作中劇 怪人
遠郷と佐藤と鈴木が信者の一人を倒し終えて一息吐いていると水ヶ原が急に現れたので遠郷は驚いて飛び退いた。
「皆さん、無事でしたか」
「お前、生きてたのか?」
「ええ、どうにか。それよりお三方はどうしてまだここに?」
「は?」
遠郷には水ヶ原の問いが理解出来なかった。この病院にある何かを盗み出そうと発案しこの病院へ連れてきたのは水ヶ原に他ならない。その張本人が、どうしてここに居るのかと問いかけてくる。
「もうここに残ってる仲間は遠郷さん達だけですよ」
「そうは言っても、願いを叶える何かがあるんだろ?」
「そんなあるかも分からない物を」
「何言ってるんだ? お前がそれを盗み出そうって言ったんだろうが」
「それは、確かにそうなのですが」
水ヶ原が言い淀む。
その様子を見て遠郷は違和感を覚えた。前の水ヶ原はもっと自信に溢れていた様に思う。例え誰かに矛盾を突っ込まれようがそれを飄々と受け流す様な奴だった。それがどうしてか今は、押せば押し飛ばせる様な頼りなさがある。
あるいはそれも何か企みの一環なのかと思う。
あるいは先程頭が吹き飛んだ際に水ヶ原は死亡していて、それが蘇生の魔術で蘇った為に副作用でおかしくなってしまったのだろうか。
考えてみても答えは出ない。ただここに来ての急な転換が不信感を増長させた。目の前の人間の出す提案においそれと乗る事には抵抗がある。
「つっても、もしここにその願いを叶える何かがあったらどうする? どっかの誰かがそれを手に入れたら」
「そんな物ある訳が無いでしょう、遠郷さん。確かに僕は、どうしてかそのあり得ない物を得ようと皆さんを連れてきましたけど。でもそんな物ある訳が無い。あったら既に使われていて世の中が滅茶苦茶になってるはずだ。そんな事分かるでしょう?」
今までの水ヶ原とは正反対の主張に遠郷は戸惑う。水ヶ原の言い分を正論だと思う一方、その正論を承服するには水ヶ原のずれが引っかかった。
「とにかく僕が転移しますから、一緒に」
その時、佐藤が横から口を出してきた。
「おい、ちょっと待てよ、水ヶ原。手前何言ってやがる」
「佐藤さん、確かに前言った事と今の僕の発言が食い違っている事は認めます。それで皆さんが僕の事を信じられないのも」
水ヶ原が自信無さげに言い訳しようとするのを佐藤が遮る。
「そうじゃねえだろ」
「え?」
「そうじゃねえ。俺はまだ誰も殺しちゃいねえんだよ! それなのにのこのこ帰れる訳ねえだろ!」
水ヶ原がこめかみを抑えて俯いた。遠郷も同じ気分だった。
佐藤は殺人狂でとにかく人を殺したいと考えている。他人を人形にしたがる引網辺りと並んで、組織の中でも実害を伴う狂った人間の一人だ。
「ずっと遠郷に邪魔されて誰も殺せなかったんだからな」
心底残念そうに語る佐藤に、遠郷がうんざりした様子で言い返す。
「阿呆か。誰か殺してみろ。敷地中のヒーロー共に狙われるぞ」
そこに鈴木も割り込んできた。
「私も佐藤に賛成」
「一応聞いておきますけど、どうしてですか?」
「だって、見て。今変な奴等に囲まれてるんだよ?」
そう言って、鈴木が広場を囲む時代遅れ達を指差した。
「ええ、ですから僕の転移で逃げようと」
「馬鹿だなぁ。これから戦いが起こるんだよ? 折角人を守れるチャンスなのに、どうして逃げようとすんの?」
水ヶ原が溜息を吐いた。遠郷も水ヶ原と同じ気分だった。
鈴木は、言うなれば英雄願望の持ち主で、とにかく人を守りたがる。それは言葉通りであれば素晴らしいことだが、鈴木の場合、人を守る事が出来ればその過程に何ら頓着しない。例えば子供を守る為に、わざわざその子供をライオンの檻に放り投げる様な思想を持っている。
「守らなくちゃ、みんなを! 守れるのは私達だけだよ!」
「そうだそうだ。見ろよ! 周り囲んでる奴等はどう考えても敵だろ? なあ。あれなら殺したって文句を言われる筋合いは無いよな? なあ!」
水ヶ原が呆れた様子で二人に尋ねた。
「一応聞いておきますけど、退いて」
「あげない!」
「そうですよね。しかし鈴木さんと佐藤さんが組織から居なくなるときついですし仲間を見殺しというのも」
水ヶ原が辺りを見回す。戦いはまだ起こっていないが、一触即発に見える。辺りを囲う時代遅れ達を眺め、そうして老人に行き着く。
「フェリックスか。一応彼は仲間ですよ? 仲間と争うなんて」
