夜の前に
「何だか大変な事になっちゃったね」
摩子と二人で帰り道を歩いていた。将刀も同じ方角だったけれど、何か用事がある様で別の道を行ってしまった。
「うん、でも私は、不謹慎かもしれないけど、みんなと一緒に遊べるのは嬉しい」
法子の遠慮がちな言葉に摩子が笑う。
「そう、良かった! 私も法子が楽しんでくれるなら嬉しいよ」
いつの間にか、ちゃん付けから呼び捨てになって、友達ランクが上がっていた。それに気が付いて、法子は思わず頬が緩んでしまった。
「でも、法子、本当は一人で病院に行きたかったんじゃないの?」
「そんな事無いよ。みんなで行けるのは楽しみ」
「そうかなぁ。私は一人で行きたかったけど」
「そうなんだ。確かに、ま、摩子はそうなのかもね。でも、私は、あんまり他の人と出かけた事が無かったから」
摩子と話している時間は楽しい。けれど法子の家は駅からとても近い。この幸せな時間がすぐに終わってしまうのはとても悲しかった。駅から近い事を呪いたくなってしまう位に。近づいていくる自分の家がもっともっと離れてくれたらなんて願いつつ、漫然と摩子と会話していた。
そんな事を考えていたから法子は完全に油断していた。
「うーん、でも今回ばっかりは。危なそうだし」
「うん、危なそうだね」
「うん、だからあんまり周りに人が居ない方が良いでしょ? 変身するかもしれないんだから」
「そうかもしれないけど、でも私はやっぱり」
あれ?
おかしい。何で?
法子が摩子を見ると摩子はとても楽しそうに笑っていた。
「やっぱり」
何で? 何でばれてるの?
「駄目だよ。魔法少女って事はちゃんと隠しておかなくちゃ」
「あ、あ」
何で? どうして? ばれた? 何で? 何なの?
「ねえ、法子、ちょっと寄りたいところがあるんだけど良い?」
「え? あの、私」
「ね? 良いでしょ?」
法子が断る前に、摩子が法子の手を強引に取って、道を外れ始めた。
何処へ行くんだろう。
不安に思ったけれどすぐに頭を振って嫌な想像を打ち消した。そんな訳が無い。
だって、摩子は友達だ。
摩子につれられた先は、閑散とした住宅街で、冬空の下、高く上った日に照らされた誰も居ない道路は何だかやけに寂しく見えた。どんどん人気の無いところに向かっているなと法子が不安に思い始めた時、摩子の足が止まった。そこに『金厳屋』という看板のかかった店があった。どこか古めかしい洋風建築は、明らかに周囲の画一的な現代建築とかけ離れているのに、浮いている様な感じがしなかった。溶け込んでいるのとも違う。周りと違うのに違和感だけが無い。何だか存在感が抜け落ちた店構えだった。
「きんげんやさーん!」
摩子が大声を出して店の中に入る。店の中も外観に違わず古びていて、何だか映画に出てきそうな、靄掛かった吸い込まれる様な雰囲気があった。立ち並ぶ棚の一つを少しずらせば、その奥が別の世界に繋がっている様な気がした。
「きんげんやさーん!」
かびの付いた雰囲気を吹き払う様に摩子が再度叫ぶ。
しばらくすると突然棚の一つが動いて、奥からぼさぼさと髪を逆立ててずり下がった眼鏡の奥に寝ぼけた眼を携えたパジャマ姿の男性が現れた。かと思うと、摩子を見るなり笑顔になり、続いて法子を見て驚いた顔をした。
そしてまた引っ込んだ。
誰だろう今の。
まさか何か拷問とかをする人なのだろうかと、不安が湧いてくる。アンティークな雰囲気に囲まれているからだろうか。とても残酷な想像が湧いてくる。
怖いなぁと思っていると、再び男性が現れた。けれど同一人物だとは思えなかった。整えられた髪でまず印象ががらりと変わっているし、眼鏡の奥の鋭い視線が何だか冷たそうで、先ほどの空とぼけた様子とはまるで違う。それに何だか大正時代の人が着ていそうな黒いマントを着けて、何故か室内なのに丸みを帯びた山高帽をかぶっていて、何か常人離れした掴みどころの無い雰囲気があった。
