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一方その頃英雄は

 ヒーローになりたかった。

 ずっとずっと憧れていた。

 強くなって、誰にもいじめられなくなって、みんなが憧れる存在になって、そして誇らしく生きたかった。

 そしてヒーローになった。みんなよりも強くなった。みんなよりも偉くなれた。

 だから、

 だからこんなところで負けていられない!

 広は倒れていた体を何とか起こして、立ち上がった。もう体中がぼろぼろになっている。フロックコートもぼろきれみたいになっている。怪我の回復が追いつかない。体中が痛くて痛くてたまらない。このまま寝てしまいたい。でもそれは出来ない。

 何故なら目の前に悪人が居るから。

 倒さなくちゃいけない。広は両手に握る銃を強く握った。魔力が無くなりかけていた。

「んー、中々良いですね。この人形」

 狐顔の男が暗鬱に笑っている。

 広はその男を知っていた。引網という数年前に複数の殺人事件で指名手配された生粋の悪人である。

 引網の傍らに一人の人形が居る。よぼよぼと萎びれた老人だ。元が人間だった事は先程引網が自慢げに語っていた。人形は武道の達人で、全盛期には正拳突きで高層ビルを粉砕した事もあるという。

 全盛期がいつの事かは分からないが、少なくとも老人である今の姿でも、身のこなしも力の強さも広より遥かに勝っていた。勝ち目の見えない戦いだった。

「さあ、そろそろ終わりにしましょうか」

 引網がそう言った瞬間、人形が襲いかかってきた。

 広はそれに銃を向けて引き金を引いた。人形があっさりと避けて向かってくる。

 恐ろしく思いながらも、立ち向かう為に銃口を人形へ向ける。だが人形が機敏に動くので中々捉えられない。銃口をふらつかせている内に人形は目の前に迫っていた。

 人形の拳が広の腹に吸い込まれた。体が浮き上がったが、人形に足を踏みつけられて、広は吹き飛ぶ事さえ許されない。

 人形の掌底が広の顎を打ち抜く。広は倒れそうになるが、その肩を人形が掴んだ。人形の打撃が次々に広の体に打ち込まれていく。まるで破壊の過程を観察している様に、丁寧に決して同じ場所を二度撃たない。

 くそ! と広は心の中で叫んだ。

 こんな所で負けていられない。

 広の右胸に指が突き立つ。激痛が走る。

 僕はヒーローになる。ヒーローになるんだ。

 手刀で右耳を切り落とされる。すぐに生えるが、痛いし、また魔力が減った。

 テレビで見て憧れてきたヒーローになるんだ。人々を苦しめる悪者を倒して。

 足の甲を強く踏まれる。骨が潰れる。回復するが、とてつもなく痛い。魔力がどんどん減っていく。

 勝つんだ!