水ヶ原の言葉に鈴木が尋ねた。
「本気でそう思ってる?」
「いいえ」
「そんな信用出来ないなら、どうして呼んだの?」
「それは」
水ヶ原はしばらく何か言おうとしていたが、結局黙って肩を落とした。
「まあ、良いや。私は他人を守れれば」
「そうだな。殺せれば何でも良い」
「勝てるとは思えないんですけど」
水ヶ原の呟きに、鈴木と佐藤が勝てる勝てないじゃないと反論する。
「そこに守るべき人達が居るのなら、私は戦う!」
「殺せるか殺せないかだろ!」
遠郷はそんなやり取りを聞きながら、フェリックスへと駆ける徳間を見つけて眺めていた。徳間であれば勝てるだろうか。フェリックスに。フェリックスは一部で自然災害と同一視される事もある化物だ。そんな化物に徳間が勝てるのかと考えると、難しい様に思う。ではそこに自分達が加わればどうだろうか。勝てはしないだろうか。
そう考えると心が燃え立った。敵との共闘によって強大な敵を打ち倒す。そんな展開に心が燃えないはずがない。
遠郷もまた、鈴木や佐藤と同じ。願望をこそ絶対の指標に据える人間だ。虚構の中の世界に生きられるのであればそれで良い。
そんな事を考えていると、ふと場の空気が変わった事を察した。何か嫌な予感がする。
言い合いをしている佐藤と鈴木と水ヶ原を止めようと、徳間から視線を外す。
その瞬間、遠郷の喉が背後からの刃によって突き破られた。
遠郷の背後にいつの間にか黒装束が立っていた。それに気が付いた水ヶ原達が口を開いた瞬間、遠郷が燃え上がる。
「シャドウウォーリア」
遠郷の呟きが聞こえ、燃え上がった炎が黒装束を飲み込み焼き尽くした。
「さて、そろそろ戦いが始まるみたいだな」
実体化した遠郷はそう言うと、錫杖を一つ振った。
「共闘か。悪くない」
「それじゃあ返すよ、法子」
法子は視界が急に戻っていきなり体の重さを感じ温度触覚あらゆる意識が戻ってよろめいた。辺りを見回せば、信者達が赤く塗れて倒れ伏している。振り返ると、陽蜜達を襲った魔術師も倒れていた。
法子が恐ろしげに問いかける。
「もしかして死んじゃって無いよね?」
「殺しちゃいないよ。怪我も全部治してある」
「そう」
という事は、この赤色は。
倒れた信者達の血に塗れた様を見て、法子は心底嫌そうな顔する。その時、声が聞こた。
「かーみーさーまー!」
身構えた法子の腹にエミリーが突っ込んでくる。それを法子が受け止める。エミリーは法子の腹から顔を上げると、目を輝かせた。
「凄いのです! 凄かったのです! 神様は流石ですのです!」
エミリーが怒涛の褒め殺しをしてくるので、褒められ慣れていない法子は恥ずかしさのあまり血が巡りすぎて頭が破裂しそうになった。
更に法子の元へ他の人々も集まってくる。
「法子、凄い凄い!」
摩子に褒められ、変な気分になる。
法子が気恥ずかしさに俯きながら照れて居ると、唐突に黒装束達が落ちてきて、倒れ伏した信者達の背に刃を突き刺した。信者達は呻き声を上げ、次の瞬間消えた。
「え?」
法子が呆けた声を上げる。同時に法子の目の前に魔物の女の子が割り込んだ。
「ファバラン!」
マサトの声が聞こえる。
ファバランが全身から火器を生み出して黒装束達に銃弾の雨を見舞う。黒装束は跡形もなく消し飛ばされ、信者達の体も既に無く、後には何も残っていない。
法子はあまりの出来事に動けない。
「どうやら戦争が始まる様ですね」
法子の背後に立っていたジェーンが言った。
「きっと、法子さん、あなただと思っていたのですが、どうやら」
法子が背後を振り返ると、ジェーンは遠くに居る老人を眺めていた。
「葵さん!」
叫び声が聞こえて、全員がそちらを見ると、凡が倒れた葵を抱きかかえていた。葵の胸には矢が突き立っている。葵は凡の顔へと弱々しく手を伸ばし、その手が届く事無く葵の体が消え去った。
「どういう事? 何なの?」
法子が状況についていけず、呆然と呟いた。
辺りでは戦いが起こっていた。殺し合いが始まっていた。
広場中で魔術師と時代遅れが殺しあっていた。
法子が助けを求めて辺りに視線を這わせる。
すると摩子が走りだした。敷地の周りを囲む森の方へと向かう。
「摩子!」
法子は訳の分からぬままにそれを追おうとしたが、それを摩子の怒鳴り声が止めた。
「こっちは良いから! 私に任せて! それよりみんなを守ってあげて!」
