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欺瞞戦

 焼け焦げたフロアに立った摩子は周囲を睥睨すると高らかに言った。

「喧嘩は駄目!」

 面喰った四人だが、まず水ヶ原が立ち直った。

「この前テレビに出ていたヒーローさんですね。こんなところに居ては危ないですよ」

 そう言って、ゆっくりと近寄っていく。あわよくば人質にでもとろうという算段で。

 それを警戒して、徳間が短剣の切っ先を水ヶ原に向け、狙いを定める。水ヶ原の足が止まり、振り返って徳間と向き合った。水ヶ原が注意を逸らせば徳間が攻撃を仕掛ける。徳間が気を緩めればその隙に水ヶ原が摩子を人質に取る。二人の間に膠着した状況が出来上がる。

 徳間が水ヶ原から目を逸らさずに、摩子に向けて言った。

「あんた、この状況が喧嘩に見えるのか?」

 徳間の問いに摩子は平然と答える。

「当たり前でしょ。他に何だっていうの?」

 徳間は一瞬考え言った。

「殺し合いかな」

「一緒!」

 摩子がにべもなく切り捨てる。流石の言い草に徳間の言葉が止まった。

 代わりに遠郷が如何にも心配そうに言う。

「とにかく帰った方が良い。危ないから」

 摩子は腰に手を当てて居丈高に言った。

「あなた達の喧嘩を放っておいた方が危ない!」

 遠郷が苦笑する。

「確かにその通りだ」

 最後にルーマが尋ねた。

「で、喧嘩を続けるというならあんたはどうするんだ?」

「力尽くでも止める!」

「ほう」

 ルーマが愉快そうに笑う。

 笑われたと思った摩子はむきになって叫ぶ。

「とにかく! 喧嘩は止めてください!」

「もう誰も戦ってないぞ」

 ルーマがからかう。

 負けじと摩子が叫ぶ。

「じゃあ、解散!」

 誰も動かない。

 摩子は全員を睨む様に見渡した。

 その睨みを受けて冷静になった遠郷は改めて場の状況を考えた。

 まず遠郷はこの場に残る利は無い。そもそもの目的は水ヶ原を殺して仇討ちをする事にあったが、今の状況で水ヶ原を殺せば、たった一人で徳間とルーマを相手取る事になる。勿論、そんな事は御免である。そもそもルーマや徳間との戦いは望んでいなかった。戦闘が終わるならこのまま無事に終わってほしいと思う。

 水ヶ原も同じだろう。そもそも水ヶ原は自分に呼び出されてやって来ただけで、この場に目的など何も無い。肩から血を流しているところを見ると、徳間にやられた様だ。戦闘が中断され、無事逃げられるなら願っても無いだろう。

 魔界の者だと名乗った男はどうだろうと考え、良く分からないと遠郷は結論付ける。ただ言動からして強者と戦う事に楽しみを見出す節があるので、今のこの場に居る消耗しきった三人には興味を向けない様にも思う。

 そう考えていくと、この場で退けないのは徳間だけだ。どうやら有黍を連れ戻そうとしているらしいし、立場上自分達を逃がす訳には行かないだろう。ではそうするとどうなるか。承服しなければ力尽くで止めると言っていた少女と戦闘になるだろう。相手は少女。少し前に偶然で大きな事件で活躍し気の大きくなっているだけの少女である。幾ら徳間が消耗しているとはいえ、相手になるはずがない。だが少女である。その非力な存在を前に、恐らく徳間は積極的に戦おうとはしない。徳間は引き下がる可能性がある。そうすれば戦闘は終わる。万事解決だ。もし衝突したとしたらしたで、徳間が戦い辛さに足元を掬われて、少しでも消耗すればそれだけ、後に戦い易くなる。あるいは逃げ易くなる。

 そんな見立てでいたのだが、遠郷の予想に反して、真っ先に反発したのが水ヶ原だった。

「はい、そうですか。なんて、聞き入れられると思ってるんですか?」

「聞き入れてください!」

「生意気ですよ」

 水ヶ原と摩子の間が一気に過熱し始めた。

 何を考えているんだと遠郷は混乱する。この場で争っても何の利益も無い。もしも少女に徳間とルーマが加勢すれば、三対二。場は更に不利になる。遠郷は水ヶ原の狙いが分からず混乱した。

 その時、遠郷と水ヶ原の目があった。水ヶ原が一瞬だけ瞳を下に向ける。

 下?

