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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
6/108

ヒーローとは

 黒い塊の甲高い鳴き声が周囲をつんざく。

 法子は思わず耳を塞いだ。

「タマちゃん、これは? 何だか危険な感じが」

「私にも、分からない」

 法子の問いにタマが答える。真剣な声音が自体の深刻さを伝えてきた。

 黒い塊は突然膨れ上がり、次の瞬間甲高い大音声が辺りを覆った。

 法子が再び耳を塞ぐ。

 そうして音が途絶えたかと思うと、今度は黒い塊の一部が伸び上がった。尻尾の様に伸び上がり、左右にふられる。不気味だ。

 法子の背に嫌な寒気が走る。

「ねえ、まずい気が」

「避けろ!」

 伸び上がった一部から黒い球体が浮かび上がったかと思うと、撃ち出されて法子の元へ飛んできた。

 法子は驚いてその場を跳んだ。法子が地面を離れた瞬間、黒い球体が地面に着弾して爆発した。連続的な重低音が鳴り響く。続いて凄まじい暴風が吹き、逃れようとする法子を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた法子は地面に転がり、三回転してから、急いで立ち上がる。攻撃された事への恐れを抱きながら辺りを見回すと、ふわふわと浮くミストと、霧に向かってナメクジみたいにゆっくりと這い寄る大きな黒い塊が居る。何だか深海の生き物同士が交友している様だった。不気味だった。

 気味悪さに逃げ出したくなるのをこらえ、何とか気を保とうと顔を上げた時、公園に違和感を抱いた。さっきの爆発なんて無かったみたいにいつのもの公園がある。地面に焦げ跡一つない。こけおどしかなと安堵した時、タマの叫びが頭の中に響いた。

「法子! 腕!」

 法子が自分の腕を見る。刀を持つ腕に黒い粘液がべったりと付いていた。

「何これ」

 呟いた瞬間、粘液が強烈な熱を発して、法子の肌を焼いた。法子の腕から煙が立ち上る。激痛が頭を貫き、吐き気が込み上げてきた。

 声も上げられずもだえる法子の頭にまたタマの叫びが響く。

「侵食されてる! 腕に魔力を込めて押し返せ!」

 法子は必死になって腕へ魔力を込める。すると黒い粘液が溶け崩れて消えた。真っ黒に炭化した腕が現れた。

 黒く焦げ切って、今にも崩れそうな程にぼろぼろな自分の腕が現れた。

 法子は意識が飛びそうになってふらついた。

「しっかりしろ! すぐ治るから」

 タマの声に意識付いて踏みとどまり、もう一度腕を見ると腕は綺麗に治っていた。

「あれ? 今」

「魔力で体に恒常性をもたせてるんだ。あの程度の傷ならすぐ治る」

「そう、なんだ」

 それでもさっきの激痛と気味の悪さの記憶は残っている。思い出してまた吐き気が込み上げてきた。

 恐ろしかった。

「どうしよう」

 法子が尋ねると、

「逃げよう」

タマが言った。

「え?」

「今の君じゃ敵わない」

「でも逃げたら」

「見たところ二体とも魔力の量は少ない。魔物がこの世界に顕現するだけでも魔力を使うんだ。そして魔力が尽きたらもう何も出来ない。だから放っておけばしばらくしたら無力化する」

「そんなすぐに?」

「あいつ等の魔力からするとあと二三十分すれば。幸い辺りに人は居ないし、あの魔物の動く速度なら人の居るところに辿り着く前に動けなくなるだろう」

 タマの説得に法子が押し黙る。

「とにかく危険だよ。ここを離れるんだ。何なら離れたところから遠巻きに警戒しておけば良い」

「でもそれは逃げる事に」

「そうかもしれないけど、でも今の君じゃ」

「逃げる事になるなら逃げない!」

「何を馬鹿な。敵わない事位分かるだろ?」

「でもヒーローが逃げたら人々を誰が守るの? ヒーローを志すなら絶対に逃げちゃいけない!」

「別に今は逃げたって大丈夫だ。誰も襲われる事は無いんだし」

「そういう事じゃない! 一回でも逃げたらそんなのヒーロー失格だ!」

 法子は自分の言葉に激情して、駆け出した。

「馬鹿! 戻れ!」

 タマが叫んでも法子は聞かない。走り抜ける。

 黒い塊が再び体の一部を尻尾の様に伸ばして、球体を生み出した。また攻撃がやってくる。

 けれど法子は落ち着いていた。さっきは咄嗟だったから慌てたけれど、冷静に対処すれば行ける。そんな確信があった。

 黒い球体が撃ち出される。案の定法子を狙って。けれど法子は慌てない。実際に触れないと爆発しない事は分かっている。そして爆発の範囲もそう広くない。だから駆け抜ければ、攻撃は受けない。

 黒い球体を避ける。少しして背後から爆発音が聞こえた。だが法子には届かない。

「法子!」

 タマちゃんも見直したかな。

 誇らしく思いながら黒い塊へと近づく。後二歩。

「法子! 周りを良く見ろ!」

 周り?

