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祭りを番する暗殺者

 法子はゆっくりとすり足で近寄ってくる女性に刀を向けてはいるものの戦う気はあまりなかった。

 女性は一体何者で、そして何の理由があって法子を襲うのか全くもって分からない。何か誤解があるんじゃないかと思う。出来れば話し合いで事を収めたかった。

 法子は迷う。女性は近寄ってくる。法子の後ずさる速度の方が速いので、段々と距離が離れていく。既に大股に歩いて七歩分、これだけ離れればそう簡単に攻撃は届かないだろうと法子は考えた。ここは逃げた方が賢明だ。

 その時、女性の右手が振るわれた。

 法子が慌てて刀を左側面にかざす。恐らく女性は透明な武器を持っている。今まで女性が見せた身のこなしから、そう見当づけて防御した。これだけ離れて居るのに腕を振るったという事は、十分離れたと思ったのは間違いだったらしい。敵の持つ武器の長さが分からない。

 唐突に背筋に寒気が走り、防御しているにも関わらず、反射的に身を屈めた。屈んだ瞬間、頭上を見えない何かが通り抜けた。女性の手はまだこちらに向いていないのに。

 そこで思い至る。何も武器という代物はただの棒だけじゃない。例えば鎌の様な武器なら刃は腕の振りより先を行く。

 それに気が付いた法子は、改めて恐怖を感じた。あのまま女性の持つ武器が棒状だと考えていたら死んでいたかもしれない。

「おや、これも躱しましたか」

 女性が今度は両手で何かを握る仕草をした。

 不気味だった。何が来るのか分からない。だがとにかく向こうは殺す気で攻撃してきている。だから目測を誤れば死ぬかもしれない。

 せめて相手の武器が見えれば。

 法子は体を震わせながら、女性がどんな攻撃をしようと防げる様に、神経を研ぎ澄ませる。

 そこにタマが割り込んできた。

「おい、どうして解析しないんだ」

 言われて、気が付く。そういえば。

 女性が動く気配を見せた。

 法子は大きく後ろに跳び退って、敵意をもって女性を見つめた。

『存在しない武器庫の番人

 あらゆる剣を生み出す彼女。手に持つ剣は傍から見れば不定で不可視。

 例え彼女の体を削ろうと、死ぬ事だけはありえない。

 パワー  :C+

 テクニック:A

 スピード :C

 タフネス :S

 スタミナ :B』

 女性が上段に振り被った何かを振り下ろしてきた。法子は咄嗟に刀を上へ掲げ防御する。何かが刀にぶつかり、両手に荷重がかかり、金属を打つ音がした。凄まじい重さだった。法子は必死で刀に力を込めて、両手にかかる重みを跳ね返そうとした。途端に重みが消えて、法子は勢い余って伸びあがる。法子が慌てて視線を落とすと、女性は何かを右手だけで構えていた。それが突き出される。必死の思いで横に躱す。腹の辺りを何かがかすり、衣装が破けた。すぐに修復される。

 恐らく最初振り下ろしてきたのは重くて長い刀か棒、続いて突き出してきたのが長い槍だと想像する。だがあくまで想像でしかない。見えないから本当のところは分からない。

 難しいなと思った。見えない何かを相手にするのはとても難しい。辛うじて女性の動きから予想は付くが、逆に言えば女性が嘘の挙動をしてきたら、こちらは何も分からないという事だ。

 女性が両手を垂れ下げる。双剣が握られていた。せめてあれが見えれば。

 そこで法子は違和感を覚えた。あれ? 今私双剣て分かった? 女性の持つ双剣が透明のビニールで作った様にぼんやりと輪郭だけだが見えていた。短い短剣だった。それなのに女性はさっきと同じ様にまるで長い棒でも持っているみたいに両手で振り被り、振り下ろしてきた。

 一応、横に身を躱す。すると女性が振り下ろす途中で両手の短剣を投げてきた。見えなければフェイントになったのであろうが、見えているので何の意味も無い。投げられた短剣の片方を躱し、片方を打ち落とす。

「良い勘をしていますね」

 法子が短剣を打ち落とした時には、女性が迫っていた。

 女性は短剣を、長剣でも持つ様に、両手で構えている。そしてほんの僅かに刃が届かない距離で短剣を大きな動作で横に薙ぐ。

 また攪乱目的なのだろうが、見えている。

 法子はあえて女性が想定しているであろう長剣の間合いで防御を取る。刀を盾にして待ち構える。女性の振るう短剣が刀を掠めるぎりぎりの所を通り過ぎ、通り過ぎた瞬間、軌道を変えて突き出された。