 遠郷が下に意識を向けて気が付いた。誰かが上ってくる気配がある。誰だかは分からないが、水ヶ原の様子を見るに味方なのだろう。少女と戦いつつ場を保って、やって来た味方と共に相手方を一網打尽にする気か? だがそれでも、あのルーマに対抗出来るとは思えなかった。

「どうしてそんなに喧嘩がしたいんですか?」

 摩子が問う。

「引き下がれない時があるんですよ、大人には。子供のあなたには分からないでしょうけれど」

 水ヶ原が答える。

 摩子がむっとする。

「じゃあ、力尽くで止めますよ?」

「出来るものならご勝手に」

 摩子が杖を構えた。

 水ヶ原が鼻で笑う。

「勝てると思ってるんですか?」

「当たり前でしょ! 私昨日、本ですっごい魔術を覚えたんだから!」

 どうやら本気で戦うらしいと遠郷は心配する。水ヶ原は決して武闘派とは言えないが、それでもぽっとでのヒーローに負ける程弱くは無い。戦って負ける心配は無いだろう。だが勝てば確実に徳間が止めに入り、再び戦いに入る。収まりかかった戦いが始まってしまう。徳間とルーマの二人に対して、こちらは下からやって来る味方と合わせて三人。数の上では有利だが勝てるかと聞かれれば返答に窮する。

 遠郷の心配を余所に、摩子と水ヶ原は激突した。

 まず初めに摩子が杖で床を突いた。杖の先端に光が灯り、次の瞬間杖は高速で動いて床に魔法円を描きだした。

 速い。

 完全に摩子を舐め切っていた遠郷は意外に思って目を見開いた。見れば水ヶ原も同じで表情が幾分真剣になっている。

 魔法円はぼんやりと光っている。摩子が杖でその外周の円をなぞると、外周から光の筋が放たれ床を這い、光の線は途中途中で幾つもの魔法円を描きながらフロアの床や柱、天井を走り回る。

「踊ろう、シンデレラ」

 摩子の呟きと共に、摩子の目の前の地面が盛り上がり始めた。盛り上がった地面は天井近くまで伸び上がり、先っぽの方に穴が三つ空いた。目と口の様に見えた。いつの間にやら盛り上がりから二つの突起が枝分かれして伸びた。寸胴な体に目と口と腕だけをつけた拙い人間の上半身が出来上がった。その後ろに摩子は隠れている。

 出来上がった人形は大きく腕を振りかぶって水ヶ原へ叩き付ける。水ヶ原がそれを避けるが、更に人形のもう片方の腕が振り下ろされ、それを避ければ更に次が、次々と休む間の無い人形の攻撃が続き、水ヶ原が防戦に回る。

 遠郷はそれを見て良く出来ていると思った。魔術自体は有り触れたものだが、その魔術の選択がうまかった。水ヶ原の転移はたった一つの例外を除いて、視界の中に捉えた範囲でしか影響を及ぼせない。つまり隠れていれば攻撃が届かない。邪魔になる人形を消し飛ばそうにも、人形は簡単な構造だから容易に修復する事が出来るだろう。もしも遠郷があの少女の立場であれば、人形の中に入り込んで姿を隠しながら人形を動かしつつ、同時に他の魔術を発動させ続け、少し変則的な遠距離戦を展開する。実際、ゴーレムが現れる際に描かれた幾多の魔法円がそこら中にある。光を放ってはいるものの発動した様子の見えないそれ等の魔法円が何を目的にした物なのか分からないが、攻撃用の魔法円なら順番に発動させていくだけで水ヶ原を追い込んでいける。そこまであの少女が考えているかは分からないし、魔法円はただ単にゴーレムを生み出す為のものなのかもしれず、そもそも少女は水ヶ原の魔術を知らず偶然あの魔術を選んだのかもしれないが、遠郷は知らずと少女の立場に立って、自分であればと水ヶ原の攻略法を考えつつ、人形を生み出した少女を称賛していた。

