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作中劇 戦場

 ルーマに勝手にしていろと言われたイーフェルとサンフは広場に向かって歩いていた。

 それを遮る者が居た。

「待ってください」

 獣面人身の魔物だった。ルーマと戦っている魔物と似ているが、体は二回り程、小さい。進む先を遮られて、イーフェルとサンフが立ち止まる。

「ここから先へは進ませません」

 立ち塞がる魔物を見て、イーフェルが笑顔を浮かべた。

「これはこれは、王子様」

「王子じゃありません。僕は」

「まあまあ、似た様なものですよ。それで、どうして立ち塞がっているんです」

 イーフェルの問いに魔物が胸を張って答える。

「お前達が敵だからだ」

 それに対して、イーフェルは更に聞き重ねた。

「ええ、ですからどうして立ち塞がっているんですか?」

 途端に魔物は不安そうな声音になった。

「敵だから。それじゃおかしいんですか?」

「ええ。だってさっさと襲ってくれば良いでしょ?」

 それを聞いて、魔物が顔を歪ませた。

「そんな卑怯な事」

「まあ、それは良いんですけど」

 調子を外されて、魔物は口ごもる。

「結局、通そうとしないっていう事は、その先に王子様にとっての何かがあるって事ですよね?」

「それは」

「あ、王子様っていうのは否定しないんですね」

「う」

 魔物は喉を詰まらせて呻くと、大きく足を踏み鳴らした。

「とにかく行かせない! この先は人間達の戦いだ。僕達が手を出すべきじゃない!」

 イーフェルがにっこりと笑う。

「通る気は全くなかったんですけど、そう言われると通りたくなりますよね」

 そう言って、両手にシュールストレミングの缶を持った。


「ジョーさん!」

 矢を受けて倒れたジョーを見て、法子は走った。法子がジョーの元へ辿り着くと、再びジョーへ向けて矢が放たれた。法子はそれを叩き落として、矢の射られた方角を見る。老人の背後に鎧を纏った巨体、矢を番えてこちらを見つめている。少しでも目を離せば射殺される。そう確信した。目が逸らせない。背後には倒れたジョーが居るのに助けられない。

 自然と刀を持つ手に力が籠もった。

 その均衡を破って春信が声が聞こえた。

「ジョーさん!」

 法子の背後で春信の気配がする。ジョーに何度も呼びかけている。やがてジョーの微かな声も聞こえてきた。

「ハル」

「ジョーさん! 今治してるから」

「嘘言うなや。昔っから魔術の方はとんといかんやろ」

「出来る! 絶対助けるから!」

「ええんよ、別に。でな、最後に伝えておきたいんやけど」

「何だよ。絶対に最後になんてしないからな」

 そうして二人の声が途切れた。

 しばらくしてまたジョーの声が聞こえてくる。

「あかん」

「ジョーさん、大丈夫?」

「全然良い台詞が思いつかへん」

「こんな時にまで馬鹿な事を」

「まあ、仕方ないか。全然死ぬなんて思ってあらへんかったから」

「当たり前だろ! 死なないよ! ジョーさんは死なない!」

「まあ、そんな訳で、ほな、さいなら」

 また言葉が途切れる。代わりに嗚咽が聞こえてくる。

 そして風が立った。

 法子の隣を風が吹き抜け、春信が弓矢を射かけた敵へと駆けていく。

 法子は慌ててそれを追った。春信の突撃はどう見ても勝ち目を見越してのものには見えない。感情に任せた無策の特攻にしか見えなかった。

 法子は途中一度振り返る。ジョーが倒れているはずの場所から、ジョーの姿は消えていた。悲しく思う一方で、自分の中の悲しみの感情が段々と小さくなっているのを感じていた。例えばタマが壊れたと思った時には理性が吹き飛んだ。友達が死んだと思った時にはもっと激昂していた。エミリーの消滅や四葉の父親が冒涜された時にも感情が制御出来ない程怒った。それなのに今、ジョーの消滅に対しては怒りが湧いていない。悲しみは浮かぶものの、その起伏も弱い。付き合いの長さだとか、直接死んだ場面を見ていないだとか、消滅した時の会話だとか、理由はあるのだろうけれど、何だか自分の感情がどんどん死んでいる様な気がした。このままではいずれ人の死に何も感じなくなってしまう様な気がして怖かった。

 けどそれは今起こっている戦闘からすれば些事でしか無くて、法子は振り切る様にして前を向く。

 いつの間にか老人の周りに、新たな敵が湧いていた。春信の前には、烏帽子に大紋を着た男が刀を二本持って立っている。その周りには数多の刀が地面に突き立っている。

 新たに湧いた敵を見て、法子の背に怖気が走る。勝てないと瞬時に判断出来る程の圧倒的な力量差を感じた。老人へ駆け寄る春信が次の瞬間ばらばらにされてしまう光景がまざまざと浮かんだ。

