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作中劇 希望

 蹴りを放ったフェリックスがゆっくりと足を戻して辺りを見回すと、突然に時代遅れ達の動きが変わった。今までの守る様な動きから攻める動きへ。

 法子と摩子の元へも、烏帽子を被り大紋を着込んだ男が駆けてくる。

 法子は一度広場を見渡した。初めの内は沢山居た魔術師が今はもう二十に満たない。他の人達がどうなったのかは分からない。

 隣の摩子が声を掛けてきた。

「ねえ、法子、お願いがあるんだけど」

 法子は意外に思って摩子を見る。もう敵はすぐそこに居る。

「あの人を抑えててくれない?」

 法子は顔を前に向ける。烏帽子姿の男がやって来る。

「私、自信がある。集中して、少し時間があれば、悪い人達みんな倒せる自信がある」

 法子は頷いて片手で刀を構え、もう片方の手にも刀を生み出した。

「だからお願い。少しの間、抑えてて。私、後ろで集中してるから。だから」

 その瞬間、法子は更に速度を上げて、烏帽子姿の男へと近付いた。

 摩子は自信があると言っていた。それはつまり絶対にどんな事でも出来るという事で、自分がここで敵を食い止めれば、間違いなく摩子はここに居る悪者を全員倒してくれる。だったら否や何て言うはずがない。摩子だったら出来るから。自分はそれを助けるだけだ。摩子は英雄だけれど、自分は違う。だから自分は英雄を助ける事で皆を助けるんだ。

 法子が近付いた瞬間、烏帽子姿の男の両腕が余りにも速く動いた為に、消えた様に見えた。

 法子は先程烏帽子姿の男の攻撃を受けた時に、相手の攻撃を不完全ではあるけれど解析していた。それは純粋な剣術。地面に突き刺さった刀を抜き出し切るという単純な工程を、人間離れした速度で繰り出してくる。

 だから、それを止めるには。

 そこまで考えたところで、自分の中に全く策が無い事に気が付いた。完全に勢いで飛び出してきてしまっていた。

 不味いと思ったがもう遅い。法子は必死の思いで二本の刀を防御に回した。

 その瞬間、目の前に巨大な鉄の壁が立った。

 それがばらばらになり、向こうから烏帽子が現れる。

 好機だと判断した法子は防御の構えを解いて二本の刀で敵を狙う。限界まで性能を上げた解析が敵の動きを弾き出す。

 好機だと思った法子の予想に反して、既に次の攻撃がやって来ていた。このままいけば自分が切り裂かれる。だがそれと引き換えに敵の腕を一本奪える。切ったところですぐに回復してしまうかもしれないけれど、きっと今の鉄の壁は元華の魔術で、という事は、既に後ろに元華が居て、自分が倒れても代わりに敵を倒してくれる。

 目的は敵を倒し世界を守る事であって、それ以外の何物でもない。それであれば自分はただの人柱以上の価値は無く、あくまで後ろに控える摩子が敵を倒す為のお膳立てに他ならない。

