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舞台 嫉妬に悩んで

「どうしてですか?」

 銃を向けてくるヒロシに法子は尋ねた。

「嘘ですよね?」

 敵に回ると宣言したヒロシに法子は尋ねた。

 否定してくれるだろうという期待を込めて。

 けれどヒロシは冷淡に答える。

「嘘じゃない。生き残る為に、俺は化物側につく」

「そんな」

 何て言えば説得できるのか分からない。

 どうしたら戻ってきてもらえるのか分からない。

 だから率直に言った。自分がその選択を取らない理由を端的に言った。

「そんなのヒーローじゃないです!」

「ヒーローならこういう場合どうするんだよ」

「え? それは勿論、犯人を倒して」

「お前に倒せるのか?」

 法子は一瞬言葉に詰まった。今まで何度も失敗をしてきた。それを思い返すと、必ず成功するとは言いづらかった。けれど隣に摩子の存在を感じて、勇気が沸き立つ。強い口調で言い放つ。

「勿論です! 一杯仲間が居るから。法子も居るし、マサトさんやルーマも徳間さんも、元華さんやジョーさんやハル君だって、勿論ヒロシさんだって。他にも沢山、みんなで戦おうとしてる。これだけ一杯居るんだから、みんなで力を合わせれば、もし相手が物凄く強くたって負けません」

 喋っている内に、自分の言葉に励まされて、どんどんと勝てる様な気がしてきた。段々と熱が入って、法子は希望に満ちた眼差しでヒロシを見つめる。

 ヒロシは僅かにたじろいだが、やがて自嘲気味に呟いた。

「そっか。そうだよね」

「はい、きっと勝てます!」

「それなら僕が居なくても大丈夫じゃないか」

「え?」

「そんなに居るんなら、僕一人居なくても、僕一人が敵についたって問題無いだろう?」

「そんな。そんなのヒーローじゃないです」

「ヒーローじゃなくても良い。僕はもうあいつ等と戦いたくないんだ」

 そうまで言われると、法子は言い返せなくなった。頑なな態度を見るに、これ以上言い返すと亀裂の修復が不可能になりそうな気がした。

 口をつぐんだ法子はどうしたら良いのだろうと考える。どうやったら穏便にこの場を納めてヒロシに戻ってきてもらえるだろうか。

 悩んでいる法子の代わりに、摩子が前に出た。

「ずるい。全部人に任せて逃げる気なの?」

「そうだね。ずるいのは分かってるよ」

「うん、でもそれは仕方無い事だと思う」

 肯定されたヒロシが驚いた。

「は?」

「だって、やっぱり生きる事って大事だと思うし。生きる為に仕方無くって言うなら私には止められないよ。私だって、生きる為に鳥とか豚とかを食べたりしてるんだし」

「それとこれとは違うんじゃ」

「だから私は止められないけど、だからこそ」

 摩子がヒロシを睨む。

「もし戦うのなら容赦しない」

 ヒロシは摩子の気迫に気圧されて唾を飲み込み、そうして摩子の意図に気が付いて微笑んだ。

「ありがとう。優しいんだね」

「優しくない。容赦しないって聞こえなかった?」

「うん、でも少し気が楽になった」

「なら裏切らないで欲しいんだけど」

「ごめん。でも無理。あいつ等とは戦いたくない。さっき戦った奴だってそうだし、今は居ないけど、多分あの死体使いだってあいつ等の仲間だ。怖くて、戦えない」

「分かった。じゃあ私達、今は敵同士だね」

 そう言って、摩子が杖を胸の前で構えた。

 ヒロシもぶれていた銃口を摩子と法子へ向け直す。

「ああ、でも安心して。別にあいつ等の仲間になるって訳じゃないから。命までは取らない。しばらく眠ってもらうだけだから」

 ヒロシが申し訳なさそうに言った。

 摩子がなんて事の無い様子で笑った。

「ありがと。納得いかないけど一応お礼言っとく」

 その時、ヒロシに覆いかぶさる様に影が差した。今まで黙っていた法子がヒロシの背後を見て、驚きの声を上げる。

 ヒロシも即座に振り返り、それを見た。

 巨大な水が居た。水はヒロシよりも体一つ分大きく伸び上がっている。まるで目と口の様な、三つの穴が空いていて、ヒロシの事を見下ろしている。まるで意思を持っている様に体を揺すっている。