 とはいえ水ヶ原はそんな状況を破る術を持っている。けれど水ヶ原はそれをしない。手負いな事もあり、ゴーレムの連続的な攻撃の所為で、上手く集中出来ていない所為だろう。戦いは少女が優勢に見える。

 だが一つ、何よりの欠点がある。

 どう見ても生み出された人形はゴーレムである。そしてゴーレムには一つ絶対の弱点が存在する。額にヘブライ語で『真実』と書かれており、それを一文字削り『死』に変える事でゴーレムは崩れ落ちる。そのあまりにも有名な弱点を克服する為に、ゴーレムを使う者は様々な対策を施すが、昨日覚えたばかりという少女が高度な対策を施しているとは思えない。見たところ額にその文字は無い様だが。

 そう考えている間に、ゴーレムが大きく口を開けた。その口内に紙が貼られていた。ヘブライ語で真実と書かれた紙が。

 水ヶ原も見つけた様で少女の迂闊さを嘲笑う。

「口の中で隠した気になってました?」

「口の中だよ? どうやって切るの? 近づいてきたらやっつけちゃうから」

 摩子がそう嘯いて、水ヶ原が更に大きく笑った。

 遠郷は思わず呻いた。どうやらあの少女は先程までの戦いを見ていなかった様だ。水ヶ原が転移の魔術を行える。近寄る必要は全く無い。体内の深くに隠す事も出来たであろう文字を、口内という見え辛いだけの場所に張り付けたのは、少女の口ぶりから察するに、あえて狙わせて近寄ってきたところに攻撃を加えようという算段に違いない。見れば、少女の周りに配された魔法円の灯りが微妙に変化している。更にゴーレムの後頭部、丁度水ヶ原から見えない位置にも一つ魔法円が描かれている。恐らくそれ等はゴーレムの口に近づくと発動する罠なのだろう。派手なゴーレムで陽動して、周囲から攻撃する。それはまだ経験の少ない少女にしては良く考えた方である。だが水ヶ原は近寄る必要が無い。少女の目論見は破綻している。

「残念ですけど」

 水ヶ原がナイフを振り、

「僕は遠くからでも物を切る事が出来るんですよ」

転移した斬撃によって、あっさりとゴーレムの口内の紙が二つに切れた。真実が死へ。途端にゴーレムが崩れ出す。鐘を無茶苦茶に振った様な耳障りな爆音が辺りに響き渡り、ゴーレムは液状になって形を失い、摩子の足元を浸し、水ヶ原の足元に達し、遠郷や徳間、ルーマの足元も浸け、そのままフロア全体に流れた。

 笑う水ヶ原。俯く摩子。

「頼みのゴーレムは崩れてしまいましたね。さあ、お遊びはおしまいです」

 水ヶ原が勝ち誇った様に宣言した。

 摩子は俯いたまま呟いた。

「ひっかかった」

 そうして摩子は顔を上げにっと笑う。

「時を告げる鐘が鳴りました。シンデレラから魔法が消えました」

 何も起こらない。遠郷にはそう思えた。だが見れば、水ヶ原の表情が驚愕に彩られていた。必死の形相で体を動かしている。

 どうやら液体となったゴーレムの残骸から足が抜けない様子だった。だが水ヶ原は転移できるはずである。例えどんなに固く足を絡めとられたとしてもすぐに抜けられるはずだ。何故、ああも焦っているのか。遠郷には分からない。

