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放課後と戦闘と死

 ホームルームの時間が終わり、皆が帰りの支度を始める。いつもの法子であれば、出来るだけ目立たない様にこそこそと帰るところだが、今日は違う。友達をを迎えて、共に下校する。

 五人で帰る帰り道、特にこれといった用事も無いけれど、真っ直ぐには帰らずに商店街へ向かう。後ろに付いて歩いているだけで本当に楽しくて仕方がなかった。楽し過ぎて、鼓動が早くなり過ぎて、胸が痛い位だった。

 そんな風に法子は体中を温かい心地良さに包まれながら歩いている。

「警察が集まっていますね」

 叶已の言葉が聞こえて、法子が顔を上げると、牛丼のチェーン店に警官が数人居て、現場検証を行っていた。

「何かあったのかな?」

 摩子の問いに、陽蜜が答える。

「んー、ちょっと待って」

 陽蜜がスマートフォンを取り出して画面に指を這わせ始める。法子が何をしているんだろうと、疑問に思っていると、やがて陽蜜が顔を上げた。

「食い逃げがあったんだってさ」

 どうして分かったのだろうと思って、陽蜜の手元を見ていると、陽蜜がその視線に気が付いた。

「ほら、これ」

 陽蜜が突き出してきたスマートフォンの画面には絵が並び、その横にまるで絵が発言した様に吹き出しの文字が書かれている。読めば、何々があっただとか、何かがどうだとか、そんな出来事が羅列されている。地名に見覚えがあり、どうやらこの町の事が書かれている様だ。

 実里が横から補足する。

「今、この辺りでちょっと流行ってるの、それ。呟くとね、その場所の辺りでだけ、その呟きが見れるの」

「うちの先輩が作ったスマホのアプリでさ、まだこの町にしか対応してないけど、結構面白いよ」

 その説明の間にも呟きが増える。

 道で止まってると危ないよーと書かれていた。

 陽蜜が牛丼屋の傍に立って、スマートフォンを片手に笑っている警官を睨みつける。

「仕事しろ! 馬鹿!」

 すると警官は更に笑って、横から年上の警官に怒られて、慌てて店の中に駆けていった。

「全く。ホントに馬鹿なんだから」

「今の陽蜜の従兄さん」

 そんなやり取りの傍で、法子は自分の胸の奥に小さな炎が熱を上げている事に気が付いた。万引きだとかアプリだとか従兄だとか、そんな周囲で起こっている出来事に法子は感動していた。次々と目まぐるしく動く周囲を見て、世界って凄いなと感銘を受けていた。今からそんな世界に自分も乗り込んでいくんだ。

 更に歩いてクレープ屋の前で止まる。行列が出来ている。皆、同じ年頃の学生だった。楽しそうに話し合っている。幸せそうである。自分も同じ様に見えるのかなと思うと、法子は嬉しくなった。店から漂ってくる匂いに法子の胸が何だか弾む。

「ここでも何かあったみたいだな」

 陽蜜がスマートフォンを操作しつつ言った。

「何か?」

「うん、町中走ってる迷惑な奴がー、んー、ぶつかったのを、誰かが、助けた、らしいよ?」

「へー」

 そんな些細な事まで載っているんだと法子は感心する。

「で、その助けた人がカッコ良かったっぽい」

「マジで?」

「らしい」

「ああー、見たかったなー! もっと早く学校が終わってれば!」

「いや、そりゃ無理でしょ」

 陽蜜と実里が騒がしくしているどんどんと列が進んで行く。

 前に並ぶ陽蜜がいきなり振り返る。

「そういや、ぶつかられたって言えばさ、法子、何か話す事があるんじゃん?」

「え?」

「今日の朝の事」

 今日の朝?

