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友達思い

 侵入者達の前に立ちふさがった法子は恐怖のあまり意識が遠のいて倒れそうだった。けれど怯える自分を叱咤して何とか体を支えながら、自分よりも遥かに大きな男達を前にする。自分の背後から聞こえる四葉の苦しそうな呼吸に気が急いて、早く何とかしなくちゃいけないとは思うけれど、具体的に何をすれば良いのかまるで分からない。

 話し合いで何とかならないだろうかと思った。

 目の前にいる侵入者達は気が立っていてこちらの事を睨んでくるけれども、喋りかければ応じてくれるかもしれない。そしてもしかしたら話をする事で相手は落ち着いていって、もしかしたらそのまま帰ってくれるかもしれない。

 法子は目の前の侵入者達を見上げる。とても冷たい目で見下ろしてきている。

 怖い。

 今にも怒鳴られそうな気がした。

 話しかけたりなんかしたら大声で叱責してくるかもしれない。

 怖かった。

 けれど何もしなければきっと事態はもっと悪くなる。

 法子は振り向いた。四葉が苦しそうにしている。一刻も早く助けなければならない。そう思った時、四葉の向こう側で不安そうにしている純を見た。

 法子は胸が苦しくなって、純を見ていられなくて、顔を男達へと戻すと、話し合いをする為に一歩進み出て口を開いた。

「あの」

 その瞬間、最前の男が無言のまま手の甲で法子の横っ面を殴り飛ばした。法子は床に転がって頭を打ち付ける。歯が思いっきり噛み合って、脳が痺れ、首筋の辺りから吐き気が込み上げてきた。

 吐き気をこらえながら何とか法子は起き上がる。

 目眩がする。世界が茫洋としている。何か世界が暗く、あるいは明るくなっている。何か体が上手く接合していない気分がした。右足の感覚がいまいち伝わってこない。口の中が苦い。一瞬自分が何をしていたのか忘れていた。思い出して、今自分の居る場所が病室の中だと気が付くと、途端に感情が湧き出してきた。

 怖い。

 殴られたという恐怖が上半身に行き渡って、目の前が真っ暗になった気がした。

 怖い。

 問答無用で殴りつけてきた男の威圧が怖くて、何だか涙が溢れて真っ暗な視界が涙で滲んで、涙が光を集めて視界が明るくなった。

 怖い。

 自分の体が今間違いなくおかしくなっている事が怖かった。体の感覚は痺れた様に感ぜられなくて、その上光の溢れる視界の所為で上手く感覚が掴めない。視界が揺れる。その拍子に光の溢れる真っ白な視界に赤い色が混じり始めた。

 怖い。

 怖くて怖くて仕方がない。それが何故だか、どうしようも無く腹立たしい。どうして自分が殴られなくちゃいけないのか。何で世界をこんな風にされなくちゃいけないのか。理不尽に思えた。全て目の前の男達の所為だ。視界が妙に赤く陰っている。

 男達が四葉の元へ歩む。

 赤くなった光景の中を男達が歩いている。ぼんやりとゆらゆらと、男達が四葉へと近づこうとしている。それがどうしても理不尽だった。理由は全く分からないけれど、それは何においても阻止しなければならない気がした。

 だから法子はぼやけた視界と思考のまま、近くにあった何かを掴んで、男達へと駆け出した。

 法子は駆ける。男達が法子へと向く。法子は右手に持った枕を振り上げて男達へと突撃する。

 だがあっさりと蹴り飛ばされて地面に転がり、また頭を打ち付けた。

 ぼやめく思考のまま法子は再び立ち上がろうと体を動かし始めた。けれどもぞもぞと地面の上を這いずりまわるだけで立ち上がれない。吐き気をこらえながら地面を這う。立ち上がる事は出来ないが、それでも四葉達を助けに行かなければいけない。揺らめく視界の何処かから純の必死な声が聞こえてくる。何と言ったか分からないが、その呼び声に応えなければならないと思った。けれど這いつくばるだけで何も出来ない。

