表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/108

舞台 才能の下で

「あう!」

 法子が叫びながら、敵の生み出した鉄塊を払いのけた。

 そうして渾身の力を持って刀を振り下ろす。けれど刀は男の右腕に止められる。法子は刀を一本生み出して、男の脇腹を狙う。けれどその前に、別の敵が横から蹴りを放ってきて、それを避ける為に、法子は大きく後ろに跳んで距離を取った。

 やりづらい。

 周りがみんな敵だらけ。しかも一人一人が強い。

 ジョーさんも向こうで手一杯みたいだし。

 見れば、ジョーは奇声を上げながら刀を振り下ろして、敵を狩っている。多人数に囲まれているというのに、一人ずつ、確実に敵を倒している。圧倒しているみたいだけれど、こちらの救援までは回れそうに無い。

 私が勝たなくちゃ駄目なんだ。

 状況は酷く悪かったが、法子は楽しかった。

 戦いを楽しんでいた。

 けれど自分を見失わない様に、周りを見る余裕を常に持つ様に、心掛けながら戦っていた。

 どんどんと体が軽くなっていく。どんどんと頭が澄み渡っていく。

「法子」

 タマの声が聞こてくる。

 うん、分かってる。

 タマが皆まで言わなくても、タマの言いたい事が分かる。

 法子は敵意を持って、自分を囲む敵達を見た。

『調停光の勇パラダイムハンプ夕日の中に風鳴のたちぬれる明仙ピュイア』

 沢山の意味が流れ込んでくる。未分化の情報を法子は瞬時に切り分け、敵の情報を造影していく。どう戦えば勝てるのかを構築していく。

 先程の鉄塊を操る男の目の前へと駆け、男が反応するのと同時に方向を切り替え、横に迫る女を蹴り飛ばし、鉄塊を生み出した男の背後に回って男の背に刀を叩きつけ、倒れたところで頭を踏み、攻撃を躊躇している周囲の敵を確認して、その内で最も厄介な毒ガスの使い手に目掛けて刀を投げ、怯んだ隙に頭上へ飛び上がって空中から強襲し、反応出来ない敵を昏倒させたところで、突っ込んできた亀の甲羅を背負った男を切り上げて勢いを止め、そのまま剣で薙ぎ払い、亀の甲羅を背負った男を他の敵へと吹き飛ばして、体勢を崩した敵の元へ駆けより、その腹を刀で殴る。

 そして。

 辺りを見回し、他の敵達が自分を遠巻きにし始めたので、法子は一息吐く。

「何だよこいつ」

「嘘だろ、一瞬で四人も」

 敵達が驚いている。心の中を弱気が浸し始めている。

 機先を制する事が出来た。

 決して自分が強い訳ではない。

 解析した情報から考えて、全員自分と同じ位の強さだろうと法子は見当付けていた。多少の優劣はあっても、一体一で戦って必ず勝てる相手は一人も居ないはずだ。

 けれど全員油断していた。

 たった一人、それも少女、それを多人数で囲んでいる、そういった事が積み重なって、積極性が薄れていた。

 それを解析で読み取ったからこそ法子は相手が動くよりも先に動いて、そして今、敵達を怯ませる事が出来た。

 法子はもう一度息を吸って吐く。

 戦いの駆け引きなんて出来ない。だから相手を怯ませ続ける事は無理だ。多分敵達はすぐに立ち直ってきっと劣勢に追い込まれる。それまでに一人でも多く倒す。

 向こうではジョーさんがどんどん敵を減らしている。それを確認して、法子は自分の役目を決める。あくまで敵を減らす。全員一人残らず倒すなんて無茶はしない。戦いはここだけじゃないし、無茶は絶対にしない。誰かに任せる事が出来るなら任せる。

 法子は努めて冷静になろう冷静になろうと考えながら、刀を構えて腰を落とした。

 立ち直るまでに、もう何人か。

 法子が再び敵陣へ踊り出ようとした時に、声が聞こえた。

「あー、そいつは僕に任せてください」

 声と同時に、敵陣が割れる。

 そこに少年が立っていた。法子と同じ位の年頃で、地味な顔立ちに見る者を安心させる様な笑顔を浮かべている。腰に刀を差している。

 少年は割れた敵陣の中を進み出て、お辞儀をした。

「どうも初めまして。僕は長野春信って言います。ジョー先輩の元弟弟子です」

 そうして顔を上げると、春信はとても嬉しそうな顔をしていた。

 けれど法子には何だかその笑顔が怖かった。まるでサンフの笑顔の様な。

「ハルー!」

 雄叫びが聞こえ、次の瞬間、爆発が起こり、法子は吹き飛ばされる。

 凄まじい砂埃が舞っていて、法子は目をつぶりながら立ち上がり、そうして砂埃が収まった時に目を開けると、周りから人が消えていた。よくよく辺りを見回すと、遠く離れた場所に先程までの敵達が転がっている。

 残っているのは、法子と、今しがた現れた春信と、それからこちらに歩んでくるジョーだけ。

 今のジョーさんがやった?