そうして摩子が走り去っていく。
「法子ちゃん」
ジョーの言葉に法子が振り返る。
「俺は向こうの子達を助けに行くから」
ジョーの指差した先に、陽蜜達が居て、物凄く古い戦装束を着た男達がそれを襲おうとしていた。それに対してイーフェル、サンフが防戦を行なっている。更に四葉を背負った剛太もそちらへ向かっていた。
「ハル、法子ちゃん、戸惑うのは分かる。けどこういう時は迷ってちゃあかんで」
どうするのか。法子が周りを見回すと、マサトが気絶したヒロシを抱えて、敵に対している。その傍にファバランが付き従っている。
どうするか。
やっぱり友達を助けに行った方が良いんだろうかと、法子がジョーを見つめると、ジョーは頷いて、陽蜜達の元へむかって走りだした。ところがすぐにその足が止まる。
「おいおい、新選組?」
黒胴黒袴を着込んだ集団が行く手を塞いでいた。
「新選組? ってまさかあの?」
「そうやな。うちの大先輩方の仇」
まさかと思っている内に、集団が法子達の周囲を囲む。
囲まれた、と法子が焦っていると、ジョーが奇声を発した。その声に法子が身を竦ませた時には、既にジョーが一振りで前の一角に立つ男達を切り裂いていた。
「何や。偽物や、これ」
ジョーが残念そうに言って、振り返る。法子はジョーと目があった。
「ちょっと頭下げててな」
ジョーの目が鋭く細まり、法子が頭を下げた時、再びジョーの奇声が起こって、背後から金属の硬質な音が鳴る。法子がしゃがみつつ背後を振り返ると、上から人の首が落ちてきたので、法子は悲鳴を上げてのけぞり倒れた。
慌てて立ち上がった時には、既にジョーが全てを終えていた。男達の姿は何処にもない。死体さえも。
ジョーが刀を収めて、周囲を睥睨する。
「何となく分かったわ。これならそう難しくない」
そうしてジョーが目を瞑り、その頭を元華が叩く。
「ちょっとあんたが変身すると、私のまで殺されちゃうんだから止めてよ」
「いやいや、そやかて」
「わざわざ変身する必要無いでしょ!」
元華に詰め寄られて、ジョーはたじろぐ。そうして収めた刀の柄に手を掛けて、せやけど変身した方が格好良いやろ、と言いながら、腰を落とし、動かなくなった。
「ちょっと溜めるから、待っててや。その間、あっちを手伝ったって」
「分かってるわよ」
元華がそう言って、春信と一緒に陽蜜達へ向かって走りだした。見れば、いつの間にかマサト達も加わって、退路を切り開き、逃げ始めている。
法子は未だに状況についていけていなかった。何が起こっているのか分からない。そしてどうすれば良いのかも分からない。陽蜜達は既に逃げ始めていてもう手助けの必要は無さそうだった。何を行おうとしているのか分からないけれど、ジョーも法子を必要としては居なさそうだ。摩子は既に何処かへと行ってしまった。法子の周りから指標となる物が消えてしまっていてどうすれば良いのか分からない。
その時、袖を引かれた。
「神様」
そうだ。まだこの子が残っていた、と法子が縋る様にエミリーを見る。エミリーは笑顔を浮かべていた。
「私達はフェリックスを狙いましょう」
「フェリックス?」
「あそこに居ます。老いぼれです。あれが犯人です」
エミリーの指の先を追うと、確かに老人が居る。親玉らしく、何人かに守られて立っている。けれどそこに向かって徳間が走っているのも見えた。
「でも、あの魔検の強い人が戦いに行くみたいだけど、私達も行ったら邪魔にならないかな?」
「徳間だけで勝てるとは思えません」
それだったら、尚更自分が加わったところで勝てるとも思えなかった。
「大丈夫です。神様なら勝てます。さっきもとても強かったです! 神様が戦いに挑めばフェリックスを倒せる。そんな気がします。私の勘です」
そうして手を引かれた。法子は迷ったが、結局それしか今は道が無いと思って、エミリーと一緒に駈け出した。
どうやら相手は大分強いらしい。けれど徳間やエミリーが居る。他にも仲間が沢山居る。今、広場中で魔術師達が時代掛かった敵達と戦っている。敵も多いが味方も多い。これだけ味方が居れば勝てる様な気がした。事実、魔術師達が押している様だ。訳の分からなさに沈んでいた気持ちが高揚し始める。