「いや、おいおいおい。どうした、法子。何を馬鹿な事を考えている」

 自分はあくまで敵を倒す為の駒。エミリーがそうであった様に、ジョーがそうであった様に。

「馬鹿か! そんな責任を……やっぱり気に病んでいたか、でも法子」

「タマちゃん、私は英雄になれないけど、やっぱり私の目指しているのはヒーローだから」

「だから! 君が死んで得られる平和が何処にある! 何で、君は、毎回毎回自分を犠牲にしようとするんだよ!」

「だって私はヒーローを目指しているから」

 英雄は世界を守るもので、そして世界に自分は必要無いから。だから例え必要の無い自分が犠牲になっても世界を守れるならそれで良い。

 何か言ってくるタマの言葉を無視して、法子は烏帽子男の腕を狙う。敵の攻撃が両側からやってくる。

 そして法子は烏帽子男の右腕を切り裂いた。

 同時に両側から金属音が立て続けに鳴った。

 右腕に刀が掠った。

 法子は右腕から血を吹き出しながら烏帽子男とすれ違う。

 右腕の傷を見て法子は不思議に思った。あまりにも浅い。本当なら体がばらばらになっているはずなのに。右腕の傷はタマが呪いを解いた事で自然と治癒していく。

 不思議に思う法子に声が掛けられた。

「大丈夫だったか?」

「何だよ、今の攻撃。死ぬ気?」

 振り返るとマサトと春信が居た。

「あ、助けて、くれたんだ」

「抜けてるなぁ、ホント。何でこんな奴が僕を倒せたんだか」

 春信が呆れた様に言った。

 その時法子は背後に悪寒を感じ、咄嗟に刀を振った。振った刀が矢を弾き飛ばすが、その衝撃で腕が上がり、体が開く。そこにもう一矢打ち込まれる。だが法子の目の前に透明な壁が築かれ、それが矢によって粉砕されたかと思うと、背後から伸びてきた二本の刀が矢を打ち払った。

「じゃあ、法子。もうこっちは片腕無くなってるんだから勝てるだろ? 僕はあっちの、ジョーさんの仇を討ってくる」

 そう言って、矢を打ち払ってくれた春信が矢を打ち込んだ大男へと駆けていった。更に壁を生み出してくれた元華が法子の肩を叩いてから春信の後を追う。

「あの子一人じゃ心配だから私も行くよ。死なないでね、法子ちゃん」

 後に残された法子が振り返ると、矢を打ち払ってくれたマサトが剣を構えながら言った。

「それじゃあ俺達はあの剣聖を倒そうか」

 法子は烏帽子男に顔を向けて思いっきり叫ぶ。

「はい!」

 烏帽子男は片腕が落ちたまま、回復する事無くもう片方の手で刀を握りこちらに対峙していた。

「どうやら向こうは怪我を治癒できないみたいだな」

 という事は持久戦に持ち込めば有利という事に。

「だけどあまり時間をかけてはいられないな」

「え? どうしてですか?」

「周りを見ろ」

 そう言われて法子が辺りを見回す。

「大分こちらの旗色が悪い」

 その通りだった。

 丁度悲痛な絶叫と誰かを呼ぶ叫びが聞こえ、見ると誰かが鎧武者の槍に貫かれて高々と掲げられていた。その姿がエミリーの姿と重なって、法子は一瞬凄まじい罪悪感を覚えた。

「早く倒して、周りに加勢しないといけない」

 法子は頷く。

「相手はもう片腕だし、一気に片をつけよう」

 法子はもう一度頷いて、身を低くし、マサトと一緒に駈け出した。

 敵はもう片腕だけ。攻撃の数は半減する。それを防いで、切り返す。そうすれば敵は回復しないからあっさりと倒せる。だからとにかくここは敵の攻撃を防ぐ事を第一に考える。

 そう算段して、法子は二刀で防御の構えを取った。そうして念を入れて解析をしながら敵へと接近する。

 敵の攻撃がやって来た。

 その一瞬、法子の体が硬直した。

 敵の攻撃の数があまりにも多かった。

 両腕があった時よりも更に多い斬撃が法子とマサトを襲ってきた。

 法子は驚きつつも、何とか防ぎきろうと敵の攻撃を打ち払う。マサトと一緒に十幾つの刀を払い、それを超える斬撃に切り裂かれる。

 烏帽子姿の男とすれ違った時、法子もマサトも全身に深い傷が幾つも入っていた。タマが急いで呪いを解き、法子の傷は回復する。けれど体内の魔力が一気に減った。一方で、マサトは呪いを解けなかった様で、全身から血を流しつつ膝をついた。

