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総力戦

「さあ、どっちを譲ってくれるんだ?」

 楽しくて仕方が無さそうな表情のルーマを見て、徳間は理解出来ないといった表情で訊ね返した。

「あんた、何でここに?」

「ちょっと頼み事をされたんだ。で、どっちを譲ってくれる? あの炎使いが良いんだが」

 徳間は学校でルーマと出会った時の事を思い出し、辺りを見回した。

「ルーマ、だったか? あんただけか? この前一緒に居た女の子は?」

 出来ればこの戦いの最中に子供が来て欲しくはない。守っている余裕などまるで無いから。

「ああ、あいつは塞ぎ込んでる」

 塞ぎ込んでる? 意味は分からないが、とにかくここに居ないのであれば幸いだ。

「で、俺はどっちと戦って良いんだ?」

 徳間は考える。目の前のルーマの立ち振る舞いを見るに弱くは無い。どれだけの強さかは分からないが、自信のある態度を見るに、弱り切った自分よりは強いだろう。加勢してもらえば間違いなく現状よりも有利になる。

 ただ徳間の中に、これは自分の戦いである、という思いがあった。自分の始めた戦いである。自分が引網を捕らえ、羽鳥を殺し、遠郷を逃したからこそ、今の状況がある。その泥を誰かに擦り付けるのか、と。

 だがそれは我儘だ。自分の気持ちを優先させてはならない。ここは何を使ってでも勝ち、町の平穏を守る事が先決だ。ヒーローを名乗るのであれば迷う事すら許されない。

「炎使いと戦いたいなら、そっちを譲ろう」

「よし! 感謝する!」

 ルーマが振り返って遠郷を指差した。

「二対一は卑怯だろう。俺が加勢する。そっちの炎使い、俺と戦え!」

 遠郷が不思議そうに自分の事を指差した。

「俺?」

「そうだ!」

「まあ、確かに気分の良い戦いじゃなかったが」

 遠郷は徳間の事をちらりと見やってからルーマに向き直って口の端に笑みを浮かべた。

「良いだろう。そっちの方が面白そうだ」

「ちょっと遠郷さん、そんな勝手な」

「何にせよあの新手を食い止める役は必要だ。それに、徳間の事をあんなのと言ったお前だ。当然勝てるんだろう?」

 不満そうにしている水ヶ原から離れて、遠郷はルーマに錫杖を向ける。

「さあ、掛かってこい!」

「戦闘開始だな?」

 ルーマがそう言って、片腕を何度か回し、止めたかと思うと突然に走り出す。遠郷は真っ直ぐに突っ込んでくるルーマの周りに炎の点を灯らせた。近寄ってくるという事は近接戦闘が得意なのだろう。であれば、距離を取り動きを封じて戦うのが上策だ。

「ライルクラスト!」

 遠郷が錫杖を僅かに上へ逸らすと、ルーマの周りに灯った炎から火で出来た紐が生まれて、ルーマに絡みついた。幾重にも幾重にも絡まってルーマを完全に覆い尽くす。

 それだけでも並みの相手であれば焼かれて死ぬ。だが遠郷は油断しない。錫杖で空中に白い二重同心円を描き、間に文字を書き入れていく。六芒星を中に入れて、最後にその魔法円を割る様に錫杖を縦に振った。大気が鳴動し始める。

 その時、ルーマに絡まる炎の紐が千切れ始めた。どうやら中のルーマが力尽くで押し破ろうとしている様だ。思った通り。近接戦闘を挑んでくる相手に共通しているのは防御に絶対的な自信を持っている事だ。どれだけ強力な攻撃を持っていても近寄れなければ意味が無い。相手に肉薄するまでの間、何が何でも止まらないだけの防御手段を備えている。

 だからこそ遠郷の放とうとしている魔術に意味がある。これから生み出す炎は、触れるだけで敵の魔力を焼き焦がす。例えどれだけの耐久力があろうと関係なく魔力を燃やす。どんな魔術で押しとどめようとその魔術自体を造作もなく焼き尽くす。転移魔術を使う水ヶ原や、あるいは魔術を瞬時に消失させる様な相手との相性は悪いが、魔術を強引に突き抜けて我武者羅に突っ込んでくるタイプなら、この魔術で内部の魔力を焼き尽くす事が出来る。

 紐が千切れ飛び、中からルーマが現れた。そこへ向けて遠郷は魔術の炎を放つ。

「封而火の風鳴!」

 炎が飛ぶ。一綴りの劫火がルーマの元に迫る。

 それをルーマがあっさりと右の拳で殴り落とした。そのまま伸びる炎の横を通り過ぎ、遠郷の間近に迫る。

「な」

 驚愕で動けない遠郷を、ルーマはその右の拳で思いっきり殴り飛ばした。

 吹き飛ばされた遠郷はビルの外に飛び出して、慌てて炎の楔を天井に打ち込んで自分の体を止め、反動でビルの中に戻る。

「まさか拳で殴り落とされるとは」

 遠郷の呟きにルーマが答える。

「炎に二次的な魔術を付与していただろう? 魔術自体の強度がガタ落ちしていたぞ」

「それでも素手で止められたのは初めてだよ」

 遠郷が何よりも驚いたのは、ルーマが防御の魔術を一切構築していない事だった。遠郷の見たところ、ルーマは本当に生身だけで戦っている。魔術に生身で対抗するなど神話や伝説でしか聞いた事が無い。ありえないと言いたくなってしまう程、考えられない光景だ。