 助けなくちゃと思っていた。

 助けに行かなくちゃと思っている。

 けれど手を伸ばしても届かない。視界が揺れすぎてあとどのくらいで届くのかも分からない。

 悲鳴が聞こえた気がした。

 その声を聞いた瞬間、法子の体が立ち上がる。ほとんど無意識に立ち上がる。意識は働いていない。何も考えられない。男達が右へ左へ揺れている。その肩に載る四葉も項垂れながら右左。男達の足元にすがる純達もやっぱり右に左。法子は揺らめきながら男達の元へと歩もうと手を伸ばした。

 助けなくちゃいけないと思っていた。

 そして自分では助けられないんだと知っていた。

 知っていて、それでも助けなくちゃいけないと思って、何処かへ祈っていた。

 助けてと短い祈りを。

 その祈りはあっさりと何かへと届いた。

 法子の視界の中に何か黒い影が現れた。黒い影は男達の間を縫って跳び上がり、男達を吹き飛ばして四葉を抱え込んで着地した。

 何だか不思議な光景だった。

「大丈夫?」

 突然肩を揺さぶられ、気が付くと目の前に陽蜜が居た。

「大丈夫? 痛い?」

 法子は驚いて陽蜜を見つめる。確かにどこからどう見ても友達の陽蜜だった。

「法子?」

「あ、何?」

「大丈夫?」

「うん」

「じゃあ、逃げよう。走れる?」

「多分」

 法子がそう言うと、陽蜜はにっと大きく笑顔を作って、それから呆然としている純と仁を手招いた。

「ほら、二人も行くよ」

 そうして陽蜜は四葉を両手で抱き上げて男達を跨いで歩き出した。陽蜜に抱かれながら、四葉は苦しそうに身を縮こめている。

「この子、何処か悪いの?」

 立ち止まった陽蜜が振り返って聞いた。

 純が首を振る。

「分かんない。でも最初から苦しそうだった」

「そう。じゃあ、早くしないとな」

 陽蜜が再び歩き始める。

 その時、男達の一人が急に手を伸ばして、陽蜜の足を掴んだ。掴まれた方とは逆の足が浮き上がり陽蜜がよろける。よろけた陽蜜を転ばせようと、男が掴んだ腕を引く。

「この」

 その腕に向けて、陽蜜は浮き上がった足を遠慮無く振り下ろした。男の手から変な音が響いて男の手が解かれた。更に陽蜜は足を振り、男の頭を蹴り飛ばす。

「ほら、早く出よう」

 あっさり言って、陽蜜は病室の外へと出ていった。

 法子達は目の前で起こった事が信じられぬまま、陽蜜の後に従った。

 外へ出ると、実里と叶已も居て、法子を見ると安堵した様子で寄ってきた。

「良かった。何処に行ったのかと思った」

 法子からすれば、陽蜜達が何処に居たのか分からない。それでもとにかくまた友達と一緒になれたのだから、それ以上望む事は無かった。友達が居れば、今の苦境も易々と乗り越えられる。

「とにかく外へ。一階へ行きましょう」

 叶已がそう言って皆を見回すと、陽蜜が不服そうな顔をしていた。

「それも良いけど、この子がやばいんだよ」

 そう言って、苦しそうにしている四葉を軽く持ち上げる。

 叶已はそれを冷静に眺め、そして冷徹に言った。

「そうは言ってもこの状況じゃどうしようも無いです。それよりも外に出て、安全なところへ運び出す事が先決です」

 陽蜜は言い返さない。

「それじゃあ、行きましょう」

 叶已はそう言って、皆を手招いてから走りだした。

 法子は走って階段へと向かう途中、沢山の病室の中で不安そうに怯えている人々を見て申し訳なくなった。自分だけ周りに友達が居て、逃げようとしている。それは勝手な事に思えた。この病院に居る全員を助けなくちゃいけない。そんな義務感が湧き上がってきた。けれどそれは湧き上がりはしたものの、ある一定で止まってしまう。所詮は他人、周りを友達に囲まれている今、そこまで強い思いを他人には抱けなかった。それがまたとても悪い事に思えた。