 法子は慌ててマサトに手を当てる。

「タマちゃん、マサトさんの呪いを解いて!」

「分かってる」

 そうしてすぐにマサトの傷が治癒し始めた。マサトが顔を上げて法子を見つめる。

「これは……君は」

「傷に呪いがかかってて治らないから……その呪いを解いたから、その、治って、その、良かったです」

「ありがとう」

 マサトの微笑みに法子は身を固くする。

 マサトが立ち上がる。

「どうやら片腕を切り落とした程度じゃ駄目らしい」

 それは今、法子も身をもって知った。

「でも両腕があった時に比べて、攻撃力は明らかに落ちた。多分万全だったら俺達は既にばらばらになって死んでいただろう」

 法子はそれを想像して身震いする。

「だから、そこを何とかつければ」

 マサトがそう言って、黙った。多分作戦を考えているんだ。法子はそう思って自分も何か出来ないかと考えを練った。

 その時、タマが言った。

「剣士として戦うな」

「え?」

「相手は剣士として恐ろしく強い。信じられない位に。今まで見た事が無い位に」

「うん。だからどうしようか」

「でも魔術は全くだ。肉体のみであそこまで剣術を昇華させたのは凄いけど、でも魔術が使えないんじゃ防御はからっきし。現に再生出来ていないし。だから剣術だけじゃなくて魔術で対抗するんだ」

 そうは言っても法子だってそんなに魔術が得意な訳じゃ無い。やっぱり摩子の魔術が発動するまで時間稼ぎに徹した方が良いのだろうか。

 と、そこで自分にも出来る事を思いついた。

 法子は刀に魔力を込め、斬撃にして敵へと飛ばす。烏帽子姿の男の腕が一瞬消え、甲高い金属音が鳴った。防がれた。

「駄目かぁ」

「斬撃じゃ駄目だ。純粋な魔力で」

 そうは言っても何も無い。刀に概念を付与して、とも思ったけれど、それでは結局敵を切らなくてはいけない。やっぱり自分を犠牲にしてでも切りに行った方が。

 ふと思いついた。この病院で習得した自分にも出来る、剣での戦いで一番効果的なんじゃと思える事を。

「どうだろう、タマちゃん」

「うん」

「タマちゃん?」

「いや、君って本当に、反則だよね」

 法子はタマの言葉に笑ってから、自信を持って駈け出した。

「法子さん!」

 後ろからマサトが追ってくる。

 けれど法子は止まらず、烏帽子姿の男へと接近した。

 当然の如く、敵の斬撃が襲ってくる。

 その瞬間、法子は霧になった。

 霧になって敵の背後に周り、敵が振り向いた時には、再び敵をすり抜けて背後を取った。敵が魔術を知らないのなら、霧になる事なんて想定していない。それは絶対の有利。大きな隙を生み出せる。

 がら空きになった敵の背中へ左手の刀を打ち下ろす。

 だがその左手が切り飛ばされた。

 何で?