「ハル君!」

 法子は限界まで足に力を込めて春信を追った。だが追いつかない。春信は烏帽子姿の男に向かって刀を振り下ろし、振り下ろす春信の刀があっさりと弾かれる。そうして春信の体ががら空きになった。

「ブックマン!」

 突然法子の背後から怒鳴り声が響いて、烏帽子姿の頭上に紙で出来た巨大な人形が現れた。

 烏帽子姿の男が顔を上に向け、同時に男の周りにあった数本の刀が姿を消し、次の瞬間頭上のブックマンがばらばらになる。

 その時間稼ぎの間に、法子は春信へと辿り着いて、引き下がろうと春信の体を引っ張った。だが春信が頑強に抵抗して退がろうとしない。

 烏帽子姿の顔がこちらに向く。法子の中の怖気が一段と高くなる。

 烏帽子姿の男の両腕が掻き消えた。

 来る、と思って、法子は右側面を刀で防御した。春信も左側面を刀で防ぐ。

 そうして全く同時に二人の刀に衝撃が走る。右と左からの同時攻撃を防御した二人は、更に同時に繰り出された正面、頭上、足元の、三箇所からの攻撃を避けようとしたが、避けきれずに刀が掠った。切られた拍子に地面に転ぶ。

 倒れた法子は何とか逃げようとするも、烏帽子姿の男の腕がまた消える。

 その時、法子と烏帽子姿の間に人が立った。

「あーもー、馬鹿だね、ホント。キャンセル!」

 法子の目の前に立った元華が叫ぶと、突然幾多の蛇が烏帽子姿の男に巻き付き、その動きを止めた。

 動きの止まった烏帽子姿の男を光線が横殴る。男は蛇に抗って光線を刀で切り裂き、同時に元華をも切り裂こうとする。だが元華はそれを退がって避け、また紙の人形を生み出した。その背後では摩子が法子を立たせ、一緒に春信の体を掴んで、大きく後ろに退がって逃げていた。

 広場の中央には続々と魔術師達が集ってくる。元華の紙人形を切り裂いた烏帽子姿の男に向かって、甲殻類が襲いかかって切り裂かれる。弓矢を携えた男へは佐藤と鈴木が飛びかかって、横から現れた日本神話に出てきそうな男に殴り飛ばされ、同時に老人達の頭上に巨大な炎が起こって降り落ち、それを左右に二体の鬼を従えた男が水の膜を作って防ぎ、そうかと思うと怜悧な女が低い姿勢で老人に接近し、それを横から飛び込んできた烏帽子姿の男が妨げ、その烏帽子へ戦闘スーツを着たヒーローが飛び蹴りを放ち、それを鹿の様な兜を付けた鎧武者が槍で防ぎ大きな爆発が起こり、その爆発を切り裂いてヒーローを狙った矢を真央が木槌で防いで、その後ろを徳間が駆け抜けた。

 左右から襲い来る前鬼と後鬼は針で蹂躙し、凄まじい力を込めて飛来する矢は遥か遠くからの射撃で撃ち落とされ、邪魔するものはもう何もない。

「もう逃げられねえぜ!」

 徳間はそう叫んで老人フェリックスへと跳びかかる。

 その一瞬を広場中に居る全員が注目した。

 徳間が短剣を繰り出す。狙うはこの病院に死を撒き散らした老人。世界に恐れられた稀代の化物。皆のこじ開けた道を進んで、日本最強の男が勝利を勝ち得る為に雄叫びを上げる。

