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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
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落ち込んだ日の帰り道

 法子が心の中で必死に助けてと繰り返していると、優しげな声がかけられた。

「どう? 殺されそうになるのがどれだけ嫌な事か分かった」

 その声音に、自分の命が救われる可能性を見出して、法子は顔を上げようとした。だが上げられない。体が言う事を聞かない。口から涎が垂れるだけ。

「ね? 嫌でしょ? 駄目だよこんな事。もう二度と酷い事はしようとしないで、約束して」

 最後の言葉だけ妙に底冷えしていた。動かないはずの法子の体が動いて、何度も頷いた。

「分かってくれてありがとう。それじゃあ、ばいばい。あの子は大丈夫。私がちゃんと帰しておくから」

 足音が離れていく。それから何か音が聞こえて、しばらくして止んだ。後には外からの喧騒が聞こえてくるだけだ。

 魔法少女は居なくなった。命の危機が去って安堵した法子は、急に悔しくなった。流れていた涙が更に多くなる。何かにすがりたくて、法子はタマに尋ねた。

「ねえ、タマちゃん。私間違ってたの?」

「押し通せない正しさなんて存在しないよ。でも、私はあの同業者の言葉も間違っていると思うね」

「どういう事?」

「理由は三つ。

 一つ目は授業で習ったかもしれないけれど、魔物は向こうの世界の概念に守られているからそう簡単に死なない。首を切ろうが真っ二つにしようが時間をかければ元の状態に戻る。だからあの同業者が魔物を殺す罪で君を糾弾したのは間違っている。起こりえなかったんだからね。

 二つ目に、魔力を有するものは魔術に対する抵抗が備わっている。魔物だって魔力を持っている。魔物を向こうの世界に帰す場合は送還の魔術を行う訳だけど、魔物の抵抗力が働いて上手くいかない。だから抵抗力を少なくしないといけない。その一番簡単な方法が肉体を痛めつける事だ。君やあの同業者程度の力量じゃそれしか選択肢が無い。つまりあの同業者だって魔物をどうにかするには結局暴力に頼る必要がある。君がやろうとした事と、意識の差はあれ同じだ。

 そして三つ目。これは今の君の姿を見れば一目瞭然。あの同業者は君に酷い事をした。あの魔女が君よりも正しいなんて私には到底思えない」

「そっか」

 タマの長々しい説明は法子の頭にほとんど入って来なかった。けれどその言葉が法子を励ますためのものである事は分かった。だからこそ、それに法子は感謝して、同時に励まされなければならない自分の不甲斐なさに悔しい思いが強くなった。

 魔法少女になれば変われると信じていた。魔法少女になれば自分は何か豪い人間になれて、学校生活にだって変化があるって信じていた。でも現実はこれだ。学校では前にもまして居心地が悪くなり、外では自分勝手な八つ当たりで魔物を殺そうとして同じ魔法少女にそれを諌められ、更にその魔法少女に楯突いて完膚無きにまで叩きのめされた。

 魔法少女になっても変われなかった。それが悔しくて悲しかった。テレビでは日夜魔法少女やその他のヒーローの活躍が採り上げられ、その華々しい戦果を誇っている。沢山の英雄が乱舞している。一方で自分は地面にへばり付いて惨めな姿を晒している。その差が悔しかった。魔法少女になって変われる人間が居る一方で魔法少女になっても変われない自分が居る事が悔しかった。

 惨めな自分の中に縷々として残っていた最後の希望、魔法少女になれば自分も変われるという幻想が取り払われ、後にはいつも通りの無力な自分に対する悔しさだけが滲んでいる。それが虚しかった。

 法子はうつ伏せになったまま唇を噛んで、涙を袖で拭った。だが涙は後から後から流れてくる。

「法子、君が悔しいと感じるのは分かるよ」

 タマの優しい思念が法子の心に響いた。

「でもね、前にも言ったけれど、まだ始まったばかりだ。これから幾らだって強くなれるし、これから幾らだって豪くなれる。勿論、魔法少女だけじゃないさ。君はまだ子供だよ? これから幾らだって良い方向へ向かえるんだ」

