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閑話 化け物達は夜を駆ける

 サンフの手が近付いてくる。

 絶望を運ぶ手が近付いてくる。

 法子はそれをただ恐れていた。目を見開いて息を荒くして何も出来ずにそれを眺めていた。

 息が掛かる。湿り気が法子の頬を撫でる。限界まで近づいたサンフの口からちろちろと蛇の舌の様な息が流れて法子を舐め上げている。

 耳が詰まった様な感覚があった。

 音を拭い去った様な極めて硬質な世界を、白色の人口電灯が不自然に染め上げている。

 何かが周囲の全てが遠くなった気がした。頭の中にある何かと今感じている何かが遠く隔たって、全くの孤独になった気がした。

 法子は動けない。どうしても動けない。体が硬直していた。硬直を解こうと力を込めると、体はもっと固まった。

 手が近付いてくる。

 法子の輪郭を奪おうとする手がゆっくりと近付いてくる。

 その瞬間、法子の体が突然に動き、身を沈めてサンフの足を払い、両手を突いて体を捻って足を上へと放ち、サンフの顎を蹴り抜いた。

 体を仰け反らせたサンフの脇をすり抜けて、法子は自分の部屋へと駆け込み、そして刀を構える。

 サンフは上を向いた体勢から、奇妙に捻くれる様な動きで振り返る。表情は相変わらず笑顔だ。

「どういたしました? 急にこんな酷い事を」

 法子は気丈にサンフを睨んではっきりと宣言する。

「舐めるな。お前なんかに好き勝手させるか」

「あらあら、一体何を勘違いしているのでしょう。私はあなたなんかに興味ありませんよ、法子さん。自意識過剰ではありませんか? 私はただ身繕いをしてルーマ様に会いに行きたいだけなのです」

