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スナイパーの視界

 ゆっくりと息を吐き出す。スコープの中では男と女の子が言い争っている。吐き出す息を途中で止める。男の姿と自分の指先、それ以外の全てが世界から消失する。

 引き金を引く。

 途端に世界が跳ね上がる。

 海音はスコープから目を離して、得意げな表情をして、隣に立つ敦希を見上げた。

「どう?」

「嘘だろ」

 敦希が双眼鏡を覗きながら戦慄く様に呟いた。期待していた反応と違うので、海音は戸惑った。

「え?」

「やばい防がれた」

 双眼鏡から目を離し、その恐れる様な目を海音に向ける。

「こっち見た。やばい!」

 その言葉を聞いた瞬間、海音は迅速に敦希の手を取って、口内の錠剤を噛み潰し、魔術を発動させた。ビルの屋上から一瞬で離れた路地裏へと転移する。

「殺せなかった?」

「ああ、手で防がれた。マジで、打つ直前に手を上げて。おかしいだろ、打つ前に打たれるって分かるなんて」

「殺気とかが読み取れるタイプなのかな」

 海音がのんびりと言う。敦希は殺気なんてファンタジーだろと呟いている。

「あーあ、でもこれで今日一ポイントも取れなかったなぁ。今のはミスっちゃうし、前のは何でかポイントにならなかったし」

「ポイントっていうのは何だ?」

「だーかーらー、ゲームのポイントだって。知ってるんでしょ? 標的を殺すと貰え──」

 海音は言葉を途中で切って、隣を見た。

 先程スコープの中に居た男が薄らと笑みを浮かべていた。

「成程な。そんなゲームをしていたのか。標的を殺せばその分の得点が入り、その得点の多寡を競っている訳だな。もしやその殺せる時間帯というのが定まっているんじゃないか? 夕方から夜の間でないと得点が入らないという様な」

 海音は持っていたスナイパーライフルの銃口を男に向けようとした。だが男に銃口を掴まれ、そのまま奪い取られる。

「さて、どうしたものかな」

 男がライフルを放ってそう言った。

 海音がその場に屈む。

 目の前の男が怖い。今にも殺されそうで怖い。

 だが恐怖心以上に倒さなくてはいけないという使命感に燃えていた。

「悪者なんかに負けてたまるか!」

 海音は叫んで、地面から、先の尖った石を拾い上げ、その石を男の胸へと突き上げた。

 石はぎりぎりの所で男の胸に届かなかった。腕を掴まれ、引き寄せられ、いつの間にか自分で自分の首筋に尖った石が突き付けていた。背中越しの男に拘束されていた。何とか男から離れようとするが、掴む力は強くて微動だにしない。

「海音!」

 前を見れば、敦希が必死の形相で拳銃を構えていた。だが引き金からは指が離れている。完全に撃つ気が無い。

「慣れぬ事はしない方が良いぞ?」

「うるせえ!」

 敦希の必死の叫びを男は笑って受け流す。

「まあ、あまり熱り立つな。争おうとは思っていない」

「信用出来るか!」

「ふむ」

 男が海音を放り出す。

「どうだ? 放してやったぞ」

 開放された海音は敦希の元に駆け寄った。敦希は海音を抱きとめると、庇う様に自分の後ろへと退がらせる。そうして二人してルーマを睨んだ。

 男はそれに笑顔で答える。

「正直、思っていたよりもお前等が弱くてなぁ。あまり戦う気が起きないんだ」

 馬鹿にされたが、二人は言い返せなかった。相手との力量差は果てしなく遠い。

 二人が黙っているのを見て、ルーマは続ける。

「まあ、お互い戦わないのだから、仲間も同然だ。そうだろう?」

 やがて男が歩きだし、海音の横を通り過ぎる。

「俺の名はルーマ。よろしく、戦友諸君」

 海音が振り返った時には、ルーマと名乗った男は遠くの空に小さな影を作っていた。

 敦希がそれを見ながら呟いた。

「何だったんだ、今の」

「分かんない。でも死ななくて良かった」

 海音が答える。本当に殺されるかと思った。

 敦希は一瞬恐ろしげに体を震わせたが、気を取り直して、携帯を取り出した。

「とりあえず、仲間に連絡しよう。集まる時間過ぎてるし」

 その瞬間、携帯が鳴った。敦希を誘った友人からだった。タイミングの良さに驚いて出ると、携帯の向こうから変な声が聞こえた。

「ぐ、ぐ」

 何かゴムでもぶつける様な変な音だった。人の声の様にも聞こえるが、少なくともまともな発声で出る様な声ではなかった。更にその背景から、怒鳴っている様な音や金属の鳴る音が聞こえてくる。

 訳が分からず、敦希は叫んだ。

「おい! どうした! おい!」

 だが向こうから返答は無い。

「待って。私が見てみる」

 そう言って、海音が千里眼の魔術を行なって工場を見た。

 そして全身を硬直させた。

 工場の中には沢山の死体が倒れていた。一部分が切り取られた死体と切り取られた一部分が血の下に沈んでいた。

 工場の中には生きている人物が二人居た。

 一人は女性に見間違いそうな程、線の細い青年だった。血だまりの中を爽やかな笑みで歩いている。まるで知らない顔だ。

 もう一人は恐怖に顔を引き攣らせて、前述の青年から逃げようとしている。こちらは見知った顔で、海音や敦希の仲間だ。血だまりの中の下半身を踏みつけて転んだ。そのまま血に塗れて這いつくばる。

 思わず海音は驚きの声を上げる。

 仲間は必死で這いながら、仲間達の死体を乗り越えて逃げようとする。

 だが敵の青年は悠々と追いついて、這って逃げようとする仲間の頭を右手で掴んだ。

 やめて! と海音が届かない叫びを発する。

 海音の視界の中で、恐怖に引き攣った顔が何かを喋っている。涙を流しながら必死の様子で口を動かしている。その頭が消えた。

 消えた頭がいつの間にか青年の右手から左手に移っていた。

 首の無くなった死体が血が噴き出しながら崩れ落ちる。辺りに血煙が立つ。

 吹き出る血が止まった時には青年の姿は消えていた。首が血だまりの中に落ちた。

 電灯が明滅している。海音達のアジトは廃工場らしい陰鬱さに満ちて、切れかけの電灯に照らされた血液の海をさらしながら、黙然として動かなくなった。

「おい! どうしたんだよ!」

 気が付くと敦希に肩を掴まれて揺さぶられていた。

 現実に立ち返った途端に、海音の目から涙が溢れて止まらなくなった。

 更に敦希の詰問が激しくなる。

 海音の流す涙も増していく。涙を流しながら海音は呟いた。

「絶対に許さない」

 海音は何度も何度も同じ事を呟き続けた。

「絶対に許さない」

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