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法子を待つ学校の日常

 友達が学校で待っている。昨日は待っているかも知れないだったけど、今日は絶対に待っていてくれる。それも一人だけでなく沢山の友達が。それを考えただけで、法子の心ははしゃぎ回りたくなる位に高揚して、歩調がいつもよりもかなり早くなっていた。早く学校に行きたい。

「あ、法子さん」

 校門に辿り着いた時、名前を呼ばれた気がして立ち止った。でも自分の名前が呼ばれるわけなんか無いから、法子はそのまま足を進め、突然肩に触れられて驚いて振り返ると、そこに男子が立っていた。

 その男子には見覚えがあり、昨日もその顔を見ていて、名前も知っているはずだった。購買であった陽蜜達の友達の──

 一瞬思い出せなかった。途端に混乱を来たし、必死で頭の中を探りに探り、ようやっと名前を思い出す。

「たけちょんさん!」

 法子がそんな事を叫ぶので、声をかけた武志は面食らって、すぐに噴き出して笑い出した。

 法子は笑い声に惑いながらも、自分がまだ知り合って間もない相手を渾名で呼んでしまい、その上渾名にさん付けしてしまった事に気が付いて、恥ずかしげに顔を赤らめ、時遅く半渡武志という名前が思い浮かんできた。

「あ、すみません。半渡さん」

 決まり悪げに言った法子の肩を、武志は何度か笑って叩いた。

「別にたけちょんさんでも良いのに」

 とりあえず相手がそこまで怒っていなさそうで、法子は安堵すると共に、武志の心の広さに感謝した。

「法子さんはこんな朝早くにどうしたの?」

 どうしたの? と聞かれて、法子は顔を更に赤らめた。早く来たのは別に何か用事がある訳ではなく、ただ自分の心の逸りに突き動かされただけで、今までの孤独な日々と違って今日は友達が待っててくれるからなんていうそんな恥ずかしい事を言える訳が無かった。

「その、早く起きたから」

 言ってから、これはこれで恥ずかしい理由だと思って法子は益々縮こまった。幸いな事に法子は俯いたので、武志の見守る様なにやにやとした笑いを見ずに済んだ。見ていればそれを自分の馬鹿さ加減を笑っている笑いだと勘違いして、恥ずかしさのあまり登校拒否をしていたかもしれない。

 縮こまった法子は何とか話題を接ぎ穂しようと、必死で次に語るべき言葉を探し、そうして結局武志と同じ事を言った。

「半渡さんはどうしてこんなに早く?」

「俺? 俺はサッカー部の朝練があったから」

 今更ながらに半渡がサッカーのユニフォームを付けている事に気が付いた。

「今片付け終わって暇だからさ」

 ちらりと武志の後ろを見てみると、確かにサッカー部の人達は暇そうに話し込んでいて、遠くまで物を運んでいる部員の帰りを待っている様だ。その部員も帰ってきて、どうやらまた何か始まるらしい。集合という掛け声が響き渡った。

「あ、もう帰って来たのかよ、あいつ」

 武志は不満そうに背後を振り返ってから、法子に向けて快活な笑顔を向けて手を上げた。

「じゃ、また教室で!」

「あ、う、うん」

 法子が何とか手を上げ返すと、武志は笑顔のまま背を向けて、部員達の集まりに戻って行った。

 その戻って行く背を見て、法子は何だか感動していた。明るく運動に精力を向けている。自分には出来ないその快活さが素晴らしい事に思え、それを難なくこなしている武志がまるで英雄の様に見えた。そんな人と気安く喋っていた自分も何だか凄くなった気がした。

 弾む様な心に合わせて歩調も跳ね上がり、いつもの何倍も力強く校庭を踏みしめながら法子は校庭を通って校舎へと向かった。朝の早い時間だというのに、法子の他にも何人か登校している人がいる。そんな人達と自分は今同じ舞台に立っているんだと考えて、法子の心は更に高揚した。高まり続ける心に合わせて法子の歩調はどんどんと強くなっていく。