 ヒロシが素早く水へ向かって、弾丸を放つ。だが弾は水を素通りして効いた様子は無い。摩子はヒロシの背に向けて言った。

「それじゃあしばらく眠ってて」

 水がヒロシに覆いかぶさり、取り込んだ。水の中に拘束されたヒロシは身動きを取る事が出来ず、必死で息を止めたが、無理矢理に入ってくる水に肺を侵されて、魔術で生まれた水の効果によって眠りに落ちた。

 ヒロシが意識を失った事を確認して、摩子は魔術を解除して、法子へ振り向いた。

「それじゃあ、戻ってきてもらう為に、さっさと犯人達を捕まえよっか」

 法子は驚きに固まっていて、返事が出来ない。摩子が不審そうに眉を寄せる。

「どうしたの?」

「う、凄いなって思って」

「凄いって?」

「色々。一瞬でヒロシさんを倒しちゃう」

「えー、一瞬じゃないよ。喋ってる間も色々準備してたもん。結局ほとんど使わなかったけど」

「準備?」

「そ。魔法の準備。気が付かれない様に。今の眠りの水だって、ずっと頭の中で詠唱して、こっそり魔法陣を書いて準備してたし」

 法子は全く気が付いていなかった。

 でもそれは、

「ちょっと卑怯じゃない?」

「え? 卑怯じゃないよ」

「そうかなぁ。だって戦う前からこっそり攻撃しようとしてたんでしょ」

「だって、魔術師の戦いは戦う前から始まってるんだよ」

「そうなの?」

「そうなの。だから何が起こっても良い様に準備しておくの。マチェもきんげんやさんもいっつも言ってるもん。負けたら意味ないんだからって」

「確かに、戦いに卑怯も何も無いのかも」

「そういう事! じゃあ、犯人達を捕まえに行こう!」

 摩子が元気に、駈け出していく。法子はそれを追えなかった。

 私って甘かったのかなぁと、摩子と自分の意識の違いを考えて、何だか自信が無くなった。

 摩子は何でも先に言っている。自分は何をとっても摩子に勝てない。今だって、結局何も出来なくて、摩子が一人で事を納めてしまった。

 摩子に勝てない。何一つ勝てない。

 摩子と戦った時も負けてしまった。魔王が現れた時もそう。普段の生活もそう。何をやっても摩子の方が上に居る。

 摩子の駆けていく後ろ姿から目を逸らす。自分はきっとその背に追いすがる事が出来ないんだと思う。

 沈み込む中で、ふと思い浮かんだのが将刀の事だった。

 この大変な時に、と分かっていても、考えてしまう。

 こんな自分が将刀君の隣に居られるだろうか、と。

 将刀君は放っておけないから気にかけていたと言ってくれた。それはきっと好意なんだろうけど、でもきっと恋愛だとかそういう事じゃなくて、子供や小動物に向ける様な慈しみなんだと思う。もしも愛で結ばれて隣に立つのなら、その時はお互いを支え合わなくちゃいけないんだと思う。

 将刀君は強い人だけど、でもそんな将刀君にも悩みがある事を私は知っている。昼間に将刀君自身が言っていた。一人ぼっちで周りに迷惑を掛けて嫌われているって言っていた。まるで私と同じ様な悩み。だけど自業自得な私と違って、もっと深刻で深い悩み。恋人になるのならそういう悩みも共有して一緒に支え合うんだと思う。解決してあげるのが恋人なんだと思う。

 でも自分に出来るだろうか。自分の、自業自得な悩みですら解決できな私が。何をやっても失敗ばかりで、誰よりも劣っている私が。

 出来ると思えなかった。悩みを解決どころか支え合う事も出来ない気がした。もしかしたら馬鹿だから共有すら出来ないかもしれない。

 摩子ならきっと出来るんだと思う。あっさりと悩みを解決してしまって、嬉しそうに将刀君の隣に居られるんだと思う。きっとお似合いなんだと思う。

 私と違って。

 摩子の事を思うと、胸が苦しかった。

 息が出来なくなりそうな位、悔しくて悲しかった。

 そうやって法子はいつまでもいつまでも悩んでいたが、それが唐突に打ち切られた。

 物凄い爆発音が鳴って、思考を吹き飛ばされる。

 法子が顔を上げると、広場の中央に巨大な炎柱が立っていた。夜空を焦がそうとする様に伸び上がり、辺りを昼間の様に照らしている。風に運ばれてきた熱が、顔に張り詰めた様な感覚を与えてくる。