 摩子の周囲に魔法円が描かれていく。

「どう? 逃げられないでしょ? テレポートも出来ないよね?」

「馬鹿な。魔封じ? 一体いつの間に。しかも強力な」

「別に強力じゃないよ。あんたの魔力が減ってるからそう感じるだけなのです」

 そう言って、摩子はにししと意地悪そうに笑った。

「私の前に沢山戦ってたもんね」

 どうやら徳間との戦いを全て見ていた様だ。まだ小学生位の少女の見せる強かさを、遠郷は信じられない思いで見つめた。

 水ヶ原が焦った様にナイフを足元の泥へと突き立てた。だが刃が通らない。

「く! だが、それでも、魔封じを離れた相手にかけるなんて」

「掛けたのは私じゃないよ。自分でしょ? 自分自身になら簡単に掛けられるよね?」

 遠郷はその意味を考え、戦慄した。

 摩子が地面から紙を拾って、切れ目をくっつけてから、見せびらかす様に示す。紙は二枚あった。それぞれヘブライ語で『真実』、フランス語で『美人(Belle)』と書かれている。ゴーレムの口内に貼られていた紙は二枚あったのだ。『真実』に重ねる様にして隠されたもう一枚の罠が。

「美人なシンデレラを殺しちゃったあなたは意地悪なお姉さん。鐘が鳴ってシンデレラの魔法が解ければ、シンデレラを苛める悪いお姉さんは足と目に戒めを受けるの」

 そうして摩子は切れ目を離した。『真実』の下一字を取られ『死』に変わり、『美人』の下一字が取られ、英語の『鐘(Bell)』に変わる。

 足の戒めはそのままの意味で、ゴーレムの残骸が足を束縛する。目は光、つまり英知の比喩で魔術の阻害。シンデレラの見立ての元、ゴーレムを囮にした拘束の魔術。

 遠郷は驚愕して、何か恐ろしい思いを感じた。少女が何処まで考えて行動していたのか分からない。ゴーレムを囮にしたシンデレラの魔術を偶々思いついただけならまだ分かる。だが紙の貼る場所に口内を選んだ事、その口内を大きく晒して見せた事、まるで注意を向けさせる様に少女の周囲やゴーレムの後頭部に仕掛けられた魔法円、それだけでなく、ゴーレムを生み出す時に描かれた幾多の魔法円、水ヶ原との掛け合いの言葉、水ヶ原の魔術を何処まで知っていたのか、それ等のブラフに思える数々が、何処まで考えて取った行動なのか、遠郷にはまるで分らなかった。もしもそれ等全てを計算して、本当にこの一点の拘束にまで持って行ったのだとしたら、それはもう老練な詐術師である。

 摩子が手を大きく叩いた。

「はい、もうどうしようもないよね? だから私の勝ち! 喧嘩は止めましょう!」

 にこにこと笑みを浮かべる摩子を、水ヶ原が強く睨んだ。

「まだです」

「まだ喧嘩がしたいの?」

「あくまでこの魔術の影響は足元から。つまり足を切り離せば、魔術は使える」

 摩子が嫌そうな顔をした。

「そんな。止めた方が良いよ。きっととっても痛いよ?」

「こんな馬鹿にされたまま引き下がれる訳が無いでしょう? 痛みだって一瞬だけ。どうせすぐ治癒で元通りに出来る」

 摩子が何か言おうとしたが、水ヶ原はそれより先に転移の魔術を発動させた。

 だが、辺りにいがが散らばっただけで、水ヶ原の体はそのまま束縛されている。

「おいおい。そこまで威勢よく言ってビルの外に逃げる気かよ」

 今まで傍観してた徳間が笑う。

「逃がす訳無いだろ?」

「そんな、いつの間に結界を」

「張る機会は幾らでもあったけどな。まあ、種を明かせば最初からだ。逃がさない様に、邪魔が入らない様に、予めこの階の周りを結界で覆っておいた。いや随分と維持が大変で、正直張った事を後悔してたんだが、役に立って良かったよ、ホント」