やはり拷問師の印象があって法子は再び恐怖に身を震わせた。
男性が棚を閉める。閉めた拍子に本が一冊落ちて、男性の頭に当たって、床に落ちた。男性はしゃがみ込んで本を取り上げ、埃を払って元の場所に戻した。
法子は思わず唾を飲み込んでいた。
何か意図のある行動の様だったが意味はまるで分からなかった。友達になろうという行動ではなかったし、お前を殺すというのも違う。何か得体の知れなさが法子の中でもやもやと浮かんだ。
男性が歩んでくる。
法子の前に立つ。
笑顔を浮かべている。
けれど眼鏡の奥の瞳はやけに冷たく見えた。
「やあ、いらっしゃい!」
男性が手を差し伸べてきた。
法子は思わず震える。何故急に手を差し伸べてきたのか。挨拶等という生温いものでないのは、この場の雰囲気からひしひしと伝わってくる。その手を掴めば、棚の奥へ、光の無い闇の中に連れ込まれそうな気がした。
けれど法子は抵抗する間も無く手を掴まれ、そして笑いかけられた。
「いやあ、お客さんが来るのなんて久しぶりだよ。ささ、何でも見ていってください」
「きんげんやさん、きんげんやさん」
摩子がきんげんやの傍に歩み寄り、そっと何か耳打ちをした。
「ああ」
きんげんやも応じて法子を見る。
法子にはそのやり取りが自分の処分方法を相談しあっている様にしか見えなかった。
きんげんやがまた奥に引っ込み、そして何かを持ってきた。
「これは初来店プレゼントという事で。どうぞお近付きの印に」
プラスチック製のそれはペンライトの様な形をしている。法子は受けとりたくなかったが、断ればどんな事を何をされるのか分からないので、仕方無く受け取った。妙に手にしっくりと馴染んで、それが不気味だった。
きんげんやが使用方法を伝えてくるが、法子はもうほとんど恐れに支配されて、まともに聞く事が出来ない。
説明し終えたきんげんやは溜息を吐いて言った。
「まあ今日は町も物騒だし、早く帰りなさい。また来てくれるのを待っているよ」
途端に法子の顔に満面の安堵が浮かぶ。
「あ、けど摩子君はちょっと残りなさい」
「え? でも私、法子と一緒に」
「良いから」
「はーい」
きんげんやはそうして法子に手を振った。
法子は何故か何度も頭を下げながら店を出ていった。
法子が出た事を確認して、きんげんやは摩子に向き直った。
「あの子、大分僕の事を怖がっていたみたいだけど、何を吹き込んだの?」
「え? きんげんやさんの事は特に何も言ってないですよ」
「そう。ならここに来る前に何か言ったでしょ?」
「え? 何か?」
「凄い怯えてたよ。あの子」
「ええ!? でも何も。法子って魔法少女やってるんだねって話してただけで」
「あの子は正体を隠してないの?」
「さあ? 良く分からないです」
「じゃあ、ばれたら嫌なんじゃないの?」
「何でですか?」
「だって、じゃあ摩子君は他人に正体がばれても良い訳かい?」
「え? 私は別に。マチェが隠せって言ってるからだし。それにおんなじ魔法少女なんだし知られたって」
「彼女は君が魔法少女だって知っているのかい?」
「え? 知ってるんじゃないですか? 私も法子が魔法少女だって知ってたんだし」
きんげんやはがっくりと項垂れた。
「こんなに人の心に疎い子だったとは」
「え? そんな事無いですよ!」
「ああ、折角もう一人の魔女に会えたっていうのに。摩子君の所為で」
「ええ!? 何で私の所為にしてるんですか?」
法子は帰り道を歩きながら落ち込んでいた。
金厳屋でのやり取りを思い出して、恥ずかしくてしょうがなかった。