 ジョーは何故だか感極まった顔で、春信のところまで歩み寄って、後退る春信に思いっきり抱きついた。

「ハル! 元気にしとったか?」

 春信は心底嫌そうな顔でジョーの顔を押し退けようとしている。

「ぎゃあ、キモいキモい」

 それを気にせず、ジョーは春信を抱きしめる。

「今日は何でここに来たんや? っていうか、元気にしとったか?」

「ちょっと、近づくな、キモいから。僕は戦いに来たんですよ。ここで大きな戦いがあるって聞いたから。腕試しに」

 ジョーの表情がはっと驚きに変わる。

「お前、まだ剣術やっとるんか?」

 春信は一瞬黙り、そうしてそっぽを向いた。

「当たり前でしょ」

 ジョーが涙を流しながら、春信を更に強く抱きしめる。春信の口からぐえという吐息が漏れた。

「そか。そか。そうやろな。どうだ? 強くなったか?」

「分かりませんよ。それを今日確かめに来たんだ」

「おお! さよか!」

 ジョーが法子を見る。

「それで、自分の年の近そうな剣士を探しとったんか」

「そうです。もう、良い加減に離してくれません?」

「ああ、すまんすまん」

 ジョーは春信を離すと、自分の胸を叩いた。

「よっしゃ。俺があの、あー、名前何やったっけ、あの子、あの子とマッチさせたるさかい。ちょっと待っててな」

「あの、良いですか、ジョーさん?」

「なんや?」

「何でそんな喋り方してるんですか?」

「そりゃあ、モテの為や。方言が今来てはるから。どや? 格好良いやろ?」

 ジョーが胸を貼る。

 春信が冷静に答える。

「キモい。イントネーションも言葉遣いも滅茶苦茶なのが、ジョーさんのキモさと相まって、吐きそうな位キモい」


 法子はジョーと春信を少し離れたところで見ていた。

 心の中では焦りで一杯だった。

 今、この中庭では様々なところで戦いが起こっている。けれど法子の場所だけは、ジョーと春信の再会という平和なやり取りが行われている。その落差が、何だか心を焦らせる。自分はじっとしていても良いのだろうかという疑念がどんどんと膨らんでいく。

 二人の再会はそっとしておいて、自分は別の場所に戦いに行った方がいいのかもしれない。

 そう思うのだけれど、突然ジョーと春信がこちらを見て何か話し始めたので、中々離れ辛い。何か悪口を言われているんじゃないかと不安になる。

 法子がやきもきとしている再会の儀は終わった様で、ジョーが立ち上がった。かと思うと、崩れ落ちて、それからまた立ち上がって、法子の元まで歩いてくる。

 ジョーは法子の前に来ると、言った。

「すまんな、お嬢ちゃん」

「え?」

「あの子な、ハル君言うんやけどな、ちょっと戦ってやってくれんか?」

 良く分からない。良く分からないけれど、

「戦う? 別に、良いですけど」

「おお、ホンマか? ありがとう」

 ジョーが嬉しそうに、法子の手を握ってきた。

「長野さんは強いんですか?」

「長野さん? ああ! ハル君の事か! 何や水臭いやん。ハル君って呼んだってや。もうお互い友達どうしなんやから」

「え?」

 友達?

 って、

「友達?」

「せや。これから戦うんやから友達やろ?」

 友達?

 法子は春信を見る。

 友達。

 友達。

 最近、友達っていう言葉が凄く身近になった、

「戦ってくれるってさ!」

 ジョーの声が響き、法子ははっとして現実に立ち返る。

 春信は、柔和な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。けれど何だか恐ろしい。

 春信は法子から十歩程離れた所で立ち止まった。

 戦う構えだ。

「あの、ジョーさん」

「何や?」

「春信さんて」

「ハル君」

「ハル君って強いんですか?」

「強いで」

 強い。

「いわゆる天才やな」

 天才。

 自分とは違う。

「あの子は元々うちの流派に居たんや。けどな、芽が出なかった」

「天才なのに?」

「天才って言ってもそれぞれ。あの子は速い。速さの天才や。体の捌きも反応も全部速い。まるで流れてる時間が違うみたいに速いんや」

「凄い」

「せや。凄い。けどな、うちの流派の基本は力やった。相手よりも速く振り、相手よりも強く振り、相手よりも深く振る。速くってところは誰よりも出来てたんやけど、強く振るっていうのが誰よりも出来んかった。それでどうにもなぁ。芽が出んかった」

「合わなかったって事、なんですね?」

「せや。けど誰もが気付いとったで。あの子は天才や。自分に合う型を覚えれば絶対強くなれる。みんなそう知っていた。だからうちの師匠は、あいつを破門にした」

「破門? でもそんな悪い事なんてしてないのに」

「それだけ期待しとったんや。別の流派で力を付けて欲しかった。けどな、出ていく時のあいつの顔はホントに悔しそうで」

「当たり前です! 悔しいに決まってます!」

「分かっとる。師匠もあいつにちゃんと説明したけど、やっぱり納得せんかったみたいで。あいつの悔しそうな、初めて見せた表情は今でも目に焼きついとる。あいつは剣を離れるかもなって言っとった師匠の無念そうな声も耳に残っとる。けどな、あいつは」

「辞めてない」

「せや。でもあいつは辞めんかった。何処で剣振っとったか分からんけど、剣の道に居た。それが嬉しいんや。だから、頼むわ。同い年位の子と戦えばきっともっと楽しくなる。あいつあんま楽しそうにしてないねん。多分、俺達への反発だけで剣を振るってきたんや。な、だからな、お願いやからあの子と戦って欲しいんや」