 おお、と摩子が拍手してから、不思議そうに首を傾げる。

「あれ? でも私は入ってこれたけど?」

 徳間が頭を掻いた。

「まあ、誤算というか。正直直接乗り込んでくる奴が居るとは思ってなかった。でもあんたも宙を浮いてやって来たなら、途中で飛べなくなった時があるんじゃないか?」

「あ、あった! 何か急にがくんて落ちて。そっかぁ、何かと思ったら、邪魔されたんだ。でも結局簡単に入ってこれちゃいましたけど」

「まあ、そもそも逃がさない事が第一義だったしな。今みたいに」

「でも敵が助けに来たら」

 摩子は納得のいかない様子で首を捻っている。

 完璧を求め続けるだけじゃやっていけないのさ、と言ってから、徳間は大きく笑った。

「とにかくお手柄だよ。見事捕まえる事が出来たんだから」

 それを聞いて、摩子が慌てだした。

「ちょ、ちょっと待ってください。私は喧嘩を止めに来ただけなんです!」

「分かってるよ。でもそれが逮捕に繋がったんだ」

 徳間が優しく笑いかけると、摩子は必死で首を振る。

「駄目です、駄目です! それじゃずるいです!」

「は?」

 徳間には訳が分からない。

「だって私は全然関係ないのに、そんな逮捕だとか、そういうのを手伝ったんじゃずるいです!」

 徳間は混乱する。

「いや、でもね。とにかくそいつ等は悪い奴で。捕まえるのは市民の義務というか」

「駄目です! ずるいです!」

 話にならない。徳間はどうしたもんかと頭を抱えた。そして下からやってくる魔力に気が付いて驚いた様子で地面を見た。

 その光景を眺めていた遠郷はようやくかと呟いた。ようやくやって来た。水ヶ原の期待していた誰かがすぐ下の階にまでやって来ている。

 他の者達もその存在に気付いたのだろう。全員が下を向いた瞬間、辺りに異変が起こった。

 フロアのありとあらゆる部分に格子状の筋が走った。そして筋を境に全てがずれ、フロア中がこま切れとなって崩落する。

 凄まじい音が鳴り響いた。徳間達の居た二十七階のフロアの全てが崩れ落ちた為、達磨落としの様に二十八階以上が落ちて二十六階の上に乗った音だった。当然乗っただけでバランスは悪く、柱も衝撃でひび割れ、今にも崩れそうである。

 瓦礫に埋もれたフロアに六人の影がある。一つは水ヶ原で、足が絡められて動けなかった為に、上手く着地出来ず瓦礫も避けられず、全身が傷だらけになって倒れている。後の四人は遠郷と徳間と摩子とルーマ、埃だらけになっているが、目立った外傷は無い。そうしてもう一人、長剣を持った人影があった。彫りの深い異国の中年男性で、白髪の混じり始めた短い黒髪に灰色の煤が冗談の様に山盛りに積もって、少し間が抜けている。

 三本刀の一人だと分かって、遠郷は驚嘆した。海外の母体に所属する幾多の剣士を屠ったという最強の剣士だ。まさしく最高の援軍である。まだアジトに到着する時刻では無いはずなのに、どうしてここに居るのか。

 突然現れた三人目の乱入者に真っ先に反応したのはルーマだった。

「これ、あんたがやったのか?」

 人影がルーマを見て、首を縦に振る。煤がどさりと落ちた。

「そうだ」

「ほう。ちょっと相手をしてくれよ」

 ルーマが相手の答えを聞かずに跳びかかる。

 人影は跳びかかってくるルーマを眺め、だらりと垂れ下げていた剣を上に切り上げた。

 遠郷にはその剣捌きが見えなかった。剣が消えたと思ったら次の瞬間には、剣先がルーマによって握りしめていた。。剣捌きにも驚いたし、それを受け止めたルーマに驚いた。驚いてもう一瞬きすると、突然ルーマが体中に格子状の亀裂が入り、血が流れ出た。

