表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/108

お昼休みと怠慢と宣言

 法子は楽しくて仕方が無かった。

 今日の朝からずっと法子は一瞬たりとて寂しい思いをしなかった。休み時間の間、ずっと傍に友達という偉大な存在があって、居るだけで幸せを感じられた。空間を共有するだけで楽しかった。今までの人生で一番楽しい休み時間だった。

 四時間目が終わり、法子は一息吐いて虚空を見上げた。お昼ご飯の後には昼休みがある。昼休みにはまた友達と話が出来る。そう考えると、ご飯を食べる事すら勿体無い様な気がした。

「法子ちゃんもお弁当?」

 どきりとして見上げていた顔を下ろすと、摩子が嬉しそうに笑いながら、机を反転させて、法子の机に寄せていた。

 何事かと驚いている内に、ぴったりと法子の机と摩子の机がくっつき、摩子はお弁当を机の上に広げ始めた。

 これはお弁当を一緒に食べる時の。

 法子の脳裏に机を寄せ合って、お弁当を食べ合う光景が浮かんだ。周りは煌びやかに彩られ、楽しそうに笑い合っている。ずっと自分とは縁の無いものだと思っていたイベントが今目の前で行われようとしている。そう考えただけで、法子の背を感動の電撃が劈いた。

 大丈夫だろうか。自分の幸せが信じられず煩悶している法子を余所に、陽蜜と実里と叶已が集まってくる。そして法子が気が付くと、実里と叶已は既にお弁当を出して待機していた。

 自分を待っている事に気が付いて、法子が慌てて鞄を漁る。鞄の中に入ったお弁当を出そうとして、出そうとして、探して、探したのに見つからなかった。

「あれ?」

 そう独り言ちて尚も鞄の中を漁るが、お弁当箱が無い。

「あれ?」

 顔が熱るのを感じた。もう鞄の中に無い事は分かっている。それでも万に一つの可能性を願って鞄の中を探す。友達を前に、お弁当を忘れたなんて言えなかった。

 そうして泣き出しそうになりながら鞄を漁っていると、陽蜜の声がかけられた。

「弁当忘れた?」

 法子の手が止まり震え出す。その腕を陽蜜は取って、教室の外へ向かって歩き出した。

「じゃあ、お姉さんと購買に行こう!」

 購買?

 知っている単語のはずなのに、上手く意味が掴めない。どうして購買に行くのだろう。そんな事を考える。

 混乱する法子を余所に、陽蜜はその手を引きながらどんどんと廊下を進んでいく。気が付くと購買にやって来ていた。

「お金はある?」

 法子が何とか頷く。

 すると陽蜜が笑って混雑の中に飛び込む。手が繋がっているので、法子もまた混雑に押し入って、潰され、死にそうになる。背中を押され、足に躓き、顔を挟まれ、息が出来ない。苦しい。苦しかった。朦朧とした意識の中、とにかく友達の手を離さない事だけを考えて、法子は混雑にもまれ続けた。