どう考えてもさっきの自分はおかしかった。
摩子もあのきんげんやという人もどっちも普通に接してくれていたのに、どうしてもそれを悪意ある行動だとしか受け取れなかった。
理由は何となく分かっている。きっと摩子に魔法少女だと見ぬかれたから。隠していたはずなのにそれがいつの間にか見抜かれていて、それを指摘されてしまったから。だから動揺して。
けれどそれだけだろうか? そこまで正体を隠す事に拘っていただろうか。確かに自分があの嫌われ者の魔法少女だと知られるのは怖い。その逆に、摩子や純が褒めてくれた魔法少女がこんな情けない自分だと知られてしまう事も怖い。
でも、それであそこまで動揺してしまうのだろうか。そもそも動揺であんなにもおかしくなるのだろうか。
考えても分からない。分かりそうにない。
分からないなら考えても仕方が無い。今は他にも考える事がある。
確かにさっきの事は恥ずかしかったけれど、それよりも問題がある。
「ねえ、タマちゃんどうしよう。私正体ばれちゃったかも」
そうまずは摩子に正体をしられたというイレギュラーをどうにかしなければならない。そもそも変身した姿を見られなければ正体は分からないはずなのに。どうしてなんだろう。
そういえば、タマと話すのは久しぶりだなと思った。昨日家に帰ってからずっと話していなかったから、丸一日以上話していなかった事になる。たった一日かもしれないけれど、随分と久しぶりに感じた。それだけタマという存在が自分の身近なんだと改めて思った。
「確かにそんな注意して変身した事はほとんど無いけど、でもそんなに人が居るところで変身してないし。タマちゃんはどう思う?」
タマちゃんは何て言ってくるのかな。何だか法子は楽しみだった。久しぶりのタマの第一声。それはどんな言葉であっても、例え叱られようと呆れられようと嬉しい言葉になるにちがいない。
「ねえタマちゃん?」
何だか返答が無い。
「ねえってば!」
まさか。嫌な予感がした。前にも一度あった。幾ら語りかけても何の反応も返ってこなかった時が。タマが居なくなってしまった時が。それは結局タマが黙りこくっていただけなのだけれど、その時無視されていたのはタマに呆れられてしまっていた事が原因で、今回もまた何かタマを呆れさせる様な事をしてしまったんじゃないかと不安になった。心当たりがありすぎる。何より真っ先に思い浮かぶのは、池に突き落とされて落ち込みすぎた事だ。別に誰かが死んだ訳でもなく、自分に二度と消せない傷が出来た訳でもないのに、あんな世界の終わりみたいに落ち込んでしまった所為で嫌われてしまったのかもしれない。
そうだとしたらどうしよう。
「ねえ、タマちゃん? お願い一言で良いから答えてくれない?」
しばらく間があって、法子が不安で気を失いそうになった時に、タマが答えた。
「ごめん、法子」
法子は安堵して、それから疑問に思う。タマに謝られる理由なんてあっただろうか。タマにはそれこそ良い事は沢山もらったけれど、悪い事なんて何一つもらっていない。弟となら良くお菓子を食べられたりだとか、漫画に折り目を付けられたりだとかで喧嘩しているけれど。タマとはそんな関係に無い。それなのにどうしてだろう。
「どうしたのタマちゃん?」
「ごめん、法子。ごめん」
タマから返ってくる思いは真っ暗に沈み込んでいる。とてもおやつを横取りしたからとかそういう謝罪じゃない。
「何? そんな謝られる様な事されたっけ?」
「違う。しなかったんだ」
「しなかった?」
タマが何をしなかったのか法子には全く分からない。そもそもタマに何か行動をお願いした事も強制した覚えもない。
「しなかったって?」
「私は君を助けられたのに、見捨てたんだ」
「え?」
どういう事?
