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舞台 正義とヒーローの間

 法子は励ましてくれたらしいスーツ姿の怜悧な女におずおずと尋ねた。

「あの、どうして、そんな事を?」

「ジェーンとお呼びください」

「は?」

「名前です。私の事はジェーンとお呼びください」

 ジェーンの言葉に法子は混乱しながらも何とか頷いた。

「あの、ジェーンさん」

「法子さん、でしたよね?」

「え? あ、そう、です」

「再び見えた事を喜ばしく思います。あるいはこれこそが運命なのかも知れません。以前あった時に、あなたの中に言葉に出来ない煌めきを感じました。あなたなら私を越えていける。そう信じております」

 妙な持ち上げられ方をして、法子は戦いて引き下がった。

「はぁ、あの」

「そうですね。死ぬまでの暇潰しといったところでしょうか」

「は?」

「理由です。私が何故ここに居るのか」

「あの、死ぬまでの?」

「暇潰しです。私が死ぬ事は確定しております。後はそれまでの猶予時間を如何に過ごすか。ただそれだけでございます」

 ジェーンが無表情で淡々とそう言った。言っている事はめちゃくちゃなのに、法子は何だかその言葉の中に優しさを感じて、変な気持ちになった。

 摩子が進み出た。

「暇潰しって、あなた達は暇潰しでこんな事をやってるんですか?」

「私は、です。他の者達は分かりません。何か強烈な願いがあっての事でしょう。私達は叶えられない願いを叶える為にここに居るのですから」

 強烈な願い? 暇潰し?

 その為に、みんなを?

 法子は友達が殺されそうになった事を思い出す。戸惑っていた心が退いて、怒りが湧いてきた。思わず声を荒げていた。

「じゃあ、何? その願いの所為でみんなを殺そうとしたの? あんたは暇潰しの為にみんなを殺そうとしたの?」

「私は誰かを殺そうとは思っていませんよ。結果がどうであれ。他の者は分かりませんけれど」

「でも私の友達は死にそうになった。あんただって仲間でしょ?」

「話がずれておりませんか? 私達の成そうとしている事と、あなたの友達の生死は関係ありません」

「他人事、なの?」

 法子が怒りに眩めいて呟いたのに対して、ジェーンはやはり淡々と答える。

「あなたが酷いと感じる事は理解できますが、私達にとってはやらなければならない事、仕方の無い事です」

「何それ。何なの? 何でそんな風に言えるの? 私の友達だけじゃない。入院してた患者の人達だって、あなた達がみんな操って、病気で、大変で、無理したら死んじゃうかもしれないのに! どうして? 何でこんな事出来るの? だって。おかしいよ! 自分勝手に沢山の人を不幸にして」

 法子が涙を浮かべながら叫ぶ言葉を浴びても、ジェーンは飄々としている。

「おかしいでしょうか?」

 ジェーンの淡々とした答えに、法子は気圧されて口ごもった。

「おかしいでしょうか? 他人を犠牲にする事が。例えば、誰か、そうですね、小さな赤子を一人殺せば、それで世界が救われるというのなら。殺しませんか? どうでしょう? 勿論、どちらを選択するかは人それぞれでしょうけれど。おかしいと言われる程、理解出来ない考えでは決してないと思いますけれど」

 法子は何とか口を開く。

「そんな話じゃない。あなた達は世界を救うとかそんなんじゃなくて、自分勝手に暴れてる」

「どうしてそう思います?」

「え?」

「あなたにとっては、私達の願いは価値の無い馬鹿馬鹿しい願い事かもしれませんが本人にとっては世界を天秤にかける様な事かもしれません」

 法子はジェーンの言っている事が理解できなかった。暇潰しと言っていたのに、今度は世界を天秤に掛ける願いがあったと言う。言い訳にしか思えない。けれど女性の言葉には妙に迫力があって、何だか自分が間違っている様な気がして、法子は言い返せなかった。

 代わりに摩子が答える。

「でも。どんな理由があっても、その為に他人を傷付けるのは絶対おかしい!」

「それならあなたはどうすると言うのです? 世界が危機に瀕している時に、もしもどちらか片方──」

「別の方法を考えて、二人共助ければ良い!」

「素晴らしい理想論です。ですがそれは口だけの事。現実では──」

「出来る! その為に魔法があるんだから! 魔法は人の思いを叶える為にあるんだから!」

「ふふ」

 ジェーンが声だけで笑い、一拍遅れて口角を釣り上げた。

「絶望を知らぬ者の言葉ですね」

「そんなの知らない! もしあなたが願い事を叶えられなくて絶望してるっていうなら、その願いを叶えられないのは諦めちゃってる所為だよ。出来るって思わなくちゃ何にも出来ない」