 広が何とか、銃口を持ち上げて、打撃を打ち込んでくる人形のこめかみに当て、引いた。

 難なく避けられた。その避けた先にもう片方の手に持った銃口を向け、打つ。避けられる。

 人形の拳が顔面に迫る。それをしゃがんで避け、両手の銃を人形の胸に押し当てる。人形がくるりと回り、手で払う。銃口が逸れてまるで別の方向に弾丸が跳ぶ。

 まだだ。まだ。

 広は回転して、足払いを放つ。それを人形が跳んで避ける。空中に逃げたところへ、銃口を向ける。

 これでもう逃げられない。

 必死の思いで、何とか口の端を持ち上げて、無理やり笑った広は、渾身の魔力を込めた弾丸を発射した。

 弾丸は人形の胸部を貫いて、大きな風穴を作った。

 ざまあみろ。

 広が勝利を確信した瞬間、腹に風穴を開けた人形が広の脳天に拳を叩きこんだ。広は意識を持っていかれ、倒れ伏す。

 すぐに意識は回復するものの、体が動かない。

 人形の足が見える。その先に引網も見える。

 悪者である。勝たなくてはいけない。今ここで自分が負けたら人々に危害を加えに行く悪者である。ヒーローである自分は絶対に勝たなくてはいけない。

 だが体は動かない。動いても勝ち目は見ない。

 それでも。

 広は何とか手を動かした。動かして、人形の足を掴んで。だがそれ以上何も出来ない。

「広君、これ以上は駄目だ。殺されてしまうよ。諦めよう」

 リーベの声が聞こえた。

「嫌だ」

 広が答える。

 リーベの言葉に逆らったのに、頭の痛みはやってこない。代わりにリーベの声が重ねて投げられる。

「広君、死んでは何にもならない。何とか助けてもらえる様に、お願いして」

 すると引網の声が聞こえた。

「ああ、良いですよ。あなた使えないし。命乞いするなら助けてあげても良いですよ」

「嫌だ」

 広が呟いた。

 引網の哄笑が響く。

「広君、相手もああ言っている。ここは勇気を出して、降参するんだ。死んでは何にもならない。もっと強くなれば良い。死ぬ事は立ち止る事と一緒だ」

 嫌だ嫌だと広は心の中で叫んだ。瞳から涙が出てきた。

「あはは、そうですね。死んじゃ駄目ですよ。まあ生きてても大したヒーローになれそうにないですけど」

 引網の笑いが聞こえる。

 悔しくて広の涙が更に増えた。

 こんな奴に。

「んー、そうですね。じゃあこうしたらどうでしょう? あ、もう一度言いますけど、命乞いするなら助けますよ」

 広の頭が持ち上げられた。その瞳の先に人形が小さな尖った石を突き出した。石はゆっくりと近づいていくる。

 その意味を理解して、広は恐怖にすくみ上った。途端に頭の中にかつてのいじめの光景が瞬いた。

「やめ」

 石が眼球にふれた途端に激痛が走る。

「止めて! 止めて!」

 脳に痛みが溢れる。瞳に熱が溢れる。圧迫感が強くなる。

「お願い! お願いだから!」

「じゃあ、して下さいよ。命乞い」

 引網の言葉を聞いて広は必死に叫ぶ。

「ごめんなさい! ごめんなさい! 助けてください!」

 引網の笑いが聞こえてくる。石が更に押し入れられる。

「すみません! 止めてください! お願いです! お願い! 逆らいません! 痛い! 止めろ! 嫌だ! 止めて! 助けてください! 嫌だ! 何でもしますから! 助けて! おい! 止めろ! 痛い! 痛い! 痛! 止めろ! 止めろ!」

 突然人形の手が離れ、瞳の圧迫感が消えた。地面に叩きつけられる。何とか顔を上げると二人のヒーローが立っていた。

「大丈夫か?」

 騎士と魔法少女。ショッピングモールに魔物が現れた事件で表彰された二人だった。騎士にさし延ばされた手を何とか掴む。だが力が入らない。

「ちょっと待って」

 魔法少女がそう言って、光の灯った手を翳してきた。体が冷える。感覚が消える。次の瞬間には、視界が回復した。体も辛うじてだが動く様になっていた。もう一度、騎士の手を掴むと立ち上がらせてもらえた。

