新世界より絶望を乗せて
「おお、見ろ、イーフェル」
「見てますよ。法子さんとサンフさんの一騎打ちですか」
「中々面白い勝負だと思わないか? お前はどっちが勝つと思う?」
「どっちが勝つって」
「相性で言えば、法子だろう」
「そうですね。単純に切るだけの法子さんはサンフさんに相性は良いでしょうね。けど地力が違い過ぎますよ」
「そうだな。まあ、結果は分からんさ。それにしてもサンフの奴、何故いきなり法子と」
「そりゃあ……何故でしょうね」
「ふん。サンフも法子の成長に期待しているという事だろうな。大方俺の手を煩わせない様に一人で挑んだのだろうが。水臭いではないか」
「ルーマさん、僕、ルーマさんのそういうところ好きですよ」
光線が法子をかすめる。
バランスを崩して公園へと落ち、けれどすぐに体勢を立て直して逃げようとしたところに、サンフの声が届いた。
「お待ちください、法子さん」
敵の言葉なんて聞く必要ない。そう思ったけれど、無視する事が出来なかった。聞かなければ酷い事になりそうな予感があった。
法子が足を止め振り返ると、サンフは優雅に地面に降り立って、公園の向こうのマンションを指した。
「法子さん、あの建物が何なのか、分かりますよね」
法子には分からなかった。けれど否定するのも悔しくて法子は黙って頷いた。
「そうです、あなたの想い人の住んでいる建物です」
将刀君の?
そういえば、この辺りだと言っていた。
そっか、あそこが。でもどうしていきなりそんな事を。
「あなたがこれ以上逃げるならあの建物ごとあなたの想い人を吹き飛ばします」
法子がマンションを見る。
「それでも足りませんか? ではあなたの家族友人、ついでにその刀も、あなたがこれ以上逃げる様なら全部を全部握り潰してさしあげましょう」
法子が刀に目を落とす。家族の事を、友達の事を思い出す。
胸が苦しくなった。胸の内にどす黒い炎がちらりと燃えた。
「本気で言ってるの?」
法子が顔をあげて尋ねると、サンフは優しげな笑顔を浮かべていた。
本気だ。
「ええ、勿論です。ああでもあなたにそんな事を言っても何の効果も無さそうですね。誰も救えず、自分勝手に周りに迷惑を掛け続けているあなたが今更他人の心配をするとは思えませんし」
法子の顔が羞恥に赤く染まり、その赤はそのまま怒りに転じた。
「とにかく大人しくして」
「させない!」
「おや、大人しくしていて欲しいのですけれど。抵抗する様ならやっぱりあなたの周りを消し飛ばして」
法子が刀を構えて腰を落とした。
「させない! 絶対させない!」
サンフが笑って半身になり、拳を握って構えを作った。
「まあ、良いでしょう。大人しくしていれば痛いだけで済んだものを」
法子は足を擦らして僅かに前に進んだ。
サンフの出方が分からない。
てっきりさっきまでの様に光線で攻撃してくると思ったのに。明らかに今のサンフの構えは接近戦を意図している。予想していた流れと違うので法子は不安になる。
だが何にせよ、ここで逃げる訳にはいかないし、まして絶対に負けてはならない。
相手が大切な人達を傷つけようとするのであれば、迷わない。躊躇しない。恐れない。もしも必要なら、その時は、命を奪ってでも止めてみせる。
確かに私は純君を切ったし、魔王が現れた時には誰も救えなかったし、今日だって町中を逃げまわってその所為で混乱を起こしてしまった。世界を救える様な英雄では決してないし、あの魔法少女や騎士達の様にみんなに憧れてもらえるヒーローでもない。けれどせめて自分の周りに居る大切な人達だけは守りたかった。
