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舞台 開演

「これは」

 窓から誰かの声が聞こえた。

 その声によって、廊下の喧騒に終止符が打たれた。

 警戒心を抱いて、全員がその窓から入ってきた新たな乱入者に注目する。

 法子も同じで、不意の登場者に対して敵意の籠もった視線を向けた。

『黒騎士

 ライクライクライクライク』

『反英雄

 アンチアンチアンチアンチ』

 解析は正しい答えを返してくれない。即ち自分と同じかそれ以上の力を持っているという事。敵であれば強敵だ。けれど法子はやって来た二人の姿を見て、すぐさま敵意を納めた。

 片方は黒い甲冑を身につけた騎士で、ピエロや魔王から人々を守ったヒーローで、法子に技を教えてくれた。悪い人では無いと思う。

 もう片方の黒いコートを来た二丁拳銃の男を見た覚えは無いけれど、黒騎士と一緒に居るのであればきっと味方なのだろうと思った。

 そう思ったのは他の者達も同じで、ショッピングモールを救ったヒーローとその仲間であれば、下手な真似はしないであろうと安堵する。

 たった一人、徳間を除いては。

「お前、食い逃げした」

「え、あ、ああ!」

 徳間の睨みに、食い逃げ犯は恐怖に顔を引き攣らせ悲鳴を上げる。その間に、黒騎士が割って入った。

「待ってくれ。俺達は味方だ。そんな好戦的な真似は」

 徳間が静かに言う。

「そいつは食い逃げしたんだ。そんな奴と仲良くしろと?」

「食い逃げ? そんな事するはずが」

 庇おうとする黒騎士が後ろを振り向くと、食い逃げ犯は頭を抱えてうずくまりながら、ごめんなさいと繰り返し呟いていた。

「本当に、食い逃げなんて事を?」

「ごめんなさいごめんなさい」

「何で、そんな」

「悪気があった訳じゃないんだ。信じてよ。だってお腹が空いてて、お金も無くて。仕方が無いだろ! だって、どうしようも無かったんだ! 本当に死にそうで、死にそうで、それなのにどうしようもなくて!」

 段々と苛立ちが混じり始めて語気を荒げる食い逃げ犯が顔を上げる。すぐにその強気は削がれ、自分を見下ろしてくる黒騎士を見て怯え、更に後ろに控える徳間の顔を見て、恐慌してまた顔を俯けた。

 その肩に黒騎士が手を置く。

「分かった」

 食い逃げ犯が顔をあげる。

「分かった。食い逃げは確かに許せないけど、事情があったんだな」

「うん」

「分かった」

 黒騎士が立ち上がって、振り返り、徳間を見る。

「聞いた通りです。確かに悪い事をしたみたいだれどこうして反省しているし、決して悪の心に染まっての事じゃない。見逃せとは言いませんけど、彼にチャンスを」

 黒騎士の真っ直ぐな言葉を受けて、徳間が疑わしそうに腕を組んだ。

「反省ねぇ」

「お願いします、徳間さん」

「まあ、確かにこの状況で……ん? あんたと何処かであったか?」

 徳間が不思議そうに黒騎士を見た。

 黒騎士は何か言おうとしたが、やがて微かな笑みと共に言った。

「いいえ。ただ先程そう呼ばれているのが聞こえたので」

「ああ、そうか?」

 徳間は何か言いたそうだったが、その隣に居た真央がくだらなそうに遮る。

「どうでも良いでしょう? それより今はこの状況をどうにかする事が大事」

 真央が指をさした先に、ルーマが楽しそうに笑っている。

「そう、その通りだ。大事なのは俺とお前が戦う事、それだけだ」

 ルーマの言葉に、徳間は頭を掻く。

「そうは言っても、俺はあんたと戦う理由は無い」

「俺にはある。だから作る。お前が望む理由を作るぞ。何が良い?」

 ルーマが楽しそうに笑っている。

 心底楽しそうに、如何なる理由も作ってみせると笑っている。戦う為であればこの病院を地獄に変えても良いと笑っている。

 徳間は頭を掻く。

「仕方無いな」

「そうだ、仕方無い。俺と戦え」

「この場に残るのは俺だけで良いのか?」

「ここで戦うのか? 場所を移した方が良いんじゃないか?」

「確かにな。場所を移そう。で、お前の遊びに付き合うのは俺だけで良いんだな?」

「ああ、構わん。そうだ、法子! おい、法子!」

 突然名前を呼ばれて、法子は驚いて肩を竦めた。

「いきなり何?」

「悪いが、こちらに用事が出来た。それが終わるまで、先に戦場へ行っていてくれ」

「用事って? その、徳間さんと戦うの?」

「ああ!」

「ああって」

 言葉を続けようとしたが、法子は口から言葉が出なかった。

 ルーマが見た事も無い強烈な笑顔を浮かべていたから。その笑顔を見ると、何を言っても無駄だと悟らされた。少なくとも、今のルーマは仲間じゃない。今だけは仲間じゃない。ただの戦闘狂だ。

