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作中劇 地獄

 死んだ教祖の目を閉じて徳間は立ち上がる。

 遠くで教祖の娘が一際大きな金切り声が上がった。辺りに膨大な魔力の奔流が起こる。魔力に曝された徳間は自分の体を見下ろすが、何の変化も無い。だが教祖の体の傷が消えていた。胸に穿たれた穴が塞がっている。まさか生き返ったのかと徳間はしゃがみ込んで教祖に触れたが教祖は冷たいままだった。顔を上げると、遠くで真央の気絶させた教祖の信者達が起き上がり始めている。壊れたはずの病院が元の姿で立っていた。どうやら魔力の奔流は壊れた物を直すらしい。徳間は再び教祖に目を落とす。しかし無くした物は取り戻せない様だ。

 徳間は立ち上がると、教祖に矢を放った敵を見据えた。広場中を取り囲んでいる時代遅れ達の中で、一際手強そうな一角に弓矢を携えたそれは居る。更にその後ろに、時代掛った日本人達から浮き上がった白人の老爺が写真で見たフェリックスだ。

 ラスボスって訳だ。

 徳間は一歩踏み出し、振り返って教祖を見た。

「悪いな。今はまだ弔ってやれない」

 それだけ行って、徳間はフェリックスへ向けて駈け出した。


 法子は突然金切り声を上げ始めた四葉の肩を揺さぶって声をかける。

「四葉ちゃん、ねえ、どうしたの? ねえ」

 だが四葉の声は止まらない。ただひたすら口を開けて、人間には発生不可能の音を発し続けている。法子は振り返って皆に助けを求めた。

「ねえ、どうしよう。これも病気なのかな? どうしよう」

 皆どうしようも無く黙っていたが、一人だけイーフェルが笑顔で言った。

「大丈夫ですよ」

「え?」

「大丈夫です。すぐに良くなります」

 四葉の音は更に強く高くなっていく。どう見ても良くなる様には見えない

「大丈夫って言っても!」

 法子がそう抗議した時、突然四葉の声が止まった。

「え?」

 四葉が無表情で法子の肩越しを眺めていた。

「お父さん」

「お父さん?」

 四葉の呟きに、法子が尋ね返す。

 するとまた四葉が大きく口を開けて、今まで以上の声量で金切り声を発し、同時に巨大な魔力の奔流が巻き起こった。法子が巨大な奔流に晒されて後ろへと倒れそうになり、それを見越していたイーフェルに抱きとめられる。

「大丈夫ですか?」

「え? あ。あの、ありがとうございます」

「いいえ」

 イーフェルが笑顔で法子を立たせる。

 何だか気恥ずかしい思いで法子は立って、そうしてはっと気が付いて、四葉を見た。四葉は呆然とした様子で立っていた。衣服が病院のパジャマに戻っている。そうしてまた法子の肩越しを見て叫ぶ。

「お父さん!」

 お父さん?

 法子が振り返ると、広場の中央に教祖が倒れていた。胸と喉に矢が突き立っている。徳間がそれに背を向けて駈け出している。どうやら徳間がやっつけたらしい。

 という事は、今回の事件はこれで終わるのだろうかと、法子はほっと安堵した。

「お父さん!」

 四葉が叫ぶ。

 法子は不安になって、四葉を見ると、四葉は走り出した。しかし法子の前で足が縺れて、倒れこむ。法子はそれを受け止めて、尋ねた。

「お父さんがどうしたの?」

 嫌な予感はしていた。

「お父さんが死んじゃう」

 だからそう言って、指差した先が矢を受けて倒れている教祖でもあまり驚かなかった。法子は四葉を立たせる。しかし四葉はよろけてまた倒れそうになった。それを法子が受け止める。

「ごめんなさい」

 四葉の頬は上気し体も熱い。具合は酷く悪そうだった。まだ発作が続いているのか、法子にはどうすれば良いのか分からない。

「動いちゃ駄目だよ」

「でも、お父さんが」

 多分渋るだろう事も分かっていた。だから法子は屈みこんで背中を向けた。

「あの」

「乗って。連れてくから」

「あの」

「歩けないでしょ?」

 四葉が遠慮がちに法子の肩に触れて、おぶさってきた。法子はそれをしっかりと支えて立ち上がる。はっきり言って四葉を父親の所に連れて行くのは嫌だった。どう見ても死んでいる。でもきっと、連れて行かなければ四葉は後悔する。だから法子は憎まれる事になろうと、絶望を与える事になろうと、四葉を連れて行こうと決意した。