 法子はそれを難なく躱し、女性の喉元に刃を突き付けた。

「もう止めてください」

 これ以上、戦いたくなかった。命のやり取りなんかしたくなかった。だから退いて欲しくて、そう言った。首筋に刃を突き付けている有利な状況。女性も死にたくはないだろう。

 だが、

「何を止めると言うのでしょう?」

 刃が女性の喉に食い込んだ。法子が慌てて刀を遠ざける。女性の首筋に切れ込みが入っている。そこから血が流れて、すぐに血は傷口へと戻り、傷口もまた塞がった。

 法子が驚いて女性の表情を見ると、女性は薄らと笑っていた。

 女性が法子の鼻先に指を突き付けた。

「あなた、私の剣が見えていますね?」

 法子が返答する前に、女性が続ける。

「若いのに素晴らしい洞察の魔術です。高名な家系の生まれなのでしょうか? よろしければお名前を」

 法子は答えて良いものか迷って、結局口を閉ざす事にした。得体のしれない人に名前を教えるなんてとんでもない。

 女性が硬質な無表情に戻る。

「ここで退くべきなのでしょうが。興味が湧きました。申し訳ありませんが、もう少々付き合っていただきます」

 法子が相手の言葉の意味を探ろうとする内に、女性の口から言葉が漏れる。

『第二の蔵を開帳致そう。我の武器が尽きるまでその身倒れてくれるなよ』

 途端に辺りが熱くなった。真夏の様な暑さが身を襲う。陽炎が揺らめいている。陽炎の発する元は女性の手、その先に握られた剣からだ。

 剣はやはり透明のビニール袋で作った様に輪郭だけがぼんやりと見えている。その輪郭は炎の形をしていた。女性の握る柄の先に、まるで炎そのものが揺らめいているみたいに絶えず形を変えて燃え盛る刃が備わっていた。

 炎の剣。咄嗟にそう判断する。炎であるなら、実体が無いから受ける事は出来ない。もしかしたらある程度形を自由に変えられるかもしれないから、防御をくぐり抜け、回避を捉えられてしまうかもしれない。守勢に回れば不利だ。守っていては勝てない。だが、

「どうしよう。タマちゃん。炎の剣なんてどうやって防げば」

「自分で考えなと言いたいところだけど……仕方ない。私に概念を付与してくれ。炎を掻き消す概念を」

「でも、それじゃあ魔力が一気になくなっちゃうよ」

「長期戦に持ち込んでも勝てないなら、早めにどうにかするしかないだろう」

「分かった。炎を掻き消して、それで……それで、でも」

 タマが溜息を伝えてくる。

「分かってるよ。攻撃すれば傷つけてしまうから、攻撃したくないというんだろう」

「うん」

「そんな事言っていられる力量じゃないと思うんだけどね」

「だって」

「分かってるよ。掻き消したらその虚を突いて逃げる。それで良いだろう?」

「うん。でももし怯まな──」

「それからもう一本私を生み出して。光と音を発して破裂する様に魔術で細工するから。炎を消した瞬間、それを相手に投げれば良い。相手の目と耳が潰れたら一目散に逃げ出すんだ」

 女性が炎の剣を生み出してから、構えるまでの間に、それだけのやり取りを行って、方針が決定した法子は刀に概念を付与して保ちながら新たな刀を生み出した。

「おや、あなたも剣を生み出す魔術師なんですね」

 女性が無表情でそう言いながら剣を振り下ろしてきた。熱気が迫ってくる。法子は身を固くしつつも、懸命に概念を付与した刀で迫る炎の剣を切ろうとした。だが刀が炎の剣に触れた瞬間、金属同士がぶつかって甲高い音が鳴り、手に鋭い衝撃が走った。炎という実体の無いものを切ろうとしていた法子は、意外な手応えに、辛うじて刀は落とさなかったものの、刀と一緒に腕が大きく弾かれる。

 炎の剣も同じ力で弾かれたのだが、女性は予期していたのだろう、間を置かずに再び炎の剣が振り下ろされた。

「刀身が炎だとでも思っていました? 残念ですが、鋼です」

 炎の剣が迫る。態勢を崩した法子はもう片方の刀で炎の剣を防ごうとするが、力の入らない態勢で、しかも脆い紛い物の刀、到底防げない。炎の剣によって簡単に折られてしまう。