 何だか失望して、法子がルーマを見つめていると、ルーマは幾分笑みを和らげて歩み寄ってきた。

「さて、離れ離れになるな。少し助言をしておこう」

「助言?」

「そうだ。俺達の様な魔物と戦う時にな」

「うん」

「炎や氷、それから風、そういった類の魔術は使うな」

「何で?」

「俺達の世界の魔術理論は熱量を基礎にしている。熱量が多ければ炎だし、少なければ氷、中庸が、まあ風が一番近い。そんな訳で、俺達は熱気や冷気の魔術に慣れている。慣れすぎて、もう魔術が攻撃に使われる事が無くなった位にな」

「熱、冷気」

 忠告はありがたいのだけれど、法子はそういった魔術を使わない。

「分かったか?」

「うん、ありがと」

「要は魔物の中で炎だとか氷だとかを使う奴はほとんど居ない訳だ。使うとすれば、固有の能力としてそういった属性を扱うか、もしくは酔狂な奴だけだ」

「うん」

「だからそいつが居たらすぐに分かる」

「そいつ?」

「炎を使う魔物だ。見た目は、ライオンに近いな。見ればすぐに分かる」

「その魔物がどうしたの?」

「見たら逃げろ」

 法子は不思議に思って首を傾げた。

 何だかルーマらしくない言葉だ。

「決して戦おうとするな。もしも現れて、敵対する様な必ず逃げろ。余裕があれば俺を呼べ」

「ルーマを呼んだら、ルーマはどうするの?」

「戦う」

「それなら私も手伝う」

「言っている意味は分かるだろう?」

 ルーマが法子の目を覗きこんで言った。

 すぐに悟る。つまり、私では足手まといにしかならないっていう事だ。

 落ち込む法子の耳にルーマは口を寄せる。

「あまり落ち込むな。お前が弱い訳じゃない」

 法子は頷く。

「恐らくその魔物はこの町に居る。そして俺を狙っている。そんな奴が今この場に現れたら面倒だろう? だから俺は一時的に身を隠す」

 法子が驚いて顔を上げた。

「だから、徳間さんと別の場所に?」

「まあ、そういう事だな。とにかく俺は身を隠す。だから今病院で起こっている戦いはお前に譲ろう。お前が解決するんだ」

 法子は息を飲む。

 自分が解決出来るだろうか。

「お前なら出来る。強くなれ。俺の隣で戦える位にな」

 ルーマが顔を離して、背を向ける。

 そしてサンフへと声を掛けた。

「サンフ! イーフェル! さっき言った通りだ。お前達は俺が戻ってくるまで、法子の友達を守れ」

「分かってますよ、ルーマさん。安心して戦ってきてください」

「ルーマ様! 無茶だけはよしてくださいよ!」

 ルーマは笑う。

「サンフ! 俺が負けると思っているのか?」

 サンフは首を横に振る。

「いいえ。けれど無茶は止めてください」

「分かってるよ」

 ルーマは片手を上げて答えた。

 同じ時、徳間もまた自分の仲間に後事を託していた。

「剛太、あの一般人達の保護を頼む。どうやら賓客みたいだ」

「あの魔物達が守るみたいですけど?」

「信用出来るか。頼んだぞ」

「分かっていますよ」

 剛太の微笑みに、徳間は頷きそれから魔検の十人を見る。

「お前達は病院に居る人達を守ってくれ」

 十人は不安そうにお互いを見合った。

「たった十人で、ですか?」

「病院が広すぎるのは分かっている。だが人数が足りないんだ。とにかくこの人数でやるしかない。エミリーも居るし」

「私は外で神様と一緒に戦いますよ?」

 徳間がエミリーを見つめる。

 エミリーは頑なな様子で徳間を見つめ返す。

「そんな目をしても駄目です。徳間、勘違いをしてはならない事です。私の目的はフェリックスです。人々を守る事ではありません。そしてフェリックスを倒す事は病院を守る事よりもより多くの人を守る事が出来ます」