 向こうから摩子が駆けてきた。

「ちょっと、法子。何で、一緒に来てくれないの」

「あ、ごめん。何があったの?」

「何か知らないけど、犯人の一人と遠郷っていう人が炎をぶつけあって、爆発して、こうなった!」

 法子が巨大な炎柱を見る。天に届く様な大きな火柱。それがたった二人の人間によって生み出されたとは、中々信じられなかった。でも摩子が言うなら信じるしかない。

 法子は煤汚れた摩子を見る。

「でも良く無事だったね。あんなに大きな炎なのに。爆発に巻き込まれなかったの?」

「風で吹き飛ばされたから。炎には当たんなかった」

「他の人達は大丈夫かな?」

「うーん、そこに居たのはその犯人の一人と遠郷っていう人だけだと思う。けど二人がどうなったのかは分からない」

 摩子はそう言って、背後の炎を振り返り、呟いた。

「あ、普通に戦ってるね」

 摩子の言葉通り、炎の中に二人の人影が見えた。踊る様に細々と動きあっている。

「他の犯人は何処だろう」

 摩子と法子が辺りを見回すと、広場のあちこちで戦いが起こっていた。一人の犯人に対してこちらの味方は複数人で戦っているが、拮抗、あるいは押されていた。自分よりも強そうな人達が複数人で立ち向かっているのに押されている。法子は何だか勝てる気がしなくなった。

「私達も手伝いに行こう」

 摩子が言って法子の手を引いた。法子はその引張る手に抗った。摩子が振り返ると、法子が別の方角を見つめていた。

 法子の視線の先に、一人の女性が居た。スーツを着た怜悧な女性が立っていた。

「お手伝いの前に私と戦いませんか?」

 法子が摩子の手をぎゅっと握る。

「摩子、気を付けて。あの人の武器、透明で見えないから。それに自由自在に色んな透明な武器を使うから」

 摩子が法子の隣に立って、手を握り返す。

「戦った事あるの?」

「うん、その時は」

 その先は少し言いづらかった。

 少し胸が苦しくなった。

「負けちゃった」

「うん。強そうだしね。でも大丈夫。私が居るから」

 法子は摩子を見る。

 確かに摩子なら勝てるのかも知れない。私なんかと違って。

 そんな風に沈んでいるところへ、摩子が力強く言った。

「私と法子が二人で力を合わせれば、きっと勝てるよ。どんなのが相手でもね」

 法子は息を詰める。

 摩子の言った言葉の意味を素直に受け止められない自分に悲しくなった。

 摩子なら一人で勝てるんじゃないかと、自分が居たら足手まといじゃないかと、後ろ向きな事を考える人が嫌だった。もしかしたら摩子も言葉には出さないけど、心の中では邪魔に思っているんじゃないかと、考えてしまう自分が嫌だった。摩子の言葉を過剰な期待に感じて重荷に思ってしまう自分が嫌だった。

 何だかどんどんと嫌な気持ちになっていく。どんどんと自分が嫌いになっていく。摩子と居ると、どんどんと劣等感が刺激されて膨らんでいく。

 摩子の握る力が強くなって、法子は思考の海から浮き上がった。

「法子?」

 摩子の心配そうな顔に法子は大丈夫と言って頷いた。

 それに対して、摩子が怒った様に言った。

「さっきの事なら気にしちゃ駄目だよ。誰にだって落ち込んだり、弱気になる事はあるんだから」

「え?」

 自分の心を見透かされたのかと恥ずかしくなる。けれどすぐに、ヒロシの事を言っているのだと気が付いた。

「勝てないと思って、それで落ち込んじゃうと、元気になるのは難しいから。だから今はまだ立ち直ってはくれないと思う」

「うん」

 今の法子にはヒロシの落ち込む気持ちが良く分かった。自分も同じ気持ちだった。

 摩子が少し寂しそうに笑う。

「私にも経験あるし」

「え? 摩子が?」

「うん」

「何で? 誰に? どうして?」

「お姉ちゃん。うちの親、いっつもお姉ちゃんの事ばっかり構って、私の事全然構ってくれなくて、凄く寂しかった。何とか気を引きたかったけど、お姉ちゃんは何でも出来て、私なんかより凄いから、どう頑張っても勝てなくて、悔しくて」