 けれどそれとは別のところでとても嫌な予感がする。

 何だか分からないけれど、これから凄く嫌な事が起こる気がする。

「法子」

 横に摩子がやって来た。

「私も一緒に行くよ」

 それだけ言って、隣を歩いてくれた。気が付くと、逆隣にはマサトが居た。少し救われた気がした。更に後ろから服を引っ張る者が居て、多分エミリーなんだろうなと思った。更に後ろには何人かの足音が聞こえた。勇気づけられる一方で、嫌な気が更に強くなった。

 途中、戦いを止めていたジョーと元華が近寄ってきた。

「どうしたんだ、お前等?」

 ジョーは黒いマントを羽織っている。

「あれ? ジョーさん、口調」

「ジョーではない。私はフェアリーだ」

 元華がジョーの頭を叩く。

「フェアリー?」

 法子が尋ねると、ジョーは答えようと口を開いた。ジョーが口を開くと、元華がもう一度ジョーを叩いた。するとジョーの着ていた黒いマントが消えた。

「いや、何でも無い。ちょっとした冗談やから気にせんといて」

「はぁ」

「それで、どうしたの、法子ちゃん? その子は?」

「あの」

 何と言って良いのか分からなかった。流石にあそこで倒れている教祖の娘ですとは言えなかった。

 法子が黙っていると、ジョーが言った。

「良く分からんけど、あの敵の親玉が倒れてる所に行きたいんやろ?」

 首にしがみつく四葉の腕に力が込もる。

「でも止めといた方がええと思うよ。ほら、今、向こう、目を覚ました信者の奴等が集まってるし」

 見れば確かに信者達がぞろぞろと教祖の元に集まっている。皆口々に、教祖様がとか、勿体無いとか言っている。

「それより今は周り囲んどるあいつ等をどうにかしないとあかんのちゃう?」

 法子がジョーに促されて広場の周りを見ると、何だか教科書に出てきそうな古めかしい格好をした人達が広場を囲んでいた。

「いつの間に」

「さっきからずっと。気付いてなかったん? とにかく結構ピンチな状況やし、何が起こるか分からんし、そんな中で騒いでる中央には行かん方がええよ」

「でも」

 教祖が信者の人達に連れて行かれたら四葉はもうお父さんに会えなくなってしまう。取り返すか、そうでなくとも見せて上げたかった。

 そう思いながら、不安な面持ちで、教祖の倒れた場所に集まる信者達を見て、そこで何か喧嘩の様な騒がしさが起こっている事に気が付いた。信者達は教祖様とか、勿体無いとか、先程と同じ様な事を言っている。

 悪寒が走る程、物凄く嫌な気がした。

 法子が目を見張っているとそれが見えた。

 信者の一人が高々と千切れた腕を掲げた。その腕についた布が教祖の着ていた服と同じだと法子が気が付いた時には、その腕を奪おうと別の信者達が縋りはじめて、腕は群衆の中に消えた。

 法子が息を飲んだ時、背後からしゃっくりの様な空気を吸い込む音が聞こえた。確かめるまでもなく、四葉が発した音だった。

 続いて、千切れた足が上がり、かと思うと、教祖の着ていた服が掲げられ、かと思うと赤くて黒くて丸い物が宙に飛び出て液体を飛び散らせながら重力に引かれ群衆の中に落ちた。

「何、あれ」

 隣で摩子が呆然とした様子で呟いた。法子はそれに答えられなかったが、何となく何が起こっているのかは分かってしまっていた。

「見ん方が良い」

 そう言って、ジョーが法子や摩子達の前に腕を伸ばして立った。

「でも止めないと」

 法子が言うと、ジョーが首を振った。

「あれ止めようとしたらまた混乱が起こる。多分あいつ等教祖取り込んで、強くなってる」

 摩子がそれを聞いて、震える声で呟いた。

「何? 取り込んでるって?」

 法子がジョーを見上げると、ジョーはまずい事を言ったという表情をしていた。

「ねえ! どういう事?」

 法子がジョーに縋りつく。

 背後からイーフェルの声が聞こえた。

「食べてるんですよ、教祖を」

「食べ……何それ、何で?」

「阿呆! 何はっきり言うとんのや!」

「まあまあ。どうせすぐに思い当たりますから、分からないで居るより分かっていた方が衝撃も減じるものですよ。で、どうして食べるのか何ですけど、僕の推測では、自分の憧れ、畏敬、恐怖、そんな自分の届かない象徴を食べる事で、自分がその存在に近づこうとしているんじゃ無いですか?」

