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舞台 開幕のベル

「げ、破れてる」

 穴の開いたコートを引きずりながら何とか這い出した凡はジェーンを指さしていった。

「もう、遊びは終わりだ。決着をつけようぜ」

「落とし穴に落ちて遊んでいたのはあなただけなんですけど」

「ぐ」

 言い返せない凡は苛立ちと共に巨大な甲殻類へ命令を下した。

「やれ!」

 甲殻類が腕を振り上げる。

 それと同時にジェーンが走りだした。

「術者を殺してしまえば」

 ジェーンと凡が肉薄する。凡が迎撃しようと符に魔力を込める。

「凡ちゃん、危ない!」

 葵が叫びながらジェーンと凡に指を向ける。その瞬間、二人の頭上に金盥が生まれ、頭の上へと落ちて、二人が昏倒した。

「え?」

 法子が声を漏らす。

「凡ちゃん、大丈夫!」

 葵が慌てて凡の元へ駆け寄った。葵が屈みこむと葵の頭にも金盥が落ちて、葵は前のめりになって凡の上に倒れこんだ。葵が腹に乗った所為で、凡は思いっきり咳き込み、咳き込みながら手で葵を押しのけ、頭を擦りながら立ち上がる。同じく頭を撫でつつ立ち上がったジェーンと二人で睨み合う。

 そこへジョーと元華が駆け寄ろうとした。

「何か因縁あるところに横槍すまんけど、さっさと決めさせてもらうわ」

「何何? 何、二人で盛り上がっちゃってんの?」

 二人が一歩足を踏み出した瞬間、突然落とし穴に落ちた。

 二人は穴の底に落ちて見えなくなる。

「え?」

 法子が再び声を漏らした。

 隣の摩子を見る。摩子もこちらを見ていて、頷いてきた。一緒に攻撃しようという事なのだろうと思い、法子は刀を持ち上げた。

 そして駆けた。

 足元にバナナが落ちていた。

 二人して踏み潰し、バナナの中から身が盛大に飛び散って、そうかと思うと二人してひっくり返り頭を打った。

 何これ。

 法子が立ち上がると、丁度、ジョーと元華も這い出しているところだった。その向こうでは凡とジェーンが睨み合おうとしていたが、後ろから葵が凡に抱きついて縺れて転び、それを助け起こそうとしたジェーンが石鹸に滑って転倒した。

 そしてその更に向こうでは、マサトと人形じみた女の子が言い争いをしていた。かと思うと、人形じみた女の子がマサトを振りきって、磨きぬかれた様に不自然な程光を反射する地面に足を踏み出し前のめりに転ぶ。転んだ女の子はそのままつるつると倒れた姿勢のまま滑ってくる。それを助けようとしたマサトも同じ様に転んで同じ様に滑ってくる。つるつると、凡達の傍を通り、ジョー達の傍を抜けて、つるつると滑りながら法子達の元まで滑ってきて止まった。

「あの大丈夫ですか?」

 法子が尋ねると、

「大丈夫だ」

とマサトは答えながら立ち上がり、立ち上がった瞬間床に足を滑らせ再びすっ転び、凄まじい音を立てて仰向けに倒れた。女の子も立ち上がろうと体中からマニピュレーターを生やして、地面に突き立て立ち上がろうとするが、滑ってまた転ぶ。法子がマサトに手を差し伸べると、マサトがその手を掴んで立ち上がった。

「格好悪いところを見せた」

 マサトの言葉に法子は首を横に振って否定する。

 多分バナナに転んだ自分の方が格好悪い。

「神様! 大丈夫ですか?」

 エミリーと春信が走り寄ってきた。

「神様、私は今は下手に動いてはいけないと思考します」

 法子はエミリーの言葉に頷いて、ジェーンを見た。

 丁度ジェーンと凡と葵が足元にばら撒かれた油に滑って再度転び、上から落ちてきた本の束に埋もれた。

 それを見ている内に、法子は自分が何の為に戦っているのか分からなくなった。

 戦おうとする理由は結界を破る為だ。四葉が突然発作で苦しみ始めたからそれを助ける為に結界を破らなくちゃいけなくて、だから今こんな事をしている暇はなくて、結界を破らなくちゃいけなくて、ならどうすれば良いんだろう。