 法子は頷く。

「良いですよ。元々戦う気でしたし」

「ホンマか?」

「でも私に被らせるのは止めてください」

「ん?」

「私はあくまで私の為に戦います。私が楽しむ為に、私が強くなる為に。だから春信さん」

「ハル君」

「ハル君がどうとかっていう問題はそっちで勝手に解決してください」

 法子はジョーを睨む。

 睨んでからしまったなぁと思う。

 何故かジョーの言い草に苛立ってしまった。その所為で反抗的な態度を取ってしまった。

 怒られないと良いんだけど。

 そう不安に思っていると、ジョーが笑って法子の頭に手を置いた。

「その通りやな。けど、とにかく戦ったってくれや」

 そうして背を押される。

 怒られなかった事に安堵する。

 春信の前に出る。

 春信がこちらを笑いながら見つめている。

「作戦会議は終わりましたか?」

 法子が頷く。

 春信が刀を抜く。

 法子も刀を構える、

「法子」

 タマの声が聞こえた。

「何? もしかして」

 もしかして今から無駄な戦いをしようとしている事を咎められるのだろうか。病院を救う為に来たのに、自分勝手に戦おうとしている自分を怒るのだろうか。

 確かにその通りではあるのだけれど、今は春信と戦いたかった。何でか分からないけれど、春信と戦いたくて仕方が無い。

 どうしようと法子が思っていると、タマの優しげな声が聞こえてくる。

「戦うな、なんて言わないよ」

「え? 怒んないの?」

「怒る理由が無いだろう? 戦えば強くなるだろうし」

「だって、この戦いは病院のみんなを助ける事とは関係なくて」

「前に言わなかったっけ? 私は君の行動が善であろうが悪であろうが関係ないんだ。勿論良い事をしてくれた方が嬉しいけれどね」

「言われた覚えない」

「そうだっけ? まあとにかく、私は君がやりたい様にやってそして笑っていてくれればそれで良いんだ。今までみたいに流されて、泣いて、苦しんで進むより、自分の意志で笑ってくれるならそれがどんな道でも、そっちが良い」

 法子が涙ぐむ。

「君は今、あの少年と戦いたいんだろう?」

「うん」

「なら私が応援するよ」

「うん」

 何でだろう。

 何で泣きそうなんだろう。

 何で涙が出てくるんだろう。

 何で喉が苦しいんだろう。

「さて、戦う前に一つだけ助言をしよう」

「助言?」

「そう。君も大分強くなってきたし、そろそろ次の段階に進もうよ」

「次の段階?」

「そう、戦いの初心者から、中級者に」

「どうすれば、良いの?」

「まあ、今回は技術的な事は置いておいて、戦う為の気構えを一つ。良いかい? 一番大事なのは思い浮かべる事だ。自分のしたい事、なりたい事を思い浮かべる事。それが一番大事」

「うん」

「だから戦う時に、常に想像するのは最強の自分」

「最強の自分」

「何にも負けない、絶対に勝つ。そんな自分を思い浮かべるんだ。それだけで君の動きも魔術も先鋭化していく」

「最強の自分」

 法子はそんな自分の姿を思い浮かべようと、息を吸って吐いて、イメージを喚起した。

 最強の自分。

 最強の自分。

「駄目だ」

 思い浮かばない。

「あれ? そんなに難しいかな? 一番簡単な精神統一の方法だと思うけれど」

「う」

「ああ、もう落ち込まない。良いかい。とにかく出来るって思う事。勝てるって思う事。これが大事。簡単そうに聞こえるけど、どんな時でもそう思い続ける事は中々難しいよ。良い?」

「うん、ありがとう、タマちゃん」

 法子は出来ると念じた。勝てると念じた。

 この思考は最近良くやっている。後ろ向きになる自分を抑える為に。けれどそれじゃ駄目なんだ。後ろ向きなのを前に向かせる為じゃなくて、きっと前に向いている時に更に前に進む為に唱えるんだ。

 出来る。

 勝てる。

 そうして法子は春信を見た。

 速いらしい。

 まずは様子を見ていかないと。

『消失する剣士

 それは速く速く速く速く、まるで消える消える消える消える』

 駄目だ。解析は上手くいかない。

「ねえ、もう行くよ」

 春信がそう言った。

 法子が頷く。

 来る。

 そうして法子が瞬きをすると、春信が消えていた。

 下。

 法子が慌てて、下を向き、刀を向ける。けれど既にそこには居ない。春信の飛び上がった足先が視界の上の端に映る。法子が慌ててしゃがむ。頭上を刀が通り過ぎる感覚がある。何とか後ろに下がると、目の前に春信が着地した。

 来る。

 相手は自分よりも速く動く。

 とにかく見極めなくちゃ。

 そう考えて法子は相手の動きを見極めようと集中し、その時には既に右の肩に刃が食い込んでいた。

 痛みが走る。

 法子は飛び退る。

 肩の傷はすぐに治る。

 でも、

 でも反応出来なかった。

 見る事すら出来なかった。

 速い。

 本当に速い。

 とにかく、今は。

 その時には目前に刃が迫っていて、法子がそれを避けようとした時には、右の手首を切り飛ばされた。

 何も考えられずに、離れた右手首を掴み、右腕の切り口同士を押し当て、零れ落ちた刀を取って、後ろに下がる。その時には、腹にも一文字の傷を付けられていた。

 速い。

 物凄く速い。

 攻めこまれてばかりじゃ駄目だ。こっちから攻めこんで、動きを封じないと。

 そう考えて、法子は前に出る。

 春信も駆け寄ってくる。

 速く。

 同じ位に速くなるんだ。

 刺し違えても良い。

 速く。

 速く。

 渾身を込めて、法子は春信の脇腹目掛けて刀を振るう。

 見えていた。

 春信の刀も同時に迫っているのが。

 自分の刀を持つ手に向かって。

 だからその刃の道筋を左腕で塞ぐ。

 刺し違えても良い。

 まずは一撃。

 そうして法子の振る刀は相手の脇腹へと向かって吸い込まれ、当たる一瞬前に相手の刀の鍔によって防がれた。

「え?」

 想像していた展開が外れ、隙が出来る。そこに改めて振られた春信の刀が法子の肩を再び切り裂いた。

 法子が慌てて後ろに退がる。そして犠牲にしようとしていた自分の左腕を見る。付いている。

 そういう事かと法子は納得した。

 左腕を犠牲に脇腹を切ろうとした法子の狙いに気が付いた相手が、途中で自分の体を守る為に攻撃を止め、法子の攻撃を防いでから改めてカウンターに転じたのだ。

 そう気が付いた時には春信が詰めていた。

 手首を狙われている。

 何となくそう思った。

 そう思って、避ける事に集中して、案の定春信の刀は法子の腕を狙い、それを避けようとすると、途中で春信の攻撃の方向が変化して、法子の肩へ突き刺さった。

「ぐ」

 法子がそれでも刀を振るう。相手の胴を狙う。けれどあっさりと身を引かれて避けられる。それでも法子は諦めずに、体勢を崩したまま、蹴りを放つ。威力の無い蹴りだったが、辛うじて当たり、春信のよろけさせた。