「法子の皮を着込んでか?」

「ええ、そうです。あら? その言い方、あなたは」

「法子は私が守る。お前なんかに奪わせはしない」

 その瞬間、サンフのだらりと垂れ下がった左手が何か白い物が握りこんだ。握りこんだ左手を後ろへ引いて、白い何かを前へと放り投げる。

 それよりも速く、いつの間にか魔法少女へと変身していた法子は窓から外へ飛び出した。

 一拍遅れて、白い光線が法子の部屋から溢れ、壁面を吹き飛ばし、彼方まで光の筋を残した。

 穴の開いた法子の家を見上げて、法子は頭を押さえる。

「壊れちゃった。ごめん法子」

 穴からサンフが顔をのぞかせる。その手はまた白い何かを握っている。

「やばい」

 法子が道路を蹴って駆け出した。その背に向けて光線が放たれる。法子が更に速度を上げると、後方で爆音が轟いた。振り返ると、道路が抉れ、傍の家の壁が刮ぎ取られている。

「見境なしか」

 法子が跳んだ。出来るだけ被害の出ない様に屋根伝いに夜を駆ける。サンフが後を追ってくる。

 白い光線が走る。法子はそれを難なく躱した。

「これだけ離れれば避けるのは簡単だな。法子、どうだい? そろそろ落ち着いてきた?」

 法子は呟いて、しばらくしてからまた呟いた。

「おーい、法子? そろそろ主導権を返していいかな?」

「きゅんとした」

 法子の呟きに法子が答える。

「は?」

「タマちゃんのさっきの言葉、凄く格好良かった」

「え? あ、そう」

「タマちゃんが男だったらきっと一杯女の子を泣かせてたよ」

「いや、だから私に性別は無いって。妙な仮定を持ちだして変な想像を働かせないでよ」

「でも自分の体が勝手に動くのって案外楽しいね」

「呑気な事言ってないでさ。そろそろ主導権返すよ」

「うわ」

 突然制御を返された法子がよろめいた。慌てて体勢を持ち直し、再び屋根を跳びついでいく。時折光線が屋根をかすりながら跳んできて、法子はそれを避けて駆ける。

「ああ、どんどん町が壊れちゃうよ」

「早く止めないとね」

「どうすれば良いのかな? サンフさん止まりそうにないよ。出来れば戦いたくないし」

「止められそうなのが、一人居るだろう」

「あ、ルーマだ。でもルーマ何処に居るんだろう」

「何だか賑やかなところに居そうなイメージだけど。探すしかないね。駅前とか言ってみれば?」

「探すって。サンフさんが追ってくるんだよ? 人が居るところなんかに行ったら酷い事になるよ」

「まあね。だからとりあえずはビルの上を走りながら、出来るだけ周りに被害が出ない様にルーマを探すしか無い。戦って倒すのが一番手っ取り早いけど」

「嫌。きっとサンフさん、何か誤解してるもん。それなのに戦えないよ」

「まあ、良いけどさ。その分気合入れなよ」

「うん!」


 路地の入り口で警官が無線から伝えられた情報を聞いて、同僚に肩をすくめてみせた。

「空を駆ける化物だってさ」

「物騒になったなぁ」

「連続爆破事件に、大量殺人に今度は魔物か? ホントヤバイんじゃねえの、この町」

「上は必死でもみ消そうとしてるみたいだけどな」

「今回は目撃者に口止め無理だろ。この町全体で暴れまわってるらしいし」

「つーか、まず魔物を止めるのが無理だよ。止めようとして結構やられてるらしいぜ。うちらだけじゃなくて、ヒーローも何人か居たらしいけど瞬殺だって」

「情けねえ。こっちに来たら俺がぶっとばして捕まえてやるよ」

「はいはい、うけるうける。てかさ、もうどうしようもなさそうだし、捜索なんか止めてさ、ここで飯でも食っていかね?」

 警官の一人がデパートの壁を叩いた。

 別の警官が笑う。

「俺達制服じゃん。やべえよ」

「確かに。じゃあ、まっぱになるか?」

「まっぽが?」

「まっぱに」

 皆で笑う。

 何処かから大きな音が響いてくる。

「うわっ。近いな」

「逃げるか?」

 その時、デパートの非常口が開いて、中から黒を基調にしたドレスの様な服を着た少女が飛び出してきた。

 呆気に取られる警官達の前で、その少女は奇妙な独り言を始める。

「馬鹿か。お前は!」

「ごめんて、タマちゃん」

「この大変な時に足を踏み外して落ちるとか」

「ごめんてば。でも上に居たヒーローの人達はあれで助かったでしょ?」

「まあね。でもその分町に被害が出るよ。とにかく上に登らないと」

「げ、来るよ。あ! ちょっと! そこの人達も逃げて!」

 警官達に向かって少女が慌てた様子で手を振っている。

「何だ?」

「あ……あれって前に河川敷で子供を切った」

 警官が呟いた瞬間、少女の背後の非常口が爆発した。警官達がすくみ上がる。少女も即座に振り返った。

 爆発して出来た穴の、煙の立ち込める中から、埃にまみれても尚気品を感じさせる美しい女性が柔らかな笑顔をして現れた。

 誰もがその美しい笑顔を見て、死を直感した。誰もがその笑顔から目を離せない。

 逸早く法子がその魅力を振りきって、背を向け、警官達に向かって叫んだ。

「早く! 逃げてぇ!」

 叫ぶ間に嫌な予感が沸き上がって、法子は急いでサンフへ向き直る。サンフがまた白い何かを握った手を大きく後ろへ反らしている。

 背後からは警官達の慌てる声が聞こえてくる。

 避ければ彼等に当たる。

 警官達を救うには、サンフの攻撃を受けるしかない。

 そう気が付いた瞬間、覚悟を決める間もなくサンフの攻撃が放たれた、

 食らえばただでは済まない。

 切り払うしか無い。

 法子が刀を構え、魔力を消失させる概念を付与する。さっきまで見てきた光線の威力を思い出し身震いする。

 私は出来る私は出来る私は出来る!

 当たれば死ぬ。

 法子はサンフの腕の動きに合わせて刀を振り、亜光速で放たれた光線を切り払った。

 光の掻き消えた路地で、法子は大きく息を吐く。そして顔を上げるとサンフがまた光線を放とうとしているのが見えた。

 まずいと思った時には遅かった。法子が刀を振るうよりも先に光が放たれる。

 死ぬ。

 そう思った瞬間、法子の目の前で光線が止まり、火花を撒き散らして掻き消えた。その衝撃に法子は尻もちをついて倒れこむ。

「馬鹿、油断するな」

「ごめん、ありがとうタマちゃん」

 法子が起き上がろうと手を突いた時、何か硬い物に触れる感触があった。拾い上げてみると、それはペンライトの様な形をしていて、プラスチックで出来ていた。金厳屋というお店でもらった道具だ。