 法子の視界の中で、ジョーが何処からともなくマントを取り出して羽織った。精霊の王だとか、紛い物だとか、世界を救うだとか良く分からない事を言っている。それと同じ時に、元華の周りに沢山の人々が現れて、そうかと思うとお互いで殺しあい始めた。元華とジョーが顔を見合わせ、元華がジョーの頭を叩く。その瞬間、頭上から大量の水が落ちてきて二人を濡らした。そこに春信が駆け寄って、ジョーと何か言い合いを始めた。春信の気持ち悪いの一言でジョーが崩れ落ちる。そして何処からかパイが飛んできて、三人の顔面に当たった。その向こうではジェーンと凡が戦っていた。何故か全身が墨塗れになっていて、ジェーンが凡に向かって走りだし、それに合わせて凡も腰にひっつく葵を引きずりながら駈け出して、突然二人の間に現れた巨大なマットにぶつかって弾かれ転ぶ。辺りを見回すと、どこもかしこも似た様な戦いをしている。誰もが間の抜けた態で戦っている。

 法子は何だか不思議な気分だった。今まで渦巻いていた事件の帰結がこれなのかと思うと、何かしっくりと来ない。

「随分と強力な魔術だね」

 タマの声だった。

「魔術?」

「うん、多分思った結果を導かせないとか、拍子を外させるとか、正確には分からないけど、そういった類だろうね。まともな状況にさせない魔術だよ。それがこの町全体にかかってる。環境系の魔術だ」

「この町全体に? そんな事出来るの?」

「珍しい魔術じゃないよ。実際、沢山の魔術がこの町全体に影響を及ぼしてたし、沢山の結界がこの町に張られてた。ただあの葵って人の魔術はその中でも大分強力な部類だね。勿論近付き過ぎてるから影響を直に受けてるっていうのもあるけど」

 何か恐ろしい事を言っているが、法子にはそれよりも大事な事があった。

「そうなんだ。でもね、タマちゃん」

「分かってる。どうしようって言いたいんだろう? でも私に聞く必要は無いよ。君なら対抗出来る。どうすれば良いのか分かるかな?」

 タマが何か言ったが、それも今は関係無い。

「ううん、対抗とかじゃなくてね、戦う意味があるのかなって」

「え? この期に及んで戦いたくないって言うのかい?」

「だって意味が無いでしょ? ジェーンさんと戦って勝ったって。今はとにかく結界を破らないと」

「確かに、そう、だね。うん、まあそうだけど」

「でね、もしかしたら。今の私なら結界を破れるかなって思ったの。何だか理由は分からないけど、今、調子が良くて、今ならいけるきがするの」

 法子の遠慮がちな言葉にタマはあっさりと同意した。

「うん、出来るかもね」

「え? 出来るの?」

「私も理由は無いけど、何だかそんな気がしてきた」

「ありがとう。じゃあ、やっぱり戦うのは他の人に任せて、結界をどうにかしに行く」

「君がそれで良いなら」

「まずい?」

「いや、全然。でも昔の、魔王に挑みに行った君と比べて変わったなって思っただけ。良い変化だと思うよ」

 唐突に褒められたので法子は恥ずかしくなった。

「そうかな? 成長してる?」

「してるよ。落ち着いてきてる。良いかい? 君は強いよ。冷静でさえ居れば。だから何をしようととにかく冷静で居よう。君は焦るのだけが本当に弱点だから」

 褒められていたのに、段々説教染みてきて、法子の喜びが陰る。

「あ、うん。分かった。頑張る」

 法子は顔を上げて前を見た。ジェーンと凡の戦いにジョーと元華も加わっている。皆はまだ転んだり滑ったり落ち込んだり笑ったりしている。更に何故か戦闘スーツを着たヒーローとさっきエミリーと戦っていたサーカス団と卓球選手も乱入して更に混沌としている。ただでさえ混沌としているのに下手に自分が突っ込むと更に場を混乱させそうだ。やっぱり戦いは任せて、自分は結界をどうにかしようと体を背けた時、法子は驚き固まった。

 遥か向うに、四葉が居た。呆とした様子で立っている。しかも服装が病院のパジャマから変身した後の摩子や法子の様な服装になっていた。さっきまで苦しそうにしていたはずなのに。大丈夫なのか、こっちに来たら危ないんじゃないか、そういった疑問が湧いて、法子は摩子に声を掛けた。

「摩子、摩子」

「何?」

 摩子が目を合わせてきた。

「向こうで四葉ちゃんが」

「え? あ、ホントだ」

 二人して四葉を見た。

「どうしたんだろう? 歩いてて大丈夫なのかな? 治ったのかな?」

「分かんないけど、でもこっちに来たら危ないよ」

「そうだ。そうだよね。ちょっと行ってみよう」

 摩子がそう行って駈け出した。法子もそれについていく。後ろからエミリー達もついてくる。途中二度程転んで、法子達は四葉の元へと辿り着いた。その時には四葉の元に、陽蜜や剛太達も集まっていた。

