表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/108

消耗戦

「よお、邪魔するぜ、お二人さん」

 徳間が開き切った扉をノックした瞬間、遠郷と水ヶ原の警戒が最大まで跳ね上がった。臨戦態勢を取る二人に向けて徳間はのんびりと歩き、少しして止まる。相手との距離は歩幅にして二十歩。物理的な攻撃を放たれても十分対処できる距離であり、並みの魔術であれば十分減衰する距離。本当なら今すぐにでも二人を殴り倒して有黍の居場所を問いただしたいところだが、そういう訳にもいかない。

 まず遠郷を見る。炎を生み出し操る魔術師。昨日の何処か緊張感の無い様子と違って今日は深刻な表情を浮かべている。理由は、恐らく羽鳥を殺したから。自分で仲間の命を絶ったのだから苦しみは計り知れないだろうなと徳間は思った。胸が痛くなる程に遠郷の気持ちが良く分かる。

 遠郷とは昨日戦ったばかりだが、随分と昔に会った様な気がした。別に旧来の仲だと思う様になったとかではなく、何だか昨日の事が遠い昔の事に思えてならなかった。昨日と今日を隔てる事柄といえば、有黍が消えた事だ。まだ出会ってから数日で、有黍という存在が自分の中でそこまで大きくなったとは思えない。そうではなく仲間を奪われたという事に過剰な反応をしているんだろうと、徳間は自分で自分の心を分析した。

 次に水ヶ原を見た。若い。女性の様な顔をしている。一見すると犯罪等とは無縁の顔だ。何処かで見た事のある顔だった。何処でかは思い出せない。今こうして犯罪組織に身をやつしている事を考えれば、当人がどんな関わり方をしたにせよ、陸でもない状況で見たのだろうと思う。何か悲惨な事件に巻き込まれたか引き起こしたか。心当たりが多すぎて一つには絞れない。

 徳間は二人を観察しつつ、逸ろうとする心を必死と沈めて、冷静な口調で言った。

「ああ、別に構えなくて良い。こっちは戦いに来たつもりはない」

 あくまで冷静ぶろうとする徳間を挑発する様に、水ヶ原が笑顔を浮かべた。

「では、何の用件で? せめてアポイントメント位は取ってください」

「すまねえなぁ、急いでたんだ。用は簡単な事さ。有黍を取り返しに来た」

 水ヶ原が意地の悪い笑みを浮かべる。その手をゆっくりと握り少しずつ集中させていく。

「でしたら見当違いでしたね。僕達は借りた覚えも奪った覚えもありませんよ」

「そうかい。なら、まだ引網から連絡が言ってないのかもな」

「さあ、どうでしょう?」

 徳間はゆっくりと辺りを見回し、

「お仲間は居ないのかい?」

「ここに」

 水ヶ原が遠郷を手で示す。

「他の奴等は何をしている」

「答えると思います?」

「答えてくれると嬉しいね。お前等の目的は?」

「何て事はありません。ただ魔検を潰したいだけですよ」

「友達になれそうだ」

「御冗談を」

 水ヶ原はそれを終え、ゆっくりと手を開く。

「とにかくここにあなたが目的としている方は居ませんよ。なのでお引き取りください。でないと力ずくで追い出します」

 徳間もまたそれを終え、針の様な短剣を構えた。

「まいったね。女をいたぶる趣味は無いんだが」

 水ヶ原の笑みが消えた。

「女性が何処かに居ますか?」

 徳間が笑みを深める。

「ああ、あんた男なのか」

 水ヶ原は再び笑みを浮かべ、壁際に歩んで真っ白な壁面に手を突いた。もう片方の手を徳間へと向ける。

 瞬間、徳間の目の前で金属と金属が削れ合う様な音が鳴り、いがの塊が次々と生まれぼろぼろと地面へ落ちていった。水ヶ原が魔術を行い、それを徳間が棘によって防いでいる、その結果だ。目の前で起こる魔術の干渉を眺めながら徳間は水ヶ原の魔術について思考した。自分の消費する魔力が少ない事から、防ぐのに大量の魔術が必要な物質で攻撃する類ではなく、防ぎ易い概念や魔力で相手を攻撃するタイプだと分かる。壁に手を突き、もう片方の手をこちらに向ける動作がブラフでないなら、壁や床を伝って伝播する魔術──ではない。そうであるなら、床で干渉が起こるはず。手をこちらに向けているのだから何かを飛ばしている? そうも見えない。

 考えるのは苦手なんだよなぁ、と頭を掻きながら、徳間は入り口へ下がった。金属の不快な音といがの生成は徳間の背を追う様についてくる。が、部屋を出ると、ふと止まった。徳間は振り返り、水ヶ原と遠郷が壁で見えなくなった事を確認して、どうやら相手の魔術は視界に収まる範囲にしか効果を与えられないと見当づけた。