「成程、至言です。では問いますが、世界と赤子、あなたはどちらを救いますか?」

「だから」

「どちらもは無しです。どちらか片一方だけを救ってください。そういうルールです」

「例えどんな状況だって、どんなルールがあったって、どんな運命が待ってたって、自分が助けたいと思ったら全部助ける! 諦めないし、選択もしない! それが正義なんだってマチェが言ってた!」

 摩子は水平に構えてジェーンを睨んだ。法子は摩子を頼もしく思う。憚る事無く言い返し、迷いなく戦おうとする摩子を頼もしく思う。きっと摩子ならあっさりと勝てるんだろう。そんな無条件の信頼が際限無く沸き上がってくる。

 ジェーンは慈しむ様な目をして、戦闘に入ろうとする摩子を見た。

「そうですね。そこまで頑なに、真っ直ぐと前を見据えていられるのなら、本当にいつかどんな困難でも突き破って世界を救える英雄になれるのかも知れません」

 ジェーンは右腕を自分の体に巻きつかせる様にして構える。

「ですがまだ力が足りません」

 ジェーンは右腕を振りながら踊る様に一回転した。ぜんまい仕掛けの鳥が囀る様なひび割れる音がした。

「え、嘘、私の魔法が」

 摩子がそう呟いている間に、ジェーンは両腕を振り上げ、一気に振り下ろした。

「ぐ」

 摩子が呻きを漏らして、法子の横から消えた。法子が振り向くと、摩子が後ろに倒れ込んでいた。胸からは血を流している。

「摩子」

 法子が慌てて駆け寄ると、摩子が弱々しく立ち上がる。

「うー、強いよ、あの人」

 苦しそうにそう言った。

 法子には摩子の言葉が信じられなかった。摩子なら何を相手取っても苦も無く勝利を掴めると信じていた。それなのにやられた。倒された。それもあっさりと。

 摩子よりも上の人間が居るという事が信じられなかった。

「摩子さん、あなたは攻める事しか考えておりませんね。それではいけません」

 法子が振り返ると、ジェーンが歩んできている。法子は思わず体を震わせたが、それでもジェーンに対して刀を構えた。

「次は法子さんですか。以前戦った時には大分てこずりましたね。それが今はどれだけ強くなったのか楽しみです」

 敵の言葉は、これから戦わなければならない事を強く意識させられて恐ろしかったが、同時に励まされもして、法子は刀を強く握った。そう、以前戦った時は、勝てないまでも頑張れた。今はあの時の私より沢山強くなってる。だったら今回も、勝てないまでも時間を稼げるかもしれない。いや、もしかしたら勝てるかもしれない。

 そんな希望が法子の中に湧いた。そうして歩んでくるジェーンを睨みつける。

 ジェーンはその視線を受けて、立ち止まると、朗々と唄い上げた。

『さては最後をご覧じろ。死出三途へ導こう』

 ただそれだけ言って、また歩んでくる。何ら変わったところは無い。

 けれど明確に違っていた。

 勝てない。

 理由も何も分からないけれど、目の前の人間に勝てない。突然に心の奥が訴えかけてきた。戦ってはいけないと警告してくる。

 歩いてくる姿を見て、法子の全身に悪寒が走る。目の前の敵には何の変化も見られないのに、絶対に踏み越えられない隔たりを唐突に感じて、戦う気力が一気に削がれた。

 だが逃げようにも背後には摩子が居る。それを見捨てて逃げる事は出来ない。けれど戦って勝てるとも思えないし、戦えばただで済みそうにない。

 勝てない。でも戦わなくちゃいけない。

 ジェーンが目の前で立ち止まる。特に何もしてこない。こちらの攻撃を待っているのだと分かる。その余裕を法子は恐ろしく感じた。攻撃しようとすればきっとやられる。殺されてしまう。そんな気がしてならなかった。

 法子の手が震える。その手に持つ刀が震える。

「どうしました? 何をそんなに恐れているのですか?」

 ジェーンが問い尋ねてくる。攻撃しなければならないという強迫観念がやって来る。相手の意に背けば怒らせてしまう気がする。

 刀を振らなければいけない。攻撃しなければならない。戦わなければならない。勝たなければならない。

 どんどんと心の重圧が積み重なっていってやがて崩れ落ちそうになった時、摩子とジェーンの問答が思い出された。摩子の、果敢に不可能が無い事を主張し、立ち向かう姿を思い出した。