「四葉ちゃん、大丈夫なんですか?」

 摩子が尋ねる。

「分からない。彼女が突然走りだして、今僕達も追いついたばかりなんです」

 剛太が答えた。

「四葉ちゃん」

 法子が中腰になって四葉を覗きこむ。

 四葉の目は何処も見ていない目付きでぼんやりとしている。無表情だが額に汗が浮いていて、苦しそうだった。

「どうしよう」

 法子の呟きに誰も答えられない。誰もがどうしようもないのだと分かった。法子はやっぱり結界をどうにかしなくちゃいけないと思って、立ち上がり刀を握った。

 その時、四葉が口を開けた。

「四葉ちゃん?」

 法子が尋ねかけると、四葉が突然物凄い絶叫を上げ始めた。人間の口からは絶対に生まれない様な、鉱物同士を擦り合わせた様な甲高い音が辺りに鳴り響く。

 その凄まじい大音声に広場全体が戦いを止めて、四葉のいる場所へと目を向けた。魔術師達の注目する中で、四葉はひたすら甲高い声で鳴いている。


 その時、時計の針が零時を示した。

 予言の日が訪れた。


「はは」

 教祖が笑う。

 興奮した様子で叫び始める。

「見て下さい! 巫女が復活する!」

 徳間が遠くで甲高い声を上げる四葉を見た。見た瞬間、表情を凍らせて、呻く様に呟いた。

「あの子は。思い出した。ああ、そうか。そういう事かよ。ちくしょう」

「復活だ。もうじき復活するんですよ、巫女が。巫女が復活する! はは、私の言霊が実現する。助かるんだ、今度こそ!」

 そうしてぐるりと徳間を見た。

「魔力が集まりました。戦いのお陰で。皆さんのお陰で。思ったよりも上手く。本当なら人を集めて興奮させて死んでもらうはずだったのに。そんな余計な手間をかけずに魔力が集まりました。そうして遂に、遂に成就しますよ、見ていますか? あの光景を。遂に。私の言霊が。確定した未来とはいえ、不安だった。はは、後一押しだ。後少し。強い魔力で衝撃を与えれば」

 教祖が広場を見回す。

「おや、戦いが止んでしまいましたね。皆、復活劇に見惚れている様です。仕方がありません。それなら私が」

 教祖の言葉を徳間が遮る。

「田宮さん、あんた娘の為に?」

「理解できませんか?」

「いいや。理解は出来るよ」

 徳間が剣を構える。

「だが手伝うつもりはない」

 教祖が徳間に向かって微笑んだ。

「ありがとうございます。戦っていただけるのなら最高の助力です。あなたが戦いの中の興奮状態で死ねば、その時に放たれる魔力で、巫女は復活させるのに十分な量がある。ほら! 私の言霊が出たという事は、それは正しいという事! やっぱり後一押しなんだ!」

「死ぬ気は無えな。あんたの不完全な言霊で俺を殺せるか?」

「今の私は調子が良いですよ」

 教祖は一度甲高い音を発する四葉を見てから、徳間に向き直った。

「徳間さん、あなたは今ここで」

 その瞬間、何処からか飛来した矢が教祖の胸に突き立ち、教祖は矢の勢いに倒れ地面へと縫いつけられた。

「新手?」

 徳間が矢の放たれた先を見ると、遥か遠くに時代掛った装束を着た人影が弓を携えているのが見えた。時代掛った装束を着た人影はその一人だけではなく、沢山の時代遅れ達が広場を囲って立っていた。

「くそ。また訳の分からん奴等が。おい、田宮さん、大丈夫か? 悪いが一時休戦といかねえか?」

 徳間が教祖を見る。が、田宮は反応を返さなかった。

「おい、どうした。まさかその程度で」

 徳間が教祖の傍に屈みこんで、教祖の首筋に触れる。異常な程早く脈動していた。息は既に消えかけている。矢の突き刺さった傷口は回復する兆しが見えない。徳間が教祖の胸に触れ、内部の魔力を調べると停滞して流れていなかった。

「おい、田宮さん。おい!」

 徳間が教祖の体の中に魔力を流しこむが、何も変わらない。

「嘘だろ、くそ! ふざけるなよ!」

 徳間は矢を抜いて、傷口を塞ごうとするが、どうしてか治癒が上手くいかない。抜いた傷口から血が溢れ出る。同時に教祖の口から血が吐き出された。

 教祖が振り絞る様にして、掠れた笑いを上げる。

「やはり……未来……未来は変わ、らな」

 その瞬間、教祖が徳間を横へ払いのけた。徳間の遥か後方から徳間を狙って放たれた矢が、教祖に突き立つ。喉を貫かれた教祖は自分の叶えたかった未来を夢見つつ、その幸せの中で絶命した。

 教祖の死と同時に、辺りへ膨大な魔力が溢れだし、眠っていたそれが復活する最後の一押しとなった。

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