ヒーローであろうとは思わない。自分勝手だって蔑まれても良い。例え何を犠牲にしてでも自分の周りを守りたかった。折角掴んだ幸せを誰かに奪われたくはなかった。
自分の大切な人達が思い浮かぶ。大切な宝物。絶対奪わせない。
サンフは動かない。ならこちらから動いて。
考えがまとまり終える前に、法子は地面を蹴った。
地面を踏み砕いて土埃を上げながら凄まじい速度で左右に跳びつつ距離を詰め、そのままサンフの後ろに回りこんで首に向かって刀を振るった。
刀は首に向かう途中で、サンフの掌に止められた。刀身が掴まれ動かなくなる。法子はもう一本刀を生み出して、刀を止めたサンフの腕に振るった。サンフがそれを手の甲で受け止める。
普通にやっても切れない。そう判断した法子は掴まれている刀を無理矢理引いて、サンフから引き剥がし、一度仕切り直す為に大きく後ろに跳んだ。
着地した法子は刀を振るって構え直す。
「駄目だったか。とにかくもう一回」
「もう、馬鹿だな君は」
「え?」
「えっじゃないよ。今のは何だ。単純に突っ込んで急所狙いの一撃なんて、防いでくれって言っている様なものじゃないか」
「でも、だって、じゃあどうすれば良いの? フェイントとかそういう事? 私そういうの出来ないし、すぐ見破られちゃう気がするけど」
「んー、まあ確かにね。でもはっきり言って、あいつは君よりずっと強いよ。それなのにただ単純に攻めるだけじゃ。もっと相手を良く窺ってさ」
「そう言われても、さっきから解析はしてるけど訳分かんない情報しか返ってこないし、とっかかりが何にも無いんだし。とにかく攻めてみて何か突破口を見つけないと」
「じゃあ、こうしよう」
タマの思念が送られてきたのと同時に、法子の中の魔力が奇妙に捻れだした。
「こうしようってどうするの?」
「単純に突っ込む」
「え?」
「でも補強する」
「補強って?」
「まず君自身を加速する。それから刀にも概念を付与。さっきの感じだとただ切るだけじゃ効かなそうだし、何か有利になる様な概念を」
法子はちょっと考えて、答えた。
「相手の魔力を吸い取っちゃうのはどう?」
「あ、それ良いね。じゃあ、それ。君は魔力を体と刀に均等に流して。こっちで魔術は行うから。それで合図したら即座に攻撃。相手が反応するよりも先に、相手が何かするよりも前に。良い?」
「うん」
「良し。ちょっと複雑だから時間をもらうよ。もしもその間に攻撃されたら、魔力の流れを乱さない様にしつつ逃げる事」
「難しいなぁ」
そう言いながら、法子が自分の体に意識を向けて、魔力の流れを調節する。と、途端に世界が変質した。
何だか世界に粘り気がある。木のざわめきや電灯のちらつきが妙に重い。
何だろうと考えて、自分の認識が今までよりも速くなっているのだと気が付いた。
刀に意識を向けると微かな違和感がある。いつもと違う。概念が付与されたのだとわかった。魔力を吸収する概念が。
時間がかかると言っていた割に、早い。
法子が刀を構えタマの合図を待つ。
サンフの口がゆっくりと動く。
「割り込み。反転」と言った様だが意味は分からない。
とにかくタマの合図を待つ。
「今だ!」
タマの思念が響いて、法子は駆け出した。電灯が異常に速く瞬いている。まるで早回しにしている様に。自分が加速しているから、認識もまた加速している。
あれ、逆じゃないの?