 そうしてようやっと抜け出した先で、荒い息を吐き死にそうになっている法子に向かって、陽蜜が笑いながらビニール袋を見せつけてきた。

「勝利! 法子はどうだった?」

 陽蜜が法子の手元を見る。法子も自分の手に視線を送る。片手は陽蜜の手をしっかりと握り、もう片方は何も持っていない。

「あれ? もしかして買えなかった」

 買えた覚えがない。そもそも陽蜜があの混雑の中でいつの間に戦利品を買えたのか不思議でしょうがなかった。

「仕方ない。じゃあ、もう一回行くか」

 陽蜜が気楽にそう言う。法子は必死に首を横に振って否定する。

「無理。もう無理」

 もう一度混雑の中に入って、生きて出て来られるとは思えなかった。

「でもご飯は?」

「もうちょっと空いてから」

「駄目! 残り物ってホント不味い物ばっかなんだから。やっぱりもう一回」

 そう言って、陽蜜が法子の手を引っ張るので、法子は必死に抵抗した。

 すると法子の手を引っ張る陽蜜の手を誰かが掴んだ。

「おい、嫌がってるだろ止めろよ」

 法子が驚いて声の方を見ると、クラスメイトの男子だった。顔は分かるが、名前は分からない。更にその後ろに将刀も居る。

 陽蜜の手が離れる。陽蜜と男子が向かい合う。

 男子が陽蜜を睨みながら言った。

「いじめはやめろよ」

 法子の背が総毛だった。

 違う! 法子は心の中でそう叫ぶ。

 今のやり取りをいじめだと思われていたらしい。だが違うのだ。いじめられてなんかいない。十二分に楽しかった。陽蜜の言葉も法子の事を思っての言葉だった。だから違うのだ。法子は自分の情けなさを呪う。自分がもっとしっかりしていれば、傍から見ていじめられている風には見えなかっただろう。

 このままでは陽蜜が悪者になってしまう。友達が嫌な思いをしてしまう。自分の所為で。そう考えた時には、法子は既に陽蜜と男子の間に割って入っていた。

「違、違う。私が悪いです。陽蜜さんは全然いじめなんかしてないです」

 法子の必死の言葉を聞いて、男子はしばらく呆けた顔をしていたが、やがて思いっきり笑い始めた。それに合わせて陽蜜も笑う。将刀も苦笑していた。

 訳が分からず笑い顔を順繰りに見つめる法子に、男子が言った。

「悪い悪い。冗談だって」

 冗談?