 一方で水ヶ原は部屋から出て行った徳間を見送った後、遠郷に声を掛けた。

「遠郷さん、あんなのに負けたんですか? 弱そうですよ?」

 遠郷が静かに答える。

「桁違いに弱っているな。魔力を回復させてないんだろうな。恐らくずっと休み無しで動き続けているんだろう」

「自己管理も強さの内じゃないですか?」

「とにかくこっちが有利になっているんだ。良い事だろ」

「勿論遠郷さんも僕と一緒に戦ってくれますよね?」

 水ヶ原の問いに遠郷は一瞬だけ言葉に詰まった。

「当たり前だ。あいつは敵だからな」

 遠郷はすぐにそう言って取り繕ったが、恐らく水ヶ原にこちらの心中が読まれただろうと後悔する。そう、油断している水ヶ原を後ろから刺してしまいたい等という考えは当然読まれたはずだ。相手が警戒している今はまだ、仲間の振りをしておいた方が良い。

 仕方なしに遠郷は懐から錫杖を取り出した。肘までも届かない様な短い錫杖を徳間の消えた方へ向ける。狙いは壁。徳間を燻り出す。集中し、自分や水ヶ原、天井や床には一切損害を与えない様細心の注意を払って魔術に指向性を与える。

「爆邪残光炎!」

 遠郷が叫んだ瞬間、凄まじい炎を上げて壁が消し飛んだ。それだけでは止まらず、次から次へ爆発音が連鎖する。壁が次々と吹き飛び、辺り一帯が炎に包まれ、それが瞬く間に消えたかと思うと、そのフロアの壁は全て無くなり、後には上階を支える柱だけが残った。吹き曝しの更地となった階の真ん中に徳間が立っている。徳間は辺りを見回して、良く見える様になった外の夜景に目をやってから、頭を掻いて小さくつぶやいた。

「これは少しまずいな」

「ただ視界を良くしただけだ」

 遠郷が自分の周囲に炎を立ち上らせる。

「攻撃はこれからだ」

 炎がまるで液体の様に溶けて地面に落ち、這いずりながらゆっくりと徳間へ近づいていく。一時前の激しい爆発とは対照的な不気味な程静かな攻撃に徳間は違和感を覚えた。何か企んでいるのだろうか。だが悩む暇は与えられない。

 水ヶ原がナイフを振るう。途端に徳間の周囲を囲う様に無数のいがが生まれ地面に落ちる。魔術の干渉が起こっている様だが、徳間にはやはり水ヶ原の魔術が分からない。斬撃を飛ばす魔術かと徳間は考え、すぐに否定する。斬撃を飛ばすのであれば、それは徳間の正面にナイフの動いた距離分だけにしか効果が無いはずだ。けれどいがは徳間を囲う様に生また。つまり単純に斬撃を飛ばした訳ではない。なら何だ? 任意の場所に斬撃を発生させる魔術?

 水ヶ原がナイフを振るう毎に徳間の周囲にいがが生まれては落ちる。更に足元に遠郷の生み出す液状化した炎が迫っていた。いががその進行を押しとどめるが、凄まじい熱気が足先から顔にまで届いて喉が痛い。

 そこで徳間は敵がこちらの魔力の消耗を狙っている事に気が付いて跳び退り、そのまま近くの焼け焦げた柱の陰に逃げ込んだ。だが炎の海はお構いなく迫ってくる。

 全くもって正しい戦術だ。もう丸二日ろくに寝ていない。特に有黍が消えてからは僅かな休憩も挟まなかった。魔力の底は見えている。ほんの微かに徳間の中に焦りの感情が芽生えた。とにかく短期決戦を挑まなければならない。

「こんな衰弱した俺に二人がかりか? 随分と臆病だな」

 徳間が柱の陰から言葉を投げかけると、水ヶ原の声が返ってきた。

「ええ、根っからの臆病者なんですよ。特に相手が徳間さんとあっては、ねえ」

 徳間が柱の陰から跳び出した。跳び出した瞬間、水ヶ原のナイフが振るわれ、徳間の周囲にいがが生まれる。構わず走る。狙いは遠郷。炎を液状に変える様な性質変化は使い方次第で幾らでも危険になりえるし、先程の爆発は単純に強烈だ。昨日戦った時と比べて明らかに強くなっていた。恐らくそれは手に持ったワンドの力。次の接触で遠郷を仕留める。出来ずともワンドを破壊する必要がある。