 優しい言葉が胸に沁みた。鼻の奥が痛くなって、とうとう法子は泣き声を上げ始めた。

 それに対してタマが更に励まそうとした時、遠くで人の声が聞こえた。犬もどきが帰った事で人払いが解かれたのだ。

「人が来るみたいだ。もう体は回復している。辛いだろうけれど、立ち上がって。すぐにここから立ち去ろう」

 法子は言われるままに立ち上がり、人目を忍ぶようにこそこそと窓枠に足を掛けて、跳んだ。出来るだけ人に見られない様に帰る自分の姿がまたも惨めに思えて、法子は嫌になった。

「星が綺麗だよ」

 唐突にタマがそんな事を言ってきた。

 星空なんてどれも同じ、ただ暗い背景に白い点が散らばっているだけ。常々そんな事を思って取りたてて感動をした事が無かった法子は、今回も、だからどうしたのだろうと投げ遣りな事を考えながらぼんやりと上を見上げて、そこにある月の美しさに打ちのめされた。

 夜空に細々と星が散っている。その中に大きな月がある。黒々と滲む様な空の闇に、月が孤高を貫く様に照っている。周りの星々はまるで月に及ばず単なる彩に過ぎない。その月を、法子は美しいと感じた。法子が手を伸ばす。決して手が届くとは思えない、そんな遠大な月を美しいと思った。

 それは本当に初めての事で、法子はあまりの衝撃に跳び移る屋根を踏み外しそうになった。

「もう泣くのはお止しよ」

「うん」

 法子は涙を拭う。

 そして、でも、と思う。確かに魔法少女になっても私は何も変わらず惨めな思いをしただけだった。でも一つだけ変わった事がある。それはタマの存在だ。初めての友達。いつも一緒に居て落ち込んだら励ましてくれる友達。タマの方は私の事を友達だなんて思っていないのかもしれないけれど──