 出来るって思わなくちゃ何にも出来ない。

 摩子に応援された気がして、恐れが消えた。

 勝てる。

 同時に刀を振るっていた。刀が目にも留まらぬ速さでジェーンの首を狙う。

 勝てる。

 刀がジェーンの首を切り裂く。

 え? 嘘。

 あまりの結果に法子の体から力が抜けた。

「まだまだ」

 首から血を流すジェーンが笑顔を向けてきた。

 法子は腹に異物感を覚えた。地面から浮き上がる。見ると、ジェーンの手から法子のお腹へ透明なガラスの様な棒が伸びてきた。

 透明な槍?

 そう判断した時には、勢い良く振り回され、地面に投げ捨てられた。地面に倒れ伏した法子は傷付いたお腹に手を当てる。

 やっぱり勝てなかった。

 それはそうだ。勝てるだなんて本当は思ってなかったんだから。

 こんな事分かり切っていた。勝てないだなんて分かっていた。

「法子! 大丈夫!」

 顔を上げると、向こうで摩子が立ち上がっていた。

 摩子の問いに、法子は弱々しく笑みを作る。

「だいじょぶ」

 そうして立ち上がる。

 お腹の傷が少しずつ塞がっていく。回復していく。

 でもまだ。死んでない。生きてる。まだまだ戦える。

 一人じゃ勝てない。分かり切っていた。

 当然の結果だ。強大な敵に自分一人で勝てる訳が無い。今までだってそうだった。

 でも二人なら。摩子となら。

 そう思って、摩子を見つめていると、摩子が頷いて何か呟きだした。摩子の元に魔力が集い始める。強大な魔術の準備をしている様だ。

 二人なら勝てるかもしれない。

 そう信じて、法子は再び刀を構える。

 ジェーンが立ち上がった二人を見て、言った。

「お次は二人ですか? どうぞ。それでもまだまだ私には届かないと思いますが」

 そんなの知らない。摩子となら勝てる。

 法子は刀を構えて、もう一度摩子が、杖を光らせながら何か呟き、諦めずに立ち向かおうとしている事を、確認する。

 絶対勝つ!

 仲間が居れば勝てる!

 法子が一歩踏み出した時には、いつの間にか既にジェーンが目の前に迫っていた。

「健気ですね」

 ジェーンの手が法子の刀を抑えてしまう。

 法子の全身が硬直して、心の底から恐れが湧いてくる。

 やっぱり私じゃ。

 引きつった表情で、悲鳴を上げそうになった。

 それを塞ぐ様に、背後から甲高い声が響いてきた。

「かーみーさーまー!」

 そして法子の脇を大量の獣が飛び出して、ジェーンへと跳びついた。ジェーンはそれを剣で切り伏せる。が、更に多くの獣が法子の背後から飛び出して、ジェーンへと襲いかかった。

「神様!」

 そう声を掛けられて、法子ははっとして、犬を切り伏せて出来たジェーンの隙を狙って、刀を閃かせた。

 ジェーンの瞳が法子を捉える。

 だが対応は出来ない。

 犬を切り終えた体勢ではどうしたって防げない。

 そう確信した法子は渾身の力を込める。

 凄まじい音が鳴って、法子の刀とジェーンの透明な武器がかちあった。

 え?

