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昼の終わりと夜の手前

 法子がそっと息を吐いて空を見上げると、陽の落ちかけた空が段々に白い暗がりを作り、星が微かに瞬いていた。それが、もうじき冬に入る透き通った空気を通り、法子の火照った心を冷ましていく。

 法子は幸せだった。幸せを感じて息を吐き、そしてブランコを漕ぎ始める。

 法子は土曜日に服を買いに行く事が決まった。友達と。そして日曜日に将刀と遊びに行く事が決まった。まだ将刀を誘ってもいないのに。

 法子を差し置いて行われた、奔流の如く繰り流れた作戦会議は目まぐるし過ぎてほとんど覚えていないが、楽しかったという感情ともう一つ、将刀が学校で一人だという事だけは心に残っていた。

 法子と将刀が付き合える様に考えを巡らす友達に、法子は勇気を絞って言ったのだ。将刀は別に自分の事を好きじゃないだろうから無理だと。すると、そんな事は無いと返された。あの将刀が積極的に関わっているのだから、気があるはずだと力説された。

 どういう事が尋ねると、どうやら将刀は学校でほとんど他人と関わろうとしないらしい。話しかければにこやかに返してくるけれど、向こうからは何かよっぽどの用事が無いと話さない。男友達も居ないらしかった。

 それがまたカッコいいと実里が言った。

 法子は意外に思う。将刀がそんな人には見えなかったからだ。もっと言えば、将刀は自分とは違う人間だと思っていた。法子にとって自分と違う人間とは即ち協調性に溢れた者であり、即ち知り合いの多い人間だ。だから自分と違う存在だと思っていた将刀が他人と関わっていない事は意外だった。

 そして知り合いの少ない人間は法子にとって近しい人間だ。だから将刀に対して親近感を抱いた。将刀は作ろうとすればいつでも友達が作れ、自分は作ろうとしても作れなかったという違いがあるのは分かっていると思いはするものの、それでも将刀を今までに無い程、近しく感じた。それが失礼な事だと思いつつも。

 そんな事を考えて上の空になった法子を、陽蜜が笑う。

 じゃ、そういう訳だから、将刀君を誘って週末デートね。

 法子が驚いて陽蜜を見つめ返す。

 隣で摩子が笑っている。

 頑張って綺麗にならなくちゃね!

 法子が戸惑って聞き返す。

 綺麗にって、もしかして整形?

 実里が優しく法子の肩に手を載せる。

 そうじゃなくて、とびっきり可愛い服着て、素敵な笑顔で、最高の法ちゃんになるって事。

 自分が綺麗になるところ等想像できない法子を、叶已が励ます。

 大丈夫です。土曜日にみんなで法子さんを鍛え上げますから。

 鍛え上げる? 自分に極大の筋力がついて二階程の高さとなり、将刀の隣を歩いている場面を想像して寒気が走る。同時に面白くも感じた。友達がしてくれるなら、そんな姿になっても良いかもしれないと考える自分が。

 他にも沢山の事があった気がするけれど、残りは覚えていない。とにかく楽しかった。それだけだ。

 将刀を誘わなければならない事と自分が綺麗にならなければいけない事を不安に思ったが、何とかなるという今までに無い位に楽観的な考えがそれ等の不安を一息にかき消した。

 法子が強くブランコを漕ぐ。冷たい風が襟首から入ってきて、身が震える。それにも拘わらず法子は更に強くブランコを漕いだ。

「ようやく学校らしくなってきたね」

 タマの声が届いた。

「そうかな?」

 法子にとって、今日の出来事は今までの学生生活と全く違うものだ。

「懐かしいなぁ。やっぱり良いものだよ。学校は」

 そうしみじみとタマが言う。だから法子は気になった。

「タマちゃんの前の持ち主の人達も学校に行ってたんだよね?」

「全員が全員じゃないけれどね」

「みんな、同じ様に学校らしかったの?」

「それぞれの時代や場所で、制度や雰囲気は違ったけれど、友達と一緒に楽しく過ごす場所っていう点はいつも変わらなかったね」

 何となく法子に僅かだけれど嫌な気持ちが湧いた。それは嫉妬の様であったけれど、それがどうして自分の心に湧いたのか、法子には分からなかった。

 法子はタマの歴代の持ち主達をぼんやりと想像している内に、かつてタマの言っていた事を思い出した。

「そういえば、タマちゃんの初めての持ち主の人。名前は、えっと」

「清次郎の事か?」

「うん、そう、そんな名前。タマちゃん、その人の事話そうとしてたでしょ? 今なら聞いてあげるよ?」

 タマが溜息を伝えてくる。

「どうしてそう、居丈高に構えていられるんだい? まあ良いさ。聞きたいようだから話してやらなくもない」

 法子が拍手をする。落ちそうになって、慌ててブランコに掴まる。

「と言っても、あまり話す事は無い。ほんの短い時間しか一緒に居なかったからね」

「どうして?」

 聞いてから、法子は思い至った。もしかして死んでしまったからじゃないだろうか、と。

 けれどタマがそれを笑う。

「命を落としたから、なんて考えているなら違うよ。単純に私が必要無くなっただけさ」

「タマちゃんが要らなくなった?」

 タマに依存しきっていた法子には想像もつかない。

「ああ、彼の望みは平和で居る事。今ある日常を保ち続ける事。その為に魔女の教えを受けて一人前になった。だから私は要らなくなったんだ」

「そうなんだ」

「楽しかったよ。私と清次郎と魔女の三人で、魔物を退治したり、役人にいたずらをしかけたり、病気を治したり、天候を制御したり、そんな風に村の危機を色々と救って。村の人達も良い人達ばかりだった。今の生活と比べれば、決して楽観できる生活じゃなくて、むしろ暗雲が垂れ込めている様な困窮があったけれど、でも楽しかった」