 罪悪感を抱きながら階段を駆け下りる。思考に絡め取られた足先は鈍って、段々と遅れ始める。そして二階を過ぎたところで、法子が大分陽蜜達と離された事に気が付いた時、背後から大声が聞こえた。

「居た! 居たぞ! 巫女だ!」

 法子が階段を駆け下りながら振り返ると、人々が居た。本当に何の変哲もない何処にでも居そうな人々だった。それこそ、真面目そうな学生だとか、頼れるお父さんだとか、優しそうなお母さんだとか、可愛らしい子供だとか、まだまだ元気なおばあちゃんだとか、そんなありきたりな形容でくくれそうな人々が、法子の事を驚愕の表情で見下ろしていた。

「巫女だ!」

 頼れるお父さんが叫んだ。

「巫女! 巫女!」

 優しそうなお母さんが気の違った様に叫びだした。

 そうして階段を駆け下りてくる。

 恐ろしくなって、法子は転びそうになりながら階段を駆け下りる。

「巫女! 巫女!」

 甲高い叫びが背後から迫ってくる。法子は必死で逃げるが、叫声はどんどんと迫ってくる。一階までもう階段半分だが、その前に捕まりそうだった。

「法子さん!」

 叶已の声が聞こえる。階段を降り終えた叶已がこちらを見ながら何かを振りかぶっていた。

「耳を塞いでください」

 そうして叶已が何かを投擲する。それは耳を塞ぐ法子の頭を越えて、それから強烈な衝撃と光が法子の背後に巻き起こった。法子はバランスを崩して躓いて、勢い余って真っ逆さまに一階へ落ちた。それを実里が受け止めて、思いっきり引っ張る。後から人々が法子と同じ様に一階の地面へ飛び込んで、誰も受け止める者は居らず、頭から地面にぶつかっていった。次々と人が転がり落ちて、意識を無くした人の山が出来る。

 それを尻目に、また陽蜜達は走り始めた。

 法子は頭の中で大量の音が暴れまわっていてふらついている。実里に手を引かれながら辛うじて走っている。

「そこの病室に入りましょう」

 叶已の指し示した病室に入り込むと、中に一人の男が立っていた。

 五十代半ばの何処にでも居そうな男性だった。

 陽蜜達は立ち止まる。その男がただの患者なのかそれとも侵入者なのか分からなかった。

 男は陽蜜達が飛び込んできた事に驚いて居たが、陽蜜の腕に抱かれた四葉を見て、更に目を剥いた。

「巫女!」

 男がそう発した瞬間、陽蜜は駈け出して男性の前で思いっきり足を後ろに引いて、一瞬後に男性の股間を思いっきり蹴りあげた。倒れた男性を一顧だにせず、陽蜜は窓へと駆け寄った。

「ここから出よう!」

 そうして、鍵を開け、窓に手をかけて、

 その瞬間窓の向こうの中庭で業火と轟音が巻き起こった。

 爆風は陽蜜の開いた窓の隙間から漏れこんできて、病室が熱気で充満した。

 実里が間髪入れずに法子の手を引いた。

「そっちが駄目なら裏から出よう」

 駈け出して、法子はそれに引っ張られ、廊下に飛び出て、急に実里が止まったので、法子は実里にぶつかった。

 けれど実里は動じずに廊下の先の一点を見つめている。

 法子も実里の視線の先を見た。

 スーツを来た黒い男が立っていた。全身服も手袋も黒く、ただ顔だけが黒の中で妙に白く浮き上がっている。

「何止まってんだよ!」

 遅れて出てきた陽蜜がそう言って、やはり廊下の先を見て止まった。

 皆が皆、黒い男を見て固まった。

 固まった法子達へ向けて、男が一歩踏み出した。

 法子の体が震える。それは他の皆も一緒だった。

 何か得体の知れない恐怖が辺りを包んでいた。

 真っ先に陽蜜が動いた。無言で駈け出し、歩んでくる男の前で回りながら飛び上がると、男のこめかみを狙って蹴りを放った。けれどそれが止められた。男は一切陽蜜に触れていない。それなのに陽蜜はまるで吊られた様に空中で静止してしまった。次の瞬間、陽蜜は凄まじい勢いで地面へと叩きつけられ、引き潰れた呼吸を吐いて動かなくなった。