そう思った時にはサンフの姿がいつの間にか目の前にあった。
「嘘だろ。逆に遅くなってる?」
タマの思念が届く。
危機感を抱いた時には、サンフに刀を掴まれていた。
突然自分の中に喪失感が満ちて、気が付くと魔力が刀からサンフへ流れ出ていた。
魔力を吸い取られている。
その事に気が付いて戦慄した瞬間、世界が元に戻った。全ての速度が通常に戻り、法子は訳が分からないまま、刀を思いっきり引いてサンフを蹴り飛ばし、距離をとった。
「何、今の」
「分からない。でも、多分だけれど、私達の発動させた魔術の結果を逆転させられた。それで君が鈍重になって、刀から魔力を吸い取られた。のだと思う」
「魔術を逆転させる? そんなの、そんなの反則じゃん」
「ああ、本当に、もしも自由にそんな事をされたら、厄介なんてもんじゃない」
「あーあ、割り込まれちゃいました。下手に小細工を弄するから。ま、そうするしかなかったとも言えますけれど。やっぱり僕の言った通りですよ、ルーマさん。地力が違いすぎる。勝負有りましたね。どうしようもない」
「違う、イーフェル」
「は? 何がですか? まさかあそこから勝てるんですか? 法子さんに何か秘策が?」
「良いか? この世界には作法がある。戦闘中何か特別な事が起こったら、観客の一人が、あれは! と驚くんだ。そうしたら隣に居る者が、知っているのか? と問う。そこで最初に驚いた者が、聞いた事がある、と言って説明を始める。そういう流れを作らねばならないのだ。分かったか?」
「そんな作法が」
「この辺りの言葉で言えば、郷に入れば郷に従えだ」
「分かりました。次は必ず」
「うむ。それにな、戦闘に関しても、俺はまだ法子が勝利する可能性を捨て切れないでいる」
魔術を逆転する能力。そんな事されたら、もう何も出来ない。
法子の足元を絶望が浸し始めた。
「どうしよう、タマちゃん」
タマがしばらくしてから答えた。
「恐らく万能ではない」
「え?」
「もしも万能なら、さっきの追いかけっこの間に、君に掛かっている身体強化や衝撃緩和の魔術を反転させて、それで終わっていたはずだ。いやそもそも変身を解けばもう何も出来ない。それなのに変身の魔術を逆転させられなかった」
確かにその通りだ。でもそれはどういう事だろう。
「発動に時間がかかる、っていう訳じゃないな。それならさっきので確実に変身を解きにくるはず。変身に干渉できないのは確実だ。なら発動中にだけしか逆転できない? それも無いな。それよりは、複雑さか?」
「複雑さ?」
「そ。単純な魔術なら割り込めないのかも。でもそれは術式の準備だとか工程とかじゃなくて、もっと根源的な意味でだけど」
「え? ごめん。全然意味が分からない」
「まあ、あんまり難しく考えなくて良いよ。強力な魔術は複雑で、簡単な魔術は簡素なんだ」
「でも変身って難しい魔術なんじゃないの? そんな事聞いた覚えがあるけど」
「うーん、まあ仕組みは簡単なんだよ。結局自分を変えるだけだから」
「それなら加速だって同じじゃないの? 結局私が変化するっていうのは変わらないでしょ?」
「加速は時間のずれが起こるからその矯正の為に手間がかかるんだ」
「え? え? どういう事?」
「いや、だから難しく考えなくて良いんだよ。とにかく今は目の前の戦闘に集中」
「うん。でも強力な魔術が使えないんじゃどうするの?」
タマが黙る。
法子はタマの言葉を待って、刀を構えサンフを睨む。
サンフは薄っすらと笑みを浮かべて余裕の表情だ。
辺りから木のざわめきが聞こえてくる。風が凪いでざわめきがとまったかと思うと、突風が吹いて木々がさんざめく。夜の闇の中、月と電灯の仄かな光りに照らされた公園で、黒々とした木々が嬉しそうに騒いでいる。
タマは黙っている。
法子が待っていても、一向にタマから具体的な思念が送られてこない。
法子は急速に不安になる。
「まさかタマちゃん」
タマの返答が無い。
「まさか、どうしようもないなんて事……無いよね?」
タマはまだ黙っている。
「タマちゃん?」
「はっきり言って、敵いそうにない」
法子は頭の中をかき混ぜられた様な心地を味わった。
「嘘だよね?」
「嘘じゃない。正直なところ、甘く見ていた。幾ら向こうが強くても、策を重ねれば勝てる可能性があると思っていた。でもあいつは策を試す事すら許してくれない」
「でもそれじゃあ、負けちゃうよ?」
タマが答えない。
負けたらどうなる?
全身の生皮を剥がされるなんていう気違い染みた事をされてしまう。
そんなの嫌だ。そんな事をされる位なら逃げ出したい。
じゃあ逃げたらどうなる?