 理解出来ずに振り返ると、陽蜜が笑いながら男子を指差した。

「こいつはあたし達の友達。たけちょん」

「たけちょんって言うな。半渡武志、よろしく」

 殊更名前を強調して、武志がそう言った。そして後ろを指差す。

「それから、野上将刀。ってこの前みんなの前で自己紹介したばっかだから知ってるか」

 法子が将刀を見ると、将刀は僅かに逡巡する様な間を置いてから目礼した。

「野上将刀です」

 その他人行儀な挨拶に、法子は嫌われてしまったかなと悲しくなった。朝の出来事の所為だろうか。やはり息が臭かったのかもしれないと心が痛む。

「でさ、何でここにいんの? 特に武志はお弁当でしょ? 確か」

 武志が将刀の肩に手を乗せた。

「サッカー部の未来の為だ!」

「はぁ?」

 陽蜜が分からないといったジェスチャーをして見せた。法子も武志の言った事が良く分からない。

 不思議そうにする二人を前に、武志は決まり悪げになって、法子に目をやった。

「法子さんも何か買いに来た訳?」

 言ってから、法子の手に何もないのを見て、武志は申し訳なさそうな顔をした。その後ろから将刀が踏み出してくる。

「何も買えなかったのか?」

 言い返せずに法子の言葉が詰まる。

「なら、これ」

 将刀が持っていた袋からパンを取り出して法子に突き出した。法子が良く分からず手を差し出すと、手の上に餡パンが載った。

「俺はこの売店でそれが一番上手いと思う」

 そうなのかと思って、法子は餡パンに目を落とした。つまりどういう事だろう。

 法子が餡パンを見ている内に将刀と武志は去っていく。

 法子が慌てて呼び止める。

「ちょっと待って。このパンは?」

「あげる」

 将刀からそう返されて、法子は口を開けたまま、呆けた様子で将刀を見送った。その後ろで陽蜜が若干の驚きを交えたにやにやとした笑いを浮かべていた。

 帰り際に、陽蜜が法子に言った。

「怪しいなぁ」

「何の、え、何の事?」

「ん? んー、まだ良いや。後で」

 どういう事だろう。後で何をされるんだろうと、法子は恐れ半分、期待半分の心地で教室へ戻った。

 戻ると、法子の席の上にお弁当箱の蓋が置いてあり、その上におかずが載っていた。驚く法子に摩子が笑いかける。

「どう買えた?」

 法子が首を振る。

 叶已が法子の手に持つパンを見る。

「一つは買えたんですね?」

「これは、野上君が」

「え?」

 実里が殊更驚いた表情を浮かべた。陽蜜がにやにやと笑う。

「怪しいよなぁ」

 実里が難しい表情を作る。

「怪しいねぇ」

 法子にはまだ二人の言っている事が分からない。

 それよりも机の上のおかずが気になった。

「これって」

 法子がおかずを指さすと、摩子が丁度箸でつまんで口に持っていこうとしていた卵焼きを止め、それを法子の机の上のおかずに載せた。

「法子ちゃんにあげる」

「もし買えなかった時の為にと思って。私達からのカンパです」

 法子がおかずを見る。そしてまた友達を見る。

「遠慮せずに食べちゃってよ」

 実里にそう言われて、何となく気が抜けて、法子は椅子に座りこんだ。その後ろから陽蜜の手が伸びる。そしてその手に持ったパンが法子の目の前で止まった。

「これもあげる」

 法子が振り返る。陽蜜が晴れやかな笑顔を浮かべている。

「でも……悪いよ」

「良いの!」

「でも」

 陽蜜がじれったそうに言った。

「友達になった記念!」

 強く言われて納得しそうになって、それでも納得がいかなかった。

「でも、それならお互い」

「好意は受け取るもの!」

 言葉をかぶせられて、法子の言葉が止まる。

 陽蜜がもう一度言った。

「好意は受け取るもの! 復唱!」

「こう、好意は受け取る……もの」

「よし、じゃあ飯だ」

 陽蜜が席に座り、そうして昼食が開始される。

 法子の目の前には友達からもらった宝の山がある。おかずと餡パンと、なんだか良く分からないパン。嬉しかった。嬉しくて、鼻の奥が痛くなって、泣きそうになる目を必死で押さえつけた。