 確か名前をタナサイドと言って、確か、ボタンを押せば使えると言っていた。それから、確か効果は、確か……駄目だ。思い出せない。

 ボタンを押せば良いというのは分かっているのに。それをどうやって使うんだったか。

 妙に手にしっくりとして馴染んでいる。ボタンに指を添えると何か不思議な高揚が湧いた。

「法子! ぼーっとするな!」

 タマの言葉に気がついて、法子が慌てて顔を上げた。

 またサンフが光を打ち出すところだった。

 咄嗟に法子は金厳屋でもらったタナサイドを前に構え、ボタンを押していた。

 そしてサンフが光線を撃ち放つ。

 光線は法子の直前までやってきて、急に進路を変えた。崩れ落ちる様な音が響き渡る。

「攻撃を逸らした?」

 タマがぼんやりと呟いた。

 法子がタナサイドに視線を落とす。

 そうだ。確か単純な魔術であれば攻撃を逸らせる道具だと言っていた。君は接近戦が得意だって聞いたからより楽に相手に近づける様に、ってあの眼鏡の人が言っていた覚えがある。

 凄い道具だなぁと思ったのは束の間で、攻撃を逸らせばどうなるのかに思い至った。

 まだ後ろに男の人達が居るはずだ。もし逸らした結果そっちにいっていたら。

 体中が冷えきる感覚がして、慌てて振り返ると、幸い男達は背を向けて元気に逃げていた。

 代わりに法子の隣の壁に大穴が空いていた。

 隣はデパートだ、と法子が慌てて穴の中を確認すると、壁の向こうは商品だけ、人は誰も居ないもぬけの殻だった。どうやら避難したらしい。

「法子、あまり敵から目を逸らすな」

「うん」

 でも何にせよ、攻撃を逸らせば他に被害が出る。

 やっぱり地上に居るのは駄目だ。

 とにかく後ろの人達が逃げ切ったら、屋上に登ろうと決めた。

「タマちゃん、どう? 後ろの人達はもう逃げた」

「うん、今丁度角を曲がったところ。あ、いや、一人戻ってきた」

 振り返ると、逃げたはずの警官の一人が怒気を孕んだ表情で路地の入り口に立っていた。

「やめろ!」

 警官がそう叫ぶ。

 助けに来てくれたのかもしれないが、正直迷惑だった。どう考えても足手まといが増えただけだ。

 法子がどうやってあの警官を守りつつこの場を切り抜けようかと考えていると、路地の入り口に立った警官が拳銃を抜いた。

「お前等好き勝手町を壊しやがって! 化け物共め! これ以上暴れるなら殺す!」

 もしかして私も入ってる?

 嫌な予感がして、でも流石に撃たれる事は無いだろうと考えた時、

「法子! だから敵から目を離すなって言ってんだろ!」

警官の反対側から光線が放たれた。

 それよりも一つ早く、タマが動いてタナサイドを使って光線を逸らす。デパートと反対側の壁に風穴が空く。

 法子が呆然としているところへ、衝撃に驚いた警官が拳銃を撃った。

 弾丸は過たず法子の瞳へ向かい、法子はそれを難なく切り落としたが、心は確かに抉られた。

 撃たれた。

 今あの人、確かに撃ってきた。

 見れば男は自分が撃った事に驚いて拳銃を取り落としている。戦いとは無縁のその平和呆けした当たり前な反応が、法子の心を更に抉った。

 魔物とか魔法少女だとか、そんなんじゃなくて、ただの、普通の人に、私攻撃された。

 思わず涙が零れ落ちた。

 法子が目元の涙を拭おうとした時、その手が勝手に動いて、再び光線を逸らす。

 ここに居たら周りが危険だ。

 法子は今度こそ涙を拭うと、壁を蹴り継いで屋上へと登った。

「あんまり気にするなよ」

 タマの優しい思念が届く。

 それに法子は笑いを振り絞って答える。

「大丈夫だよ。だって別にあの人達に褒められようとして戦ってる訳じゃないもん。だから大丈夫」

 じゃあ、何の為に戦っているんだろうと自分で気になったけれど、考える間もなくサンフが追ってきた。

 何の為に刀を振るっているのか分からないまま、魔法少女は夜を駆ける。

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