 法子は再び退がって距離を取る。今度は追ってこない。

 速い。

 ようやく分かった。

 速いといってもただ速いんじゃない。勿論刀も速いのだけれど、それ以上に体の動かし方だとか、反応だとか、柔軟性だとか、そういったものを最大限に活かして、相手が反応出来ない様に攻撃しているんだ。

 私の速度は確かに劣っている。けれどついていけない程じゃない。きっと。多分。

 けれどやっぱり反応出来ないものは反応出来なくて。

 法子が悩んでいると、春信が声を掛けてきた。

「君はふざけてるんですか?」

「え?」

「はあ、折角戦えるっていうのに、初戦がこんなのなんてついてないなぁ」

 何、言ってるの? こいつ。

「さっきからどうして、切ろうとしないんですか?」

「え?」

「明らかに、木刀を持っている様な戦い方をしていますよね? 切ろうとしてませんよね?」

「あ、それは」

 今までほとんど気にしていなかった。確かにそうだ。人を切るのが怖くて。

「一応言っておきますけど、僕は切られたって回復出来ます。君のやっている事は僕の事を馬鹿にしている様にしか見えないんですよ」

 そう言って、春信は溜息を吐いた。

 法子の息が止まる。

 失望させてしまった。

 期待に応えられなかった。

 何だか胸が詰まる。申し訳なかった。

 切らなくちゃ。次は切る。もう躊躇しない。

 でもそれだけじゃない。

 相手の口ぶり。

 はっきりとこう聞こえた。

 例え普通に戦ったって、君は弱いと。

 そう伝わってくる。

 手加減を止めるだけじゃ駄目だ。

 もう一歩先。

 相手の速さに勝つ為に。

 でも速さじゃ勝てない。

 あの、速さの才能には勝てない。

 だったら自分の持ち味で戦わなくちゃい。

 でも自分の持ち味って何?

 私の才能って何?


 春信と法子の戦いを見ながら、ジョーは溜息を吐いていた。

 同年代と戦う事で、春信の心が和らいでくれれば良かったんだけど。

 春信の心はその程度じゃ晴れない様だ。

 法子が悪いんじゃない。あの年の女の子にしては、戦えている。戦え過ぎている位だ。どうやら目が良いらしい。けれど攻撃の全てをフェイントに変化させられる春信にとって、目の良さは逆に格好の隙になる。

 戦えすぎる位に戦えている。

 それが逆にまずかったのかもしれない。春信の闘争心を煽ってしまったのか。

 本気になった春信の相手を出来る剣士。勿論それは皆無じゃない。けれどそれは春信と同じく天才と呼ばれる様な剣士でないと務まらない。あの程度の子では。

 再び法子が駈け出した。

 春信も走り出す。

 見れば春信の笑顔が消えている。

 どうやら本気の様だ。

 次で決まる。

 そうしたらどうするか。自分が戦うか。戦う事になるだろう。でも戦えば春信の憎しみはきっと増える。春信の憎しみを更に増やす覚悟で戦う?

 ジョーの悩む前で、春信と法子はぶつかり合う。

 そして法子は春信の剣を避けて見せた。

「は?」

 ジョーの口から思わず声が出ていた。

 春信が手を抜いた?

 そうは見えなかった。

 けれどそうとしか思えない。


 避けられた?

 全力の一撃を刀を避けられた。

 春信は混乱する。

 直前の体勢から絶対に避けられず、なおかつフェイントを織り交ぜた攻撃だったのに、避けられた。まるでこちらの狙いを全部見透かしたみたいに。途中途中で変化させた刀の軌道に尽く反応され、結局振り切った時には避けられていた。

 有り得ない。

 だが現に避けられている。

 それでも信じられなくて、春信は法子との距離を詰めた。法子は正眼に構えている。どんな状況にも即応できる様に。守りの構え。カウンター型? けれど反応させない。守らせない。

 春信が刀を振るう。狙いは法子の手。けれど法子はまるで分かっていたみたいに、手を引いている。それを追う。すると法子が攻撃に転じてくる。逆にこちらの手を狙って。ならばそれよりも先にと、刃を加速させた時、狙っていた法子の手が止まった。そうして今度は守る様に一歩引く。追うか、止まるか。避けさせない。春信も一歩詰める。そうして法子の足を狙い、狙った時には法子の足が消え、跳んだ法子を追って刀を振り上げると、いつの間にか法子がもう一本の刀を持っていて、振り上げた刀が止められる。いつの間にか刀が一本増えていても春信は慌てない。良くある事だ。そのまま刃を引いて、再度法子を狙う。どちらにせよ空中に居る間は好機だ。春信は勝負を決しようと法子へ刀を突き出そうとして、法子が更にもう一本刀を生み出しているのに気が付いた。慌てない。慌てず捨て身を取る。どちらにせよ相手の攻撃は避けられる。どんな軌道で振ってこようと、どんな場所へ突いて来ようと、反応できる。避けられる。だから相手の剣を避けつつ懐に潜り込んで勝負を決する。法子の刀が振るわれる。軌道は単純で、避けやすい。春信が僅かに屈んで避けようとする前に、法子の刀の軌道が下にずれる。下にずれた刀の軌道を押しとどめようと、春信が刀で防御しようとする前に、法子の刀が止まり、逆側から法子のもう一本の刀が振るわれていた。思わず春信は後ろに退いていた。

 退いた?

 決めるつもりだったのに、結局攻めきれずに僕が退いた?