「友達だと思っているよ」

 モノローグに横やりが入って少し興が削がれたけれど、とにかくタマという友達が出来た。それだけは今日の惨めさを全部覆して余りある収穫だ。

 法子はそう考えて、そこでふと気が付いた事があって、不安げにタマへと尋ねた。

「タマちゃんの目的は何なの?」

「だから何となくだよ。誰かを魔女にして世界を救うっていう使命があるにはあるけど。結局私が何となく人を変身させたいから……かな?」

「そうなんだ。それで、その」

「ずっと一緒に居るよ」

 タマが法子の言いたい事を読み取って先に答えた。

「本当に?」

「ああ」

「見捨てたりしない?」

「君がどんな状況にあっても見捨てたりしない。ずっと一緒に居る。約束するよ」

 その言葉で今日の苦労は全部消え去った。十分だ。私は幸せだ。そう考えて法子は一際大きく跳ねた。


 あの公園へとやって来た法子にタマが尋ねた。

「どうしたんだい? 帰るんじゃなかったのか?」

「ううん、ちょっと修行をしていこうかと思って」

「動ける位に回復したとはいえ、まだ疲労は強いだろう。帰った方が良いと思うけれどね」

「もう今日みたいな思いはしたくないから」

「そうか。なら何も言わないよ」

 法子は空を見上げた。先程美しいと感じた星空はいつもの無機質な夜空に変わっていた。

 さて修行をしようと気合を入れた時、背後に気配を感じた。続けて声が投げられる。

「何だ。魔物かと思ったら同業者か」

 振り返ると、昨日の騎士が居た。全身を黒い鎧で覆い、黒い兜で顔を隠し、黒いマントをはためかせている。その口元には皮肉気な笑みが浮かんでいた。

「あなたは」

「あんたの同業者だよ。魔物が居ないなら」

 そこで騎士の言葉が一瞬途切れる。

「あんたやけに傷ついているな。魔物との戦いで消耗したのか?」

 法子は自分の体を見回した。だが何処にも傷は見当たらない。もう治ったはずだけれど。

 不思議そうにする法子にタマが言った。

「きっと魔力が減っているのを見てそう言っているんだよ」

 成程、そういう事かと思って、騎士の問いに答えようとして、それが敗北という自分の恥部に当たる事だと気が付いて口を噤んだ。

「どうした? まさかまだ辺りに居るのか?」

 騎士の声音が段々と真剣味を帯びたものになっていく。法子は慌てて首を振った。

「違います。もう魔物は居ません」

「そうか、やっぱり魔物が居たんだな。それであんたが追い払ってくれたのか」

「いえ、別の人が」

 騎士はしばらく黙って法子を見つめてから、やや声を落とした。

「あんた負けたのか」

 痛いところを突かれて法子の顔が歪む。それが答えとなる。

「見たところ、まだ変身出来る様になってから日が浅いんだろう? 一つの負け位で気にする必要は無い。闘っていれば嫌でも敗北は付きまとう」

 そう言われても悔しいものは悔しいのだ。

「敗因は?」

「え?」

 唐突な騎士の言葉に法子は聞き返した。

「負けた理由」

 何だか遠慮のない人だなと思ったが、不思議と不快感は湧かなかった。相手の方が同じ変身ヒーローとして遥かに格上の様子だからかもしれない。

「負けた理由と言われても、相手の方が強かったから?」

「それじゃあ、何にもならないだろう。自分がどうして負けたのかを冷静に分析しなくちゃ」

 法子は駐輪場での戦いを思い出す。思い出しても圧倒された記憶しかない。力の差がありすぎたからとしか言いようがない。

 そこにタマのつっこみが入った。

「いや違うだろう」

 そう言われてもどうしてだか分からない。考えあぐねる法子に騎士は助け船を出した。

「なら、どんな戦いだったか教えてくれ。第三者の目から見れば分かる事もあるだろう」

 そう言われても、負けた事を話すのは恥ずかしい。まして同じ魔法少女に負けた等とは言いたくなかった。でも負けた原因というのは確かに気になる。

 どうしよう。

「話してみれば?」

 何故だかちょっと怒っているタマの言葉に促されて、法子は迷った末に駐輪場での戦いを騎士に話した。ただし戦った相手は魔法少女ではなく、あくまで魔物という事にして。

 法子が話し終えると騎士が一つ頷いた。

「成程な。どうやら相当強力な魔物だったみたいだな。あるいは魔導師か。聞けば初めての戦闘だったんだろう? それにしては良く戦ったと俺は思う」

「えっと、ありがとうございます」

 ちょっと上から目線ではあるけれど、褒められたのは確かで、何だか法子は気恥ずかしくなった。

「でだ。肝心の敗因だけど、それは接近戦にこだわった事だろうと思う」

「接近戦……」

「そう、不用意に近付いた結果、相手の魔術にしてやられた。遠くから攻撃する手段があればもっと慎重に闘えていたはずだ」

 騎士の発言にタマが法子の心の中で噛み付いた。

「そんな風に慎重に闘ったらすぐに魔力が尽きただろうけれどね」

 勿論騎士には聞こえない。法子にはどちらが正しいのか分からないので、おろおろとしながら成り行きを待った。

「どうやら遠方に届く攻撃は持っていない様だな」

 騎士がそう言って、離れた場所にある砂場を指差した。

「見ててくれ」

 すると砂場から柱がせり上がってきた。それに対して騎士は剣を抜き、体を半身にして、剣を持った腕を体に巻き付かせるようにして一呼吸置く。構えた剣に魔力が蓄えられていく。そしてその貯めた力を、剣を振ると共に解放した。風切り音が鳴って、再び静寂が訪れる。一拍遅れて、柱の中心が横一文字に砕け散り、弾けて、柱は真っ二つになった。