「君が池に突き落とされた時、いやそれだけじゃない、もっともっとずっと前から、私は君に危険があっても変身させなかった事があった。君を変身させれば難なく危機を抜け出せたはずなのに」
「え? いやいや。そんな池に落とされた位で変身? うん、まあ確かに怖かったし、死んじゃうかと思ったし、変身すれば助かったかもしれないけど」
「そうなんだ。変身すれば助かったんだ。けど私は君を助けなかった。うだうだ考えて、結局君を見殺しにしたんだ」
「私ぴんぴんしてるけどね?」
「思えば、そうだ。あの時の主だって、罪を償おうと身を捧げた時に変身させれば良かったんだ。主の思いを尊重するだとか、そんな理由を付けて見殺しにして。何よりも主を思うのなら、主の安全を守るのが一番なのに」
ああ、そっかと、法子は思った。どうやらタマは前の主が殺されてしまった事をずっと気に病んでいた様だ。それが今回の事と重なって、思いが吹き出てしまったのだろう。
何となく、格好良い悩みだ。上手く人と話せないだとか、そんな悩みとは次元が違う。
何にせよ、タマが悩んでいる。これは恩返し出来るチャンスだ。ここでささっと悩みを解決出来れば、日頃の恩返しになる。
「そんな事無いよ、タマちゃん。その前の主さんもそうだし、私もそうだけど、自分で選んだんだもん。自分で変身しなかったんだから、タマちゃんは全然悪くないよ」
「違うさ。その時の精神状態は明らかに普通と違っていた。法子は変身しなかったんじゃなくて、変身する事すら考えられない程、混乱していただけだ。だから、それなら私が、無理矢理にでも変身させれば良かったんだ」
でも変身の呪文唱えないと変身出来ないんじゃなかったっけ?
そういえば、いつの間にか変身していた事があった。
「そうだよ。私は君を無理矢理変身させる事が出来る」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ああ、そうさ。そして、それが何を意味しているのか分かるだろう?」
「え? 何が?」
「そう、私は嘘を吐いていたんだ」
「ごめん、タマちゃん。私いまいち話についていけてない」
「黙っていた事を本当に申し訳なく思うよ。そう、私は君の体を意のままに操る事が出来る」
「へえそうなんだ」
何となく答えてから、理解が追いついた。
「え?」
「まあ私は従だから、動かせるのは僅かな時間だけだけれどね。けれどそれも私と君の魔力が伸びていけば、時間も伸びる。つまり君が成長すれば成長する程、私は君の体を乗っ取れる様になる訳だ」
それってもしかして。
「私の体を依り代にして、タマちゃんを顕現出来るって事?」
法子は現世に現れた人型のタマを想像する。それはきっととても怜悧で美しい姿に違いない。
「まるで邪神だね。でもちょっと違うよ。君の体を自由気ままに、好き勝手放題に、操り倒すだけだ。まあ人に仇なすっていう点は一緒かもね」
なんだ。ちょっと期待していたのに。きっと格好良いんだろうなぁ。妄想に入り始めた法子の頭に、タマの鋭い思念が突き刺さった。
「どうだい? 分かっただろう?」
何の話だっけ?
「君が成長すれば成長する程、私は君の体を操れる。そして成長が及ぼす害はそれだけじゃない。魔力が増えるとどうなるか。何か思い浮かぶ事は無いかい?」
「ああ、もしかして、将刀君が言ってた事? 魔力を撒き散らすから魔物を呼び寄せるっていう?」
「そう君は成長すれば成長する程、魔物との戦いも余儀なくされるんだ」
「それ何だけど」
「ただ一つだけ言い訳をさせてもらえるなら、私はその事だけは全く考えもしていなかった。さっきあの子に説明されるまで。今更こんな事を言っても全く信じてもらえないだろうけど。でも」
「信じる信じる。でね、その事なんだけど」