 広が立ち上がると、騎士が言った。

「それでどういう状況だ?」

 騎士が広と魔法少女の顔を交互に見た。

 魔法少女が答える。

「さあ。私は今来たばっかりだから」

「俺も同じだ」

 魔法少女と騎士の顔が広に向いた。広は突然の視線に竦みながらも引網を指さした。

「指名手配されてる悪者が」

 その先は自分の恥部になる。どうしても何もできずにやられたとは言えなかった。きっとさっきの自分の姿を見て気付いては居るだろうけれど。

 二人が引網に向く。

 引網が焦った様に頭を掻いていた。

「どういう事です? どうして人形が操作出来ない」

 それに魔法少女が答えた。

「何か糸が見えたから切ってみたんだけど。正解だったみたい」

 引網が驚いて魔法少女を見た。

「僕の糸を切った? どんな魔術ですか、それは」

 焦った様な口調でそう言って、しかしすぐに平静な表情に戻った。

「いえ、とにかく人形が無くなったのは変わらない。僕はこの辺りでお暇いたしましょう」

 引網の隣に黒い箱が現れる。

「待て!」

 騎士が叫んだ。同時に引網の肩に矢が突き立った。

 引網は止まらず箱の中に入り、そして閉まる。次の瞬間に黒い箱が崩れ始め、黒い紙吹雪となって辺りに舞った。中に入った引網は消えていた。

「逃がしたか」

 騎士がそう呟いて、広に向き直った。

「怪我は大丈夫か?」

 広が頷く。もう怪我は完全になくなっていた。だが魔力は底を尽きかけている。今にも倒れそうだ。

「帰れるか? 何なら俺が送っていくが」

 広は首を振る。お金が無いので野宿をしているから。そんなところ見られたくなかった。

「そうか。なら気を付けて」

 そこで騎士が息を吐いた。

「今、この町で何かが起こっている。何が起きているのか分からないが、とにかく俺はそれを止めたい。二人もそうだろう? これからもヒーロー同士協力しよう」

 そうして握手を差し出してきた。広は何だか胸が熱くなった。仲間と認められたのが嬉しかった。だからその手を握り返した。騎士の手が今度は魔法少女に差し出される。

「うーん、私は探し物を優先したいけど」

 魔法少女はそんな事を言ったが、騎士の手を握り返した。

「まあ、人を助けるのも大事だよね。よろしくね」

 魔法少女の手が広の手も握る。突然握られて広は赤面する。

「それじゃあ、私探し物の続きに戻るから」

 そう言って、魔法少女はあっさりと去って行った。

「俺も見回りに戻るか」

 騎士がそう言って、背を向ける。

「あ、僕も」

 追いかけようとしたが、騎士が掌を向けてきた。

「君はもう帰った方が良い。今日はもう無理だろう」

 確かにもう倒れてしまいそうだった。広が頷くと、騎士は何処かへ去って行った。

 一人になった広にリーベの声が聞こえた。

「良かったね、広君。君が死んでしまうんじゃないかと心配したよ」

 きっとあの二人が居なかったら本当に死んでいただろう。そう思うと、今更ながらに身震いした。


 摩子は公園で襲われていたヒーローを助けた後、しばらく町の中を彷徨っていたが、結局探し物は見つからなかった。虫眼鏡をしまってゆっくりと息を吐く。

「うーん、見つからないなぁ」

「そう簡単に見つかるものじゃないでしょ」

 肩に乗ったマチェが言った。

「それよりあんたがさっきの事に何の衝撃も受けていない事が驚きよ」

「え? さっきって公園の事?」

「そう! あんだけ痛めつけられた魔術師が居て、しかもそれを襲う魔術師が死体を扱う人形遣いよ? どうしてそう平然としていられるの?」

「ええ! さっきのって死体だったの? どうしよう。あのまま置いておいたら警察呼ばれちゃうかも」

 マチェが溜息を吐いた。

「どうしてこうずれてるのかしら。そこじゃないでしょうに」

 摩子がタマの言葉を聞いて、笑った。

「分かってるって。ホントは嫌な気持ちになったよ? でもね、人を助けるっていう事は、世の中の悪と立ち向かって、光の届かない様な闇を助けなくちゃいけないでしょ? だからね、もう覚悟はしてあるの。あれ位じゃ驚かないよ」

「いつの間にそんな達観してたの? っていうか、本気?」

「うん。私の座右の銘? 昨日見た映画でそんな事言っててカッコいいなぁと思ったから」

 マチェが呆れた様子で目を瞑った。

「受け売りじゃない」

「良いものは取り入れていかなきゃ」

 またマチェが溜息を吐く。

「マチェ、疲れてる? 溜息ばっかり吐いてたら駄目だよ」

「分かってるわよ」

「じゃあ、帰ろうか。卵は見つからなくて残念だったけど」

 そうして摩子が踵を返すと、マチェがひらりと肩から飛び降りた。

「帰るなら先に帰ってて。私寄る所があるから」

「え? マチェ大丈夫?」

「大丈夫よ」

 そう言ってマチェは何処かに行ってしまった。

「大丈夫かなぁ」

 マチェは以前野良犬に襲われて何もできなかった過去がある。大丈夫か心配になったが、大丈夫と言っているなら大丈夫なんだろう。そう判断して、摩子は家に帰る事にした。

「早く見つかると良いなぁ」

 心は卵に囚われていた。


「ここが将刀の家」

 将刀がマンションの前に立つと、背後でファバランがそう呟いた。昨日出会った奇抜な少女の姿をした魔物だ。

「あの、本当に泊まる気なんですか?」

 将刀が再度確認する。ファバランが頷いた。

「止まる。勿論」

 まずい気がするが、断る事は出来ない。何故なら正体を見破られたから。昨日出会った時、将刀は変身していなかった。それなのに今日変身している状態の将刀を将刀だと認識された。しかも名前まで知られていた。こうなると、正体を隠したい将刀は下手に出るしかなかった。

 すると泊まる所が無いから将刀の家に泊まりたいと言ってきた。断っては不味いだろうと泊める事にした。というより、幾ら断ってもしつこく食い下がってくるし、試しに無視して帰ろうとするとついてくるので、承諾せざるを得なかった。

 泊めるのはまずい気がするけれど。

 今、街で異変が起こっている。油断は決して出来ない。それに魔物とはいえ少女の姿をしている。自分と同い年位の。何かする気は無いけれど、何か不味いと思う。

 とはいえ、無理難題という訳でもないし、今のところは下手に出ていた方が賢明なのも確かだ。

 将刀が玄関を開けると、ファバランが息を吐いた。

「将刀の、家」

 そうしてふらふらと入って、土足のまま上がり込んだ。

 将刀がそれを必死で止める。

 やっぱり不味かったかも。

 将刀は後悔したが、既に事態は回っていた。

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