閑話 賊伐
爆弾犯というのはまあ色々とあるが、爆弾という凶器を選択する以上、何かを確実に破壊したい、派手な事をしたい、そんな目的を持っている。彼の場合は後者で、爆弾の起こすど派手な爆弾を見てただ愉悦に浸りたいという男だった。彼はただ爆発を起こして刺激を得たかっただけなのだ。大学生活に飽き、非合法の中に入り込み、その中でも楽しみが見いだせない彼がようやく見つけた快楽であった。
彼は法子達の町で数度の爆発を起こしたのだけれど、その間に一度として人を傷つけた事は無い。一般的には、爆弾による破壊行為も殺人も同様の禁忌であるが、彼の中では明確に区別されていた。
彼が今の事態の渦中にわざわざ爆発を起こした理由は無い。彼は願いを叶える何かを巡るいざこざを知らないし、そのきっかけである手紙も知らない。それどころかこの町で起こっているごたごたも、町に住む人々と同様、全く知らないでいた。
とはいえ、彼が起こした爆発は人々の不安を煽り、魔術師達を戦いに駆り立て、開戦の合図になった事もある。そういった意味で、決して今回の事件と関わりが無い訳では無く、一介の大学生である彼がこれから出会う出来事は、やはり自業自得と言える。
彼は朝っぱらからまた爆弾を仕掛けていた。ここの所、どうも夜中の町が非常に警戒されているので、夜に爆弾を仕掛ける事が出来なかった。恐らく自分が散々っぱら夜に爆発を起こした所為だろうと考え、だったら朝に爆発を起こして警戒の目を分散させようという非常に浅はかな計算の元に彼は動いていた。
動作を確認し、タイマーを起動させる。人目の無い廃倉庫に仕掛ける爆弾にタイマーなど付ける必要は無く、ましてそれをデジタル表示させる必要は欠片として無いが、それは彼のちょっとした美学である。フィクションの世界を見て爆弾に憧れた彼は爆弾にデジタル表示のタイマーは必要不可欠であると考えている。
そんな訳で彼は時計のカウントダウンと、その両隣のこれ見よがしな赤と青の配線を満足げに眺めてから立ち上がった。
足音がしたのはその時であった。
振り返ると老人が居た。外国人の様だが、外国の人種に疎い彼は一目見ても白人という事しか分からなかったし、戦いの世界に疎い彼はそれがフェリックスと呼ばれる、一国の軍隊と渡り合えると言われている魔術師だとも知らなかった。
彼はただ見られた事に恐れ戦いて、慌てて立ち上がり、どうすれば良いのかと必死で考えた。殺し、という選択肢がまず浮かんだがそれはしたくない。では見逃す。相手は外国人、何となく見逃しても警察は相手にしない様な気がした。すぐにそんな訳が無いと却下する。では捕まえる? 捕まえてどうする? やっぱり殺す?
混乱しながら、彼はポケットの中に手を突っ込んで、その中の爆弾と共に仕入れたそれを触った。だがどうすれば良いのか分からず、動けなかった。
固まっている男をつまらなそうに見つめながら、フェリックスは呟いた。
「雑魚か」
流暢な日本語。それを聞くと、男の中に殺そうという決意が湧いた。
気が付くとフェリックスの前に羽織袴の男が日本刀を下げて立っていた。良く見ればその周りの地面に刀が幾つも突き刺さっていた。更に刀が突き刺さっているのは羽織袴の周囲だけでなく廃倉庫の床一面だと気が付くと、自分の右腕が無い事にも気が付いた。遅れてそのおぞましさが頭に届いて、痛みが熱と衝撃になって脳味噌を揺さぶり、それが絶叫となって口から迸った。
意識を失い崩れ落ちた男は床に体を打ち付けた事で意識を取り戻し、霞む視界の中の刀剣の林の向こうに立つ二人を見た。外国人と羽織袴。異様な組み合わせ。妙な威圧感。はっきりと自分に待つ運命が死であるという直感が頭を支配した。すると体の中に恐れが沸き起こり、恐れは体を動かして、ポケットの中のそれを取り出した。
それは八つの水晶が埋め込まれた円盤で、爆弾と共に手に入れたもののその道具の性質から、人を殺したくない男にとっては無用の物だった。だから今の今まで一度も使わなかった。そんな魔術道具だ。
それを男は起動させる。
男の周囲を八体の鬼が囲んだ。
発動は簡単。魔力を流すだけで小学生でも出来る。けれど効果は絶大。相当の魔術師でも苦戦必至な屈強の鬼が八体。代償はこれから殺す獲物の命。ノーリスクで使える殺人道具。
八体の鬼は首を回し、一斉にフェリックスと羽織袴を見た。
視線を受けたフェリックスは動揺も無く呟く。
「新しい作品を試すには丁度良い」
鬼達が体を屈め、次の瞬間には溜めた力を跳躍へと変えた。
目にも止まらぬ恐ろしい速度で鬼達は羽織袴へと腕を振るう。
鬼達が羽織袴に到達した瞬間、羽織袴の周囲に突き刺さっていた刀が消えた。そして羽織袴が身を屈め、鬼達の攻撃を避け、沈めていた体を起こすと、血飛沫が舞って鬼達の体がバラバラになり消失した。遅れて消えていた刀が再び地面に突き刺さる。
それを眺めていたフェリックスはつまらなそうに呟いた。
「全力を試せなかったか」
いつの間にか羽織袴が男から刀を抜いてその死体を蹴り飛ばした。それを見届けたフェリックスは廃倉庫を出る。
フェリックスが倉庫を出ると、羽織袴も刀も全てが消え去って、後には男の刺殺体と男の仕掛けた爆弾が残り、フェリックスが敷地を出た時には、爆炎が全てを消し去った。