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作中劇 閉幕

 茨の城が崩壊し、徳間は芝生の中に倒れこんだ。同じ様に、上半身だけになったフェリックスが少し離れた場所に倒れ落ちる。

 病院の広場に戻ってきた徳間は這いつくばりながら、隣に立つ真央に言った。

「倒したぞ。多分殺してない」

「そう、ご苦労様」

 真央は平坦な労いの言葉をかけ、倒れている老人を見た。上半身だけになり、腕も無いが、まだ生きている様だった。

 しぶとい事だと呆れながら、真央は老人へと近づこうとすると、突然老人の隣に黒い棺が現れた。

 嫌な予感がして真央は駆け出す。

 だが黒い棺の中から現れた引網は、誰よりも速く、フェリックスの体に触れた。

「ふふふ。まだ生きていますか。けどこれだけ弱っていれば」

 引網が笑う。その目が血走り狂気に染まっていく。

「リアルパペティア!」

 遠郷が唐突に現れた引網を見て、声を上げた。

 引網が血走った目を遠郷へ向ける。既に正気の失せた目付きに、遠郷が口を開いたまま固まった。

 血走った目のまま引網が手を挙げる。

「やあ、玲。どうだ? 羨ましいだろう? ついに手に入れたぞ、最強の人形を!」

「お前」

「ずっと欲しかったんだ。その為に私がどれだけ苦労したか。そうしてやっと手に入れたんだ。遂に手に入れたんだ。俺の長年の夢なんだ。手に入れたんだ」

 引網が引きつった様に笑い始める。言葉は既に取り留めがない。

「お前、それ以上は止めろ!」

 遠郷が叫ぶ。

「暴走してる。魔術についていけてないぞ! このままじゃ、お前は」

「嫌なこった。俺がようやく手に入れたんだ。誰にも渡すもんか。これは私の物だ。少しすればすぐに操れる様になる。これは僕のだ。僕のなんだ」

 引網が引きつった笑みを浮かべながら、黒い棺の中に入り始めた。

「待ちなさい!」

 それを止めようと、真央が走り寄る。

 その時、フェリックスの体が一瞬で修復されて立ち上がった。同時に真央の前に、槍を持ち豪奢な西洋甲冑を着た騎士が現れ、目にも留まらぬ速さで真央へと突きを繰り出した。真央はそれを間一髪で避ける。