「何それ? 頭おかしいんじゃないの?」

 法子は視界が揺れ始めた。

「さあ? おかしいかどうかは知りませんけど、実際彼等の魔力は増えていますし、方法として間違ってはいないんでしょうね」

「間違ってなくても! そんなの、駄目に決まってる!」

 その時、法子の背中で四葉が暴れ、法子は思わず四葉を落とした。地面に落ちた四葉は立ち上がって、群衆が食事をする広場の中央へ走る。

「あ、四葉ちゃん!」

 四葉が走りだしてほんの数歩、群がる群衆の中から教祖の頭部だけが現れた。それに気が付いた四葉の足は鈍ってそのままばたりと地面に倒れ、勢い余って転がり仰向けになって動かなくなった。。法子達が慌てて駆け寄ると、四葉は気絶していた。転がった四葉の目からは涙がこぼれているのを見た瞬間、法子は群衆へ跳びかかる為に地面を蹴った。

 だがジョーの腕にぶつかって止められる。

「法子ちゃん、何する気や」

「止める!」

「その刀で?」

「そう! 放して!」

「あかんよ。それやったら法子ちゃんも悪者の仲間入りや。ヒーローならこらえな」

「何で? あんな。あれを止めないの? そんなのヒーローじゃない! 四葉ちゃんの前でお父さんが殺されてるのに! 出来るわけ無いじゃん!」

「奴等がやってるのはただの死体損壊。魔術を使ってない。それを魔術で止めたら犯罪や。魔検のヒーローは魔術犯罪しか止められない」

「何だよそれ! それじゃあ、目の前で人が殺されそうになってても止められないの?」

「その時はヒーローとは関係なく正当防衛。でも今、刀握って向かったらあかん。まず刀を握ってる時点でまずいし、それで相手を傷付けたらもっとまずい」

「そんなの。そんなの」

 法子は絶望して力が抜けた。目の前で行われている惨劇よりも、何よりも、ヒーローがその程度の存在だという事に絶望した。そんな物が世間でヒーローだと認知されている事に憤りを感じて、震え始めた。ジョーの手が法子から離れる。

「ま、分かるわ。理不尽やと思う気持ちは。それで失望する奴も少なくない。俺もその口やし。せやから、そういう汚れ役は俺が」

 もうジョーの声も聞こえない。揺れる視界の中で、全くの静寂の中で、法子はぼんやりと群衆を見た。皆争い合いながら群がっている。その中の一人が口から赤い液体を垂らしながら、何かを咀嚼しつつ笑っているのを見て、法子の中の理性が崩壊した。

「ふざけんな!」

 法子が群衆へと向かう。目の前が真っ赤になって、全てが怒りに変わった。

 法子は刀を強く握り込み、群衆へと突っ走る。

 だがその途中で、男が立ちふさがった。スーツを来た黒い男だった。全身、服も手袋も黒く、ただ顔だけが黒の中で妙に白く浮き上がっている。

「二度目だな。邪魔はさせん。今度こそ殺す」

 それが病院の廊下で陽蜜達を傷付けた敵だと分かった瞬間、法子は加速した。

 真っ直ぐと男へ向かい、足元を狙って刀を振った。

 だが止められる。見えない力に抑えこまれて動けなくなった。

「法子、落ち着いて」

 タマの声が聞こえる。それで冷静になろうとするが、男の口の端に赤黒い何かがへばりついているのを見たら、もう無理だった。

 法子が雄叫びを上げ、魔力を込めて敵の呪縛を打ち破る。そうして男の側面に回りこみ、男の首筋を狙って刀を走らせるが、やはり見えない力で阻まれた。景色がいきなり黒くなって、気が付くと地面に叩きつけられていた。

 法子が起き上がると、男の背後でマサトと春信が剣を振るう格好で止まっていた。マサトと春信は浮き上がり、反転して、頭から地面に叩きつけられる。もう一度物音が聞こえて、見ると、摩子が倒れてきた。