 まるでこちらの心を見透かした様な行動をされて。

 格下だと思っていた相手に敗北感を覚えて、春信は悔しさでいっぱいになる。だがすぐに心を沈め、反省する。とにかく相手がこちらの動きに反応してきているのは確か。それもこちらが行動を起こす前に。けれど単純な速度も反応も体の捌きもこちらが上。相手が予知する様に動いてきたって、それに惑わされず切り込んでいけば勝てる。とにかく惑わされない。そうすれば勝てる。

 心を沈め、法子を見る。

 恐らく今頃勝ち誇っているのだろうと少し悔しい思いを抱きながら。

 けれど違った。

 春信の見た法子の目は嬉しさこそあれ穏やかだった。

 まるで戦いなんか無かった様な平穏な目。

 それが何だか苛々した。

 気が付くと口が動いていた。


 春信の攻撃を捌ききった法子は、春信が距離を取った後も、ひたすら相手の事を解析し続けていた。

 自分にある才能。普通の、いや、普通より劣っているただの中学生。でも一つだけ、たった一つだけタマが反則だとまで言ってくれたものがある。

 それが解析。

 それだけが今の私の、才能。

 今はこれだけしか自分には無い。だから今はこの解析で頑張るんだ。

 春信を解析する。

 何か言おうとしている。

 相手の言葉が発せられる前に、言葉は収束していく。意志が伝わってくる。

 遅れて声が聞こえてくる。

「どうせ辛い思いなんてした事が無いんでしょう?」

 春信が言葉を発する毎に、春信自信の怒りが高まっていく。

 筋肉が硬くなる。運動性能が上がる。反面、冷静さが失われていく。

「悔しい思いも涙を流した事も無いんでしょうね。あなたは」

 怒りが更に高まっていく。

「それなのに。そんな奴が。戦いになんて」

「辛い思いをしたから何なの?」

 法子が口を挟む。

「悔しい思いをしたから何なの。涙流したから何なの? 何勘違いしてるの? そんなの珍しくないよ。誰だって悔しい思いをした事なんかあるし、誰だって泣いた事はある」

「そんな小さな物じゃない。僕の感情は」

「そんなの知らないよ。だから何なの? 悔しい思いをしたら偉いの? 泣いたら偉いの? それなら私悔しい思いも泣いた事も沢山あるよ。それなら私、周りの人よりも偉いの? 摩子よりも陽蜜よりも実里よりも叶已よりも偉いの?」

「誰?」

「あなたの過去は聞いたよ。何が不満なの? 周りみんな良い人で、あなたの事を考えてくれて、周りの人、本当だったらその才能に嫉妬すると思うのに、あなたの才能を伸ばそうとしてくれて。身を切る様な思いであなたを追い出して」

「僕は」

「世の中には食べられない人が居るらしいよ。生まれてすぐ死んじゃう人が居るらしいよ。そういうのってとても大変で悔しくて悲しい事だと思う。あなたはそれよりも悔しくて悲しいの?」

「それは」

「そういう人達は凄いの? 偉いの? 私はそういうのを聞いて悲しいと思う。大変だと思う。でも偉いとも凄いとも思わないし、それが人の上に立つ理由になるとは思わない。ましてあなたの悲しみも悔しさも全然共感出来ない。だってあなたは何も失って無いでしょ? 手に入れようと必死になった?」

「僕は必死に見返す為に、復讐する為に」

「そうじゃなくて、追い出されたのが悲しくて悔しいなら、残してもらえる様にどれだけ頑張ったの? だって、さっきジョーさんに聞いたけど、あなたが元居た流派は力で押す剣術なんでしょ? でもあなたから力強さなんて全然感じないよ?」

「だから」

「何が言いたいの? 才能があるけれど認められないから悔しいの? なら才能の無い人はどうなるの? 私みたいに才能の無い人間は、それじゃあ才能がある人に怒って良いの? 復讐して良いの? 良いんだよね? あなたがやろうとしている事と一緒だもんね。じゃあ行くよ。あなた才能あるんでしょ?」

 そうして法子は駈け出した。

 相手は冷静さをかいている。完全に今の言葉で怒っている、悔しがっている。

 何か言っているけれど、それを無視して肉薄する。春信の怒りが更に溜まる。

 こちらが攻撃しようとすると、それよりも先に春信が攻撃をしてきた。けれどいつもより単純。

 春信の攻撃方法は無限だ。柔軟な対応を見せる春信の攻撃は、角度や速度の違いを含めて細かく区切っていけばそれこそ無限にある。けれど攻撃に転じれば、その瞬間から攻撃方法は減っていく。無限からだんだんと、最後の攻撃の瞬間、たったの一通りの攻撃になるまで、攻撃は減り続けていく。

 今春信は攻撃しようとしてきたので、無限通りの攻撃方法が、沢山の攻撃方法に収束する。一瞬後に攻撃方法は更に少なくなる。春信の攻撃が進む度にどんどんと少なくなっていく。攻撃が一点に向かって収束していく。七十五万通りに減ったところで、法子は回避動作を始めた。即座に春信は対応してくるが、対応した事で攻撃方法は更に限定される。残り十万通り。春信の体の動きをみながら、その柔軟な体の動きと剣捌きに感心する。感心しつつも、意識は戦いへ。法子は相手の刀の軌道を邪魔する様に、新しい刀を生み出す。それに対応してくる。攻撃方法が一気に少なくなる。残り八百通り。更に、春信の攻撃は法子へと近付いてくる。今は突きで法子の胸を狙っている。その突きを避ければ更に間合いを詰められる。あるいは払わられる。弾こうとすればまた別の対応をしてくる。細かく分ければ変化する攻撃はまだ二百通り。法子はあえて分かりやすく避けようとしてみせる。すると春信は深入りしてくる。春信の体勢に少し無理が出ている。残り九十八。法子は生み出していた刀を相手に放る。相手の動きを阻害する。残り五十。更に法子は刀を突き出す。春信の腰に向けて。相打ち狙い。春信の刀はもう目前。眉間を狙っての突き。腰と相打っておつりがくると判断したのだろう。こちらの攻撃を回避する素振りは見せない。追撃を含めて敵の攻撃方法は残り七。十分攻撃は決定した。眉間を狙う刀が眉間に届く寸前。法子は新しく刀を生み出す。眉間を守る様に生み出した刀に、春信の刀が当たる。防ぐ。こちらの突きは春信の腰へと向かい、ぎりぎりで避けられたが、無理矢理薙いで、辛うじてたが掠らせた。