 徳間は真っ直ぐに遠郷へと走る。いつの間にかフロア中を浸す程広がった液状の炎が押し包むように宙へ伸びかかり被さってくる。それを針で押し退けながら道を切り開いていく。魔力を次々に消費していく。長くは持たない。消費は最小限に。敵の攻撃に干渉する魔術を弱め、戦闘継続に問題が無いぎりぎりの所に抑える。途端に炎の侵食が棘に勝って痛みが全身を甞め上げたが、戦闘の中での興奮がそれを打ち消した。

 炎の中を突き進みながら自身の魔力が目減りしていく事を感じ取って、徳間はふと迷う。だがやめた。まだ取っておかなければならない。

 炎を抜け出した。炎の中から跳び出した徳間の体には所々に火傷の跡が見える。けれど生き残った。すぐそこで錫杖を構えている遠郷へ跳びかかる。

 徳間が短剣を腰で撓め、渾身の力で突き刺そうとした。

 その時遠郷が呟いた。

「ライルクラスト」

 遠郷の背後に数多の炎の点が生まれた。幾つもの点から炎が生み出され、糸状に伸びて、徳間と遠郷の間を隔てる様に重なった。徳間は炎の糸を棘で切り開き遠郷へ向かおうとするも、炎の糸は次々に伸びてその壁を厚くしていく。

 炎を切り開こうとする徳間の魔力が異常な勢いで減っていく。この炎は固体なのだろうと徳間は当てをつけた。固体であればそれだけで干渉する為の魔力は多大になる。だが分かったところで何の意味も無い。炎の糸は徳間と遠郷を隔てる様に次々に編まれ、あまりにも厚くて突き進めそうにない。それだけでなく糸は徳間を拘束しようと次第に取り囲み始めていた。これ以上無理をすれば取り囲まれる。

 徳間は舌打ちしつつ後ろに逃れ、距離を取る。距離を取った瞬間、体の周囲からいがが零れ落ち始めた。水ヶ原がとても愉快そうにナイフを振っている。何度も何度も執拗にナイフが振るわれ、その度に徳間の周囲にいがが生まれ、徳間の中の魔力が減っていく。

 どうする? 隠れるか? いや、どちらにせよ相手を殺さなくてはならない以上、後ろに退けばそれだけ不利になる。ならこのまま突っ込む? 今何も出来なかったのに? なら逃げるか? それは論外だ。なら行くしかない。

 徳間は短剣を、丁度遠郷と水ヶ原の頭上の天井に向ける。向けた瞬間音が鳴り、音が鳴ったと同時に天井に亀裂が入った。天井に針が生え、そうかと思うと天井が崩れ落ちる。降り注ぐ瓦礫を遠郷は慌てて炎で燃やし、水ヶ原は転げる様に避けた。水ヶ原に向かって徳間が走り込んだ。せめて一人殺して状況を傾かせる。水ヶ原が立ち上がったところへ徳間は短剣を突き出す。短剣は水ヶ原の顔面へと伸び、けれど水ヶ原は突き出された短剣をナイフの腹で防ぐ。徳間が切っ先をずらして短剣をナイフから外し、そのまま水ヶ原の顔へ突き出す。水ヶ原が顔を横に振って避ける。頭に注意を逸らしたところで徳間の足が水ヶ原の足を掬った。水ヶ原の態勢が崩れ、転ぶ。その腹目掛けて、徳間が身を沈め短剣を振り下ろす。振り下ろした短剣が突き刺さる。

 徳間が地面に突き立った短剣を抜いて素早く振り返ると、笑顔の水ヶ原が立っていた。水ヶ原のナイフが振るわれ切っ先が徳間に迫る。徳間はそれを短剣で防いでから、蹴りを放った。水ヶ原はそれを避けて引き下がり距離を離す。距離が離れると水ヶ原は再びナイフを振るい始めた。徳間の周囲にいがが生まれ落ちていく。

 空間転移か? 分かったところで状況の打破には繋がらないが、準備は無駄にならなかったので愉快な気分になった。だがそれだけ。

「後は倒すだけなんだがなぁ」

 徳間が呟く。どうにも厳しい状況だ。このままでは何度攻撃を加えても打破出来ない。魔力を削りきられて嬲り殺される。

 悩んでいるところに、

「どっちか譲ってくれないか?」

そんな声が響いたので、

「譲れるものなら譲りたいが」

と答え、今の声が水ヶ原の声でも遠郷の声でも無い事に疑問を抱いた。この場に居る人間の声ではないが、確かに聞き覚えのある声である。だが何処で聞いたのか思い出せない。敵の新手かと遠郷と水ヶ原を見ると、二人とも怪訝そうに辺りを見回している。

 敵にとっても不測の事態?

 とにかく何が起こっても動ける様にしておこうと徳間が身構えていると、突然床が爆発して辺りに土埃が立った。それを風が吹き散らした時、親指で背後を指しながら笑うルーマが徳間の前に立っていた。

「どっちを譲ってくれるんだ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