 法子が見渡すと、いつの間にか黒い塊が法子を包み込む様に方々へ尻尾を伸ばして、大量の黒い球体を生み出していた。

「あ」

 気付かなかった。避ける事に夢中で周りを見ていなかった。

「どうしよう」

 情けなく法子が呟く。さっきの激痛の記憶が全身に警鐘を鳴らす。体中が震えて動けなくなる。

 周囲の黒い球体は更に数を増やし、今にも法子に向かって射出されようとしていた。

 もう避けられない。

 その時、風切り音が鳴った。続いて土を噛む音がする。地面に映る魔物達の影に一本の矢が突き立っていた。何事かと思う間もなく、風切り音は数を重ね、魔物達の影の周りに新たな矢が四本突き立った。矢は甲高い音を発して光り輝き、魔物達は光りの中に消え、光が収まった後も、魔物は消えたままだった。

「帰したか。法子、後ろ! 上!」

「分かってる」

 ひしひしと背中に圧力を感じていた。振り返ると、遥か頭上、公園の隣にあるマンションの屋上に黒い人影があった。ひたすら黒い。黒い鎧に黒い兜に黒いマント、口元だけが晒されて真一文字に引き結ばれていた。

「あれは」

「同業者、かな?」

 黒い影は背を向けて飛び退り、マンションの向こうに消えた。

 残された法子は街灯の薄暗い光に照らされた公園の真ん中で呆然と立ち尽くし、やがてぽつりと漏らした。

「助けられちゃった」

「どうして言う事を聞かないんだ。本当に危ないところだったぞ」

「やっぱり駄目だった」

「そうだ。やっぱり一人じゃ駄目だったろ? 良いかいこれからは私の言う事を良く聞いて」

「駄目だった」

「おい、法子?」

「変身したのに駄目だった」

 失敗した。折角魔法少女になったのに。早速失敗してしまった。その上、赤の他人に助けられた。これじゃあ、いつもの自分と変わらない。いつもの駄目な自分だ。


 法子が民家の屋根を飛び移る。金色の髪を月明かりに晒し、闇に夜色のローブをはためかせながら。その顔は行きの明るい笑顔とはまるで違った沈んだものだった。

「まあ、そう落ち込むな。まだ始まったばかりじゃないか。これからだよ、これから」

「うん」

 法子は黙り込んで屋根から屋根へと飛び移っていく。タマもそれ以上何も言わなかった。繋がっている今、法子がその胸に渦巻く様々な感情と折り合いを付けようとしているのが分かったから。自分から立ち上がろうとするのなら、何かを言う必要は無い。

 やがて法子は沈んだ調子ながらも力の籠った意識でこう言った。

「ねえ、私はどうすれば強くなれるの?」

 法子が悔しさを感じているらしい事はタマにとって良い兆候だ。悔しいと感じてそれを打破したいと思う、そんな気持ちがあるのなら落ち込んでも前に進んでいける。

「そうだな。とにかく鍛える事だな」

「具体的には? 魔術の授業をちゃんと受けるとか?」

「魔術もそうだが、体もだ。明日からは毎日走り込みだな」

「そっか。ちゃんと私自身が強くならないといけないんだ」

「当たり前だよ。私の変身は持っている力を引き出すものだからね」

「分かった」

 家に着いた法子はそっと窓を開いて自室へと戻る。部屋の中に入った法子は鏡を引っ張り出して、その中の普段の自分とはかけ離れた自分を見て、タマに尋ねた。

「ねえ、元に戻るにはどうすれば良いの?」

「戻りたいと思えば良い。また呪文を設定しても良いけど、変身する事に比べれば大分簡単だから、戻りたいって思うだけでも戻れるんじゃないかな?」

 法子が戻りたいと思うと、ローブは消え、服は制服に戻り、髪は元の結い上げた黒髪になった。タマも掌に乗る大きさに戻る。

 突然、法子の体が沈む。急激に身体に疲労が来て、体が思う様に動かせずに倒れ込んだ。

「何これ」

「そりゃあ、私の変身は君の魔力を使うからね。最初に言っただろ? 要は生命エネルギーの消耗だ。変身してるだけでも疲れるし、力を使えばもっと疲れる。特に今回は初めてだったし」

「あれ? でも授業で自分に宿る魔力は使いすぎると危ないから使っちゃいけないって」

「まあ、使いすぎれば死ぬからね」

「な!」

 法子が驚きに身をすくませた。逃げようとするが体は動かない。

 タマが笑う。

「安心しなよ。普通は使ったって寝れば戻るから。命に関わる程の魔力は使おうとしても私が使わせないよ。そもそも存在が消滅する位魔力を使ったらこの星を滅ぼせるよ。そんな事しないだろう?」

 法子はほっと安堵してから、何とか体を起き上がらせた。

「訓練を……」

「止めときなよ。今日はもう無理だ。訓練は明日から」

「そう? でも……」

「無理したって良い事無いよ。ゆっくり寝る事も訓練の一つ。それにもう今日は十分に鍛えられたよ」

「本当?」

「本当。だから寝な。さあさ、ベッドはすぐそこだ」

「うん、分かった」

 法子は箪笥を開けて、タオルとパジャマを取り出して、部屋の外へ出る為にドアへと近付いた。

「ちょっと、何処へ行くんだい? まさか外へ? これ以上鍛えるなんて」

 法子は左手で制服の首元を引っ張って、自分の鎖骨を反対の掌に乗ったタマに見せつける様にした。

「この汗まみれの体でお風呂にも入らずに寝る位なら、死んだ方がマシ」

 その意味を計りかねてタマが考え込んでいる間に、法子は部屋を出て風呂場へと向かった。

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