家族も友達も、将刀君もタマちゃんも殺されてしまう。
絶対に嫌だ。どっちも嫌だ。
それを防ぐには勝つしか無い。でも勝てないと言われた。
法子はどの選択肢を選んでもバッドエンドが待ち構えている最悪のルートに迷い込んだ気がした。
嫌だ。
防ぐ為には倒すしかない。その為にはとにかく攻撃するしかない。
法子が震えながら刀を構える。
「そうだね、法子。私も全力で支援する。まずは限界まで肉体を強化しておいた。とにかく突破口を見つけよう」
タマの言葉は悲壮感に満ちていたけれど、今の法子にとっては唯一の支えだ。
「うん」
法子は刀を構えて、大地を蹴った。
「あれは!」
「知っているのか、イーフェル」
「ええ、間違いなくサンフさんの能力を前提にした攻め方です。法子さんは洞察に優れていると聞いていましたが。どうやらあっさりとサンフさんの能力を見抜いた様ですよ。ルーマさん。意外と楽しいですね。この作法」
「だろう? しかし、早かったな。恐らくあの従者の入れ知恵だと思うがね」
「優秀な手下を連れているんですね。僕の眼から見ると少々頼りすぎな嫌いがありますけれど」
「そうだな」
「あの手下が居ないと何も出来ないんじゃないですか?」
「そうかもな」
「きっと居なくなれば、法子さんの衝撃は計り知れないでしょうね」
「ああ」
「僕が気付くくらいだから、サンフさんだってあの従者が法子さんの要だと見抜いているでしょうね」
「分かっているだろうな」
「恐らくサンフさんは法子さんを無傷で下したいと思っているでしょう?」
「その為には心を壊すのが一番」
「だとすればサンフさんは」
「あの従者を狙うだろうな」
とにかく撹乱させようと法子は思った。
サンフに突っ込み、刀を一本生み出して切りつける。当然掴まれる。見越していた。刀を手放し、新しく刀を生み出してその刀で切り上げる。あっさりと弾かれる。けれどそれも分かっていた。すぐに刀から手を離す。
法子は回り込む様に動きながら、次々と刀を生み出しては切りつける。その全てが易々と防がれる。もしかしたら掠るかもという希望はすぐに消えた。どう攻撃しても防がれる。
とにかく撹乱を。
法子はサンフの周囲を跳ねまわりながら、刀を生み出しては切りつける。だが一向に届かない。その全てがサンフの両腕だけで防がれてしまう。
突破口がまるで見当たらない。
それでも法子は諦めずに刀を生み出しては切りつける。
そうしながら、法子は気が付いた。
さっきからサンフは防ぐだけで攻撃してこない。もしかしたら防御に手一杯で攻撃に転じられないのではないだろうか。
そんな淡い希望が湧いた。
次の瞬間打ち砕かれた。
突然サンフが法子に体を寄せ、驚いて固まった法子の腕を掴み、握っていた刀が奪い取られる。今までずっと一緒に戦ってきた相棒が。
今までずっといっしょに戦ってくれたタマが。
「あ」
呟いた時には、サンフがまるで見せびらかす様に刀身を握りしめていた。
法子の背に怖気が走る。
「タマちゃん! 返して!」
法子が叫ぶと、サンフが嬉しそうに笑った。
法子が奪い返そうと駆け出す。だが最初の一歩を踏みしめた瞬間、サンフは手に力を込め、あっさりと刀を握りつぶした。刀身の中程が砕け散り、半分になった刀が地面に落ちる。あまりにもあっさりと法子が家族同然に考えていた刀が折砕かれた。今までずっと法子の支えだった刀。
「ああ」
法子が呆然とそれを眺める。
眺めたところで何も変わらない。
タマの宿っていた刀は確かに砕けて地面に散った。
タマちゃんが砕け散った?
