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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
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変身! 魔法少女!

「それじゃあ、変身をしてもらおう」

「はい!」

 さっきまで悶えながらベッドを転がっていた法子と違って、今はとても嬉しそうに目を輝かせている。

 タマは失敗したかなと思った。延々とベッドの上を転がっている法子をなだめる為に、変身させてやると言ったらこれだ。何だかタマは不安になった。

「それで、どうすれば良いの?」

「簡単に言えば、変身したいと願うだけだ。願いこそが変身において、いや魔術において基本であり、奥儀でもある」

「でも、前に学校で習ったけど、頭の中だけで魔術をするのってとっても難しいんでしょ?」

「その通り。それが出来れば一流どころか稀代の魔術師だ。でも安心して欲しい。私が補助するからそこまで難しい事は無いはずだ」

「うんうん、じゃあ早速」

 法子が勢いよく立ち上がって、気合を入れた。だがそれをタマは押し止める。

「焦らない焦らない。良いかい。そうは言っても、君にはまだ出来そうにない。」

 法子が口を尖らせる。

「じゃあ、どうすれば良いの?」

「普通の魔術の様に精神統一の為の補助行為を重ねれば良い。魔法円や詠唱、踊り等々、道具を使っても良いし、とにかく変身しやすい状況を作るんだ」

「例えば掛け声とか?」

「ああ、そういうのだ。そんなに難しくしなくて良いし、難しく考える必要も無い。君が変身できそうって思える様な事を何か」

「分かった」

 法子は立ち上がって放り投げた鞄を拾い上げて中からノートを取り出した。見知らぬ男子に見られて悶えたあのノートだ。

「えーっとね」

 ページをめくりながらその中を改め吟味していく。

「ふむふむ、これが件のノートの中身か」

「ああ! ちょっと」

「ふむ、別段おかしくは無いと思うが」

「そ、そう?」

 法子が恐る恐る疑わしげに尋ねてくる。タマはそれが不思議でおかしかった。

「当たり前じゃないか。うん、やっぱり出会いは正しかった」

「何が?」

「君は英雄になりたかったんだろう? そのノートに書かれた武器や人物を見れば分かる。良く勉強している」

「う、うん、まあ、そんな感じ」

「だろう? 魔術における力とはすなわち願望さ。君がそれだけ英雄になりたいと思っていてくれたなら、それだけ才能があるという事さ」

「そうなの……かな?」

「そうさ! うん、先行きは明るいぞ」

 タマが明るく言うので法子も釣られて笑った。

「それで補助行為はどうする?」

「え、えっとね、じゃあ、この、

 闇は沈み、光は昇り、世界を落とし、我は浮かぶ。大逆の徒は浅はかに流れを鎖し、我は剣を持って循環を創る。肉体を聖別し、心を開錠し、敵を殲滅し、勝利を獲得する。我は神域の生成者。今一度の覚悟を得て、我は害意を滅す太刀となる。