 法子は辺りに散らばる登校者達の中に友達が居ないかと探してみた。残念ながら居なかったが、それでもいつもであれば無機質に見えて絶対に関わり合いになれないと思っていた見知らぬ他人達が、今は何だかとても心安く見えて、その肩を叩いて挨拶をしてみたい気持ちがどんどんと湧いてきた。当然そんな事実際に出来る訳がないけれど、そうしたくてたまらない程気分が浮き上がっていた。

 もうすぐ玄関だ。更にその先に教室がある。そうしてそこでは友達が待っている。そう考えると楽しくて楽しくて仕方なく、嬉しい気持ちで玄関のガラスの向こうを見透かした。

 その瞬間、法子の足が突然鈍くなった。

 下駄箱に法子と同じクラスの、以前法子を公然と批判していたグループが居た。それだけだ。たったそれだけだけれど、法子の中の苦手意識が法子の全てに歯止めをかけ始めた。

 出来れば彼女達には早く靴を履きかえて何処かへ行って欲しい。ところが一向に去る様子は無く、そもそも靴を既に履きかえていて、どうやら人を待っている様だった。

 嫌だなぁと思った。あの横を通り過ぎなくてはいけないなんて嫌だった。何を言われるか分からない。だが通らない訳にもいかないので、仕方なく法子は重たくなった足取りで玄関へ向かった。

 その時、突然下駄箱で屯しているクラスメイト達が法子の事を指さした。

 途端に法子の心臓は跳ね上がって、全身から汗が流れだし、胃の腑をひっくり返した様な吐き気が込み上げてきた。

 何で? 何であの人達が私の事を指さしたの?

 きっと彼女達は自分の事なんて嫌っている。だから積極的に関わってこないだろうと考えていたのに。法子は訳の分からなさに混乱して、唾を飲み下した。関わってくる理由が見えなかった。

 勘違い、ではなく偶然、そうじゃく、そう偶々、偶々彼女達の視界に自分が入り、だから指さして、そうして何か惨めさを笑うなりなんなりしただけ。そうに違いない。だってそうでなかったら待ち伏せされている事になる。そんな待ち伏せされる様な事をした覚えは全くない。そう考えつつも、法子の頭の中には理由の無いいじめの現場を描いた場面がぐるぐると回っていた。

 心臓が張り裂けそうだった。喉が干上がって張り付いている。吐き気が段々と高まって、足取りがどんどんと重くなった。

 行きたくない。けれど行かなくてはいけない。

 出来るだけ気付かれない様に体を縮こまらせて、法子は下駄箱へ向かい、クラスメイト達の傍を通り過ぎようとした。クラスメイトの声がかかった。

「ちょっと良い?」

 法子の心臓が跳ね上がる。

 何で? 何で話しかけてくるの?

 怖くて怖くて仕方が無かった。何で自分に話しかけてくるのか分からず、自分がどうされるのかも分からず、分からなくて怖くて、怖くて気持ち悪くて逃げ出したかった。けれどここで逃げては友達と永久に会えなくなってしまう。

 法子は勇気を振り絞って顔を上げた。どんな事にも立ち向かおうと、毅然とした思いで。

 意外にもそこにはクラスメイトの笑顔があった。

「話がしたいんだけど」

 明るい優しげな声音が掛けられた。その顔は敵意なんてまるで無い様な表情をしていた。法子の今までの不安を全て吹き飛ばす様な優しい笑みだった。

 彼女達を恐れていた自分が恥ずかしくなった。

 敵意を向けてきているんじゃない。友好を温めようとしてくれているんだ。もしかしたらこの前の悪口を謝ってくれるのかもしれない。やっぱり自分は変われているんだ。これからどんどんと友達の輪を広げていけるんだ。そう思って涙が出そうになって、けれどそんなところを見られたら気持ち悪く見られてしまうから、何とかこらえて、クラスメイト達がついてきてと言うのでそれについて裏庭へと向かった。