嘘だ。
地面に落ちた刀を睨むが何も変わらない。
嘘だ。
今までのタマとの思い出が頭の中を駆け巡った。それは死ぬ寸前に見るという映像の様で見たくなかった。
嘘だ。
今までずっと支えてくれたタマが居なくなるなんて思えなかった。これからもずっと一緒に居てくれるだろうと思っていたタマが居なくなるなんて思えなかった。それなのにこんなにあっさり。
嘘だ。
そんな残酷な事起こる訳が無い。そう思いたかった。けれど現実が残酷だなんて事、とっくの昔に分かっている。
嘘だ。
頭が痛い。思考がまとまらない。耳が変だ。視界だけがはっきりしている。地面に砕けた刀だけがはっきりと見える。世界が砕けた刀に集約していた。全てがその絶望に変わってしまった。何も聞こえない。何も感じない。ただ砕け散った刀という映像だけがぽかりとそこにあった。
法子はそれを呆然と眺め続けて、
「あああ!」
突然言葉にならない悲鳴を上げて紛い物の刀を生み出してサンフに切りかかった。
サンフが笑顔を浮かべながらそれを迎え撃とうとする。
その時、法子の周りに星が瞬く様な幾つもの輝きが集った。法子が刀を振りかぶると、刀身が残像を生み出す。
サンフが突然の出来事に目を見張る。
法子が刀を振り下ろす。鋭さを突き詰めた様な風切り音が立った。
サンフが我に返って慌てて刀を受け止めると、雷鳴の様な凄まじい音が響き渡り、眼の眩む閃光が辺りに満ちた。
光が収まった時にはサンフの目の前から法子が消えていた。背後に気配を感じて慌てて振り返ると、法子はサンフから離れた場所で折れた刀を抱いてうずくまっていた。
サンフには何が起こったのか分からない。自分の身を見回しても何ともなっていない。訳が分からず辺りを見回して、そして世界が変質している事に気が付いた。
世界の法則が違っていた。
サンフが法子を見遣る。
法子は折れた刀を抱いている。
「タマちゃん!」
法子は半分の長さになった刀に向けて、泣きそうになりながら呼びかけている。
「タマちゃん! タマちゃん!」
必死に、無駄だと分かっていながら、それでも救いを求めて呼びかける。
「タマちゃん」
何度でも呼びかける。
「そうがならないでよ、法子。ちゃんと方策は考えてるから」
タマの思念が伝わる。
法子の思考が一瞬空白になった。
「え? タマちゃん?」
「どうした?」
「どうしたって……折れちゃったのにどうして生きてるの?」
「どうしてって刀に生死なんてあるのか?」
「分かんないけど、タマちゃん生きてるでしょ? 刀折れたのに、何でタマちゃん生きてるの?」
「知らないけど、私は今どちらかと言うと法子の頭の中とか心の中とかそこら辺に居るんだと思ってたけど。さっきだって、君が無闇に突っ込むから呼び止めただろ? 私の宿っていた刀を手放してたけど、ちゃんと声は届いただろ? 君の思念も感じられたし」
「え? そうだっけ?」
「そうだよ。つまり刀と離れても君と繋がっているっていう事は君の中に居るって事だよ、要はそれだけ君と私の距離が近づいているという事だ。良い兆候だね」
「でも刀だって依代的な」
「まあ、それはあるかもね」
「そうでしょ? だから壊れちゃったら」
「でもすぐに直るし」
法子が刀に目を落とすと刀は刃毀れ一つない新品の状態に戻っていた。
「治ってる」
「そりゃあ、直るでしょ」
「え? でもそんな、折れちゃったのに、治るものなの?」
「あのね、法子の体だって何度も復元してきただろ? 結構な大怪我の時とかもさ。人間の体よりよっぽど簡素な刀が直らない道理が無いだろう」
「まあ、そうだけど」
「もしかして、私が折れたから死んだと思ったの? だからあんなに取り乱したの?」
「うん」
そう言われると恥ずかしい。
「ま、嬉しいけどさ、あのね、刀っていうのは折れるものなんだよ。そんな事言ったら今まで何度折れたか分からないよ」
法子は何だか釈然としなかったけれど、まあ良いやと前を向いた。タマちゃんが生きてたんだから前向きに考える事にしよう。
「それよりさっきのは何をしたんだい?」
「さっきのって?」