 法子が解析を行うと、敵は背を向けたままでも攻撃が出来る様だった。現に今、数十の斬撃がやってきている。

 法子は右腕の刀で何とか防御しようとするが、両腕があっても防げないのに、片腕だけでは防げる訳がない。

 法子の喉が干上がる。

 死ぬ。

 そう思って、目を閉じた。

 その瞬間、体を押された感触と、自分の体に切り込みの入る感触と、切られた音と血飛沫を感じた。

 目を開けると、マサトが敵に背を向けて法子を守る様にして、体中を傷だらけにして立っていた。両腕は無く、腹の半分まで達した切れ込みが痛々しい。

 マサトの体をもってしても防ぎ切れなかった斬撃が法子の体に幾多の傷を残していたが、法子はそんな事を気にしていられない。

 自分を見下ろしてくるマサトを見上げて、法子は叫ぶ。

「マサトさん!」

 マサトは虚ろな目をして法子を見つめていたが、やがて目に光を灯して叫んだ。

「俺に構うな! 敵を倒せ!」

 そうしてマサトの体が傾ぎ、敵の姿が見えた。

 法子の認識から敵以外の全てが消えた。

 法子は、以前タマが自分の体を操っていた時の事を思い出した。あっさりと敵を切り裂き背後に回った目に留められない程の身のこなし。

 解析が敵の攻撃を導き出す。

 数多の斬撃が自分を襲ってくる。

 それを防ぐ方法は至極簡単。

 腕が無ければ刀は振れない。

 即座に法子は行動に移る。

 敵の斬撃よりも速く、目にも留まらぬ速さで、法子の刀は敵の片腕へと達し、あっさりとそれを切り飛ばす。

 来るはずだった数多の斬撃が一瞬で消失する。

 法子は返す刀で敵の腹を切り裂いた。

 敵の体から力が抜ける事を伝えてくる。それに遅れて敵の体が傾いて倒れた。

 敵を倒した法子は、唐突に現実感が戻ってきて、はっとしてしゃがみ込んだ。

 マサトが血塗れになって倒れている。傷だらけで死んでいてもおかしくない。

「マサトさん!」

 法子は急いでマサトの体に触れる。微かに鼓動があった。

「タマちゃん! 速くマサトさんの呪いを」

「その前に君の」

「良いから! マサトさんを!」

 マサトの魔力はほとんど空になっていた。

 マサトの黒い鎧が消失し始めている。

 兜が消え、胸当ても消える。

 現れたのは将刀だった。魔力を失って変身の解けた将刀が血塗れになって倒れている。

「将刀、君?」

「法子! 呪いは解けた! 速く魔力を注ぎ込め!」

「あ」

 法子はタマの言葉に促されて将刀の体へ魔力を流しこみ始めた。だが一向に傷が治らない。将刀の鼓動が弱まり、死へと向かっている。

「何で! どうして治らないの?」

「そうか、変身が解けたから。多分将刀は君と同じだ。変身する事で強くなる。逆に言えば、変身しなければ普通の人だ。こんな大怪我、自然には」

「じゃあ、どうしたら!」

 答えは分かっている。摩子の様に、外から傷を治せば良い。けれど法子にはそれが出来ない。

「タマちゃん、傷は治せないの? 呪いを解いたみたいに」

「私は、残念だけど、出来ないよ。そんな必要なかったし」

「必要無いって、何で!」

「そんな必要なかったんだ」

 法子の胸が詰まる。普通の魔法少女は治癒が出来るんだ。だからわざわざタマが手を貸す必要なかったんだ。私だけ。こんな時にまで、私だけ劣っている。

「いや、君が特別出来ない訳じゃないよ。他人を治癒するのは本当に難しいんだ。だから今までの主もみんな最初の内は出来なかった。段々と力を付けてそれで出来る様になった。いずれ君も。でも君はあまりにも早く、こんな大きな戦いに巻き込まれたから」

「今はそんな事。そんな事言ってるんじゃない! 私が出来ないから」

 摩子みたいに他人を治せれば。

「そうだ! 摩子! 摩子! 助けて!」

 そう言って、摩子に向かって助けを呼んだ。だが遠くで魔術の詠唱を行なっている摩子は聞こえていない様で動かない。呼びに言っている時間は無い。もう間もなく将刀は死ぬ。

「何で!」

 法子は将刀の傷に手を当て、せめて流れ出る血を止めようとした。だが傷の面積は法子の手よりも遥かに広く、血はどんどんと流れていく。

「私が摩子だったら! 摩子みたいに出来たら! なのに何で!」

 法子の中に、摩子が人を治癒して助ける場面が思い浮かんだ。その時自分は見ているだけしか出来なかった。

「何で! 私は! 何で私は誰も救えないの!」

 魔法少女になってからの自分を思い出す。

 戦う事しか出来ず、誰一人救えなかった過去の自分。

「何で! どうしていっつも! 私は! 魔法少女になったのに! みんなを助けたかったのに! どうして!」

 将刀の鼓動が感じられなくなった。法子は涙をこぼしながら必死で魔力を流し込む。

「何で!」

 その瞬間、法子の手がほんのりと輝いた。

「え?」

 法子が呆然と声を出した時には、瞬く間に将刀の傷が治っていく。

「何で?」

 将刀が突然血を吐き、呼吸を取り戻した。

「何で?」

 将刀の目が開く。

 そうして将刀が叫んだ。

「後ろ!」

 法子が慌てて振り向く。

 そこに烏帽子姿の男が足先で刀を掴み振り下ろそうとしていた。

 法子は咄嗟に立ち上がって迎え撃とうとしたが、力が入らない。

「あ」

 治療に魔力を使いすぎて、体の中の魔力が切れていた。

 不味い。そう思うが、体は動かない。

 残酷にも刀は振り下ろされようとしている。

 体が引っ張られ倒れる。

 法子をかばう様に将刀が前に出る。両腕を広げ、法子を守る為に、敵の攻撃に身を晒す。

「将刀君!」

 法子が叫んだ時、幾つもの金属音が鳴り響き、続けて烏帽子姿の男の体がばらばらになった。

 ばらばらになった烏帽子の向こうに人が立っている。長剣を持った彫りの深い異国の中年男性だった。男は白髪の混じり始めた短い黒髪を一度掻いて、辺りを見回し、それから法子を見下ろした。