 徳間はまだエミリーを見つめている。

「幾らそんな目をしても駄目なのです。駄目な事は決して駄目なのです」

 エミリーがそっぽを向いたので、徳間は溜息を吐いた。

「訂正だ。厳しい事は分かるが、何としても病院の人々を救ってくれ」

 十人はしばらく硬直していたが、やがて頷いた。

「安心してとは言えないですけど、でも俺やりますよ」

「ああ、頼んだ」

 そして真央を見る。

「真央は内外問わず危険そうな奴を殲滅していってくれ」

「別に構わないけれど、そもそもあなたはどうするつもり?」

「だから、俺はあのルーマって魔物と」

「どうして? 今すぐ全員で叩き潰せば良いじゃない」

「いや、あいつは強い。仲間も居る。戦えばどうなるか分からない。俺達もそうだが、それ以上に一般人に危害が及ぶ」

「だからあの魔物の言いなりになって一対一で戦うわけ?」

「ああ、その通りだ。分かってくれるか?」

「ええ、分かったわ。そんな弱いあなたを見たくはなかった」

 真央が背を向ける。

「あ、真央さん」

「勝手にやらせてもらうわ。安心して、病院を守りはするから」

 窓枠に飛び乗った時、徳間が不思議そうに呟いた。

「真央?」

「あなたは精々平和ぼけした間抜け面で遊んでいなさい」

 そして真央は戦場へと消えた。真央を見送った徳間は横を向く。

 そこにはルーマが立っている。

「さあ、始めようか」

 ルーマが懐から黒い円筒を取り出した。掌に載った円筒から黒い霧が沸き出し始める。

「これは?」

「断絶した空間を生み出す、うちの商品だ」

 黒い霧はやがて人三人分の大きさになる。

「この中で戦おう。何、中は存外広い」

 ルーマが足を踏み入れる。

 徳間も隣に立って、同じ様に一歩踏み出した。

 その時、二人の後ろから声が響いた。

「ルーマ!」

 法子の叫びに、ルーマが振り返る。

「相手はヒーローだよ! 良い人なんだからね! あんまり酷い事しちゃ駄目だよ!」

 徳間が苦笑する。

 ルーマも笑う。

「分かったよ! お前はちゃんと強くなっておけ!」

 法子の叫びは続く。

「徳間さん!」

「何だい?」

 まさか自分も呼ばれるとは思っておらず、徳間が不思議そうに尋ねた。

「ルーマは良い魔物なんです! 正義の魔物なんです! だからあんまり酷い事はしないでください!」

 ルーマが腹を抱えて笑い上げた。

「分かったよ!」

 徳間が笑いながら答え、そしてちょっと考えてから言った。

「君達に病院の事は任せた!」

 そして黒い霧の中へ更に踏み込んでいく。

 黒い霧の中に消える寸前、徳間が聞いた。

「あんた正義の魔物なのか?」

 まだ笑っていたルーマが肩を震わせながら涙を拭って堪える。

「いや、全然」

 そして二人は霧の中に消えた。


 霧の中に二人が消え、黒い霧もやがて散じて、静寂が訪れた。

 その静寂をあっさりとエミリーがぶち壊す。

「神様!」

 腕に縋られて、法子が体勢を崩す。

「さあ、行きましょう。神様!」

 腕を引かれながら法子が尋ねる。

「何処へ?」

「勿論、外へです。外に出て、混乱させるのです」

「混乱? 何を?」

「勿論、ここに集まってきた獲物達をです」

 何やら物騒な事を言っている。法子は急にエミリーの事が恐ろしくなった。ずるずると法子は引かれていく。

「獲物って。何でそんな」

「フェリックスが現れるまでに混乱させなければなりません。混乱していない獲物達は強い力へと流れていってしまいます。だから混乱させるのです。行きましょう神様。はい、行くのです。私達は行かなくてはなりません」