 裏庭に付いた途端、法子は壁に押し付けられて睨みつけられた。法子は頭の中を真っ白に、顔を真っ青にして震え始めた。

 訳が分からなかった。

 今の今までとても優しそうに微笑んでいた人達が何故か裏庭に着た途端に物凄い形相になって自分を睨みつけてきた。それはあまりにも一瞬の事で魔法の様に思えた。でもそうでない事は分かっている。ただ単に何も変わっていなかっただけなのだ。前以上の敵意を向けられている気もする。

 少しでも自分が変われたなんて信じてしまった単純な自分が悲しくて悔しかった。

「何で学校来てる訳?」

 何でって。

 法子は心の中で反論する。けれど怖くて口には出せない。

「みんな迷惑してんじゃん。あんたクラスの雰囲気壊してるって分かってないの?」

 分かってる。分かってるから、だから! だから私はそれを変えようと頑張って! それに! それにやっと友達もできて……。

「何か最近周りも気遣い始めてるけどさ。明らかに嫌々構ってるし」

 え?

「陽蜜さんのグループでしょ? ほんと良くするわって思うわ。完全にクラスの為の人柱じゃん」

「あんたがクラスに迷惑かけてるから、仕方なく構ってやってるのにさ、それでもあんた昨日ずっと暗そうにしてたじゃん。他人と一緒に居るのが嫌なら学校くんなよ!」

 私は、昨日一日、本当に楽しくて。

「野上君なんて実際あんたの事嫌いでしょ?」

 うそ。

「そうそう。前にさ何か野上君とこいつ言い争ってたんだよ。何か折角野上君が話しかけて上げてるのに、こいつ怒鳴り返してどっか行っててさ。マジ感じ悪かったから」

「しかも野上君とだけじゃなくてさっきは半渡君とも話して何様? 何、どっちか狙おうなんて、身の程知らずな事考えてんの?」

「由美子なんて、この前の所為で入院してるから、野上君と話せないのにさ。こいつは話せるなんて不公平だわ」

 何? この人達は何の話をしてるの?

「あ、でもさっきは笑えた。結局ほとんど会話続かずに打ち切られてたし。よっぽど話す事無かったんだね」

 それは、部活で呼ばれたからで──

「まあ、無理矢理話したらあんなもんじゃん? 普通はもっと続くでしょ」

 あれは呼ばれたから──

「ホントみんなに迷惑かけ続けてお前何したい訳?」

 そこで法子は口を開いた。

 ここで言い返せばもっと激しく攻撃される事は分かっていた。それでも、どうしても言い返したくなった。法子は必死の思いで顔を上げて、その見下す様な顔達に向けて言った。

「私は、私は、私はこれでも頑張って、みんなと仲良くしようと、頑張って、話して」

 言っていて、結局それは自分なりであって、人並みでない事に気が付いて、段々と声のトーンが下がり最後は消えてしまった。法子の震える声を聞いて、クラスメイト達の言葉が一瞬止まり、その直後、盛大な爆笑が辺りに響いた。

「馬鹿じゃん? あれで頑張ってたの? あんなので?」

「いつもと全然違わないじゃん!」

「あれで話そうとしてたとか、あんたホント話すのに向いてないよ! 頭おかしいんじゃない? 口閉じてた方が良いよ!」

 法子の勇気は一息に吹き飛ばされ、恥ずかしさに身を縮こまらせた。

 分かっていた。自分がいくら頑張ったって人並みになれない事は。けれどそれをこうもはっきり笑われると、分かっていても悲しかった。

 思わず涙が込み上げてきて、それを拭おうとしたところを、頭を掴まれて、無理矢理顔を上げさせられた。

「何? 泣いてんの? ばっかじゃねえの! 今まで気づいてなかった? 今更ふざけんなよ。今まで散々迷惑かけてたくせにさ! こいつ、マジむかつくわ。ホントはちょっと注意するだけにしようと思ってたけど、くそうぜえから」

 クラスメイトの手が法子の制服に伸びた。法子がそれに反応する前に、クラスメイトの手が無理矢理制服を引っ張って、上着を脱がされた。

「お仕置きね。二度と学校来たくなくなる様に」

 何を、と思った瞬間、平手で打たれ、倒される。倒れこんで地面に落ちていた石に脇腹を打ち付けて痛かった。頬も痛かったけど、それよりお腹が痛かった。口の中に砂利が入って気持ち悪かった。