「剣士は、あなた一人が残っています」

 その目を見て、法子は戦慄する。

 仲間じゃない。こいつ敵だ。

 法子は必死の思いで立ち上がり、将刀の前に立った。

 将刀を守らなくちゃいけない。折角助かったのに、もう絶対に奪われたくない。

 烏帽子姿の男をばらばらにした攻撃を法子は解析し終えた。

 それは幾多の斬撃、それも烏帽子姿の繰り出してきた数よりも遥かに多い。そしてそれは魔力で出来ていた。物質、エネルギーを問わず切り裂く魔力の刃。それが烏帽子姿の男の刀を弾き飛ばし、体をばらばらにした。

 解析でそう分かった。

 けれど、ではどうしたら良いのか分からない。

 霧になっても魔力の刃位には切られてしまう。防ごうにも烏帽子姿の攻撃すら防げなかったのにそれよりも数の多い攻撃を防げるとは思えない。相手よりも速く攻撃する等、立っているのがやっとな体で出来る訳が無い。

 せめて何か守れる手段があれば。

 そう考えている内に、男が長剣を構えた。

 解析が男の攻撃を弾き出す。全方位を覆う凄まじい数の刃。

 防げなかったら将刀君まで。

 必死の思いで頭を巡らせて、ようやっと思い出した。たった一つの打開策を。

 法子はポケットの中から一つの道具を取り出した。金厳屋でもらった魔力を逸らす道具。

 魔力の刃が迫ってくる。

 法子は祈る気持ちでボタンを押した。その瞬間、対象の魔力量に耐えられず道具が破裂する。

 だが魔力の刃は軌道を変えて辺りの地面を抉った。将刀にも自分にも届いていない。確かに魔力の刃の軌道は逸れた。

 対抗する道具を失った今、これがたった一度のチャンス。

 法子は刀を振り上げ、男へ向かう。

 男は迎え撃とうとする姿勢を取る。

 法子は叫びながら男を見据え、それが景色ごと傾いた。

 気が付いた時には地面に倒れ、全身に衝撃が走る。敵の攻撃を受けたのではない。魔力が尽きた所為で、もう体がほとんど動かなくなっていた。ぼんやりと滲んだ視界の中、何とか立ち上がろうとするが、手足が無為に動くだけ。首を動かして自分の体を見ると、変身が解けていた。これでは立ち上がれたところで戦えない。