進行方向に日本神話に出てきそうな人間が立ちふさがる。けれど次の瞬間、戦闘スーツとマスクを着込んだヒーローが何処からか飛んできて、敵の頭部に蹴りを見舞って爆発させた。爆炎の中でヒーローが法子達に向かって親指を立て、また何処かへと駆けていった。
法子はその姿に励まされて、フェリックスへと向かって駆けていった。
徳間がフェリックスへと近付くと、左右から現れた敵に阻まれた。一人は烏帽子に大紋を着た男、辺りの地面に日本刀が突き刺さっている。もう一人は錫杖を持ちボロ布を纏った男で両脇に鬼を従えている。
近付く徳間に向かって、左右の二人は襲いかかろうとしたが、その瞬間体中を棘に食い破られ、二人の姿も鬼も消えた。
徳間が更にフェリックスへ近付くと、フェリックスの背後から大鎧を着た男が手に弓矢を持って現れた。
男が矢を番えて徳間を狙う。
徳間がそれを一瞥し、針の様な短剣を向けるとそれだけで、男は全身から針を生やして散った。徳間はフェリックスにも短剣を向けるが、何も起こらない。そのまま徳間は走り、フェリックスへと肉薄する。
徳間の短剣が閃き、フェリックスの腹を狙う。
だが寸前でフェリックスの姿が消えた。徳間の短剣が空を切る。
徳間は立ち止まって辺りを見回し、何処にもフェリックスの姿が見えない事を訝しみ、そうして遠く離れた広場の中央を見て、目を細めた。
いつの間にかフェリックスがそちらへ移っていた。舌打ちして徳間が広場の中央へ向かう。そして徳間は目を見開いた。広場の中央に立つフェリックスの元へ、エミリーと法子が近付いていた。
突然、進行方向、十歩先にフェリックスと呼ばれる老人が現れて、法子は驚愕に足を止めた。戦うと決意したものの、近くで見ると妙に迫力があって恐ろしい。しかもフェリックスの背後には鹿の様な角の付いた兜の鎧武者が異様に長い槍を持って立っている。それが誰なのか分かって、法子の背が震えた。
法子が隣に立つエミリーに声を掛ける。
「ちょっと待って。多分、私達だけじゃ勝てない。他の人達を呼んで一緒に戦おう」
法子がそう言って、エミリーを見ると、エミリーはにっこりと笑った。
「大丈夫です、神様」
「大丈夫?」
「はい! フェリックスを倒せます。神様、私は分かります。ここで挑めば、フェリックスに勝てる事が出来る様になります」
「でも」
法子はフェリックスを見る。見るだけで妙な悪寒と重圧が襲ってくる。とても勝てるとは思えなかった。
「大丈夫です、神様。最初にエミリーが戦います。後で神様が来てください!」
「でも」
法子が尚も止めようとした時には、既にエミリーが走り出していた。法子が不安げに走りゆくエミリーを眺めていると、エミリーは一度振り返って自信の籠もった笑みを返してくる。
法子はひきつりながらも思わず微笑んでいた。
法子は刀を握る。
もう後戻りは出来ない。エミリーが戦い始めたら、もう止まらない。
法子は覚悟を決めた。怖いけど戦う。そして勝つ。
胸が強く鳴っている。緊張で意識が遠のきそうだった。それを法子は何とか踏ん張って耐える。
自分は弱くない。
そう法子は言い聞かせる。
今回の戦いで実感出来た。私、強くなってる。
そう言い聞かせる。そうして純を切った時や魔王と戦った時を思い出す。
あの時はなれなかったけど、今ならなれる気がする。みんなを守るヒーローに!
法子の視界の中では、エミリーがフェリックスに近付き、攻撃を加えようとしていた。
そんな中、法子は摩子を思い出していた。優しくて強い、みんなのヒーロー。この戦いに勝てれば、自分も摩子に近付けるかもしれない。摩子の横に並べるかもしれない。
エミリーが大量の獣を生み出しフェリックスに攻撃を加えようとしていた。
戦いの口火が切られる。
法子は息を吐いて、重心を前に傾けた。
始めよう、英雄になる為の戦いを。
そして一歩踏み出した。
その瞬間、鎧武者の繰り出す槍が獣ごとエミリーの腹を串刺しにした。エミリーの生み出した獣が消える。
「え?」
法子の口から声が漏れ、踏み出した足が完全に止まった。
鎧武者が槍を掲げると、槍の先に突き刺さったエミリーもまた持ち上げられた。槍が垂直になった時、エミリーが口から血を吐いて、その血が鎧武者に振りかかる。
槍が大きく下に振られて、エミリーが槍の先から放られ、法子の傍に転がった。
法子の傍に転がったエミリーは腹から血を流して、何度か吐血し、動かなくなった。
法子の中の勇気がからりと歪んで崩れ落ちた。