「信じて……くれるのか?」
「え? うん、勿論。タマちゃんの事、信じない訳ないじゃん」
「……そうか。ありがとう。最後にその言葉を聞けて、それが本当は嘘であっても、嬉しいよ」
「え? 最後って? な、何で?」
「最後は最後さ。君はこれだけの事実を聞いても、まだ魔法少女を続けたいと思うのかい?」
「うん。で、何で最後なの? 嫌だよ」
「え? 続けたいのか?」
「え? 続けたいけど?」
「え、だって……嫌だろ?」
「何が?」
「聞いてた? 私に体を操られたりするし、このままだとどんどん君の周りに魔物が現れる様になるんだよ。嫌だろ?」
「全然」
「え?」
「え、だって、タマちゃん、別に私の体を操ったって変な事しないでしょ?」
「まあ。でも」
「え? するの? だってタマちゃん女でしょ?」
「しないけど。いや、一応言っとくけど、私性別無いからね? まあしないけどさ」
「しないでしょ? だから別に操られたって問題無いもん」
「いや。そんな。うーん。でも、そうだ、でも私は君を見殺しにしたんだ」
「だから私は死んでないって。あのね、確かに前の主さんの事を悔いているのは分かるけど、私とは関係無いでしょ? こうして立ち直ったんだし。そもそも、昨日のは私の所為で起こった事で、別にタマちゃんの所為じゃないじゃん。私が解決する問題だよ」
「いや、違う。それは違うぞ。そもそも君が変身する様にならなければ、物事は全く別の方向へ変わっていた。つまり昨日の事だって私の責任だ。それだけじゃない。君は入院した事だってあった。他にも色々危険が。それに少年を……とにかく嫌な事が沢山あったじゃないか」
「でもそれよりも、タマちゃんと会えて幸せだった事の方が多いもん。もしもどっちか選べって言われたら、もう一回タマちゃんと会うよ」
「あ、う」
「っていうか、タマちゃん気負い過ぎだよ。昨日のだって、確かにちょっと落ち込んじゃったけど、別に何とも無いでしょ? 池に落とされただけだよ。あ、そもそも、タマちゃん、それじゃあこれから私に起こる事の全部の責任を取る訳? それはちょっと嬉しいけど、でもそれは」
ちょっと重い。これから何をするにも気を使ってしまう。
「気負い過ぎなんてあるもんか。君の昨日の落ち込み方を見たら、誰だって。あれが自分の所為だと分ったら、誰だって、本当に自分殺したくなる位に嫌な気持ちになる!」
「そんなに? なんかきも、あ、とにかく昨日のは私の責任だもん!」
「でも」
「それに魔法少女をやめたら、タマちゃんと会えなくなっちゃうんでしょ? やだよ、絶対やだ!」
「じゃあ! じゃあ、君が魔法少女をやめても、ずっと一緒に居るそれならどうだい?」
「え?」
「あ、ごめん。今の無し。それじゃあ結局私が君を操れる事には変わりないし、これからも見殺しにするかもしれないし」
もしも魔法少女をやめてもタマと一緒に居られるなら?
嫌だ。
魔法少女を続けたい。
何で?
魔法少女を続ける意味ってタマちゃんと一緒に居たいだけじゃないの?
ならタマちゃんと一緒に居られるなら辞めたって良いじゃん。
でも嫌だ。
それ以外の理由があるの?
みんなから認められたいから?
でもそれなら、もう魔法少女の私はみんなから嫌われている。認められてない。
魔法少女が楽しいから。
そんなに楽しかった? だって魔法少女は苦しくて、今は友達も出来て、そっちの方がよっぽど楽しい。
ならその楽しさのきっかけになった大切な事だから?
そんな感傷的な人間じゃない。きっかけとしての役目が終わったなら、もうそれは要らない。
なら、
なら、
なら、
どうしてまだ続けたいの?
ふと、何故だか将刀の顔が思い浮かんだ。将刀君の事が好きだから? けれどそれと魔法少女に何の関係が?