「将刀君に助けてもらったんでしょ?」

「将刀君に!」

 実里が驚いて法子の事を覗き込んできた。

 法子は身を引いて頷いた。

「何で? どうして?」

 実里が問いただしてくるので、法子が将刀に助けてもらった朝の出来事を話すと、突然実里が甲高い悲鳴を上げた。

「羨ましい! 良いなぁ!」

「お二人は付き合っているんですか?」

 叶已の質問に法子は慌てて首を振る。

「付き合ってないです」

 もしも自分と付き合っているなんていう噂が立ってしまったら、将刀に悪い。

「では、法子さんは将刀さんの事が好きなのですか?」

 法子はそれも否定しようとして、思い直す。

 好意はある。助けてもらったし、話しかけてもくれるし、パンももらったし、とても優しい良い人だと思う。けれど、叶已が言っているのはきっと恋愛感情の有無なのだ。恋愛と言われるとどうなのだろうと、法子は考える。格好良いと思う。きっと付き合ったら優しくしてくれて幸せなのだろうと思う。もしも自分が付き合えたらとても嬉しい事だと思う。けれど恋愛感情を抱いているかと言われると、恐らく持っていないだろうと法子は考える。以前弟に、話してかけてくれる貴重な存在なんだから付き合え、と諭された憶えがある。けれどそれは違うだろう。なら話しかけてくれる男の人なら誰でも良くなってしまう。その人だからこそという強い思いが恋愛感情だと法子は信じている。そしてその観で行くと、将刀への思いは恋愛感情では無い。何故なら、今周りに居る友達とこうして過ごしている思いが、何よりも強く心の中の喜びとして溢れているから。少なくともこの思いを超えない限り、恋愛感情なんて呼べないだろうと、法子は考えた。

 そんな訳で、法子はやっぱり叶已の質問を否定しようとした。その時、丁度列が進み、法子達の順番が回ってきた。

 皆が注文していく。法子は慌ててメニューを見て、そして良く分からないので、陽蜜と同じ物を頼んだ。

 クレープを受け取り、お金を払って、先に出た友達に小走りで近づくと、陽蜜が法子に向かって笑った。

「ま、そんな訳で、法子が将刀君と付き合える様に、うちらも協力するから!」

 え? どんな訳で?

 惑う法子を無視して、目の前で作戦会議が始まった。


 敵の右腕が迫る。その右腕を針が蹂躙する。それでも止まらず迫ってくる右腕を払う。右腕に当たった衣服が黒くにじんで崩れ落ち、その下の皮膚が紫と赤と黄色と黒に滲み始める。どうやら腐敗させる魔術の様だ。

 腐る左腕を治癒しつつ、徳間は敵の腹に蹴りを加え、距離を取る。

 その時、頭上で轟音が低く鳴った。日中であるのに、辺りが一気に照って明るくなる。徳間が後ろに跳び退ると、目前に炎が落ちてきて、辺りを焦がし始めた。地面に落ちた炎は不自然な動きで徳間に迫ってくる。

 徳間は逃れようとすると、そこへ再び蹴り飛ばした敵が迫ってきた。徳間は咄嗟に袖から針の様な短剣を取り出して、敵の腕を掻い潜り、腹に突き入れた。途端に敵の腹から無数の針が生え出し、生えた針が敵の体を蹂躙する。

