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閑話 マリオネット・ティーパーティー

 構えを取ったスーツ姿の女は剛太を指差した。

「剛太さん、ですね?」

 剛太は抱きかかえていた武志を地面に下ろし、離れる様に指示すると、目を細めてスーツ姿の女を睨んだ。

「どうして、僕の名前を?」

 女性が怪訝な顔をする。

「あの、直前に剛太と呼ばれていたので」

「あ、そうか。そうですよね。すみません」

「いえ、こちらこそ、下の名前で呼んでしまって申し訳ありません。出来れば、苗字を教えていただきたいのですが」

「角写と申します」

「良いお名前ですね」

「ありがとうございます。あなたのお名前は何でしょうか?」

「女性の秘密を暴こうとするなんて」

「え? そういう訳では」

 うろたえる剛太に向けて、背後で見物していた徳間が言った。

「あー、剛太が女性を口説こうとした上に、泣かせた」

 剛太が慌てて振り返る。

 徳間が退屈そうな目をしている。

「何ですか、いきなり! 訳の分からない物言いを。それに彼女は泣いてないでしょう」

「剛太がそんな奴だと思わなかったぜ。な、真央」

「ちょ、ちょっと違いますよ、真央さん! 僕は全然そんな事」

「剛太君」

 下らないものでも見る様な目付きで、真央が呟いた。

 剛太が腕を下に伸ばして、直立不動の態勢になる。

「はい、何でしょう」

「何でも良いから、さっさとしてくれない」

「……すみません」

 剛太が落ち込みながら、再びスーツ姿の女へと向いた。

「とりあえずどいてください」

「私の名前はジェーンです」

「え? はい。でもどう見ても日本人」

「偽名です」

 ジェーンがあっさりと答え、剛太は何も言えない。

「剛太!」

 徳間の叫びが響く。

「頑張って良いところ見せろよ!」

 剛太が振り返る。

「何ですか、良いところって! 誰に見せるっていうんですか!」

「あの良いですか?」

 今度はジェーンの呟きが聞こえた。

「もしあれなら角写さんの見せ場の一つ位作れる様に手加減して戦いますが?」

「あなたも何を! 結構です!」

 剛太が叫ぶ。

「何、このやりとり」

 真央が呟く。

 その時、上空から高笑いが聞こえた。全員が上を警戒し、剛太とジェーンが横へ飛び退いた時、そこに巨大な白い獣が落ちてきた。その背には幾人かの人影が乗っている。

「はっはー! また会えたな糞ったれ!」

 獣の背に乗った一人が高く笑いあげた。男は無精髭を生やし、丈の長い着古したコートを羽織っている。男は獣の背から飛び降りると、ジェーンと対してまた笑った。

 ジェーンが一礼してから無表情で口を開く。

「おや、凡さん。またお会い出来て嬉しく思います。お腹の傷の加減は如何ですか?」

「てめえ! 何で俺の名前を知ってやがる」

「え? あの、一緒にお仕事をする前に名乗りあったじゃないですか」

「あ、そうだな。そういや、そうだ。まあいい。とにかく今日でてめえの命はお終いだ!」

 その時、獣の背の上から四十を超えた位の女性が顔を覗かせ、男の名前を呼んだ。

「ちかちゃーん!」

 女性の呼びかけを、凡は無視して、ジェーンを指差した。

「今、状況は圧倒的に俺が有利だ。念仏でも唱えるんだな」

「どうしてでしょう? まさか仲間を連れてきたから集団で取り囲んで? おお、何といやらしい」」

「ねえ、ちかちゃーん!」

「お前は今、本気を出せない。あそこに居る俺の仲間の魔術で、この辺り一帯に居る者は物事に真剣に取り組む事が出来無くなっている。勿論、その効果は俺やその仲間達には及ばない。真剣になれない者と真剣に戦う者、どちらが勝てるか。安本丹のお前でも理解できるだろう?」

「それは実力が拮抗していたらの話でしょう?」

 ジェーンの挑発する様な物言いに凡が歯噛みする。

「てめえ。良いぜ、そこまで言うなら」

「元よりあなたと戦う気なんてございませんし」

「何? それはどいういう」」

「ねえ、ちかちゃん! 危ないよー!」

「ったく、葵さん! さっきからうるさいんだよ! ちょっと黙っててくれ!」

「えー、でもー」

「良いから黙っててくれ!」

 先程から凡を呼びかけ続けていた葵は、不満そうに口をつぐむ。

 それを確認した凡は改めてジェーンと向きあった。

「さて、それじゃあ、舐めた口を利けない様にしてやるぜ」

 凡が符の束を放った。符は一気にばらけ、辺りに舞い始める。

「さあ、出てこい、糞ったれ」

 符の一つ一つから他の符の一つ一つへ、月の光に煌めく微かな糸が張り巡らされる。糸に反射する月の光は鼓動を打つ様に、強く弱く瞬き、そして気が付くと凡の足元にそれは居た。

 小さな柴犬だった。

 凡はしばらく得意げな様子で傲然とジェーンを睨んでいたが、やがて自分の魔術で何も現れない事を訝しんで不審そうに辺りを見回して、自分の足元で息を吐く生き物に気が付いた。