 で、どう?」

「で、どうって言うのは、もしかしてこれを」

「うん、変身の呪文に。和風テイストで刀の入ったの選んでみたんだけど、どう?」

 承服しかねた。その呪文は幾らなんでも、

「ちょっと長いんじゃないかな」

「そうかな?」

「ああ、咄嗟に変身する機会もあるだろうしね。出来れば一二動作、長くとも四五動作で終えてくれないと対応が出来ない」

「成程」

「とはいっても、あんまり簡単すぎると暴発する可能性もある。その意味で、先程の君の呪文は日常生活で絶対に口に出さないから良かったけれど」

「んー……もしかして馬鹿にしてる?」

「いや、そんな事は」

 少しは馬鹿にしていた。それを感じ取った法子は怒った様子で目を瞑り、布団に勢いよく腰を下ろした。

「私はあなたと契約する」

「確かに契約と言えなくも無いね。そんな堅苦しい物には考えて欲しくないけど」

「そうじゃなくて、呪文。私はあなたと契約する!」

「え?」

「悪い?」

「いや、悪くは無いけれど」

 何だか苛立っている法子の様子に、タマは面食らった。

 渋るタマに苛立って法子は勢いよくノートを閉じる。

「とにかく、変身させて!」

「本当に後悔しないかい?」

「しない!」

 タマはしばし悩み、

「まあ良いか。いつでも変えられるんだし」

吹っ切った。

「分かった。じゃあ、立ち上がって」

 言われた通り法子は立ち上がる。

「深呼吸をしてみて」

 法子が何度か息を吸って吐く。

「それじゃあ、呪文を唱えて」

「えーっと、私は」

 途端に法子は何か不思議な体の中が渦を巻く様な感覚に襲われた。

 悲鳴を上げようとする法子をタマは叱責する。

「声を上げない! 集中! 続きを!」

「あなたと」

 法子は自分の体が溶け崩れた様な錯覚に陥った。自分の肌がどろどろに溶けていく。そんな気がした。でも後には引けない。

「契約する」

 その瞬間、法子の髪が解かれ、色が根元から次第に金色へと変わっていった。制服の色が黒く変じて、その形も少しずつ変わっていく。法子の手に握られていたタマは元の大きさに戻る。黒い衣装の上に黒いローブを羽織って、法子は魔法少女になった。

「はい、終了」

「え? 終わり?」

「ああ、無事に変身できたよ」

「ホントに何だか実感がわかないけど」

 そう言いながら、法子は自分の体を見回して息を呑んだ。

「服が変わってる」

「服だけじゃないよ。鏡を覗いて見な」

 言われるままに鏡を覗くと、結い上げた黒髪だった自分が金色のストレートな自分に変わっていた。

「おわう!」

 奇妙な叫びを上げて後ずさり、それから呼吸を整えて、今度はしげしげと自分の姿を眺めはじめた。

「本当に変身してる」

「そりゃあね」

「でも、良く見ると顔とか体は変わっていないんだね」

 その言の通り、鏡に映った法子は服や髪の色は変わっているものの、その幼い顔立ちと体つきは全く変わっていなかった。さっきと比べるとまるで別人の様と言ってもいいが、法子でない全く別の誰かという訳ではない。

「だから絶世の美女になる訳じゃないと言っただろう」

「そうだけど……でも他の人に見られて私が魔法少女って知られるのが恥ずかしいんだけど」

「安心しなよ。正体はばれない様になっているから」

「そうなんだ」

 法子は変身した自分をしばらく眺めて、顔を赤らめた。

「どう? 変身した感想は」

「うん、実際に着てみるとこういう衣装って恥ずかしいね」

「この期に及んでそんな感想?」

「だって」

 恥ずかしそうに体を小さくする法子に、タマは呆れた溜息を送る。

「まあ、良いけどさ。じゃあ、行こうか」

 その言葉に法子が慌ててタマを見た。

「何処に?」

「何処にって魔物の気配を察知したからそこにさ。君は変身したら魔物を倒して人々を救うと言っただろう?」

「そ、そうだけど」

「今更怖気づいたのかい?」

「そうじゃなくて、恥ずかしいんだよ! この恰好! ほら今日はもう変身できたんだし、魔物退治は明日からって事で」

「アホか! さっさと行く!」

「えー」

「文句言わない!」

 タマに促されて法子は渋々と部屋から出ようとして、廊下から弟の足音の如き音が聞こえたので、回れ右をして窓を開けて、夜の闇に躍り出た。


 魔法少女となった法子は民家の屋根を踏み締め飛び越えていく。月明かりに照らされたその表情はいつになく明るい。

 風切りの音がびょうびょうと耳に木霊する。夜の冷たい空気が気持ちいい。視野は何処までも遠くを見渡せた。何百メートルも先に猫みたいな生き物を肩に乗せた女の子の後姿が見える。

「それで、何処に行くの?」

「体の赴くままに進めば大丈夫。勝手に魔物のところに着くから」

「何が居るの?」

「伝わる魔力からすると大した事無い魔物だよ。練習にぴったりのはずだ」

「楽しみー!」

 一際大きく跳ぶと、そんな気はまるで無いのに、糸に操られる様にして、公園へ着地した。タマと出会ったあの公園だ。少し離れたブランコの上に、綿毛の様なものが居た。猫の様な目がついている。可愛いんだか、気持ち悪いのだか分からない。途端に頭の中に情報が流れ込んで来た。

『ミスト

 実体を持たない霧状の魔物。一時間周期にその外見を変える。

 出来る悪事は目の前に現れて人を驚かせる事。

 魔力:微弱

 生命力:E

 可愛らしさ:特殊』

 突如として浮かんだデータに法子は驚いた。

「な、何これ!」

「ふむ、どうやら君の能力の一つは解析らしいね」

「能力?」

「そう。私の力で変身するとその者に合わせて幾つか特殊な能力が付与されるんだ。多分、元々の才能を引き出しているんだと思うけれど、正確な所は私にも分からない。それで君の能力の一つが解析な訳だ」