 法子にはその様子が思い描けない。緑の生い茂る山の中でのんびりと笑う人々が動き回っている。

「別れる時も寂しくなかった。むしろ嬉しかった。彼が一人前になったという事だからね。彼は言ったんだ。次は別の人を救えって。まだ強くない人を強くしてあげてくれってね。ああ、そういえば、そうだ。その時に私のやるべき方向が完全に定まったんだな。私に転移の魔術を付与してくれて、それで全国を彷徨う事になった」

 法子の心に、またほんの僅かだけれど嫌な気持ちが灯った。

「寂しくなかったんだ」

「ああ。でも、もしかしたら私に寂しいという感情が無い所為かもしれないな。嫌な思いをした事もあったけれど、寂しかった事は一度も無かった」

「何度も、色んな人と別れてきたんだ」

 法子の心に、良く分からない重しが沈み込んだ。何だか胸が苦しかった。

「うん。別れて、その代わりに新しい能力をもらって、そしてまた別の主人と出会う。それの繰り返しさ。だからね、法子、君も一人前になって」

 嫌だ。そんな事を言って欲しくない。考えたくもない。

「やだからね」

「ん?」

「タマちゃんと別れるなんて絶対にやだから」

 絶対に嫌だ。ずっと一緒に居て欲しい。離れるなんて考えられない。タマちゃんとずっと一緒に、楽しく、明るく、何の不自由もなく幸せに、何の寂しさも感じずにただ一緒に暮らしていたい。タマちゃんとただただ一緒に過ごしていたい。

 タマが苦笑する。

「そうだね。今はこの話はやめておこう」

 今だけじゃない。この先もずっと。別れる話なんて聞きたくない。

「さあ、家に帰ろう。もう寒くて仕方が無いだろう。きっと暗くなるのに帰らないから君の家族だって心配しているよ」

 タマに促されて、法子はブランコから立ち上がった。

 別れ、という言葉が胸に突き刺さって取れない。鼻の奥が痛くなって、涙か溢れて、悲しくて頭が痛くて苦しくてしょうがなくなった。タマと別れるなんていう未来があって欲しくなかった。

「馬鹿だな。泣く奴があるか。まだずっと先の事だろう」

「先じゃないもん。絶対に別れないもん」

 法子は泣きながら、けれど何処かで幸せだと考えていた。

 今自分は幸せだ。

 友達が出来て、タマちゃんが居て。

 幸せだった。

 誰かが作った温室に皆と同じ様に入った法子は、その暖かさに頭が朦朧としていた。

 傍に栗のイガの様な棘が沢山落ちていた。


 散々走り回った挙句に、完全に遠郷を見失った事を確信して、徳間は立ち止った。今日は取り逃がしてばかりだなと辟易しつつ、時計を見ると定時報告の時間を過ぎていた。

 また嫌味を言われるに違いない。普段なら苦笑を浮かべるところだが、今はそんな余裕が無い。少なくとも訳の分からない好戦的な組織が一つ町中に入り込んでいる。そしてその糸口を逃した。その重大な過失が心を苛んでいた。

 応援を呼ぶ事も考えた方が良いかもしれない。頭の中に魔検のお偉方が思い浮かぶ。その下卑た笑みが徳間の心を沸騰させた。辺りの物という物から一斉に棘が生える。

 とにかく何もしないでいてもしょうがないので、電話を掛ける。すぐに繋がったので、電話口に向けて努めて冷静に伝達する。

「こちら徳間。交戦終了。一人を殺害。一人を取り逃がした」

 そう言って、相手の嫌味を待っていると、焦った声が聞こえてきた。

「どうも。そちらは無事なようで何よりです。ところで、真央さんはそちらに居ませんか?」

「真央? いや、こっちには居ないが」

「もしかして今まで真央さんと通話していたとか?」

「全く」

 向こうの気配が消える。少ししてまた戻ってくる。

「簡潔に言います。双夜真央、有黍明日太との連絡がつきません。異常事態です」

「定時報告が無かっただけじゃねえのか?」

「こちらからの連絡もつかない。両名ともう三十分も通話不能。加えて近くの派出所から警官を一人、拠点のホテルに向かわせましたが、その警官との連絡もつかなくなりました」

「そうか」

「事は急を要します。真央さんが心配だ」

「あんまり私情を挟むなよ」

「あなたは心配ではないんですか?」

「真央は大丈夫だろ。ただ」

 徳間は頭の中に青臭い笑顔を見せる青年を思い浮かべた。

「有黍の方はまずいかもな」

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