 春信が離れる。法子も距離を空ける。

 春信に付いたのは薄皮一枚切った程度の些細な傷。けれど確かに傷を与えた。

 法子が春信を見ると、春信は怒っていた。どうやら次は最大級の攻撃をしてくる様だ。

「法子」

「え? 何、タマちゃん?」

「大丈夫かい?」

「何が? 今の戦い方駄目だった?」

「いや、素晴らしかった。素晴らしかったんだけど、何だか、何だかいつもと戦い方というか心構えというか、戦いに挑む姿勢が違うから。無理して戦っているなら」

「ううん、そんな事無いよ。楽しい」

「そう、なのかい?」

「うん。今ね、自分が前に進んでるのが分かる。色々自分で考えて、どうすれば良いのか考えて、それで頑張ってる。それで自分が成長してる気がする。何だか今、凄くすっきりしてる。自由になった気分」

「そうか」

「不味いかな? 自分でも変な気はしてるんだけど」

「いいや」

「ホント?」

「ああ、君は今初めて飛翔したから興奮している。それだけだよ。誰もが通る道さ」

「ごめん、意味が分からない」

「あ、そう。いや、良いよ。とにかく良い事だよ。だからもう何も言わない」

「うん。分かった」

 法子は息を吐いて、春信を見た。

 離れた場所に居る。二十メートルは離れている。なのに春信が刀を振りかぶる。大きく。大きく。

 分かる。

 相手が何をしようとしているのか。どんな技をだそうとしているのか。どんな性質でどんな狙いがあるのか。大きいなぁ。対処できるかなぁ。その後の手も打ってあるみたいだし。

 ああ、解析がどんどんと進んでいく。細かく細かく春信を解体し尽くして、その能力も思いも過去も何もかも解析して、もう解析できなくなると今度は別の対象へ。解析が敷地全体に広がっていく。ジョーさんは私に驚いているみたい。あれ、そんな過去があったんだ。元華さんと会ってるんだ。その元華さんがこっちに来ている。やっぱり過去にジョーさんに会っている。ここは、喫茶店? この前燃えちゃったってところだ。傍に摩子は居ない。摩子はどうしたんだろう。居た。武志君と一緒だ。何だか良い雰囲気。でも周りでは戦いが起こってる。危ないよ。向こうにはマサトさんが居る。マサトさんは誰かと一緒に居るみたい。これ。ライオン? 確かルーマの言ってた。え? マサトさんの正体って。あれ、ルーマそこに居るじゃん。なら助けてよ。何をしているんだろう。解析が止まらない。どんどんどんどん広がっていく。止まらない。何で? 制御出来ない。何で? ああ、そうか。この病院の所為か。病院の結界の所為だ。この結界が戦いを激しくしようとしてるんだ。誰が。それは──。

 途端に法子の解析が途切れる。

 法子は前を見る。

 何か考えていた気がする。けれど思い出せない。

 とにかく今は春信さんの攻撃を防がなくちゃ。

 春信は刀を大きく振りかぶっている。

 解析する。

 相手が何をしようとしているのか。どんな技をだそうとしているのか。どんな性質でどんな狙いがあるのか。大きいなぁ。対処できるかなぁ。その後の手も打ってあるみたいだし。

 そうして繰り出された。

 刀が振られる。それに合わせて地面が地面が大きく抉られていく。地面の抉れはどんどんと法子に迫ってくる。

 剣気を一気に放出した一撃。触れればずたずたにされる。止めようとしてもあまりにも威力が強大すぎて今の法子では打ち消せない。避けようとすれば剣気は自在に大きさや形を帰るので逃げ切れない。万が一避け切っても、春信は放出する剣気を普通の刀大に凝縮して、避けて無防備なところへ突っ込んでくる腹積もり。攻めても同じ。自在に形を変えながら、触れればずたずたにされる剣を相手に戦わなければならない。