「ほらこっち来いよ」

 両側から担がれる様にして無理矢理立たされ、引っ張られる。少し歩いたところで突き飛ばされて、また倒れこんだ。頭を強く打ちつけて世界が揺れる。頭が痛い。喉の奥から吐き気がこみあげてくる。

 何かがのしかかってきた。クラスメイトだろうと思うけれど、とにかく吐き気が酷くて見上げる事が出来ない。

 服を強く引っ張り上げられた。何か音がした。ボタンが弾け飛んだ音だと分かったのは、ブラウスを脱がされた後だった。

 スカートが引っ張られたところで自分が服を脱がされている事に気が付いた。何でそんな事をされてるのか分からず、何をされるのかも分からなくて背筋に痛みの様な衝撃が駆け抜けた。

「ま、あたし等もそこまで鬼じゃないからさ。せめて服位は濡れない様に脱がしてやったから」

 下着まで取られたところで、そんな声を掛けられた。立たされ、項垂れた先に、初冬の冷たさを湛える濁りきった汚い池が見えた。

「頭冷やせよ」

 そうして押された。次の瞬間水面に叩き付けられ、そのまま水の中へと落ち込んだ。とにかく息を継ごうと体をばたつかせ、水面に顔を出す。池は深く足がつかない。池の冷たさが熱を持って肌を刺す。とにかく上がろうとコンクリートでできた池の端に手をついて這い上がろうとするが、途中で頭を足で押されて押し飛ばされた。

 再び水の中に落ち込む。池の水の冷たさがどんどんと肌を刺してくる。何とか頭を水面に出してばたついていたが、不意に顔が一瞬だけ水面下に沈んで、口の中に汚らしい池の水が入ってきた。混乱して何とか顔を上げ、呼吸をしようとして、そこに水をかけられて、口の中に水が入ってきて、思いっきり咳き込んだ。苦しくなって、息を吸おうとすると、また沈んで水を飲んで、お腹の中に溝の臭いが広がって、自分がどんどん汚れていく気がして気味が悪くなる。

 池の傍にはクラスメイト達が立っている。楽しそうに見下ろしている。その笑顔が怖い。助けなんて望めない。そうはっきりと分かる様な愉悦に満ちた目が怖い。

 体が冷えていく。寒くて体が痺れてくる。胃の中が腐臭に満ちて、それが体中に広がっていく。見下してくる悪意が怖くて怖くて仕方ない。

 今、自分は死んでいくところなんだと法子は思った。気が付くと腕が動かなくなっていて、段々と体が沈み始めている。

 嫌だ。怖い。

 再び池の端に手をついたが、また頭を蹴り押されて離された。

 嫌だ。助けて。

「助けて」

 助けてもらえないなんて分かっているけれどそれでもそう呟いて、やっぱりクラスメイト達は笑い声をあげて助けなんかくれず、その代わりに別の所から助けがやってきた。

「何してんだ!」

 そんな叫びが聞こえ、更に何度か叫び声があってから法子の手が誰かに掴まれた。

「法子さん、大丈夫?」

 将刀だった。将刀が法子を池から引き上げる。ところが服を着ていない事が分かって、将刀は固まった。その横から摩子が法子を奪い取って、落ちていた服を掛けてくる。

 服を掛けられた途端に安堵の心が湧き上がって、思わず泣いていた。泣き声を上げる法子を実里が抱きしめる。その傍に立つ陽蜜は法子の背に手をやって、法子を池に突き落としたクラスメイト達を睨み付けた。