「こりゃ、勝てない」

 そう呟きつつ、遠郷は思案する。僅かな攻防だったが分かった事がある。相手にとって、初めの炎は消しづらく、後の炎は消しやすかった。炎の紐は引きちぎるのに時間がかかったが、後の炎は殴られた瞬間に消えた。初めは炎を固形に変えたもの、後のは炎に魔術を付与したもの。つまり物質の方が消し辛い。それは魔術師にとって当たり前の事だが、その当たり前が通用する位には常識が通じる。そこに勝機を見出さなくてはならない。

 次の一撃に全力を賭す。

「よし、何か考えが纏まったか? そろそろ行くぞ」

 ルーマが声を掛けてきたので、遠郷が笑って返す。

「ああ、お前を倒す算段がついたから、いつでも来い!」

 本当に勝てるのかという不安は決して思い浮かべない。勝てる、勝つという自信を忘れない。心が折れた時こそ魔術師として負けた時だ。

 ルーマが再び走り寄ってくる。真っ直ぐで何の策も無い猪突猛進。遠郷は最初と同じ様に、ルーマの周りに炎を灯らせ、炎の紐を走らせる。ルーマに紐が絡みつく。同時に遠郷は駆け出した。ルーマが内部で暴れているのか、大きな音を立て炎の紐が千切られていく。遠郷は自分の肉体を強化していく。せめて一発殴られても吹き飛ばず、意識を持っていかれない様に。

 紐が完全に千切られ、ルーマが炎の中から現れた。その胸倉を遠郷は掴む。ルーマの拳がやって来て、遠郷の顔面を殴りぬいたが、決して掴んだ手を緩めない。そして叫んだ。

「炎獄・炮烙乃玉!」

 遠郷の身から炎が噴き出て、遠郷とルーマを覆って球体を作った。炎は次第に固まり、輝く炎が鈍色に変わっていく。握る手に衝撃が走る。ルーマが逃げようとしているのだろう。絶対に逃がさない。更に力を込める。炎はどんどんと固化していって、完全な剛体となり、脱出不可能の檻を作る。固形であれば破壊するのは困難なはずだ。敵を捕らえた事を確信して、今度は魔力を通し固体となった炎の温度を上昇させる。人が灰になるよりも更に高い温度へ。鋼鉄が溶融するよりも更に高い温度へ。やがて温度が高まり過ぎて炎を固化させておく事が困難になり溶け出していく。溶けた炎はすぐに消えた。

 溶け出した炎の中から現れた遠郷は、目の前で拳を振りかぶるルーマを見た。

「今のは中々だった」

 そう嬉しそうに言ったルーマは振りかぶった拳を思いっきり前へ突き出す。思考が空白化していた遠郷は反応する事すら出来ずにそのまま殴り飛ばされ、地面に転がった。

「今ので、それだけしか効かないのか」

 遠郷の絶望的な呟きを聞いて、ルーマは慰める様に言った。

「中々良かったぞ。ただ欠点が二つあるな。一つは折角固体化させた炎なんていう面白い物を作ったのに、結局概念で作った熱で相手を焼こうとした事だ。せめて概念化させた熱でなく、現象の熱にすれば良かっただろうに。それに少し温度が低かったな。二倍あれば、きっと俺も殺せていたと思う。もうちょっとだったな」

 熱に関しては確かにその通りだった。効果範囲を限定してより温度を高める為に、球体の中の温度だけが上がる様にした。だからこそ三千度という温度が実現できた。確かにそれは魔術でしか生み出せない概念の熱で、防がれ易いのかもしれないが、それを克服する為に物質化した熱を伝わらせたのだ。ただの概念よりも余程防ぎにくいはずなのに。それに相手は飄々と、二倍高ければ殺せたとのたまったが、二倍といえば太陽の表面温度と同じになる。太陽を一つ作り出せというのだろうか。

「まあ、今のは残念だったが、次があるだろう? さあ、早く次を見せろ」

 ルーマがそう言って歩んでくる。遠郷は立ち上がったが迎え撃つ気力はほとんどなくなっていた。まだ技は色々とあるが、三千度の炎を低いと言ってのける化け物に通じそうな技は無い。まして魔力が無くなった。

「あんた、一体何者なんだ?」

 遠郷は困惑していた。突然現れた異常な化け物。少なくとも日本の魔検にそんな者は居なかった。見れば日本人離れした外見をしている。であれば、海外から派遣されてきた加勢か? それはつまり、ここで徳間と戦うという事が延いては世界中の魔検を相手取るという事になりはしないか。そうなれば勝てる訳が無い。ここで勝っても次で、次で勝ってもさらに次で、いずれ負ける。