「終わりだ!」

 フェリックスが迫る徳間に目を向ける。

「無駄だ」

 徳間の短剣はあっさりと避けられ、フェリックスの蹴りが徳間の腹に入り、徳間は病院の屋上よりも高く打ち上げられ、広場を越えて森の奥へと飛んでいった。

 一瞬広場が静まり、

「だ、だせえ!」

と誰かが叫んだ。


「ありがとう」

 戦いから離れた法子は摩子にお礼を言った。

「どういたしまして。良かった」

 摩子が笑う。そうして春信を見る。

「えっと誰だっけ? この男子」

「あ、ハル君」

「そっか。ハル君も良かった」

「良くないよ」

 春信が呟いた。

 摩子が首を傾げる。

「何で?」

「何で止めたんだよ。あそこに仇が居るのに」

 春信の言葉に法子が言い返す。

「だってあのままだったら死んでたかもしれないんだよ?」

「だから何だよ! 死ぬ事なんて怖くない! 何で止めたんだよ!」

「死んじゃ駄目だよ!」

 法子が叫んだ。

 春信は少し怯んだものの、尚も言い返す。

「何でだよ! 僕は死んだって構わない! とにかく仇さえとれればそれで良い!」

「それでも駄目! 死んじゃ駄目!」

「何でだよ」

「だって」

 法子は言った。

「だって戦力が減っちゃうじゃん。勝たなくちゃいけないのに、自分勝手に死んじゃ駄目だよ」

「そんな……え?」

 春信の言い返そうとした言葉が途切れた。人を人と見ていない法子の言葉に、春信は耳を疑った。

 けれどそのすぐ後にかけられた言葉で、春信は自分が思い違いをしていた事を知る。

「だから、死んじゃ駄目だよ」

 その沈んだ声音は、間違いなく人の死を悲しんでいる言葉で、法子の先程の言葉があくまで感情的になって死のうとする春信を叱責する為の言葉だったのだと分かった。

「法子も死んじゃ駄目だよ!」

「摩子。うん、分かってる」

「じゃあ、行こう、法子! 今、私、すっごく強いから」

「うん、行こう、摩子」

 二人のやり取りを見て、春信は何だか底知れない感じを覚えた。背を向けると法子と、法子の肩を叩いて笑いながら戦いに興じようとしている隣の少女を微かに恐ろしく感じた。


 病院の屋上から魔女が戦場を見下ろしていた。

 うっすらと笑って、背後に向かって呟く。

「あら、気付かれちゃった」

 魔女が振り返ると、ファバランが立っていた。

「見付けた。仇、死ね」

「下の戦いには加わらないの?」

「それよりもお前。お前の方が危険」

「光栄ね」

 魔女がファバランへと近付く。ファバランが体から重火器を生み出す。

 そこへ、また別の声がやって来た。

「お邪魔だったかしら?」

 二人がその声の主を見る。

 そこには三角帽を被った魔女が立っていた。

 ファバランと対峙していた魔女が新たに現れた魔女を見る。

 新たに現れた魔女はウインクをしてみせた。

「それとも三つ巴の戦いを初めましょうか?」

 ファバランと対峙していた魔女が驚きに目を見開く。

 新たに現れた魔女が笑みを強める。

 ファバランと対峙していた魔女が駆け出す。

「きゃー、久しぶりー!」

 新たに現れた魔女も嬉しそうに駆け寄る。

「久しぶりー!」

 魔女同士が手を合わせて喜び合う。

「何々、どうしたの?」

「そっちこそ何でこの町に来たのよ」

 ファバランと対峙していた魔女が、新たに現れた魔女を指さして、ファバランに見せつける。

「あ、この人はアンティゴネって言ってー」

「ちょっとー、今はマチェって名乗ってるからー」

「あ、そうなんだー。何、また名前変えたの?」

「もー、アンティゴネって何年前の話? やめてよー」

「あ、そういえば、私はパンキーって言うの。名前」

「え? この前会った時はアンドロマケじゃなかった?」

「もうそんな昔の事忘れたわよ」

「っていうか、その子誰?」

 マチェとパンキーの目に晒されて、今まで呆然として動かなかったファバランが体を震わせた。

 それを見て二人の魔女はくすりと笑う。

 パンキーが愛おしそうにファバランを見つめながら言った。

「何だか懐かれちゃって」

「どうせ、あんたが何かしたんでしょう」

「ちょっとー、濡れ衣ー」

 そこでファバランが立ち直った。

「お前、仇! 殺す!」

 そう言って、大量の重火器を生み出し、だがその瞬間には二人の魔女に背後に回られていて、魔女に肩を触れられただけで、生み出した火器が消えた。

「ね? 可愛いでしょ?」

「やっぱり、あなたが何かしたんじゃない」

 マチェがそう言いながら、ファバランを覗き込む。

「でも、勿体無いわね。可愛いのにこんな、色々と台無し」

「なら可愛く変えちゃえば良いのよ!」

「その通りね」

 そうして二人の魔女がファバランを掴む。

「止めろ」

 ファバランは魔女から抜けだそうとするが動けない。

「止めろ、止めろ」

 覗きこまれたファバランは必死で懇願するも魔女の二人は耳を貸さない。

「じゃあ、可愛くしてあげるから」

 そうして笑いを向けられたファバランは掠れた声で助けを求めた。

「助けて、将刀」

 その呟きは風に消え、結局助けは来なかった。


 ファバランを改造しながら、マチェが尋ねる。

「で、どうしてこの町に来た訳? 沢山の人を操って何をしようとしているの?」

「別に。ただ丁度良かっただけよ」

「そう」

「何か言いたげね」

「ええ。でも良いわ。言っても無駄だし」

 マチェの諦めた様な言葉に、パンキーが笑う。

「言わなきゃ伝わらないのに」

「良いの。どうせあなたが何を企もうと私の弟子が潰すから」

「弟子、ね。ああ、そういえば私の弟子は何処で油売っているのかしら」

 その時ファバランの体が跳ねた。二人してそれを抑えつける。

「こら、動くな!」

「ああ、そうそう。一つ」

「何かしら?」

「私の企みを潰すと言ったけれど、覇王の卵が孵った今、もうほとんど終わっているわよ」

「そう。でもまだ終わってはいないんでしょう?」

「ええ」

 マチェが力強くパンキーを睨む。

「なら私の弟子が潰すわ」

 パンキーが笑う。

「残念だけど、それすらも私の手の内よ」

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