 腹から針の生え出た敵は苦悶の表情を浮かべつつ後ろに下がる。それを追おうとした徳間の前に、炎の壁が生まれた。

 炎の壁を回り込むと、二人の敵が立っていた。

「ちくしょう! 痛えぞ! 痛え!」

 敵が腹を押さえながら吠えている。腹に生えていた針は消えていた。

 もう一人の敵がたしなめる。

「迂闊に近づくな、ラスティノート」

「分かってるよ!」

「分かってないだろう」

 徳間はその会話を聞いて頷いた。

「そっちのラスティノートって方が腐らせる魔術使い。もう片方が炎ってところか」

 魔術は多様である。だが極めるのは困難だ。特に戦闘に使用する様な協力な魔術を扱う場合、多くの魔術師は一つの概念に絞り込んで高めていく。

 ラスティノートと呼ばれた敵が徳間の言葉に噛みついた。

「そうだ! 悪いか!」

「いや、別に悪くはねえが」

 徳間が頭を掻きつつ、尋ねる。

「で、何でいきなり襲いかかってきた? お前等は誰だ?」

「名乗るわけが無いだろう」

 炎を使う魔術師がそう言った。腐敗を行う魔術師も同意する。

「そうだ! まずはてめえが名乗れ!」

「そりゃそうだな。俺は徳間真治つーもんだ。今は魔検の任務でこの辺りの治安維持に努めている。で、あんたは?」

「俺は羽鳥奏亜! てめえに殺された引網の仇を取りに来た!」

 そう大声で宣言する羽鳥に敵の片割れが突っ込みを入れた。

「喋っちゃうのかよ」

「おい、遠郷! お前もちゃんと名乗れ!」

「え、俺も?」

「当然だろ! 向こうが名乗ったんだから、こっちも名乗るのが礼儀だ」

 遠郷と呼ばれた男がしばらく躊躇していたが、

「名乗ると分かってれば、もう少し格好の付く名乗りを考えておけたんだが」

 そんな事をぼやきつつ、静かに言った。

「遠郷玲、またの名を炎魔帝王、ラスティノートにくっついて散歩中だ」

 徳間が怪訝に眉を顰めた。

「遠郷? もしかして魔検のデータベースを作った遠郷か?」

「ああ、あのプロジェクトの主任をしていた」

「ほう」

 徳間の目が怒りで細まった。

「じゃあ、俺にスリーピングビューティなんて二つ名を付けたのはてめえか」

「勿論、そうだ」

「お前」

 徳間の目が更に細まる。

「何を怒っている」

「てめえの所為で出向く先出向く先で、茨姫って渾名なのに女じゃねえのか不思議がられて大変だったんだよ!」

「別に良いだろう。スリーピングビューティは気が短いな」

「もうスリーピングビューティなんて呼ぶな。二つ名は全部廃止したからな」

 徳間の軋る様な言葉を聞いて、途端に遠郷が驚きに目を見張る。

「何! 馬鹿な! 権限が映ったのか? いつの間に」

「ああ、つい先日な。俺の同僚がコネをフルに使ってやってくれたよ」

「くそ!」

 悔しそうにしている遠郷の肩に羽鳥が手を乗せ、そしてその顔を覗き込んで快活に笑った。

「じゃあ、俺ももうラスティノートなんていう恥ずかしい名前で呼ばれる必要はなくなった訳だ。な!」

「まだだ。まだこの目で確認するまでは」

 羽鳥が笑いあげて、空を仰ぎ、そして徳間を指さした。

「あんたの同僚には礼を言っておいてくれ。今度酒をおごりたい」

「ああ、言っとくよ。けど、酒は飲めないから勘弁してやってくれ」

 羽鳥は更に大笑いした後、ゆっくりと笑いを引っ込めて、徳間を見据えた。

「じゃあ、心残りも無くなった事だし、引網の仇をとろうか」

 項垂れていた遠郷も顔を上げる。

 臨戦態勢に入る二人に徳間が手の平を向けて制止する。

「その前に良いか?」

「何だ? 下らない二つ名を取り払ってくれた礼に聞いてやるよ」

「お前等、引網の何なんだ? 少なくともあの殺人鬼には組織的な後ろ盾があったと予想している。その組織の一員か?」

 羽鳥が頷く。

「そうだ」

「喋り過ぎだろう」

「だが、それだけじゃない」

 羽鳥の言葉に、徳間が訪ねる。

「ならお前等は引網とどういう関係なんだ?」

 羽鳥が笑いながら遠郷に目を向ける。遠郷も苦笑して、二人は同時に答える。

「腐れ縁だ」

 答えを聞いて、徳間は笑いながら頭を掻いた。

「参ったね。どうも憎めない」

 それを聞いて、羽鳥が怒鳴る。

「そっちがどう思おうが、こっちにはてめえを倒す理由があるんだよ!」

 それを遠郷がたしなめる。

「今度は迂闊に飛び込むなよ」

「分かってる」

「相手は新世界の創造すら行える魔術師だ」

「分かってる」

 疎ましそうに呟いた後、羽鳥はしゃがみ込んで地面に手を付いた。手を付いた場所がどす黒く染まり始め、それが広がり、指向性を持って徳間へ向かった。だが徳間に届く直前で唐突に地面から大量の針が生え、変色は止まる。