 ジェーンはまるで早回しをした様に不自然な動きで法子の攻撃を防ぐと、残念そうに言った。

「今のはいけません。勝利を確信し、油断をしたでしょう? その所為で刀を振るう速度が鈍っておりました。先程の方がずっと良い」

 ジェーンの言葉を聞いて、法子は思う。

 そんなんじゃなかった。

 こちらが手を緩めた所為じゃ絶対無い。明らかに異常な動きで、攻撃を防がれた。

「やはり、まだまだ」

 まずい。切られる。

 法子がそう思った時には既にジェーンの腕が迫っていた。

 その時、視界の右から突き出された刀に、ジェーンの見えない武器が防がれた。

「この位、防げよ。僕を倒したのなら」

 更に左右から別の刀と拳が現れ、ジェーンはそれを避ける為に引き下がった。

 危機を脱した法子は左右を見ると、春信とジョーと元華の三人が立っていた。

「危ないなぁ、法子ちゃん」

「大丈夫だった? お姉さんが来たからもう大丈夫!」

 一緒に戦ってくれる仲間。

 法子は途端に勇気づけられて笑顔になる。

 そこに凄まじい衝撃が走って、法子は吹き飛ばされて転がった。

「神様! 私も居ますよ、神様! 忘れてはいけません。私は助けました!」

「分かった。ありがとう。分かったから」

 法子は腹にひっついたエミリーを引き剥がして立ち上がる。更に仲間が増えた。これならきっと。

 法子がジェーンを見ると、ジェーンは見えない武器を肩に担いで、恐れるでも焦るでも無く立っている。

「千客万来で──」

「ここであったが百年目!」

 ジェーンが突如として襲ってきた巨大な甲殻類の鋏を避ける。蟹と海老と甲虫を合わせた様な、奇妙な生き物から飛び降りた凡は高らかに笑いあげた。

「この状況! ようやっとあの時の借りを返せる時が来たみてえだなぁ! てめえにつけられた腹の傷が疼いてしかたねえんだよ!」

「追われるのは嬉しいと言いましたが、ここまで来ると気持ち悪いですね」

 ジェーンが周囲を警戒しながら、構えを取る。

「七人ですか。それでもまだ」

「なら俺達も加わろう」

 ジェーンが振り返ると、黒い鎧を纏ったマサトと安物の人形じみた姿格好のファバランが立っていた。

「マサトさん!」

 法子が叫ぶとマサトが軽く手を上げた。

「俺も助太刀する」

 隣に立つファバランが不服そうにしている。

「魔女先に倒す」

「仕方が無いだろう。何処にも居ないんだから」

「絶対居る。隠れているだけ」

「でも見つけられないんだから」

 二人が小声で言い合っている事に気が付かず、法子が叫ぶ。

「ありがとうございます!」

 マサトがそれに答える。

「仲間だろう!」

 そう笑みを浮かべたマサトだが、言葉を終えると、その笑みが引っ込んだ。

 マサトは、一瞬逡巡する様に口を閉じてから、叫ぶ。

「気を付けてくれ! ヒロシが裏切った!」

「ヒロシさん? それなら」

「理由は分からないが、突然泣きながら襲いかかってきた。何か理由があるのかもしれないが、確かに敵に回ると言っていた! 気を付けてくれ!」

「それなら摩子が倒しました!」

「え?」

 マサトが摩子を見る。

「そこで転がってるよ!」

 摩子が転がっているヒロシを指した。マサトは動かないヒロシを見て、不安そうに言った。

「大丈夫なのか?」

「眠ってるだけ! 怖くて敵と戦いたくなくて、だから敵の味方するって言ってた!」

「そうか」

 マサトはぽつりと呟いて一瞬口を引き結んでから、殊更明るげに言った。

「なら、早く奴等を倒して、平和を取り戻そう!」

「勿論!」

 摩子がそう言い返して、二人してジェーンに向けて構えを取った。それを見て、法子も慌てて構え、他の者達も構えだした。

 ジェーンが辺りを見回してから冷徹な声音で謳った。

「良いでしょう。かかってきなさい」

 その時、遠くから声が聞こえてきた。

「待ってー!」

 全員が声のした方を向くと、四十路の女が小走りにやって来ていた。

「ちかちゃん! 私も戦うから!」

 そう叫びながらやってきて、凡の前まで来ると盛大に転んだ。

 倒れた女性を起こしながら、凡が咎める。

「おいおい、もうここに用はねえから、全員帰る様に言っただろ。何で、葵さん来てるんだよ」

「あのね、ちかちゃんを置いて帰れる訳無いでしょ」

「まさか、他の奴等も」

「ううん、他の人達は外に用があるみたいで行っちゃった」

「そうかい。なら葵さんも行ってくれねえかな。邪魔だから」

「酷い!」

 凡の言葉に葵がショックを受けた様子でよろめいた。そして何故か傍から元華とジョーが口を出してきた。

「ちょっとー、そんな言い方ないんじゃない? 折角来てくれたんでしょ?」

「せやなぁ。もうちょっと言い方っちゅううもんがあるんやない?」

 葵がそれに同意して頷いている。

 凡がそれに憤慨して声を荒げた。

「またこの流れか!」

「またって何や」

 ジョーが訝しみ、ジェーンが更なる横槍を入れる。

「凡さん、謝れないのなら私が一緒に」

「お前も黙ってろ!」

「酷い」

 ジェーンが全くの無表情でよろめいた。

 すると、葵が口を抑えながら悲しげに目を伏せながら皆に向けて嘆いてみせる。

「皆さん、もう良いんです。私が悪いんです。ごめんね、ちかちゃん。おばちゃん、弱いから、役に立たなくて」

「あーあ、泣かせた」

 元華とジョーが非難がましい目を凡に向ける。それに流されて、摩子やマサトも何となく凡を見た。法子は泣いている葵に同情して、不要とされる身を自分に重ね、何だか悲しくなってぽつりと呟いた。