 凡が柴犬を見る、柴犬も凡を見る。二人して見つめ合った後、凡は怪訝そうに眉を潜めて、顔を上げた。

「出てこい、糞ったれ」

 力無く呟く。再び反射する月の光が鼓動を開始し、そして気が付くとまた凡の足元に柴犬が増えていた。

 二匹になった柴犬を見て、凡はまた眉を顰め、辺りを見回す。

 そして眼を見開いて呟いた。

「あ、符が間違ってる」

 ジェーンが感心した様に言う。

「成程。可愛さで攻撃が出来ぬ様にと」

「いや、ちげえから」

「ほらー、だから危ないって言ったでしょ!」

 白い獣の背の上から葵が再び顔を覗かせた。

「今、私の魔術の所為でみんな間が抜けてるんだから!」

 凡が慌てて葵を見上げる。

「何で、俺にまでかけてんだ!」

「だって効果対象の指定とかできないもん」

 葵がそっぽを向いて、頬を膨らませる、

「良い歳して頬をふくらませるな! 使えない魔術だな!」

「ひどーい! 確かにおばちゃんの魔術はそんな凄い訳じゃないけど、ちかちゃんだって柴犬出しただけなのに! でも柴犬って」

 葵が息を吹き出し、口元に手を当てて肩を震わせはじめた。

「だからそれは葵さんの魔術で」

「凡さん、あなたは彼女に謝るべきです」

「そうだ、そうだー」

「はあ? 何で」

「使えない等と仲間に言ってはいけません」

「そうだ、そうだー。ちかちゃん、今謝ればおばちゃん許してあげるよ」

「何で、俺が謝らなくちゃいけないんだよ」

「謝れないなら一緒に謝って上げますから」

 凡は葵を見上げ、飄々としているジェーンに視線を移すと、そのまま無言で歩んでいって、不思議そうにするジェーンの頭を思いっきり叩いた。

「痛い」

「ちかちゃん、ひどい! 女の子を殴るなんて! そんな子に育てた覚えは」

「うっせー!」


「一瞬で蚊帳の外に追い払われてしまいました」

 剛太の視線の先では凡が騒いでいる。剛太の横には真央が、その背後には徳間とエミリーが、更に後ろには剛太等よりも更に蚊帳の外に置かれた十人が居る。十人は手持ち無沙汰に辺りを警戒している振りをしている。

 剛太が横を見た。

「どうしましょう」

 真央が冷たい表情で答える。

「何とか病院に入りたいけど、結界が張ってあるわね。あの女が張ったのか。殺して解除する? 結構手強そうだけど」

「どうでしょう。あの女性が結界を張ったとは思えません。普通、結界を張った者は結界の中に居るものでしょう。恐らくあの女性は結界を守る役目。ならば彼女を無視して無理矢理破った方が」

「無理矢理破っても良いけど」

「良いけど?」

「何か下手に動いたら危険な気がするのよね」

 話し合っている二人の後ろで、エミリーが徳間の袖を引いた。

「徳間、私は喉が乾きました。飲み物を買いに行きましょう」

「一応この状況じゃ、まずいだろ」

「大丈夫です。自動販売機の使い方は昨日学習しました」

「いや、そういう事じゃなくて」

「さあ」

 エミリーが徳間の袖を更に強く引く。

 徳間はしばらく面倒そうにしていたが、話し合っている剛太と真央を見て考えを改めた。

「しゃあねえ、剛太に協力する為にも、ちょっと行ってくるか。お前等も来い」

 徳間とエミリーは、警戒をしている振りにも限界が訪れ始めた十人を連れて、自動販売機を探して歩き始めた。


 病院沿いに道を曲がって、しばらく進むと、遠くに人の一団が見えた。

 エミリーが徳間の袖を引っ張って横合いへと入り込む。十人も慌ててそれに続く。

「魔力の集まりがあるから、あるだろうと思いましたが。当然ありました」

「何だ、最初からあいつら狙いだったのか」

「はい、自動販売機は人の集まるところにあるのです」

 そう言って、路地の影から遠くの一団を覗く。徳間もまたエミリーの後ろから覗き込む。そして一瞬前のやり取りが引っかかって尋ねた。

「え、そっちか?」

「徳間、あそこに居る者達は少し戦えそうです」

「内の二人と昨日戦ったよ。炎を使う魔術師とテレポーター。中々強かったな」

 集団の中程に遠郷が、先頭には水ヶ原が居る。

「そうですか。厄介ですね」

「まさか戦うのか?」

「仕方がありません。彼等のアイコンは敵対を示しています」

 エミリーが徳間を見上げる。

「徳間、あなたは彼等を全滅させてください。私はその間にジュースを買ってきます」

「待て。色々とつっこみたい」

「スリーカウントで行きますよ」

「待て」

 エミリーがカウントダウンを始めた。

 エミリーと徳間と十人の視界の中で、先頭に立つ水ヶ原は病院を見上げ、それから背後の仲間達を振り返った。


「さて、この病院に願いを叶える何かがあるそうですけど」

 水ヶ原が病院を見上げた。

 その後ろから仲間の一人が尋ねてきた。

「何で、折角援軍で来たフェリックスとエドガーを呼ばないんだ?」

「忍びこんで盗むだけですよ。戦闘要員は入りません。むしろ奪われる危険がある。彼等はあくまで戦力。仲間ではありません」

「そういうもんか?」

 水ヶ原が笑顔で振り返った。

「さあ、それじゃあ、皆さん」

 その瞬間、水ヶ原の頭部が吹き飛んだ。

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