 男は歩んでくる。止まる様子は無い。

 呆然とする法子の背後から呟きが聞こえた。

「これだけは使いたく無かったのですが」

 叶已の呟きが聞こえたと思うと、背後から法子の頭上を越え男の元へ拳大の何かが飛んでいった。その液体の詰め込まれたビニールは、男の足元に落ちた瞬間、燃え上がる。爆音と共に凄まじい火炎と黒煙が立ち上り、

 次の瞬間炎も煙も掻き消えた。

 男は尚も歩んでくる。

 法子が息を飲んだ瞬間、突然体を地面に叩きつけられた。他の皆も同じで、上から圧し掛かる不可視の力に圧迫されて動けなくなった。

 倒れる法子達へ男は何の感情も示さずに歩んでくる。

 どうもがいても逃げられない。動けない。男はどんどんと近付いてくる。

 法子は呪った。男の後ろに居る、床に倒れて動かなくなった陽蜜を眺めながら呪った。自分自身を呪っていた。

 自分にはこの場を脱する力があるのだ。魔法少女になれるのだ、なれたのだ。もっと早く変身していれば、陽蜜はああならなかった。倒れた陽蜜を見る。大丈夫だろうか。まるで動かない。あれだけ強く叩きつけられたのだから、もしかしたら。

 それ以上は考えたくなくて、また自分を呪い始めた。

 変身すれば助けられたのに、変身しなかった。全ては自分の責任だ。全部が全部、自分が悪い。

 三階の病室で男達から四葉を守る為に一度は変身しようと思った。けれど純の顔を見たら、出来なかった。変身すれば自分が純を切った犯人だとバレてしまう。純に恨まれて嫌われてしまうかもしれない。更に周りのみんなにも噂が広がって、友達からも嫌われて、そうして一人ぼっちになってしまうかもしれない。そう思ったら変身が出来なかった。

 怖かったのだ。一人になるのが。

 自分勝手な選択で最悪の結末を迎えてしまった。自分の事だけを考えて、あれだけ親身になってくれた友達を裏切ってしまった。そうしてその結果、法子の視線の先に動かない陽蜜が居る。あれだけ自分に優しくしてくれた陽蜜が倒れている。

 自分の所為だ。裏切っておいて、何が友達だろう。

 だから駄目なんだ。やっぱり自分は駄目なんだ。

 申し訳なさがどんどんと湧いてきて、池の水に濡れながらベッドの中で延々と自分を呪った時の気持ちを思い出した。

 胸が苦しくて辛くて、そうやって苦しむ事すら自分にはおこがましい。

 そう、迷う暇も、呪う暇も、苦しむ暇も無い。そんな事をする権利すら自分には無い。

「タマちゃん」

 法子が決意を込めて心の中でタマに語りかけた。

「私は変身する」

「うん」

 もう嫌われてしまうのは仕方が無い。嫌われてみんなみんな離れていって、また一人になってしまうのも仕方が無い。友達がいないのも、周りから嫌われるのも、池に突き落とされるのも、自分が傷つくのも仕方が無い。自分は友達を裏切る様な人間なんだから、何をされたって仕方が無い。

 けれど駄目だ。こんな自分と仲良くしてくれて、友達とまで言ってくれた人達が傷付く。例えどんな事があろうとそれだけは許せない。

 絶対に。

 圧し掛かる魔術を弾き飛ばした法子は、魔法少女の衣装を身に纏い、金色の髪を月夜に照り輝かせ、刀を抜いて敵を見据えた。

「許さない」

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