「使えないから帰れっていうのは、幾ら何でも」

 その視線に晒された凡は葵を指さして叫んだ。

「アホか、お前等! 使えないんじゃねえ! 使えすぎるから来て欲しくないんだよ!」

 摩子達が不思議そうな顔をした瞬間、ずぼっと言う音がして、凡の足元に落とし穴が開いた。当然の帰結として凡は落ち、膝まで落ちたところで足がついた。

 場が固まる。静寂に満ちる。誰一人として指一つ動かせない。誰一人咳き一つ吐き出せない。広場中で激しい戦いが起こり、喚声の響き渡る中で、そこだけが静かに凍り付いていた。

 そんな中で、凡は葵を指差した姿勢のまま、膝まで埋まった状態で、冷めた表情になって呟いた。

「ほらな」


「久しぶりだな、田宮さん」

 徳間はそう言うと、広場の中央に佇む教祖に向かって更に距離を詰めた。

 教祖の顔が徳間に向く。教祖は柔らかい笑みを浮かべた。

「お久しぶりです、徳間さん。最後に会ったのは、あの連続誘拐事件の時でしたか」

「ああ。あの時は、残念だったな」

 徳間の沈んだ言葉を、教祖は手を上げて遮った。

「いえ、過ぎ去った事を言っても詮無い事です。大事なのは今、そうでしょう?」

「そうだな。で、あんたは何だって、今、胡散臭い教団の教祖なんてやってるんだ?」

「世界を救う為ですよ」

「でかく出たな。けど今のあんたがやってるのは世界を混乱させてるだけだ」

「あなた達の世界ではありません。救うのは私の世界」

「何だか、言う事まで胡散臭くなったな」

 徳間が頭を掻くと、教祖が笑った。

 唐突に徳間が手を止めて、教祖を睨む。

「それで、あんたは何処まで関わってる?」

 教祖が目を細め、挑む様な目付きになった。ただ口元の笑みだけは絶やさない。

「さあ、私にはとんと。今回、多くの人間が関わり過ぎた。もう私には把握出来ない程、混迷としてしまっています。ただ二つ確かに分かる事は、私が巫女の復活を確定させた事と巫女が復活するという事、それだけです」

「確定? 復活するって言っただろ、今。ならまだ確定してないんじゃないか??」

「私の魔術を忘れましたか?」

「覚えてるよ、勿論。剛太はいつも、あんたが居なくなった所為で不完全な自分が代行しなくちゃいけなくなったって嘆いているしな」

「ならば分かるはずです」

「あんたの魔術は未来予知だろ? 未来を確定させる事とは少し違うんじゃないか?」

 徳間が教祖の前に立った。教祖は相も変わらず笑みを浮かべて、徳間と対して居る。

「同じ事です。未来は一つしかありませんから」

「それならそれで良いさ。ただ何と言おうと、あんたがこの町を混乱に陥れた事は確かなんだろ?」

「まあ、そうなんでしょう。多分私がこの混乱を作った大本なのではないでしょうか」

「随分と他人事だな」

「事実、もう私にはほとんど自我が残っていませんから」

「下らない。とにかくだ。あんたを逮捕する」

「ええ、どうぞ」

 教祖があっさりと手を差し出した。徳間が面食らって、教祖の顔をまじまじと見つめる。

「随分と簡単に捕まるな。裏を疑っちまう」

「先程言ったでしょう? 未来はもう確定しているのだと。今更私が捕まったところで変わりません。巫女は復活する」

 教祖の言葉に、徳間は苛立たしげに尋ねた。

「巫女ってのは何なんだ? 何かの魔術か?」

「いいえ、ただの世界です」

 徳間が分からずに眉根を寄せた。


 その時、時計の針が零時を示した。

 予言の日が訪れた。

 広場中の動きが止まった。

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