 全身から血を流しながらもルーマは余裕の笑みを浮かべている。

「やるな」

 ルーマの言葉を無視して、人影は顔を背け、そのまま剣を納めて、倒れている水ヶ原の襟首を掴みあげ、遠郷の元へと歩んできた。

「あ、おい」

 ルーマが背後から声を掛けるが、人影は振り向かず、遠郷の前に立って言った。

「私は写真で見ました。あなたは仲間でした」

 何やら片言の日本語でそう言われた。

 その時、水ヶ原が意識を戻した。顔を上げ、辺りを見回し、自分の襟首が援軍に掴みあげられている事に気が付いて、更にその援軍が誰だか分かって顔を輝かせた。

「来ていただけたんですね。良かった! 丁度今あそこに居る方々と敵対していて。力を貸してください!」

 人影は首を振る。

「剣士があそこに居ないです。私は戦わないだろう」

「そんな事を言っている場合では」

「それに私は足手纏いを守る。かつ私は戦う事は出来ないです」

 水ヶ原はその言葉の意味を少し考え、ぐっと悔しそうに呻いた。

「あなたはテレポーターです。私達を運んでください」

「ですが、結界が」

「私は結界を切りました」

 水ヶ原を目を見開き、辺りを見回してから、ゆっくりと頷いた。

「分かりました。遠郷さん、僕の体に触れてください。それから証拠の隠滅をお願いします」

 遠郷は頷いて、水ヶ原に触れ、顔を上げた。徳間が慌てた様子で駆け寄ってくる。遠郷は走り寄る徳間に向けてそれを放った。それが徳間の手に渡った時には、三人の姿が消えていた。

「くそ!」

 徳間は遠郷から受け取ったそれを、それが何なのか確認もせずに思いっきり地面に叩き付けた。叩き付けられたそれは跳ねて、摩子の足元に転がった。

「何だろうこれ」

 摩子がしゃがみ込んでそれを仔細に観察する。どう見てもパイナップルのぬいぐるみにしか見えない。ワンポイントのアクセントとして、フェルトの数字が張られている。その数字は段々と変化している。一秒毎に数字が数え下がっている。

 摩子はしばらく考えて、

「これって爆弾?」

と言った瞬間、徳間とルーマが走りながら摩子の両腕を取って掴みあげた。掴まれた衝撃で摩子はパイナップルのぬいぐるみ型の爆弾を取り落とす。徳間とルーマはそのまま壁を破壊して、ビルの外に踊り出た。

 凄まじい爆発が今まで摩子達の居たフロアを吹き飛ばした。それだけに止まらず上下の階へ爆発が連鎖していく。ビルは一瞬の内に、ビルの形をした爆炎に変わってしまった。

 空に飛び出た摩子達は、徳間の生み出す棘で熱からは守られこそしたが、暴風が強く吹き荒れるので、煽られて吹き飛ばされた。吹き飛ばされながら徳間が尋ねる。

「あんた等空は飛べるか?」

「跳べます!」

 摩子が答える。

「ああ、さっき飛んでたな。そっちは?」

「飛べはしないがこれ位の高さなら落ちても問題無い」

「良し。なら大丈夫だな」

 そう言って、徳間が摩子を離し、針を生み出してその上に乗った。ルーマも摩子を離し、

「先に下へ行っているぞ」

と言って、本当に落ちて行った。

 徳間はルーマには視線もくれず、摩子を気遣った。

「本当に下まで降りれる?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、ゆっくりで良いから。俺も先に降りているよ」

 そう言って、徳間は生み出す針の上を渡りながら、ルーマの後を追って下に降りて行った。

 残された摩子が振り返ると、そこにはあったはずのビルが無くなっていて、遠い夜空に星が見えた。下では崩れた残骸が炎を上げて、夜の街路を照らし上げている。

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