「で、あんた等何してた訳?」

 クラスメイト達はしばらく決まり悪げにしていたが、やがて開き直った様に言った。

「あたし等はただそいつがクラスに迷惑ばっか掛けるから、ちょっとお仕置きしようと」

「そのちょっとが、裸にして池に落とす事なんだ」

 陽蜜の睨みにクラスメイトの一人が熱り立った。

「何? クラスの為にやってやってんじゃん。文句ある訳?」

 陽蜜の隣に立つ叶已が改造したスカートのポケットに手を入れたまま静かに言う。

「文句ありますけど、何ですか?」

 クラスメイトがその言葉にも食って掛かろうとして、その手を別のクラスメイトが引っ張った。

「待って。止めよう。まずいって」

 クラスメイトはそれで食って掛かるのを止めたが、怒りは収まらない様で叶已と陽蜜を睨み付ける。

「何であたし等が悪いみたいになってんだよ。悪いのはそいつじゃん」

 そうして法子を睨み、一瞬だけ将刀に目をくれてから、クラスメイトは逃げる様に去って行った。その後を他のクラスメイト達も追って消える。

 摩子はほっと安堵して息を吐いてから、蹲って震えている法子の顔を覗き込んだ。

「法子ちゃん、大丈夫だった?」

 法子は答えない。

 実里が服を着せてやろうとすると、法子はのろのろとした動きで自分から服を着始めた。

 法子が着終えるのを待ってから実里がその手を優しく引いた。

「それじゃあ授業出られないから、とりあえず保健室言ってタオル借りよう。ジャージあるならそれを着て」

「地下にシャワールームがあるから浴びれば良いよ。ジャージならあたしのあるから無いなら貸すよ」

 陽蜜の言葉に実里が頷いた。

「じゃあ、シャワーのとこに行こう。法ちゃん、歩ける?」

 法子は動かない。

「法ちゃん?」

「もうやだ」

 法子が呟いた。

「え?」

「もうやだもうやだ!」

 法子が手を思いっきり振って実里の手を引きはがした。

「法ちゃん」

「やっぱり私駄目なんだ! やっぱり駄目だった! 学校来ちゃいけないんだ!」

 そう言って、ボタンの外れた制服の前を掻き抱くと背を向けて、走り出した。

「法子さん、待って!」

 将刀が慌ててその後を追って、肩を掴む。

「嫌! 私に構わないで!」

 法子は思いっきり将刀の脛を蹴り飛ばして、怯んだ将刀を置いて、駆け出した。

 もう駄目だ。もう駄目だ。

 そう繰り返し心の中で呟きながら、目から涙をどんどん流して、登校する生徒達の波に逆らいながら、周囲の注目を一身に浴びる。今朝晴れ晴れとした気持ちで通った通学路を逆走しながら、法子はとにかく全てを呪った。

 家に帰りついて、玄関を思いっきり引くと、鍵がかかっていて、苛立ちつつ鍵を取り出して、叩き付ける様に何度か鍵穴の周りをひっかいてから、鍵穴に差し込んだ鍵を壊れる位に思いっきりひねって、盛大な音を立て扉を開け放ち家の中に飛び込んだ。

 家の中は森閑としていて静まり返った寒さが漂っていた。母親は出かけているのか、どうやら家の中には誰も居ない様で、それがまた法子には孤独を強調している気がして、腹が立ち、惨めに思えて、強く足を踏みしめながら階段を上って、自室に飛び込んで、鍵をかけた。

 扉に背を預けて崩れ落ちる。口に手を当てて喉の奥から込み上げてくる悲しみを抑えつける。

 駄目だった。やっぱり駄目だった。

 クラスメイト達の顔を思い出す。その悪意のある顔を思い出す。言われた言葉を思い出す。友達だと思っていた人達が実は嫌々傍に居たのだと言われた事を思い出す。

 全てが嫌になった。信じていたものが崩壊して、同時に身の内も解け崩れ、胃の中に詰まって苦しくて仕方が無い。

 外の世界が恐ろしい。何を信じていいか分からない冷たい世界が怖い。悪意を持って当たってくる世界が怖い。そんな世界に適応できる信じてしまった自分が惨めだ。自分は変われるなんて馬鹿な事を考えた自分が惨めだ。周りと同じに舞台に上れるなんて万に一つもあり得ない事を考えた自分が惨めだ。

 後から後から涙が出てきて、頭が痛くなって気持ち悪くなって、池の水の味を思い出して冷たさを思い出して、悔しくて怖くて惨めで滑稽で嫌で恨めしくて悲しくて悲しくてどうしようもなくなった。

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