 エミリーの言っている事は良く分からない。けれど何となくエミリーは、悪い事をしたい訳じゃない気がした。

「分かった。良く分からないけど、私も手伝うよ」

 だから法子は引きずられるのをやめて、自分の意志でエミリーの後に続く。

 エミリーが笑顔を向けてくる。

「ありがとうございます、神様!」

 無邪気な笑顔だった。

 後ろから声が掛かる。

「待って、私も行くよ。法子!」

 摩子が駆け寄ってきた。

 友達だ。友達が一緒に来てくれる。

 たったそれだけで法子は嬉しくなって頷いた。

「うん!」

 更に黒騎士とその仲間も続いてくる。

「俺達も共に戦おう」

 心強かった。法子は頭を下げる。

「あ、はい。よろしくお願いします、あの、あの、えっと」

 頭を下げてから、相手の名前が分からない事に気が付いた。

「俺はマサト。それからこっちはヒロシ」

 マサト。何処かで聞いた様な覚えがあった。けれど何処で聞いたのかは思い出せない。

「よろしくお願いします、マサトさん、ヒロシさん。あの、私はノリコです」

「さあ、早く行きましょう!」

 エミリーが急かす。

 けれど更に後ろから声が掛けられた。

「私も行くよ!」

 陽蜜だった。

 さっきまで怪我をしていたのに、今はもう元気に走ってくる。

「駄目だよ!」

 摩子がそれを止めた。

「ええー! 何でー!」

「だって危ないから」

「そんな事言ったら摩子だってそうでしょ? 危ないじゃん!」

 摩子は言い返せずに押し黙る。

「駄目だよ」

 法子が摩子に加勢する。

「法子も反対?」

「うん。だって危ないよ」

「それなら法子だって一緒でしょ?」

 陽蜜がにやりと笑う。

 法子も笑って返す。

「さっき後は任せたって言ってくれたでしょ?」

「う」

「だから任せて」

 法子の笑顔に陽蜜が肩を竦めた。

「そう言われちゃ仕方が無いなぁ」

「ありがとう」

「法子」

「何?」

「明日は買い物に言って、明後日が重要。分かってる?」

「え?」

「だから今日であんまり無茶して疲れちゃ駄目だからな」

 陽蜜がそう言って、法子の頭に手を載せ、そして髪の毛を掻き回した。

「頑張れよ!」

 法子は元気をもらって、更に笑みを強くした。

「うん、頑張る!」

「摩子もね!」

「分かってるって!」

 そうして、法子達は窓から外へと飛び出した。


 飛び出した先は、正門の正面にある中庭とはまた別の広場で、幾つかの病棟が広場の周りに立っていて、病棟同士に隙間があって完全な辺ではないものの、四角く切り取られた様な大きな空間だった。既にそこかしこで戦いが起こっていて、法子達も即座に臨戦態勢に入る。

 その瞬間、空から人が落ちてきた。

 華麗に着地したその女性は制服も長い黒髪も土埃で汚れる事を構わずに、腕を振り上げポーズを決めて、名乗りを上げた。

「東一原高校二年! 手芸部! 中沼元華! 只今参上!」

 元華と名乗った少女は、にっと両の口の端を吊り上げ笑みを浮かべると、五人が呆気に取られた隙を見逃さず、マサトへと詰め寄った。

「悪い奴はお前かぁ!」

 詰め寄られたマサトは身を引いた。

「いえ、違います」

「じゃあ、お前かぁ!」

 ぐるりと向いた首に睨まれて、ヒロシは震えながら何度も首を横に降った。

「じゃあ、おまえ」

 更に元華は叫びながら横を見て、そこに居るエミリーを見て、甲高い雄叫びを上げる。

「可愛いー!」

 元華の素早い動きにエミリーは反応出来なかった。

 元華に飛びつかれたエミリーは元華と一緒に地面をごろごろと転がり倒れ伏す。

 エミリーに抱きついていた元華が顔を上げ、今度は摩子を見た。そして立ち上がる。

 摩子がびくりと体を震わせた。

 また雄叫び。

「こっちも可愛いー!」

 摩子も反応しきれなかった。呆気に取られた状態から抜け出せていなかった摩子は、魔術を展開する暇も与えられず、あっさりと元華に飛びつかれ、エミリーと同じ運命を辿る。

 ごろごろと転がって、動かなくなった摩子。その傍にはエミリーも倒れている。

 あっさりと二人がやられてしまった。

 法子は息を飲むと、それに反応した様に元華の首がこちらを向いた。

 法子が恐怖で一歩下がるのと、元華が立ち上がって飛びかかってくるのが同時だった。

 法子は刀に手を掛けるも、抜くよりも早く首筋に飛びつかれ、喉が極度に圧迫され、更に地面へと押し倒されて受け身も取れずに全身を打ち付け、更に回転が加わって意識をかき回された。

 回転が止まった時、法子の意識は完全に落ちていた。

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