 もしも防ぐ方法があれば、それはひたすら逃げ切る事。とにかく逃げて何とか逃げて、そうして相手の攻撃が保てなくなるまで逃げ切る事。

 じゃない。

 それじゃあ、勝つ為の戦い方じゃない。

 戦う為には突っ込むんだ。

「正気かい?」

「勿論だよタマちゃん」

「勝算は?」

「ある」

「嘘を付け」

「ホントだよ。何だか今は何でも出来そう」

「具体的な策がまるで無いじゃないか」

「でも大丈夫」

「はあ。じゃあ何も言わないよ。頑張ってきな。ばらばらになっても治してあげるから」

「心強いよ、タマちゃん」

「気が大きくなりすぎだよ」

 そうして法子は駈け出した。

 勝つのであれば前に進んで攻撃あるのみ。

 勝つんだ。その為のイメージを。

 イメージするのは最強の自分。

 最強の自分。

 思い浮かばない。

 ただ最強という響きだけが心を高揚させている。何でも出来そうな気がしてくる。

 剣気が迫ってくる。

 避けられる。

 私は避けられる。

 絶対に避けられる。

 そうして剣気が触れた。

 触れて、けれど法子は何とも無い。

 そのまま駆け抜ける。

「嘘だろ」

 タマの声が聞こえる。

 やっぱり何とかなった。

 自分の体を解析する。

 どうやら霧になっている。

 霧というのはまた違う。実体の無い影の投影。

 これならずたずたにされる事も無い。

 やっぱり避けられた。

「いや、おかしいだろ。また新しい能力? 四つ目だぞ。幾らなんでもそんな」

「だから言ったじゃん。大丈夫だって」

 法子は気分が高揚していた。

 何でも出来る。何だって出来る。

 霧となった法子は春信へと駆け抜ける。

 春信が剣気を凝縮させて構えを取る。笑顔で余裕の表情を浮かべている。

 解析する。

 焦っている。恐怖している。悔しがっている。隙だらけだ。今だったら何をやっても不意をつける。

 法子は駆ける。春信に肉薄する。春信が剣気を振る。それを突き抜けて、後ろに回り込み、実体化する。春信の驚きの声が聞こえる。

 躊躇しない。

 法子は振り向きざまに刀を薙いで、春信を切り裂いた。春信の体が傾ぐ。法子は更に刀を振り上げ、春信を切り下ろす。春信が倒れ伏す。その首筋に刀を当てる。

 春信と目が合う。

 春信の瞳が恐怖に揺れている。

 法子がそっと呟いた。

「私の勝ち。でしょ?」

 勝利宣言。

 春信が力を抜いた。

 どうやら意識が飛んだ様だ。

 勝った。

 法子が両手を上げた。

「やった!」

「おめでとう、法子。でも納得いかない。さっきの反則」

「まあまあ。勝てたんだから良いじゃん」

 法子とタマが喜び合っていると、ジョーが歩み寄ってきた。

「素晴らしかった」

「あ、ジョーさん」

「やっぱりあんたと戦わせて良かったわ。俺の目に狂いは無かったわ」

「嘘つき! 勝てそうにないって失望してた癖に」

「いやいや、そんな事あらへんて。何か明るくなったな、自分」

「とにかく、もう後は勝手にしてください」

「ああ。でももう大丈夫やろ」

 そんな事無いと思うけど。

 今の戦いを思い出し、ふと思う。

「でもどうして勝てたんだろう」

「それは君が強いからだろ」

「だって相手は天才だよ?」

「それは君が天才だから」

「タマちゃん、私は真面目に聞いてるの」

「いや、うん、まあ君の才能があったっていうのも確かだけどね。そもそも才能なんて誰でも持っているんだから」

「ええ? そうかなぁ」

「うん、ただそれを養う環境と発揮する場所と機会があるかないか。少なくとも私と一緒に戦ってくれた主達はそうだよ。場面場面の優劣はあるかもしれないけど、決してただ劣る人なんて居なかった」

「そうかぁ」

「今回で言えば、差を分けたのは環境の違いだね」

「環境?」

「そう。彼は多分何処かの剣術の道場か何かに師事して強くなったんだろうね」

「それが良い環境?」

「違うよ。悪いとも言わないけど。結局道場とか流派とかそういうのって、万人に教える為の物が多いんだよ。だからその環境に自分を合わせる事になる。少なくとも今の彼の型は伸び上がりを阻害する天井になってしまってる」

「ふんふん」

「一方で、とにかくその個人の力を最大限に発揮する様に作った剣術だったら天井が無いわけだ。天井があるとすれば、その人個人の力量と、後は剣を使う事位? そうして君の剣術は正に君の為に作った物だ。だから君と彼の力量がかなり近付いていた」

「それでもきっと春信さんの方が上なんだよね?」

「ああ、今はまだ、ね」

「でもあんまりタマちゃんに剣術を教わった事って無いけど」

「君の動きをその都度その都度補正してるの。口で教えるより体に覚え込ませた方が完全になるから」

「え? いつも?」

「そう」

「でもそっか。私だけの剣術か」

「ちなみに後で失望しない様に言っておくけど、出だしがどうあれ、剣を続ければいずれ自分だけの剣術に辿りつくよ。決して君の特別じゃない」

「あ、そう、なんだ」

「彼も多分、少しずつ自分なりの剣を見出し始めている。一年後にはどれだけ強くなっているんだろうね。わくわくするねぇ。ふふふ」

「タマちゃん怖い」

「ま、とにかくそれが一つ。後は体の強化。これは単純に彼の力量と、君の力量足す私の補助の差」

「もし」

「ちなみに失望しない様に言っておくけど、君と彼の身体強化の技術差はお話にならない」

「あう」

「後は、戦いの経験かな」

「経験?」

「多分彼、試合とかはした事あると思うけれど、殺し合いはした事無いよ。だからその経験では君が遥かに優位だった。現に君が相手を切るって決意した時から、押しはじめたしね」

「そっか。でもそんな経験した覚えが」

「あのね、曲がりなりにも魔王と戦っといて何言ってるんだか。はっきり言って、期間を考えれば、君のこれまでの戦いは異常だよ?」

「そうなんだ。何だか実感湧かないなぁ」

「もう。そういう所でしっかりと意識をもって欲しいんだけどなぁ。で、それから最後にもう一点。運」

「運? え?」

「勝負はやっぱり分からない。同じ条件で戦っても分からない。正直かなり危ない場面が何度かあったし。手の内がばれた訳だし。それにこの春信って子は、ジョーだっけ、その変なのを意識しすぎて心を乱していたし。だから運。たまたま。もう一度戦ったら分からない」

「あう」

「ま、とにかく勝ちは勝ちだよ。はっきり言って、驚いた。君は相当強くなっているよ。それは誇って良い」

「うん、ありがとう」

「まあ、そういう訳で、これからも精進する様に」

「分かりました、師匠」

 法子が心の中でタマにお礼を言った時、倒れていた春信が呻いて身じろぎをした。

 法子はとたんに青ざめる。

 勝つ為とはいえ、何だか色々悪い事言っちゃったよね。

 法子が不安に思って春信を見下ろす。春信は呆けた表情をしていたが、やがてその表情を歪ませ、んぐ、と変な風に喉を鳴らしたかと思うと、嗚咽を立て始め、終いには泣きだしてしまった。

 法子の顔が更に青ざめる。

 男の子を泣かせてしまった。

 酷く悪い事をしてしまった。

 どうしようと怖くなって、ジョーを見ると、ジョーは笑っていた。

 何で笑ってるの?