 徳間の頭上から大量の炎が降ってくる。徳間がそれを避ける。避けた瞬間、鼻に妙な異臭が届いた。気が付けば、地面がまた変色し徳間に向かってきている。公演中に降り注いだ炎から地面の変色が生まれている。どうやら炎が地面を腐らせているらしい。再び地面から針が生え、腐敗を押し止める。だが変色は既に徳間を取り囲んでいた。もしも針が押し負ければやられる。徳間は変色の囲いから逃れる為に跳んだ。跳んだ徳間を炎が追う。だが徳間に届く直前で、炎の先から棘が生まれ、それがどんどんと炎を侵食していった。侵食され尽くして炎が消える。公園中で燃え盛っていた炎全てが内から生まれる炎に侵食されて消えた。

「おい、本気かよ。あいつ、遠間から干渉してやがったぞ。魔術にならまだしも、現実に生まれた炎に」

「ふむ、炎は現象だからな。物質より概念、つまり魔術に近い分、干渉され易い」

 二人が話しているのを聞いて、徳間がにやりと口の端を釣り上げた。

「現象だけじゃないぜ」

 徳間が剣先を羽鳥に突き付けた瞬間、羽鳥の左手、ずっと携帯ゲーム機を握りしめていた手から突然に棘が生え、侵食し、棘が腕を駆け上がっていく。

「馬鹿か」

 肩まで棘が及んだところで、腕を炎が多い、炭化したのと引き換えに棘の侵食が止まった。

「悪い。助かった」

 そう言って、羽鳥は自分の左腕を切り落とす。すると切れた場所から泡が生まれ、それが腕の形を作り、瞬いた時には新たな腕が出来ていた。

「戦う時には手を握りしめる。戦いの基本だろう」

「分かってるって。悪かったよ」

 遠郷は溜息を吐いてから、徳間に向き直った・

「しかし、流石だな。日本最強と言われるだけはある。これだけ離れた距離から物質自体に干渉する等、世界でも稀だろう」

「俺は強くなんかないさ」

「謙遜するな。嫌味にしか聞こえん」

「謙遜じゃ……ないんだけどな」

 聊か寂しそうな表情を作った徳間を、遠郷は疑問に思う。だがその疑問が口を付く前に、息を整え終えた羽鳥が言った。

「勝てそうにねえな」

 笑って言う羽鳥に遠郷が頷きを返す。

「リアルパペティアの人形があれば、もう少し対抗出来るだろうが」

「仕方ねえ」

「逃げるか?」

 心配そうに尋ねる遠郷に、羽鳥が大きく笑った。

「頑張るぞ!」

「そう来るか」

 遠郷が苦笑する。

「良し。じゃあ、俺を燃やせ! 俺が人形の代わりになる」

「良いのか? というか、あの戦法は相手の消耗狙いで、人形は使い捨てる事前提なんだが」

「最初から負ける事考えててもしょうがねえだろ」

 羽鳥の力強い言葉に遠郷は頷いて、羽鳥の身に炎を宿らせた。炎は遠慮がちに羽鳥の表皮を燃やし始める。更にその炎の色がくすみ、そして辺りに異臭が漂い始める。

 腐った炎の鎧を纏った羽鳥は徳間へ向かって駆け出した。

「ゲーム機の仇だ!」

 それを見送って、遠郷が呟く。

「リアルパペティアの仇じゃないんだな」

 徳間が自分に向かってくる羽鳥に短剣を向けた。途端に羽鳥が纏う炎から棘が生まれ侵食を始める。だがすぐさま棘は変色して崩れ落ち、それが炎に燃やされて火勢が強くなる。

 羽鳥が腕を振るった。それに合わせて、腕の炎が伸びあがり、徳間を襲う。炎が届く直前、棘が生まれて炎を阻む。だが棘は炎に触れた瞬間、変色して崩れ落ちていく。すぐさま新たな棘が生まれ、炎を押し止める。棘が崩れて燃え、崩れた時にはまた棘が。次から次へと棘が生まれては崩れ落ちていく。