「魔検の人間じゃないんだろう?」

 不安に押しつぶされそうになっている遠郷の問いに、ルーマは少し考えてから答えた。

「魔界の者だ」

 魔界? 意味が分からずしばらく考えて、ようやく思いついた。魔物か。なら、こいつは。最近見たニュースを思い出す。この近くで起こった大事件の光景を。だったら、こいつは。

「魔王か」

 それをルーマが笑い飛ばした。

「馬鹿を言え! 魔王がこんなにも弱い訳なかろう」

 化け物が自分に向かって歩んでくる。

 遠郷はせめて一矢報いようと拳に炎を溜めた。その時、それはやって来た。


 徳間は水ヶ原に対して繰り返し、同じ様な攻撃を振るい続けていた。接近し、短剣を突き出し、避けられたところで打撃に移行し、相手が逃げたらまた接近する。休む間を与えない様に、敵の能力を使わせない様に、間髪入れず近づいては攻撃する。魔力の消費を抑える為に、防御に最低限の魔術を使い、肉体のみで攻撃する。

 水ヶ原は徳間が魔力を節約しながら戦っている事を見て取って、防御に徹しつつ、隙を見てはナイフを振るい徳間の周囲に斬撃を発生させる戦術をとっていた。嬲る様に少しずつ徳間の魔力を減らしていく。

 徳間にとっては幸運な状況だった。もしも消耗を狙うのであれば、徳間が近づく前に転移して、完全に距離を離しつつ、遠間から攻撃し続ければ良い。徳間は大量の魔力を消費して遠距離戦に対抗せねばならず、魔力の消耗は桁違いに多くなる。

 水ヶ原がそうしないのは完全に性格の問題で、あくまで相手に希望を見せつつ絶対的に有利な状況で嬲り殺す事を楽しんでいる為だ。そこに徳間の勝機がある。

 自身の周りに準備していた結界を張って、水ヶ原の元へひた走る。

「いつの間にか魔力がほとんど残っていませんね? もう降参したらどうですか?」

 突っ込んでくる徳間を見ながら、水ヶ原がそう挑発的に呟いた。

「女の子に負ける気分はどうですか?」

 余程さっきの挑発を根に持っているんだなぁと呆れつつ、徳間は短剣を水ヶ原へ突き出した。避けられる。更にもう片方の短剣を突き出すと、水ヶ原はそれをナイフの腹で防いだ。一歩距離を取って攻撃を緩めた後、身を沈めて足払いを掛ける。相手の足に止められる。即座に立ち上がりつつ、短剣を突き出し、それも防がれる。

 徳間は水ヶ原が余裕の表情で自分の攻撃を受け止めたのを見て、笑う。この単調な攻撃に相手が慣れて、注意が薄れているのであれば、次の攻撃が当たる。

 徳間は頭上に短剣を向けた。天井が瓦礫となって落ちてくる。水ヶ原がそれを驚いた表情で見上げ、その隙を突いて短剣を突き出した。水ヶ原の防御が遅れ、短剣の切っ先が迫る。

 その瞬間、水ヶ原は逃げる為に転移を行おうとした。が、転移は発動せず辺りに棘が散らばるだけだった。徳間が張っていた結界の効果だ。今、徳間の周囲二メートル程に結界が張られ、その境を越えようとする魔術は全て防がれる。つまり転移で逃れる事は出来ない。

 転移が発動せず驚きに固まった水ヶ原の肩に短剣が突き刺さる。徳間は一気に魔力を込めて、その肩口に棘を生んだ。

「ぐ」

 水ヶ原が呻く。

 徳間が更に棘を生やそうとした時、腕に瓦礫が落ちてきた。棘によって防いだが、瓦礫は後から後から降ってくる。

 やべ、落ちてくる瓦礫の事、考えてなかった。自分の間抜けさを後悔した時にはもう遅く、降り注ぐ瓦礫を避ける為に引き下がる。水ヶ原との距離が離れ、絶好の機会を逸して後悔した。

 水ヶ原は瓦礫の向こうで荒い息を吐きながら、こちらを睨んでいる。もう油断して不用意な接近は望めそうにない。

 どうしようかと悩み始めた時、水ヶ原の背後、吹き曝しとなったフロアよりも更に向こう、星の浮いた夜空に人影を見た。


 夜空と夜景の間で、摩子は杖の上に立ってビルの中を見つめながら怒った顔をしていた。そして息を吸い、大きく口を開いたかと思うと、魔術で増幅した凄まじい大音声が徳間達の戦うフロアを襲う。

「喧嘩は止めなさい!」

 徳間も水ヶ原もルーマも遠郷も魔法少女を見て固まった。

「魔法少女見参! この町で好き勝手はさせないよ!」

 摩子がびしりと指を突きつける。

「また変なのが来た」

 水ヶ原がぽつりと呟いた。

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