 せめて将刀には逃げて欲しい。自分がやられている間に、出来るだけ遠くへ逃げて欲しかった。時間が来れば、きっと摩子の魔術で悪者はみんなやられるはずだから。

 そう思って敵を見つめていると、あろう事か将刀が法子と敵の間に這って来た。

「法子さん!」

 そんな必死な声が聞こえてくる。

 将刀の背が見える。多分自分を庇ってくれているんだろうと思った。でも止めて欲しかった。逃げて、生きて欲しかった。けれどそれを言う元気すら今は無い。

 その時、敵の声が聞こえた。

「戦える剣士が居ない」

 そうして刃を鞘に収める音が聞こえ、足音が去っていく。

 法子も将刀も生きている。

「何だったんだ、あいつ」

 将刀が言った。かと思うと、突然振り返って、法子の体に触れた。

「大丈夫? 法子さん!」

 法子は頷けもしない。

 将刀が体を抱き起こしてくる。

「怪我は……何処にもない。後は魔力が」

 そんな言葉と共に、将刀の体から魔力が流れてくる。

 少しずつ元気が戻ってきて、そうすると涙が溢れてきた。

「将刀君」

「何?」

「良かった」

「うん」

「良かった。良かった。将刀君が死んじゃわなくて。他の人みたいに死んじゃわなくて。守れなかったけど、みんなは守れなかったけど、将刀君は守れた」

 堰を切って涙が溢れ出る。将刀君を救えて良かった。その一方で、救えなかった人達に申し訳ない。

「ありがとう、法子さん。助けてくれて」

「ううん、将刀君も、ありがとう、さっき庇ってくれて」

 法子が必死に涙をこすって将刀を見る。

 将刀はほんの微かに笑った。

「あの魔法少女は法子さんだったんだね。通りで放っておけないと思った」

 その笑顔はすぐに引っ込み辺りを見回すと、深刻そうに呟いた。

「とにかくもう俺達は戦えない。ここを離れよう」

 法子が身を起こすと、丁度春信が弓矢を携えた大男の首を跳ね飛ばしたところだった。けれど元華の姿が見えない。何処に行ったのかは分からない。広場を見回すと、魔術師の数がさっき見た時の半分程になっていた。残っている魔術師達も明らかに動きが悪く、疲れが見える。状況は悪かった。

 その時、空が瞬いた。

 法子が空を見上げると、巨大な魔法円が光っていた。

 そうして凄まじい空気の振動が轟き、空の魔法円から幾多の光球が生まれ、それが途中で一度静止して、空を埋め尽くすと、一気に降り落ちてきた。光球は統制のとれた動きで、老人とそれの生み出した時代遅れ達へと降り注ぎ、広場中が光りに包まれる。

 そうして光が消えると、老人の生み出した時代遅れ達の居た場所には焼け焦げた黒ずみだけが残っていた。

 だが老人だけは依然としてそこに居る。凄まじい魔力を発散しながら、立っている。

「倒しきれてない!」

 法子が絶望的な気持ちで叫んだ時、広場の魔術師達が老人へ近付く人影に気が付いた。

 徳間が老人へ向けて走っていた。


 駆ける徳間に向かって、真央が追いかけながら言った。

「ごめんなさい。助けられなかったわ。ここに居た人達も、明日太君も」

 それに対して徳間が、立ち上がりかけている法子や将刀、それから項垂れている春信を見て答える。

「誰にもどうにも出来なかった。でもお前が敵全員の行動を縛っていたお陰で助かった奴等が居る。今の光の魔術だって、お前が居なけりゃ防がれてた」

 そうして真央の横に並ぶと、真央の肩を一度叩き、速度を上げた。

「後は俺に任せろ!」

「ええ、残った力全部を使ってあいつの動きを止めるわ」

 真央が木槌をフェリックスへ向ける。

 徳間は駆けた。一直線にフェリックスへと向かう。

 徳間の視界の中、フェリックスの立つ場所に突然炎の柱が立った。それが掻き消えると、フェリックスの頭上に岩が現れ、フェリックスへ向かって光線が走り、フェリックスの周りに花弁が散った。フェリックスは手を振って、周囲の魔術を全て払う。

 その隙に徳間はフェリックスへと肉薄する。

 フェリックスが徳間に向かって蹴りを放とうとした。

 しかしその動きが一瞬止まる。

 それを見逃さず、徳間は針の様な短剣をフェリックスの腹に挿し込んだ。さらに棘を生み出そうとしたが、上手く魔術が発動しない。束縛から抜けだしたフェリックスによって、徳間は蹴り飛ばされ、地面を転がった。

 そうして徳間が立ち上がった時、周囲の景色が一変していた。

 大理石で出来た広い部屋。壁は茨が覆っている。天井と床は白く、天井には豪奢なシャンデリア、床には一筋の赤い絨毯がフェリックスの背後にある茨で覆われた扉から床を這って真っ白な棺へと伸びている。蓋の開いた棺の後ろには徳間が立っている。徳間は棺に手を突いて、フェリックスへと微笑んだ。

「ようこそ茨の城へ」

 茨の城の中には徳間とフェリックスと、棺の中の死体しか居ない。

 閉鎖された世界の中で、ヒーローは怪人と対峙する。

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