「へえ。何だかカッコ良い」

 法子はうっとりと虚空を見つめた。

「他の能力は?」

「それは発現してみないと分からない」

「早く知りたいなぁ」

「まあ、とにかく相手が弱い事は分かっただろう? 練習にもってこいだ」

「うーん、何だか可哀そうだけど。倒さなくちゃ駄目?」

「勿論。良いかい? 魔物というのは、どんなに弱くても居るだけで周囲に影響を与えるんだ。昨日も言っただろう? その影響が積み重なれば、いずれ魔導師というもっと強いのが現れる。その魔導師が更に周囲に影響を与えて、それが積み重なるともっと危険な魔王が現れる」

「そっか、倒さなくちゃそういうのが出てきちゃうんだね。それでどうすれば良いの?」

 法子は刀を構えた。何だか舞い上がっているのが自分でも分かる。はしゃぎたくてたまらない。

「基本は私を使って相手を切れば良い。刀の使い方は分かるかい?」

「持った事も無い」

「大丈夫。触れれば切れる」

「おお! 心強いよ、タマちゃん!」

 嬉しそうに叫んだ法子は、刀を握る手に力を込めて、駆けた。一歩で距離を合わせ、二歩でミストの目前に迫り、右手を柄に添えて、ふわふわと浮いているミストに向けて拙い動きで抜刀した。刃先はミストへ吸い込まれ、その身を切り裂く。

 切った。確信を持った法子は笑みを浮かべて、ミストの居た場所を見つめ、

「え?」

そこで相も変わらず何て事も無い様子で浮いているミストを見て呆然と呟いた。

 そんなはずは無い。そう思って、法子は刀を振り上げ、ミストへと振り下ろす。刃は過たずミストを通り抜け、変わりのないミストはふわふわと浮いている。

「何で?」

「いや、何でって霧状だからだろ」

 言われてみればその通りで、霧を切れるはずが無い。

「でもさっき触れれば切れるって」

「切れるよ。ただ魔力を込めなくちゃ」

「魔力を込める?」

「そう。刃先まで力を行き亘らせないと、魔力で出来た物は切れないよ」

「そう言われても」

 魔力を込める方法何て分からない。

「もしかして出来ない?」

「……だって習った事無いし」

「ま、まあ、大丈夫だよ。教えるから。難しい事じゃない」

 タマは励ます様にそう伝えてきた。

「まずは目を瞑ろう」

 言われた通りに法子は目を瞑った。

「次に自分の手の先に私が居る事を感じて」

 柄をぎゅっと握る。

「君の延長に私が居る」

 私の延長。

 法子は自分の体の中にまた渦の様な感覚が立ち込めて来るのに気が付いた。

「それが君の魔力。それを刀の先まで届かせて」

 渦の先は意のままに動いた。腕を通り、手の先、刀へと流れ込んでいく。

「よし、目を開けて。それを維持」

 目を開けると刀は鈍く光っていた。

「そのまま刀を魔物に!」

 法子は刀を正眼に構えて、振り上げ、勢いよく振り下ろした。

「あ、駄目だ」

 タマの声が響いたが、気にせず刀をミストへと振り下ろす。だがやはりミストは切れなかった。刀の光は消えていた。

「むー。切れない」

「振り下ろす時に気を散らしたね」

「難しいんだけど」

「練習あるのみ」

 法子が再び刀に魔力を込める。それを維持。神経を擦り減らしながら刀の先にまで気を使って、そうして刀を振り上げる。

 その時、嫌な予感がした。

 嫌な予感の命じるままに横を向く。

 そこに大きな黒い塊があった。

『ミストストーカー

 ミスト可愛いよミストミストミストミストー! ミストの為なら死ねる。愛してるよミスト! 気がおかしくなる程愛してる! 欲しいのはミストだけだよミスト!

 ミスト:ミスト

 ミスト:ミスト

 ミスト:ミスト

 ミスト:ミスト』

「え?」

 思わず法子の口から呆けた声が漏れた。

 呼応する様に黒い塊が鋭い硬質な鳴き声を上げた。

 敵意に溢れた鳴き声は公園中に満ち満ちた。

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