 法子達四人は何とか立ち上がる。だが立ち上がった時には動きを止められて、法子は首に圧迫感を感じ、不気味な音が頭の奥に反響して視界が暗転した。すぐに視界は回復するが、首の辺りに妙な心地がする。

「落ち着けって言ってるだろ。殺されるぞ」

「くそ!」

 法子は悪態をついて、駆けようとするが、やはり体が動かない。

「落ち着けば、君なら敵の魔術から抜けられる。とにかく冷静になれって」

 唐突に胸の奥に嫌な感じがした。まずいと思った時には、胸の奥に凄まじい激痛が走って、再び視界が暗転する。すぐに復活する。

「ああ、もう! 本当に君は」

 法子の体が浮き上がった。法子は逃れようとするが、抜けられない。ただひたすら真っ赤な視界の中で、もがき続けるが、抜けられない。

「法子の馬鹿」

 その瞬間、法子の意識が押し出された。ぐにゃりと自分の体が歪んだと思った時には、いつの間にか地面に立っていた。だが自分の意志で動けない事は変わらない。自分とは違う意志が刀を担ぎ、口を開く。

「全くもう。君はそこで反省」

 法子は自分の左手を握り、開くと、男を見た。

 男が意外そうな表情をする。

「ほう、強化した俺の魔術から抜けたか。だが次は更に強く」

「はいはい。弱い方があんまり喋ると笑い話にしかならないよ」

 法子が手で何かを払う仕草をした。男が明らかに気分を害した様子で言った。

「お前等ガキの様にふざけた物見遊山でやって来ている奴に、息子を背負う俺の気持ちが」

「ご子息がどうしたの? 背中には誰も居ないみたいだけど」

 唐突に男が涙を流し始めた。

「俺が、俺がこんな事をしてるのは、息子の、事故で足を失った──」

 法子がそれを鼻で笑う。

「貴様!」

 男は激昂しかけたが首を振り、すぐに落ち着いた調子で嘲る様に言った。

「いや、所詮大した思いも持たない者に──」

 それを遮って、法子は刀を持った手を垂れ下げ、微笑んだ。

「御託は結構。行くよ」

「こ」

 男が口を開いた時には既に法子がその首を切り裂き、男の背後に立っていた。

 喉から血を吹き流す男に向けて法子はにこやかに言う。

「思いを叶えたいなら実力を備えなくちゃ」

 そうして喉の傷が治り始めた男の背に刀を突き入れる。

「ま、実力も思いの強さも私の方が遥かに上だったっていうだけの話」

 法子の刀を伝って男の魔力が奪い取られる。そうして魔力の大部分を失った男は倒れ伏した。刀が抜ける瞬間、法子はほんの微かに魔力を逆流させて男の傷を治癒し、刀を抜く。

 男を倒し終えた法子は、魔術が解かれて地面に落ちた子供達に声を掛けた。

「よし! 魔子ちゃん、マサト君、春信君!」

 三人が口を開いたまま法子を見る。

「向こうで群がってる餓鬼達も私が止めとくから、君達は冷静になっておく様に! 良いかい?」

 子供達は呆っとして瞬き一つせずに法子を眺めている。

 動きそうに無い事を確信して、法子は子供達に背を向けた。そうして心の中で、タマは法子に声を掛けた。

「法子。これからあの死体に群がる餓鬼共を止めに行く訳だけど、ここからは多分見ない方が良いだろうから、しばらく繋がりを絶つよ」

「見ない方が良いって、タマちゃん、あいつ等を殺すつもり」

「まさか。君の体でそんな事しないよ。ただ魔力を奪って動けなくするだけ。でも食い散らかした後は見たくないだろうし、見る必要も無いだろう?」

 法子は答えない。

「しばらく真っ暗になると思うから、その間に君もちゃんと冷静になっておく様に」

 そうして法子は群がる群衆へと向かおうとしたが、背後から呼び止められた。

「待ちなさい! 今、中に居るのは神様ではありませんね?」

 振り返ると、エミリーが怒り肩になって立っている。

「私が神様を助けようと思ってたのに!」

 それを見て、法子が笑う。

「法子を守るのは私だよ」

 ちらりと将刀の顔が思い浮かぶ。

「少なくとも今はね」

 悔しそうにしているエミリーを置いて、法子は死体に群がる餓鬼達を払いに向かった。

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