「成程な」

 そう呟いて、徳間が大きく後ろに下がった。

「まともに相手してちゃ、相当魔力が削られそうだ」

 そうして目を閉じ見開いた。

 途端にその場全体の空気が変化し、羽鳥と遠郷の背に寒気が走る。

 遠郷が叫ぶ。

「おい、ラスティノート! 何かまずいぞ! 退け!」

「分かってるさ! だが今更退けるかってんだよ!」

 羽鳥が叫んで返す。遠郷が舌打ちをすると、羽鳥を援護する為に、羽鳥の纏う炎を更に巨大に強く燃え上がらせた。膨大な炎を纏う羽鳥が踏みしめる大地を腐らせながら徳間へ向かう。徳間もまた羽鳥へ向かって駆ける。

 羽鳥が腕を振るうと、炎が伸びあがって徳間へ向かっていく。そして徳間に触れそうになった瞬間、炎が棘の塊に変わった。それが凄まじい勢いで伝って、次々に炎が棘に変わっていく。

 羽鳥が棘を腐らせようとするも、腐らせた棘からも棘が生え、何とか腐敗で押し返そうとするもそれを覆い尽くす様に棘の蹂躙が続き、

「な」

羽鳥が呟いた時には、羽鳥の周囲を覆っていた炎も全て棘に変わっていた。そして目の前には徳間が立っている。

「羽鳥!」

 遠郷が叫ぶ。

「くそ」

 羽鳥が何とか次の行動を取ろうとした瞬間に、その腹を徳間の短剣が突き刺した。突き立った場所から棘が生え、それがどんどんと体内を侵食していく。羽鳥はそれを腐らせようとしたが、その腐らせようとした魔力の流れにすら棘が突き立ち、次々と体内が蹂躙されていく。

 力を振り絞って羽鳥は後ろに逃げた。だが息も絶え絶えに倒れ込む。助けようと遠郷が駆け寄る。徳間が追おうとするが、巨大な炎がそれを妨げる。それを全て棘に変えた時には羽鳥の姿が消えていた。視線を上げると、離れた場所で倒れ伏す羽鳥とその傍らでしゃがみ込む遠郷が居た。


 もう逃げられる事は無いと判断して、徳間は歩いて敵へ近寄る。既に羽鳥の体は無数の棘で弱り、魔力もまた棘で削ってある。そして生えた棘が地中深くにまで突き刺さって、どうあがいても逃げられない。

 もしも遠郷がそれを助けようとするなら、助けようと手間取っているところを倒すのは容易いし、逃げるようならそれで良い。羽鳥を捕まえるだけだ。とにかく今は情報が欲しい。捕まえた引網は尋問に対抗する強力な魔術の所為で上手く情報を聞き出せなかった。だが視界の中で倒れている羽鳥なら簡単に引き出せそうだ。

 そう考えて、一先ずの勝利を確信していた徳間だが、羽鳥の叫びがその余裕を打ち砕く。

「燃やせ! 俺を殺せ!」

 まさかと徳間は驚いて、そしてそれを止める為に駆け出した。

 二人の雰囲気から、追い詰められて自決する様には思えなかった。それが思い違いだったのか。

 苦々しい思いで徳間は駆ける。

 遠郷が一瞬徳間を見て、そして羽鳥に目を落とし、悔しそうに顔を歪めると遠郷は立ち上がった。背を向けた瞬間、羽鳥の体から炎が上がる。

「くそ」

 徳間が駆けながら悪態を吐く。遠郷は何処かへ走り去っていく。徳間は一瞬、逃げる敵を追うべきか迷ったが、すぐに人命救助が優先だと判断して、燃える羽鳥の傍にしゃがみ込んだ。だが既に羽鳥は炭化しきっていて、魔力の流れも感じられず、すぐに灰すらも燃え尽きて、後には人型の焦げ跡だけが残った。