「さっき君があいつに切りかかった時凄い事になってただろ? 物凄い音がして、光が溢れて」
「そうだっけ?」
「そうだっけって君がやった事じゃ無かったのか? もしかしてあいつが君に何かしたって事か? 大丈夫?」
法子が慌てて自分の体を見回した。けれど特におかしなところは無い。
「大丈夫みたい」
法子が顔を上げてサンフの居る方を見て、そして何か違和感がある事に気が付いた。サンフが辺りを見回している。その姿は別に何が変わった訳でもない。
何だろうと思って、手掛かりを探す為に、法子はサンフと同じ様に辺りを見回した。そして世界が何だかおかしい事に気がついた。
見た目は何も変じゃない。けれど何かが変だ。
「タマちゃん、何だか辺りが変じゃない?」
法子が辺りを見回しながら尋ねる。
「タマちゃん?」
「まさか、これ君がやったのか?」
「え? 何が?」
タマの声音があまりにも深刻な響きを孕んでいたので法子は何だか怖くなった。純を切りつけた時の事を思い出した。
「まさかまた私何かやっちゃった?」
タマが呆然と呟く。
「まさか君がここまでとは」
「何? 私何しちゃったの?」
「新世界だ」
「あれは!」
「はは、あの法子がまさか」
「あれ? ルーマさん、知っているのかって言わないんですか? 作法は?」
「見ろ、イーフェル! 法子の奴、世界の法則を上書きしやがった!」
「ええ、驚きですね。で、作法は?」
「まさか! まさか、ここまでやるとは思わなかった! これなら恋の魔法だってもしかしたら!」
「……作法」
「え? ごめん、もう一回」
「新世界。君が作ったんだ」
「何それ」
「ああ、もどかしい。つまり、君が新しく世界を作ったんだ。独自の法則を持った世界をこの一帯に」
「そうするとどうなるの?」
「それは生み出した世界によるよ。個人の性質に大きく左右されるからね。例えば魔術が一切使えなくなったり、特定の魔術が物凄い威力になったり、上下左右が逆転したり、見た物が全て凍りついたり、不気味な生物が現れたり、とにかく何が起こっても不思議じゃなくなる」
「それって凄いの?」
「凄いなんてもんじゃない! 何百万人に一人か、何千万人に一人か、どれ位か正確には知らないけど、とにかく物凄く珍しいんだ」
「何でそんな凄いの私が?」
「それは多分才能だろうね。もしかしたら変身した事で身に付いた能力かも。いや違うだろうなぁ。一応魔術の修練を重ねれば作れる様になるらしいけど、それは伝説になる位に卓越しないと無理らしいから、今の君じゃあなぁ。うんやっぱり才能だと思う」
才能。私に宿っていた才能。
そう聞いた途端、法子の中に言い知れぬ高揚が湧いて、胸が痛くなる程熱くなった。
そんな珍しい才能が私に? 私がそんな凄い人間に?
「もしかして、新世界を使えばこの戦いも勝てる?」
「ああ、どういう世界かは分からないけど、上手く使えばきっと」
「私にそんな才能が」
嬉しくて仕方がない。世界が一気に開けた気がした。自分が無敵になった気がした。
法子が辺りを見回す。
「それで、どんな法則なの? タマちゃん分かる?」
「え? 君が生み出したんだから君が分かるんじゃないのか?」
「え?」
分からない。
普通は分かるの? 分からない私がおかしいの? どうしよう。私、やっぱり駄目なの?
「じゃあ解析してみれば?」
「あ、そっか」
法子は辺りを見回した。
どんな世界なんだろう。私の生み出した世界。私だけの世界。私の性質が大きく関わる世界ってどんな世界なんだろう。
多分一人ぼっちで暗いからそういう関連に違いない。ぱっとどういう能力なのか思いもつかないけれど。きっとそれはとても薄気味悪く、そして普通の人が生み出す世界とは全く違うものだろう。
そして法子は解析を開始した。
法子の期待を一身に背負った解析はすぐさま答えを導き出した。
『法則:剣を振る時、格好良くなる。凄い』
え?
良く意味が分からなかった。
何かの間違いだろうかと思った。
きっと慌てて解析した所為で、深く探査出来なかったんだろうと願った。
だからもっと気合を入れて解析をしてみた。
『法則:剣を振る時、格好良くなる。凄い』
え? それだけ?