 意外だった。

 法子には摩子が完璧に見えていた。だから悩みなんて無いのだと思っていた。それが自分と同じ様な悩みを持っている事が意外だった。昔の摩子が自分と同じだったのなら、もしかしたら自分だって今の摩子みたいになれるかもしれないという希望が湧いた。

「今は違うの?」

「うん。克服した」

「どうやって? どうやったら克服出来るの? 教えて!」

「勝つ!」

「え?」

「勝つ!」

「あ、そう」

 法子は一気に落胆する。そういう事か、と思った。結局勝てるんだ。私とは違うんだ。

「勿論、お姉ちゃんには敵わなかったけど」

「え? でも今」

「でも私はお姉ちゃんに勝ちたかった訳じゃなくて、うちの親に私を見て欲しかっただけだから。だからね、それに気が付いて、お姉ちゃんの授業参観と私の授業参観が被った時に、必死に両親にお願いしたの。私の方に来てって。それでずっと頼み込んで、夜中も枕元で囁き続けて、授業参観の日もしがみついて、授業参観に来てくれなかったら死ぬって言い続けてたら来てくれたの。初めてお姉ちゃんより私を優先してくれて、それが自信になって、それからあんまり悩まなくなった、かな」

 摩子は言い切ってから、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「ま、まあ、そんな感じ」

 摩子の行動力は素直に凄いと思った。でもその行動は自分にだって出来そうな事にも思えた。

 摩子が慌てた様に言う。

「とにかく、今、ヒロシ君は凄く辛いと思うから、責めないであげよう」

「うん」

 法子は頷いて、考えた。

 なら摩子に勝つにはどうすれば良いだろう。

 そもそも摩子に勝てば良いのだろうか。

 自分の悩みは何処から来ているのか。

 どうすれば自分は克服出来るのか。

 考えていく内に、取り留めがなくなって、上手くまとまらない。

 その時、敵であるスーツ姿の怜悧な女が声を掛けてきた。

「老婆心ながら、一つよろしいでしょうか?」

 法子と摩子が女性を見る。

「あなた方の年代の悩みというのはとかく内に篭りがちで御座います。自分一人で考えて、それで泥沼に陥って絶望してしまう。そういうのがとても多いのです。一人で考えていけば悩みは深化して濃縮され凝り固まってしまいます。また当たり前の事ですが、一人より複数人で考えた方が答えは多く出ます。ですからとにかく誰かに相談するのが肝要かと思います。例え答えが出ないにしても、他人に話すというのはそれだけで内容を軽くするのです」

 女性は法子の事を見つめながら喋る。法子は何だか自分の中身が全部ばれてしまっている気がして、恥ずかしく、恐ろしかった。

「大人から見れば、子供の悩みというのはちっぽけに見える事がままあります。例えば子供の時分は学校での悩みがまるで世界の終わりの様に思えてしまい、友達との関連が自分の全ての様に思えてしまう。しかし学校等、世界から見ればほんのちっぽけな集まりに過ぎません。学校での人間関係もまた、七十億分の千人、つまり一千万分の一でしかありません。大人の世界から見れば、子供の世界はちっぽけなので御座います。それは大人が子供の悩みに対して無理解に陥る可能性でもありますが、同時に一つ視点を変えれば途端にその悩みがちっぽけに変じるという事でもあります。勿論、本当に深刻なものもありますが、周囲から見れば些細な悩みというのもやはりあるのです。当人の気の持ちようで解決できてしまう事もあるのです」

 女性が法子を見つめながら朗々と語る。

 法子は女性の息継ぎもせずに語られる言葉を聞きながら思う。

「悩みにおいて重要なのは、まず悩み過ぎない事、そうして誰かに相談する事、もう一つ色々な角度で眺めてみる事。どうかそれを忘れないでください」

 何で私、敵に励まされてるんだろう。


「下ろして」

 剛太に背負われていた四葉がそう言った。

 剛太が尋ねる。

「どうしました? 苦しいんですか?」

「下ろして」

 四葉の切羽詰まった声に、剛太は慌てて四葉を芝生の上に下ろした。

「辛いのは分かります。すみませんけど、もう少しだけ我慢してください」

 声を掛ける剛太を余所に、四葉が立ち上がる。

「四葉さん?」

「行かなきゃ」

 まるで亡霊の様な無表情で、四葉は広場に向かって歩みだした。パジャマのボトムがフリルの付いたスカートに変わっていた。

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