「畜生!」

 徳間はほんの僅かの間、焦げ跡を見つめていたが、すぐさま立ち上がって、逃げる敵を追った。


 起き上がると、辺りには誰も居なかった。

 賭けに勝った事を確信して、羽鳥は立ち上がる。時計を見ると二時になっていた。空は明るいので午後の二時だろう。

 徳間と戦い、遠郷に殺してもらったのが、丁度十三時頃だった。となれば一時間程して蘇生した事になる。

 蘇生。それが羽鳥の切り札だった。死んだ瞬間、自動で死という概念を腐らせる。そして蘇る。以前から死ぬ時には試してみようと考えていた。体内の魔力量を確認する。自分の持つ全ての魔力を使っても不可能かもしれないと考えていたのだが、意外に魔力が残っていた。この分ならもう一回逝けそうだ。

 蘇生の秘術は未だにまともな成功例のほとんど無い大魔術だ。遥か過去の伝承で幾つか確認されている程度。最近でも盛んに研究されているが、蘇らせても強烈な副作用が伴うので使い物にならない。

 恐らく自分の魔術もそうだろうと羽鳥は気楽に考える。一秒後には再び死んでしまうかもしれないし、体が解け崩れて辺りに魔術災害をばらまくが、もしくは精神が狂いに狂って生ける屍になるかもしれない。まあそれも良いかと羽鳥は気楽に考える。

 負けるよりはマシだ。負ける時は死ぬ時だ。そして死んで生まれ変わり新しくなった。だからまだ負けていない。負けたのは自分でない自分。腐敗によって自分は未だに不敗。蘇った時に遠郷や引網に聞かせようと思っていた取って置きのギャグを思い浮かべてまた笑う。

 その頭が吹き飛んだ。


 スコープを覗き込んで、頭の消し飛んだ男の死体を確認して海音は嬉しそうに言った。

「よっし! 三百ポイントゲット!」


 起き上がると、辺りには誰も居なかった。

 羽鳥は自分の記憶を辿り、そして何が起こったのか分からずに、混乱した。恐らく自分は再び死んだのだと思う。そしてたった今蘇ったところなのだと思う。体内の魔力は底をついていた。蘇生の魔術を使ったのだと確信するが、どうして死んだのか分からない。

 とにかく、訳も分からず死んでしまう様な場所に留まっているのはまずいと考えて、羽鳥がその場を離れようとした時、その眼前に青年が現れた。目の前に突然人間が現れた事で羽鳥が驚いて後ずさる。

 爽やかな笑顔を浮かべた、女性に見間違えそうな程線の細い青年だった。青年は楽しそうに笑いながら羽鳥の前に立って言った。

「残念でしたね、先輩。負けちゃって」

 何処かで見ていたのかと舌打ちする。見ていたなら加勢しろよと苛立たしく思う。

「俺は負けちゃいない。負けたのは古い自分だ」

「その考え方、僕には理解できませんけど」

 青年がにこやかにそう言う。

 羽鳥が腹立ちながら尋ねた。

「遠郷は無事逃げたのか?」

「ええ。既に逃がしてありますよ」

「それは良かった」

 安堵する。自分が死んだ後、徳間に捕まっていやしないかと、ほんの少しだが不安に思っていた。

「ええ、遠郷さんの方は良いんですけどね」

 青年が笑って羽鳥の首を切り裂いた。

「先輩の方は口が軽すぎですよ」

 為す術もなく死んだ羽鳥の死体を担いで、青年は現れた時と同じ様に唐突に消えた。

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