 その間に引網は哄笑をあげながらフェリックスと共に黒い棺の中に消えた。黒い棺が消える。騎士の姿も消える。

 戦いが終わって、静寂が訪れた。けれど誰もが不気味な哄笑の名残を耳の奥で聞いていた。


 水ヶ原は俯いて地面を見下ろしながら微動だにしていない。

 その肩を遠郷が叩いた。

 水ヶ原が顔を上げる。

「遠郷さん、佐藤さんと鈴木さんが」

「ああ」

「羽鳥さんも。それに引網さんもおかしくなって、組織のみんながどんどん」

「反省会は後にしよう。今はとにかく逃げるぞ」

 遠郷が背後を親指で差した。徳間が倒れている。

「回復する前に、逃げた方が良い。まだ俺達の戦いは何も終わっちゃいない」

「ええ、確かにそうですね」

 水ヶ原は目元を拭って頷くと、遠郷と共に消えた。


 真央は倒れた徳間の傍でしゃがみこんだ。

「大丈夫?」

「ああ、怪我はない。ただしばらく動けそうにないな」

「そう、良かった。それで、明日太君の事なんだけど」

「さっき聞いたよ」

「そうだったわね」

「過ぎた事を気にしても仕方ねえ。今は俺達のやるべき事をやるぞ」

「そうね。剛太君を呼んでくる」


 法子は全てが終わった事を知って、力が抜けて崩れ落ちた。それを将刀が支えるも一緒になって倒れこむ。

 倒れこんだ法子が横を見ると、将刀の顔がすぐ近くにあった。将刀の顔がこちらを向く。法子の心臓が高く跳ねる。

 その傍に摩子が歩んできた。

「法子、大丈夫?」

 法子は慌てて将刀から顔を背け、摩子に向かって何度か頷いた。

「おーい、摩子!」

 声が聞こえ、誰かが走り寄ってきた。

「あ、たけちょん」

「良かった。助かって」

 法子が倒れながら武志を見ると、武志は背に小さな子供を背負っていた。

 摩子が尋ねる。

「その子に怪我は?」

「大丈夫。ただショックで気を失ったみたい」

「そっか。そうだよね。酷い戦いだったから」

 摩子が沈んだ口調で答えた。

 法子も沈んだ気持ちになる。

 エミリーを救えなかった。ジョーも死んでしまった。四葉の父親も酷い事になって。やっぱり誰一人救えなかった。

 法子が顔を手で覆った時、陽蜜の声が聞こえてきた。

「あれ? そこに居るの、法子と将刀君?」

 慌てて手をどかすと、いつの間にか自分の周りに陽蜜達が集まっていた。

「何、やっぱり二人はそういう仲だった訳?」

 陽蜜が意地悪く笑う。

 法子は隣に顔を向けて、そこに将刀が居て顔を赤らめているのを見て、慌てて横に転がり、立ち上がった。酷く体が重い。

「法子、大丈夫だった?」

 陽蜜が元気な笑顔で尋ねてくる。こんな時でも明るい陽蜜の笑顔に励まされた。

 法子はそれに大丈夫だったと答えようとしたけれど、答える前に陽蜜に抱きしめられ、法子は陽蜜の胸に顔を埋める。

「良かった、法子が無事で」

 陽蜜が打って変わって泣きながら法子の頭を抑える。陽蜜の泣き声を聞いている内に、法子もまた喉の奥から何かがせり上がってきた。

 法子はどうしようもない感情を目頭の辺りに感じながら、謝った。

「ごめんなさい。陽蜜、みんな、あの時私助けられなくて」

「助けてもらったよ! 法子のお陰で私達助かった!」

「でも」

 法子の目から涙が流れるが、それは全て陽蜜の服に吸い込まれていく。けれど嗚咽は隠せない。

 エミリーを助けられなかった罪悪感がどんどんと湧いてくる。

 泣いている法子の頭を陽蜜が抑える。

「法子は良くやった。凄かったよ」

 その励ましが、法子の中の堰を崩した。

「でも私」

 言葉に詰まる。

「私やっぱり救えなかった。エミリーちゃん、いっつも傍で助けてくれて明るくしてくれて、私なら出来るって励ましてくれたのに、なのに、目の前で、絶対助けられたのに、なのに私助けられなくて、エミリーちゃん私に手を伸ばしたのに、きっと助かりたいって思ってたのに」

「頑張ったよ、法子は。頑張った。だから責めちゃ駄目」

 法子の喉が悲しみにきゅっと締まる。

「でも絶対助けられたんだよ? 私がちゃんとしてれば。私がもしも私じゃなければ、英雄だったら、エミリーちゃんを助けてあげられたのに」

 後はもう言葉にならずに法子は泣いた。

 法子が泣いていると、突然叶已の声がした。

「待ってください。いきなりどうしたんですか?」

 切羽詰まった叶已の声に、全員がそちらを向く。叶已は剛太と向い合っている。

 剛太は残念そうに息を吐いた。

「気付かないで欲しかったんですけど」

「質問に答えてください。今、何をしようとしたんですか?」

 剛太が黙っていると、別の場所から声がやって来た。

「剛太君、さっさと。後がつかえるから」

「ええ、分かってます」

 剛太は一瞬苦しそうに顔を歪めたが、決意を込めて目を見開いた。

 途端に法子は吐き気に襲われた。唐突な目眩と吐き気、世界が極彩色に歪んでいく様なそんな気持ち悪さ。

 音が聞こえて、辺りを見ると、歪んだ視界の中で、みんなが倒れている。法子が、ふらついて、何か、柔らかいものを、踏み、下を見ると、陽蜜が、倒れている。

「何で」

 苦しみ、ながら、法子は、呟く。

 それに、タマが、答えた。

「強い、精神干渉だ」

「タマ、ちゃん。何で、いきなり、そんな」

「分からない。くそ、何でこんな、大した事の無い干渉を、打ち破れ、ないんだ?」

「タマ、ちゃん」

「法子、とにかく、変身を」

 そう言われても、もうほとんどの、事が分からなく、なっていた。変身が、何かも、良く、分からない。

「タマ、ちゃん」

「何だよ、これ。おかしい。こんな、事が」

 そこで、タマの、思念が、途切れた。

 法子の精神を、保っていた、最後の綱が途切れた事で、法子の、心は、一気に、崩壊し、始める。

 法子の心が、ほとんど、溶け、崩れた、頃に、またタマの、思念が、やって、来た。

「法子! 聞いて、くれ! 馬鹿げて、いると、思う、かも、しれない、けど、君の、君達の、体は、今」

 そこで、法子の、意識は、暗転、して、深い、闇の、中で、倒れ、こんだ。


 全ては闇の奥に封じ込まれ、空虚な劇に幕が下りる。

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