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「絶対始末書だ、これ」

 猛火を空へ吹き上げるビルの残骸に頭頂を向けて、項垂れる徳間の傍に、摩子は軽やかに降り立った。

「大丈夫ですか?」

 摩子に問われた徳間は顔を上げて、覇気なく答える。

「ああ、大丈夫。それよりお手柄だったね。悪い奴らのアジトを潰したから、これで奴らはもう活動できないだろう。危険を顧みない勇気が奴等を撃退したんだ。偉いよ」

 微笑む徳間の言葉を素直に受け取って、摩子は大きく頷いた。

「はい! 正義の為だから当然です! これで喧嘩も無くなりますよね?」

「ああ、勿論さ」

 徳間が必要以上に白い歯を見せてにかりと笑う。

 ルーマは不思議そうに徳間を見たが、すぐに表情を改めて摩子の肩を叩いた。

「素晴らしかったぞ。面白い戦い方だった」

 摩子は勢いよくルーマを見て、大きく笑う。

「はい! ありがとうございます!」

「是非とも戦ってみたい。どうだ今から戦わないか?」

 ルーマも摩子に笑って返した。

 聞き捨てならないと、徳間がルーマを睨み付ける。

「おい」

 戦闘に興じようとするルーマに詰め寄ろうとした徳間を、ルーマの手が制した。

 摩子は些かたじろいだ笑顔になって、弱々しく答える。

「あの、ごめんなさい。今日は止めときます」

「ん? ああ、確かにもう魔力が無さそうだな。なら後日としよう」

「はい。ちょっともう疲れちゃって」

「送ってやろうか?」

「大丈夫です」

「そうか? 無理している様に見える。つらいなら送るが」

「いえ、本当に大丈夫だから!」

 摩子は慌ててそう言って、後ずさると、踵を返す。

「それじゃあ、私、帰ります」

 摩子は杖に跨ると闇の中に飛びあがって、やがて夜に紛れて消えた。

 ルーマはそれを見送ってから、真面目な顔つきになって徳間へ振り返った。

「さて、邪魔者は消えたが、どうするんだ?」

「邪魔者? どうするってのはどういう事だ?」

「お前と敵対していた者達が活動を止めたなんて嘘だろう? 奴等は逃げただけで生きている。当然これからも活動を続けるだろう」

「まあな。あの子にもばれていたかな?」

「気づいていないんじゃないか? 今の娘は何処か心ここに在らずといった様子だったから」

「そうか。そんな風には見えなかったが」

「鈍い奴だな」

「良く言われるよ」

 寂しそうに呟く徳間を見ながら、ルーマはつまらなそうに鼻を鳴らして再度尋ねた。

「それで、どうするんだ? あの娘を巻き込まない様に嘘を吐いたんだろう? これから奴等を追うのか? 暇つぶしに付き合ってやってもいいぞ」

「大変ありがたい申し出だが断る。まず俺はあんたを味方だと思う程信用していない。それに今、奴等を追う余裕が無い」

 ルーマは徳間を上から下まで観察する。

「魔力が尽きたからか?」

「それ位の事なら追うさ。そうじゃない」

「じゃあ何だ?」

「盛大にぶっ飛んだビルの所為さ。これから始末書に、お偉い方への言い訳に、関係者への調整に、呆れる程下らなくて面倒な雑事が待ってるんだ」

「成程、馬鹿馬鹿しい。非常事態なんだから、無視して追えばいいだろうに」

「組織っていうの色々と面倒なんだよ。無視をすればきっと……」

 徳間の表情が俄かに曇った。どす黒い蒸気がたちこめる様な徳間の沈鬱な落胆ぶりを見て、ルーマは不思議に思う。ルーマの徳間に抱いていた印象では、そんな弱気な素振りを人前でする様な者だと思えなかった。

「きっと?」

 ルーマが不思議がって尋ねたものの、徳間は答えない。

 ふと、ルーマの耳に冷たい感触があった。何かと思うと、その冷たな感触は一息に量を増し、手や額に広がった。そこ等中に細かな何かをばら撒く様な音が立ち始める。雨かと思って天を仰ぐ。闇の中で見えないが、肌に当たる感触は雨に相違ない。こっちの世界にも雨が降るのかと思った。疎らな光の夜景は雨に霞んで、それをぼんやりと眺めたルーマはやがて燃え盛るビルの残骸に視線を移し、そこに夜景とはまるで違った激しい炎を見て、恐らく雨が幾ら降っても消えないだろうなと思った。

「追わないというなら用は無い。俺も帰るとしよう」

 ルーマはその場を離れようとして、思い出した事があって立ち止まった。

「そうだ。この町の事なんだがな」

「この町の事?」

 雨が次第に激しさを増していく。

 濡れ始めた徳間とは反対に、ルーマは傘を取り出して、ボタンを押した。頭上に雨を弾く魔術が展開される。

 徳間はその様子を見ながら、コンビニで傘を買わなくてはとぼんやり思った。

「何か起きるのか?」

 徳間の問いに、ルーマが喜悦を抑えた声を出した。

「明後日、何かが起こるらしい」

「何が起こるんだ?」

「それは分からん。だが今、この辺りで実しやかに語られている噂、だそうだ」

 要領を得ない。だが分からないでいる徳間を尻目にルーマは別れを告げた。

「まあ、何か起こるんだろう。面白い事が。その時にはお前が万全で、そして敵対出来る状況である事を望む」

「御免だよ」

 徳間が呟いた時にはルーマの姿は雨の中に消えていた。

 取り残された徳間は雨に打たれながら、何と無しに携帯を取り出して、そこに光が灯っている事に気が付いた。着信とメールがあったらしい。

 そう言えば、定時報告を完全に忘れていた。ああ、またどやされるなと徳間は頭を掻いた。向こうには崩れ去ったビルという更なる失態もある。

 報告に対処に謝罪に処罰、面倒な事がこれから押し寄せてくるに違いない。そうしてその所為で事態の悪化を食い止めるのは困難になるはずだ。

 事態は徳間の手に余る程に発展しているし、抑える目途も立っていない。だがそれでも、魔検に頼る気は更々無い。魔検の上層に頼る位なら死んだ方がマシである。それに向こうがまともな助けをよこしてくるとも思えない。

 殺人鬼を擁する犯罪組織に、決して気の許せない魔検、更に町はそこかしこで小競り合いが起こり、取り巻く状況は丁度雨の降りしきる今夜の様に先の見通しがまるで見ない。

 だからこそ。

 電話を掛けながら、徳間は心の中で呟いた。

 だからこそ、電話の先からきっと怒鳴り声を聞かせてくれるだろう存在が心強い。無二の親友へと電話を掛けながら、徳間はとりあえず傘を売っていそうな店を探して歩き出した。

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