全く分からない。
でもとにかく、
「私は魔法少女を続けたい」
「え?」
「だって、何だかうまく説明出来ないけど、でもとにかく、私は魔法少女続けたい」
「だって、私に操られて」
「それは良いって言ってるでしょ。私は魔法少女を辞めたくない。それにタマちゃんとも別れたくない」
「法子」
「タマちゃんと別れる位なら」
恐ろしく暗い声が。
「死ぬ」
「う、洒落になってないよ」
「冗談じゃないよ」
「そっか。でも、でもそれだと魔物がこれからも。そうだよ、これは君だけの問題じゃない。君の周りにも及ぶんだ。君の家族にも、折角出来た友達にも」
「あ、だから、その魔力と魔物の出現についてなんだけど」
「何だい?」
「それって結局私達が必要だよね?」
「うん?」
「あのさ、だから、何だか自分が魔物を呼び寄せるから、魔法少女を引退しなくちゃいけないみたいな話になってるけど」
「うん」
「辞めたら、これから来る魔物はどうやって退治すれば良いの?」
「だって、そうしたらもう魔物は」
「来るでしょ?」
「自然発生する量は本当に少ないんだ。だから」
「この辺り全然自然じゃないよね? だって魔力をまき散らしてそうな人って、まず私でしょ? それに将刀君でしょ? 後は、あのもう一人の魔法少女とそれから黒騎士さん。それから、さっきの摩子さん、じゃなくて摩子の言い方だと摩子も変身ヒーローみたいだし。後は徳間さんが居たよね。それからエミリーちゃん。あの人からも物凄い魔力を感じたし」
「あ、分かってたんだ」
「うん、ちょっとは成長したかな?」
「してるしてる」
「ありがと。で、何だか他にも色々な人が居たでしょ? 病院の近くで戦った女の人とか、その人を追っかけていった魔物みたいの従えてた人とか。それに人だけじゃないよ。ルーマみたいな魔物も居るし、それに魔物が現れ初めた時期を考えると、アトランも怪しいよね。国内最大の魔術専門店があるって事はそれだけ魔力が集まってるって事だし。それが魔物を呼び寄せたって考えると、あの魔王が現れたのはアトランの所為かも。幸い潰れたけど、魔王が放った魔力は沢山残ってると思うし。後は病院。今日何かあるみたいだけど、もしかしたら魔物が現れるのかもね。だって色んな最新の設備があって沢山魔力が使われてるだろうし、それにあそこはこの辺りで一番大きいから色んな病気の人が集まってるっていうし、病気の人って魔力が流れ出易いって聞いた事があるし、魔力が生み出される条件は集まってるでしょ? そもそも世の中一杯機械があるけど、魔力を使ってない機械ってあんまりないよ? 最近魔物の出現が増えてるってネットで見た気がするけど、その所為なのかも」
珍しく法子が饒舌に思念を送ってくるので、タマは口が挟めなかった。
「つまり私達が居ようと居なかろうと、魔物は出てくるんだよ。それにこれからどんどん増えるかもしれないんだよ? それなら少しでも魔物を食い止められる力があった方が良いでしょ?」
法子が尋ねたが、タマは答えなかった。
「あれ? 私の考え間違ってる?」
「いや、その通りだと、思う。ただ君がそこまで考えているとは思わなくて」
「うん、将刀君に言われてから色々と考えてたんだけどね。やっぱり誰の所為でもないと思う」
「そうだね。きっとそうなんだろう」
「ね? これならもう、私が魔法少女を辞める理由も、タマちゃんと別れる理由も無くなったでしょ? だからこれから一緒にずっと居られるよね?」
タマが黙っているので、法子は不安になった。
「ね?」
やがてタマが答える。
「ああ、そうだね」
「ホントに? ずっと居てくれる?」
「ああ」
「やったー!」
法子が嬉しそうに声を上げて、電柱に気が付かずぶつかった。けれどそんな事無かったかの様に、また喜び始める。
「法子」
「何?」
「やっぱり私の目に狂いは無かった」
「え? 何が?」
「君を選んだ事が」
「む、何か恥ずかしい台詞。でも選んでもらって嬉しいよ。タマちゃんには何だかもらってばっかり」
「そんな事無いよ」
「そう?」
「ああ。私は救われた。決めたよ法子」
「何を?」
「私はもう迷わない。何があろうとまず第一に君の幸せを考える。例え天秤の片側に何を載せても必ず法子の幸せが重みで下がる様に。その方法を考える。絶対に何かに仮託したりしない。私が決断する。私が決断して君を守る」
「え? あ、ありがとう」
「私が必ず君を幸せにする」
「あ」
告白みたい。
法子が思い描いていた人間のタマ像が、段々と男性に変化し始める。男性の前には見蕩れている法子が居て。
法子は慌てて首を振るって打ち払って、また凛々しい女性の姿を思い浮かべた。
「タマちゃんはお姉さん。タマちゃんはお姉さん」
「え? 何が?」
凛々しい女性が固定化する。法子はほっと安堵した。その女性は安堵した法子を抱き寄せ、法子の顎を上に押し上げた。
あああ!