 その様子をにこやかに見つめていた実里だが、ふと法子の前に置かれたパンを見て陽蜜を睨んだ。

「あんたまたゲテモノを渡して」

「期待の新商品だよ。もしかしたら美味しいかも」

 陽蜜からもらったパンは、涙が出るほど美味しくなかったが、とても嬉しくて、涙が少し出た。


 公園に二人の男が居た。

「さあて、ようやくお出ましか」

 男が暗鬱な笑いを響かせて肩を怒らせる。

「これで何度目だ。もう数えちゃいられないが」

 男の目に欲望と怒りの感情が浮かび上がる。

「四肢を切り取って皮を剥いで、全部が全部奪ってやる」

 男はゲームをしながらそう呟いている。必要以上に力を込めながら画面に集中している。その隣で暇そうにしている男は空を見上げながら呟いた。

「まだか? もうそろそろ一時になる」

 ゲームに集中する男は画面から目を逸らさない。

「待ってくれ! こいつさえ、こいつが角を落としてくれさえすれば最強装備が完成するんだ」

「朝からずっとそう言ってるだろ」

 空を見上げる男は溜息を吐く。

「仕方ねえだろ! こいつが落とさねえんだから!」

 空を見上げる男は太陽に目を細める。

「まあ、長い付き合いだ。お前の考えている事は分かるよ」

「ああ、角さえ取れれば俺の炮烙剣が完成するんだ」

「学校を襲いたくないんだろ」

 画面を見つめる男の指が一瞬止まる。すぐにまたボタンを叩き始める。

「否定はしねえよ」

「学校の前まで行ったのに引き返しておいて、否定も何もないだろ」

 男はしばらく一心に画面の中の敵と戦っていたが、やがて呟いた。

「お前だって安心しただろ」

「ああ」

「別に人を殺すってのが嫌な訳じゃないんだがなぁ。何でだろうな」

「さあな。あの幸せそうな顔達を壊したくなかったんだろう」

 空を見上げる男は面白い形の雲でもないかと探している。

「なら授業中を襲ってみるか? それなら全員嫌そうな顔してるだろ?」

「何でも良いさ。襲うと決めたのはお前だろう」

 雲が流れたゆたっている。いずれも不変の雲は無い。流れない雲も無い。

「引網ならきっと何の躊躇も無く学校を地獄に変えただろうな」

「ああ。俺達三人の中で、人を人と思わずにいられるのはリアルパペティアだけだ」

「偶に羨ましく思うよ。ああなれば俺ももう少し強くなれるのかなって。未だに誰かを殺した後、悪夢を見る事がある」

「分からないが、俺はあいつの様な人生は送りたくない」

「その引網ももう居ない。殺された」

 男が一際強くボタンを押し込む。画面の敵が倒れる。

「だからリアルパペティアは死んでないって」

「畜生! 徳間の野郎!」

 憤慨しながら男は敵を剥いでいく。

 一段落したところで空を見上げていた男が訪ねた。

「どうだ? お目当ての物は手に入ったか?」

 画面を睨みつけていた男はしばらく黙ってまた軋んだ。

「畜生! 徳間の野郎!」

「なあ、ラスティノート、お前のその訳の分からない怒り方は止めておけよ」

「ならその説教癖を止めろよ、玲」

「説教なんてほとんどしてないと思うが」

 ラスティノートと呼ばれた男は玲の言葉を無視して立ち上がる。

「良し! 学校を襲うぞ! いい感じでむしゃくしゃしてきた。これなら誰だって殺せそうだ」

「途中で理由を付けて止めるのに、三千万ユーロ」

 二人が学校を襲撃しに歩き出した時、その進む先、公園の入り口に一人の男が現れた。


「くそ、完全に見失った」

 食い逃げ犯を追っていた徳間は舌打ち交じりにコンビニで買ったおにぎりの最後の一つを貪った。

 食べ終えてゴミを近くのゴミ箱に捨て、そうして目を閉じる。

「やっぱ邪魔されてるな。食い逃げ犯め。いや、そもそもどっかの誰かが張りまくってる結界の所為か?」

 徳間はしばらく悩んだが食い逃げ犯を追う事を諦めた。無念ではあったが、手掛かりの消えた今、これ以上拘泥すれば、電話越しの声が言っていた様に食い逃げなんかと比較にならない取り返しのつかない惨事が起こる可能性があった。

 徳間は進路を市民体育館に変えて歩き始める。その目的地を定める原因となった有黍明日太という仲間の事を考える。今回の任務にあたって魔検があてがった探索要員だ。まだ大学生の有黍を初めの内は足手まといになるのではないかと危惧していたが、思ったよりもずっと優秀で、そして元気があった。

 若さから来る快活さなのだろうかと、同じ二十代の徳間は考える。自分が同じ年頃の時にはあの元気さが備わっていただろうかと考え、エネルギーは有り余っていたものの、その矛先が全く別の暗い闇へ向かっていた事を思い出す。

 とにかく目の前に立つ敵を殺し続けた。呪縛から逃げる為に、八つ当たりの為に。後悔自体はしていないが、有黍と自分を比べるとどうにも自分は血腥く陰鬱だ。

 そしてそれは有黍が今の自分と同じ年になった時にも変わらないだろうと予想する。恐らくその時にも、有黍は日の本を歩き、自分は暗い闇を八つ当たりしながら歩いているだろう。

 八つ当たりがいつまで続くのかは分からない。原因を殺すしかないのかもしれない。だがそれをすれば、魔検で功績を立てそれなりに名の知れた自分がそれをしてしまえば、きっと世の中は少なからず混乱する。それはヒーローを志してきた自分にとっても、あいつにとっても望まない事だ。

 どんどんと思考が暗く沈んでいく事を自覚して、徳間は首を振って思考を打ち切った。

 とにかく今はこの町で起こっている異常事態を解決する事だ。

 徳間が自分を奮い立たせる為に力強く笑みを浮かべて顔を上げると、そこは公園に沿って進む路地だった。まばらに緑が茂る公園を覗いて、徳間は少し休憩しようと考える。

 思考が暗くなるのも疲れている所為だ。少し休もう。

 それに定時報告の時間が迫っている。遅れればまた詰られてしまう。

 そうして携帯を掛けながら公園に入ると、中に二人の男が居た。男達はこちらを見て何か驚愕の表情を浮かべている。

 携帯が繋がる。

「お、今回は遅れませんでしたね。意外です」

 電話の声に被さる様に、二人の男の片割れが大声を上げながら駆け寄ってきた。

 途端に徳間の目前に棘のベールが生まれる。敵の攻撃に反応して自動で発動する防御魔術だ。

 敵。

 心当たりはまるで無いが、敵である事に違いは無い。

 徳間の目が鋭くなる。口元に凶暴な笑みが浮く。

 電話越しの声に宣言して通話を終える。

「こちら徳間。交戦を開始する」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