安堵した様子で頷いた。

「あまり気に病まない方が良いよ。あれは最良ではなかったけれど、君の言葉通りましな部類の結果だった。あれ以上酷い事になる可能性は幾らでもあった。それを君達が防いだんだ。それにもしもあの事件で責任があるとすれば、プロである俺達にだ。巻き込まれた君達が責任を感じる必要は何処にも無い」

「はい」

 徳間の言葉は別段慰めにはならなかったけれど、とにかく慰めの言葉をもらったので、法子は頷いた。

「それで君の知り合いで怪我とかした人は居なかった?」

 法子は少し考えて俯いた。

「四葉ちゃんが」

「ああ、そうだったね。それ以外は?」

「それ以外、は特にみんな無事でした」

「なら一先ずその無事を喜んだ方が良い。事件はもう終わったんだから、後は前を向く事だ」

 法子が顔を上げると、徳間は背を向けて歩き始めていた。

「あの、心配してくれてありがとうございました」

 徳間は背を向けた手を振って去って行った。

 それを見送った法子は穂風に顔を向ける。

「あの、ごめんね」

「良いよ」

 穂風がそう言って、凶悪に笑って拳を握った。

「文句はその友達に言うからね」

 最悪の事態になりそうで、何とか摩子達と出会う前に穂風の誤解を解かなくちゃと頭を悩ませ始めた法子に、背後から声が掛けられた。

「あれ、法子?」

 その声を聞いて、法子は気が遠くなりそうになった。

 どうしてこう私はタイミンが悪いんだろう。

 そう思いながら振り返ると、陽蜜と摩子と実里と叶已、法子の友達が立っていた。

「もう大丈夫なの?」

 陽蜜に問われて、法子は頷く。ただ心はどうやって喧嘩を回避しようかと悩んでいた。その答えを待たずに、穂風が法子の前に出る。

「法子の言ってた法子の友達?」

 穂風が落ち着いた声音でそう問いかけてきた。

 法子は怯えながらも何とか答える。

「うん」

 すると陽蜜も穂風を指さして尋ねてくる。

「何、法子の友達な訳?」

 法子は胸が張り裂けそうな心配に苛まれながら頷いた。

「うん」

「へえ」

 陽蜜が面白そうに笑う。

 それに向かって穂風が言った。

「何で法子を危険に遭わせたの?」

 それに陽蜜が答える。

「別に危険に遭わせようとしたんじゃないよ」

 それを穂風が咎める。

「夜の病院でしょ? 危ないと思わなかったの?」

 法子はもう気が気でなかった。

「別に。だって、いっつも似た様な事やってるし」

「でも結局法子を危険に晒したよね?」

「でもほら! 結局みんな助かった訳だし! 良いじゃん!」

「ほんとあんたはいつもそう!」

 穂風が怒鳴る。

 法子は思わず身を竦ませる。

 穂風はその体を抱き締めながら、陽蜜を睨んだ。

「良い? 今度法子を危険な目に遭わせたら承知しないからね」

 守ってくれるのはありがたい。けれど喧嘩はして欲しくない。

 法子がそう願っていると、陽蜜が肩を竦めながら歩んできた。

「はいはい、ごめんね、法子」

 そう言って陽蜜は法子の頭を撫でる。

 穂風が更に言葉を重ねる。

「次から法子を誘う時は私も誘う事! 良い?」

「えー、意味分かんないんだけど」

「私は法子の親友なの! ね、法子」

 そう同意を求められたので、法子は思わず頷いていた。

「ほらね」

「まあ、法子が良いなら良いけどさぁ。じゃあ、穂風も来る?」

 穂風が法子を放した。戒めから開放された法子は、何だかおかしな流れになっている事を感じて、二人を見つめ、それから残りの呆れた顔をした三人を眺めた。意味が分からなかった。

 困惑する法子を余所に、陽蜜と穂風の会話は続く。

「何処に行くつもり?」

「知りたい?」

「勿論。何しに行くの?」

「法子が告白しに」

 えっと思って法子が陽蜜を見ると、陽蜜は既に歩き始めていた。その後を穂風が追う。

「ほうほう、それはどういう事ですか、旦那」

「道すがら話すとしようか、庄屋」

 そう言って二人は奇妙な笑いを上げながら歩いて行く。その後を摩子達が追う。困惑する法子も差し出された実里の手を取って後を追った。

「法ちゃん、変な二人に気に入られて大変だね」

 実里のその同情的な言葉の意味もまた、今の法子には分からなかった。


 徳間が剛太との待ち合わせ場所である公園に入ると、剛太は携帯で誰かと話していた。徳間は一度立ち止まって不思議そうに剛太を眺めたが、再び剛太に近付いた。

 近づく徳間に気が付いた剛太は、電話口に向かって何かを伝え、電話口を手で抑えながら徳間に顔を向けた。

「こちらは全て終わりました」

「こっちも問題無し。変身する位だから効きづらいかと思ってたけど、綺麗さっぱり忘れてたよ」

「そうですか。何だか妙ですね。他の者に掛けた忘却の精度もいつもに比べて随分強い。ほとんど完璧ですよ」

「それだけ魔力を消耗してたって事じゃねえのか? 抵抗力が落ちて効いたんだろ。何にせよ、効いてるならそれで良いだろう」

 徳間の言葉に剛太が頷いた。

「ええ、確かに。とにかくこれで事後処理も終わりました。思っていたよりも手間取りませんでしたね」

「ああ」

「これでようやく事件も終わりです。今、魔検に報告していますからちょっと待っていてください」

 剛太は再び携帯の向こうと話を始める。

 徳間はのんびりと公園の景色に視線を送り、突然剛太へ振り向いて近寄った。

「おい、剛太!」

「え?」

 剛太が驚いて徳間を見る。それを無視して、徳間は剛太が手に持つ携帯を奪い取った。

「ちょっと、真治」

 徳間は携帯に耳を当て、向こうから聞こえてくる魔検のお偉方の声を聞いて、訝しげに呟いた。

「ちゃんと聞こえる」

「当たり前でしょう! 何やってるんですか」

「いや、何かさっきからお前がノイズに向かって話しかけてたみたいで」

「ノイズ?」

 剛太は不思議そうに眉を顰める。徳間は剛太を見つめながら後ろへ退がる。徳間がある場所まで離れた時、剛太が目を見開いた。

「ノイズ! それですか? 確かに」

 徳間が剛太の驚きを見て尋ねる。

「もしかして今、お前にはこの声がノイズに聞こえてるのか? 俺には声が聞こえてるんだけどな」

「ええ、どう聞いてもノイズです! もしや敵の妨害?」

「いや」

 徳間が携帯を剛太に放った。

「分からないけど、何か起こってる」

 徳間の言葉に剛太は頷いて、それから携帯を指差した。

「とりあえずこれどうしましょう?」

「分からん。とりあえず普段通りに答えておけば良いだろう」

 剛太が頷いて携帯の向こうに謝りつつ話し始めた。

 徳間は剛太から離れる様に公園を散策しながら、ノイズと話す剛太の声を聞きつつ、空を見上げて溜息を吐く。

「今度は何が始まるんだ?」

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