「おお」

 法子の口から思わず感嘆の吐息が漏れる。

 騎士は法子に向き直って、口元を微笑させた。

「魔力を剣に込めて放つ。単純だけれど、その分使い勝手が良い。魔術として意味づけもし易い。だから簡単に出来る」

 法子はしきりに頷いた。その様子に騎士は笑みを強くした。

「そんな大した助言じゃない。ま、役に立つと良いな」

 法子はまた頷いて、ふと首を傾げた。

「あの、教えてくれるのはありがたいんですけど、どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?」

 法子が疑問をぶつけると、騎士は背を向けて歩き始めた。

「ヒーローだからさ」

 そう呟いて、騎士は剣を納める。

「それじゃあ、君に世界の祝福があらん事を」

 騎士は何故か無駄にマントを翻して高く跳んだ。そしてすぐに夜の闇にまぎれて消えた。

「何だかきざったらしいというか恥ずかしい変な奴だったね」

 注意を騎士の消えた闇夜に向けながら、タマは法子へそう思念を送った。

「カッコ良かったね」

 法子がそれに対してぼーっとした様子で答えた。

「は?」

「ヒーローか。私もあんな風になりたいなぁ」

「いやいやいや。あんな気取った変なのが良いの?」

 タマの否定に耳を貸さずに法子はしばらく騎士の消えた方角をうっとりと眺めてから、やがて砂場に立つ柱に目を向けた。

「それでさ、タマちゃん」

「どうしたの?」

「さっき教えてもらった技、どう思う?」

 法子としてはすぐにでも覚えて使いたかったが、タマが騎士に対して良い感情を抱いていなさそうだったので、遠慮してそう聞いた。

 それに対してタマはちょっと不機嫌そうに答えた。

「まあ戦術の幅が広がるし、覚えて損は無い」

「そっか!」

 法子は早速刀を構える。

「それでどうすればいいの?」

「それぞれの感覚によるから何とも。とにかく対象を切りたいと思えば良い。あの騎士も言っていたけれど、とっても簡単だから、やってみればすぐに出来るんじゃないかな?」

「分かった」

 法子は刀に魔力を込めた。そうして砂場の柱を見定め、体をゆっくりとねじって、思いっきり解放して刀を振り回した。勢い回って一回転して倒れ込み、しりもちをつく。

 目を回しながら砂場を見ると、柱に切り込みが入っていた。

「やった! 出来た!」

「お見事。でも、あそこを狙ったの?」

 切り込みが入っているのは端の方である。法子が狙ったのは柱の中央だ。

「ちょっと違うかも」

「百発百中で当たる様にしないとね」

「むう」

 法子は立ち上がって刀を構え、それから何度も刀を振った。柱の傷がどんどんと増え、時に切れて柱がどんどんと短くなっていく。

 しばらく経って、ようやく狙い通りに切れる様になった頃に、タマが言った。

「はい、そろそろ止め」

「ええ! ちょっと待って。ようやく当たる様になってきたんだから」

「気付いてないのかな? また倒れるよ? 間違いなく、明日は今日よりも体が重くなるからね」

「うっ」

「帰る為の力も残しておかなくちゃいけないし、今日はもう切り上げ」

「はーい」

 法子は渋々刀を納め、公園の時計を見上げた。

「あ、もうこんな時間!」

「どうしたの?」

「夕飯の時間だよ! 早く帰らないと」

 法子は急いで跳びあがり、屋根の上を渡りながら、家を目指した。

 その途中で法子が嬉しそうに言った。

「何とかあの技をちゃんと使える様にしたいなぁ」

 少し前の落ち込み様など無かったかの様な嬉しそうな声にタマは少し不思議に思う。どうしてこんなに元気になったのだろう。あの騎士の影響か、あるいは新しい技を身に付けたからか。タマには良く分からない。一体何が法子の支えとなったか、タマには分からない。

「やる気を出してくれたのは嬉しいけれどね。自分の体は大事にしてよ」

「分かってるよ。でもね」

「でも?」

「私はヒーローだから多少苦しいのは我慢するよ」

「そういうもの?」

「そういうもの。今はまだ未熟かもしれないけど、これから沢山の人を救って、みんなの笑顔を守る立派なヒーローになるから」

 タマには法子の語る言葉が何処となく子供っぽく思える。実際中学生と言えば大人から見れば子供なのだし、当然と言えば当然かもしれない。

 とはいえ、子供っぽいかもしれないが、法子の明るい言葉がタマには嬉しかった。傍に居る者が明るくなれば自然と嬉しくなるものだ。

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