 法子が焦っていると、

「ねえ!」

足元から声が聞こえた。見下ろすと、春信が泣きながら法子の事を睨んでいた。

 恨まれてしまった。怖い。

 逃げ出したくなった法子に春信が言う。

「名前は!」

「え?」

「君の名前! 何?」

「私? 十八娘法子」

「法子! 僕は長野春信!」

 泣きながら春信が叫ぶ。涙がどんどんと目から溢れ、眦から零れ落ちて筋を作っている。

「春信君」

 法子はつられて自分も泣きそうになって、春信の名前を呼んだ

 ジョーが口を挟む。

「ハル君」

「あ、ハル君」

「そう! 次は、次は勝つ!」

 倒れて泣きながらの言葉なのに、法子はその気迫に押されて後ろに退がった。

 春信が立ち上がる。

「勝ち逃げは許さない。次は勝つ。だから逃げずに戦ってください!」

「えっと」

 こういう場合に何と言って良いのか分からない。

「あの」

「何ですか?」

 何か答えなくちゃと焦って、そうしてこの前読んだ漫画を思い出した。

「えっと、あの、百万回やっても負けません」

 言ってから、まずいと思った。

「うう!」

 春信が拳を握って法子を睨む。

 怖い。

 隣でジョーが物凄く楽しそうな顔をしながら、口を抑えた。

「うわ、ドSやな」

 だって他に思いつかなかったんだもん。

 春信が泣きながら駈け出した。

「あ、待てや」

 その襟首をジョーが掴む。春信が抗議する。

「ちょっと、離してください」

「駄目。これから病院を守る為に一緒に戦うんやから」

「何で、僕が。嫌です」

「お前たった今出来た友達を見捨てるんか?」

「え? 友達?」

 春信が法子を見つめる。春信はもう一度、友達、と呟いて、赤くなって俯いた。

「でも恥ずかしい」

 いつの間にか嗚咽も涙も止まった春信が、涙を拭いながらそう言った。けれどジョーは許さない。

「恥ずかしいのは泣いたお前が悪い」

「うう」

 春信は唸って反論出来ない・

 法子は何かハル君可愛くなったなぁと思った。

 一気に険が取れていた。

 何となく法子には分かった。解析しなくても。

 多分、安心したんだ。ずっと張り詰めて、いっつもいっつも緊張していたんだ。それが誰かに真剣にぶつかられて、ほぐれて、それで柔らかくなったんだ。自分に摩子達がそうしてくれた様に。春信と自分を重ねて、法子はそう思った。

 法子は嬉しくなる。

 友達が出来た。

 友達。

 新しい友達が。

 嬉しくなって春信を見て、その表情が強張っている事に気がつく。ジョーの表情も。法子の背後を見つめて、二人は固まっていた。

 一体何が?

 法子が振り返ると、凄い形相で走ってくる人が居た。

「大丈夫! 法子ちゃん!」

 元華だった。

 元華は物凄い速度のまま法子へと突っ込んできて、そのまま法子の首筋を腕に掛けて転がった。法子は首を締められ意識がとびかける。何とか気絶こそしなかったものの、咳き込んでいると、元華が声を掛けてきた。

「大丈夫、法子ちゃん! ああ、そんな苦しそうに。あいつ等の所為ね」

 この人分かってやってるんじゃないかなぁと法子は疑問に思う。

「悪党共め、覚悟しろ」

 叫び声を上げる元華に、法子はすがりついて、咳き込みながら首を振る。

「え? 何? 覚悟させる位じゃなくて、さっさと地獄の苦しみを与えろって? 分かった、任せて!」

 法子が更に首を振る。そうして辛うじて声を出す。

「仲間。友達」

「仲間? あの二人が?」

 元華が二人を見る。春信が首を縦に振っている。

 もう一人、ジョーは固まっている。

 元華には何だか見覚えのある顔だった。

 思い出す前に、ジョーが言った。

「お前、世界の歪み」

 元華は記憶を手繰り、そうして思い出した。

「あ、ええ! もしかして精霊の王!」

 法子と春信がジョーを見る。

「精霊の王って?」

 ジョーは顔を覆っている。

 何が何だか分からず、法子が立ち上がって、ようやくまともになった喉で息を吸っていると、途中で腹に何かがぶつかってきて、また呼吸が乱された。

「神様ー!」

「ぐ」

 法子とエミリーが転がる。

 法子が咳き込みつつ、立ち上がるとエミリーが縋り付いてきた。

「神様! 何処に言っていたんですか、神様! 本当に心配したんですよ!」

「ずっとここに」

「何、これ」

 法子ははっとして顔をあげる。

 春信が物凄く不審そうな顔をしていた。

 当然だ。いきなり抱きつかれて神様と呼ばれる関係ってどんなのだ。

 折角出来た友達なのに。

 法子が焦って言い訳をしようとした時、いきなり辺りが慌ただしくなった。

 今度は何だと法子が憤慨しながら辺りを見ると、病院に異変が起こっていた。

 病院の窓という窓が開いていて、そこに沢山の人が立っていた。皆手に手に武器を持っている。

 法子の心が急速に冷やされていく。

 どこからか声が聞こてくる。

「さあ、皆さん! 巫女の復活の為に! 存分に戦いましょう!」

 窓に立つ人々が歓声を上げて、飛び降りはじめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