 法子は何とか身を捻り、倒れ込む様に背中を見せて避けようとした。刹那、背中を異物で撫で上げる様な感触が這って、直後激痛が脳を揺さぶった。

 切られた。

 声も上げられず、肺と胃の奥から空気の塊が溢れてきて、えずきながら地面に倒れる。痛みに堪えながら、身を捻って女性を見上げる。女性が炎の剣を構えて見下ろしてくる。

「見たところ、戦闘には不慣れな様ですね。良くぞ、ここまで頑張りました」

 女性の口元を見つめながら、法子は思う。このままでは殺される。殺されてしまう。

 法子の手が震えていた。タマをぎゅっと握りしめる。

 このままだと殺されてしまう。助からない。

「法子、何か手立てはあるのか?」

 タマが冷静に尋ねてくる。それに救われた。タマの声を聞いた瞬間、法子の震えが立ちどころに止まった。

 勇気が湧いてきた。

「うん、相手が油断してるなら」

「そうか。なら私が手を出すのは止めておこう。ただ良いかい。最後の最後まで気をしっかり持って。この前みたいに思考が止まってはいけないよ」

「分かった」

 タマが付いている。それだけで勇気が湧いた。この前みたいに無様な真似は決してしない。

 法子が新しく刀を生み出し、それに概念を付与する。魔力がほとんど空になる。

 女性は目の前で立ったまま、こちらの事を見下ろしている。止めを刺すでもなくただ立っている。

 法子は腹が立った。完全に油断してるんだ。いつでも殺せるからって、見下ろして、優越感に浸ってるんだ。

 見てろ。

 そう心の中で叫ぶと、法子は跳ねる様にして立ち上がり、生み出した刀を振った。女性がそれを防ごうと刀の軌道に炎の剣を据える。法子の刀と炎の剣がぶつかる。ぶつかった瞬間、刀は抵抗も何もなく折れた。狙い通りに。折れて半分の長さになった刀はそのまま女性の守りをすり抜ける。先程女性が行ったフェイントと全く同じだ。半分になった刀を女性へ向けて思いっきり突き出した。女性の腹に刀が突き立つ。

 成功を確信した法子が刀を引こうとすると、その手を女性が掴んだ。

「やりますね。素晴らしい」

 振り解こうと法子は懸命に腕を振るったが、女性の腕はびくともしない。完全に捕らえられてしまった。

 法子の心に絶望的な気持ちが湧き出でる。

 心の中にタマの声が聞こえてくる、

「法子、作戦変更。良いかい? まず」

 その時、突然辺りに影が差した。上を見上げると、真っ暗だった。空が雲で陰ったのとも違う。何が起こったのか分からない。

「法子! 後ろに跳べ!」

 タマに言われて、何も考えずに後ろに跳んだ。いつの間にか女性の手は離れていた。法子が着地した時、途轍もなく大きな音が響き渡った。着地した法子が自分の居た場所を見ると、そこに巨大な黒い獣が居た。四足の毛深い獣の上に、簡素な長いコートを着た男が法子に背を向けて立っていた。

「見つけたぞ、腐れ詐欺野郎!」

 男の怒鳴り声が聞こえてくる。獣を挟んで法子の反対に居る女性に向かって叫んだらしい。

 獣の向こうから、女性の声が聞こえてくる。

「おや、あなたは。生きていらっしゃったのですね。何よりです。お腹の傷は大丈夫ですか? 後、野郎ではありません」

「うるせえボケ茄子土手南瓜! 手前で刺しときながら、良くそんな事が言えたもんだ! 俺は手前を殺しに地獄から這い上がってきたんだよ!」

「異性にそこまで思われるとは光栄です」

「うるせえ、盆暗安本丹! 手前をぶっ殺して、ついでに手前が言ってた願いを叶える何とかも手に入れて、手前の墓の周りにカメムシが大量発生する様に願ってやるよ!」

「地味に嫌な嫌がらせですね。殺していただけるのでしたら嬉しいのですが、出来ないでしょう? ですから、今日のところは退散させていただきます」

 呆然と聞いている法子の耳に、獣の向こうから足音が響く。どうやら女性が逃げ去った様だ。

「あ! 待ちやがれ、茶羽ゴキブリ!」

 男性と獣は女性を追う様で、法子に背を向けて、駆け去って行った。残された法子は遠くから、ゴキブリだけは止めてください、という女性の声が聞こえた気がした。

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