「駄目。やっぱりそれも駄目!」
「だから何が?」
首を振る法子とそれを見守るタマ。二人はようやく家に着いた。法子が玄関を開ける。中は静かで誰も居ない様だった。
「あ、そうだ」
「どうしたんだい?」
「タマちゃん私に嘘吐いてたよね。もう嘘吐いちゃやだって言ったのに」
「う。本当にごめん」
法子が笑う。
「まあ良いや。許してあげる。今日は何だかもう疲れたからね」
「ありがとうございます」
法子が階段を上がる。
「はあ、でも夜には病院行くからなぁ」
「そうだね。頑張らなくちゃ」
「危なくないかなぁ? 大丈夫だよね?」
「どうだろうね。信憑性がはっきりしないけど、でも危ないかもね」
「止めないの?」
「うーん」
「ちょっと! さっき私の幸せを一番に考えるって言ったじゃん!」
「根拠は無いんだけど、行かないともっと危険な目に会う気がするんだよね。それに君が行かなくても友達は行くんだろ? 行かないと何かあったら絶対後悔するじゃないか」
「まあね」
「そりゃあ、君を殺そうと誰かが襲い掛かってくるならともかくね。情報は曖昧だし。今の状況じゃ行った方が良いよ」
「そっか」
法子が自室の前に着いた。
「でも確かに私を殺そうとする人が居たら怖いね」
「うん、でもそういった人ともどんどん戦った方が良いんだろうなぁ」
「え?」
「だって魔物との戦いを続けるんだろう? その為には強くならなくちゃ。命のやり取りにもね」
「う。うん、そうだよね」
「まあ、安心してよ。危なくなったら助けるから」
「ありがとう!」
「本当にぎりぎりのところでだけどね。そうしないと強くならないし」
「う、うん」
「よし! 何だかやる気が出てきたぞ! 徹底的にしごいて君を強くするからな!」
「あの、お手柔らかに」
「だから安心してって。死なない様に気をつけるから」
「うん! でも、確かに、これから色々戦うんだもんね。私を殺そうとする人達とも」
「そうだよ、頑張らないと!」
「うん! 頑張るよ!」
法子が扉を開けると、部屋の中に先客が居た。音に気がついて振り返ったのは、この世のものとは思えない美しさを湛えたサンフだった。とても優しげが笑みを浮べている。法子は何故だかその表情を見て、かつてない恐怖を感じた。
「あら、おかえりなさいませ」
「あの、ただいまです。えっとどうしてここに?」
「すみません。今の私では上手く口でお伝えする事が出来ません。なので文字にしてみました。どうぞお選びください」
そう言って、サンフが法子へと歩んでくる。
法子は何故だか逃げ出したくなった。頭の中に恐ろしい勢いで警鐘が鳴り始めた。逃げた方が良い。
けれど足を動かそうとした途端、頭の中に更なる警報が鳴り響く。逃げてはいけない。
本能的な直感が何をしても危険な事をこれでもかと法子へ伝えてきている。
けれど何も出来ない。
だから何も出来ない。
法子は歯の根を打ち鳴らしながらただ立っている。処刑人は少しずつ歩んでくる。
やがて法子の前に立ったサンフは法子に紙を差し出した。
受け取らなければ死ぬ。
法子は必死の思いで、その手紙を受け取った。
中にはこう書かれていた。
『どうするか。
一つ目です。殺して消す。
二つ目です。皮を剥いでなりすます。
三つ目です。ぐちゃぐちゃにして醜くしてみる。』
読み終えた法子が顔をあげると、サンフの笑顔がくっつく程間近に迫っていた。
「さあ、お選びください」
法子は何か答えようとしたのだが、口が動かない。
喋れば死ぬ。
そんな気がした。
「では皮を頂戴してよろしいですね?」
あ、死ぬ。
全身の神経の全てが死を直感した。
私死ぬ。