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孤独な魔法少女は英雄になれるか?  作者: 烏口泣鳴
魔法少女は夜眠る
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主人公参上

 変身願望は誰もが持っているありきたりな願いの一つだ。誰かになりたい。何かになりたい。何かをしたい。何かを変えたい。現実への不満は多少なりとも変身に繋がる。

 変えたい。変わりたい。努力の伴わぬそれらの願いは時に現実逃避と蔑まれるが、その愚かさが時に世界を変える。断じて言おう。何かに変わりたいと願うあなたの変身願望は崇高な物である。


 ここにもそんな変身願望を持った者が居る。名を十八娘法子という。何処にでも居る中学生である。ごくありきたりの世界に囲まれてごくありきたりの生活を送っている。姓が些か特殊なのがコンプレックスの一つで、周囲の注目以上の注目を感じてしまって怯えている。いつも苗字を呼ばれる度に小さくなる。名が地味なのも気にしていてもっと良い名前にしたいと思っている。

 彼女は常日頃から自分を変えたいと願っている。名前もそうであるし、性格ももっと明るくなりたいし、小学生に間違われる事の多いこの顔や体ももう少し大人びたっていいんじゃないかと思っているし、もっと周囲と上手く付き合いたいと思っているし、そして何より何だか満たされない。何か変わって欲しいと願っている。珍しくもない一クラスに一人はいる内気な少女だ。

 前述した変身願望をこれでもかという位に持っている。それもまた珍しい事では無い。一つだけ違うのは、その変身願望を極端な形で叶える事になる、この一点に尽きる。

 そう彼女は魔法少女となる。


 町に魔物が出現した。そうニュースで報じていた。魔物は魔女っ娘を名乗る変身ヒーローに倒されて事なきを得たという。

 法子は朝ごはんそっちのけてそのよくあるニュースに聞き入っていた。長い黒髪をツーサイドアップにして俯きがちなその様子は暗く重たいが、目を輝かせ全身から喜悦を発していた。あまりにもテレビに集中しすぎて口に運ぼうとしたごはんが箸からこぼれて茶碗の中に落ちた。

「良いなぁ」

 一方、弟は目を輝かせて物欲しそうな顔でテレビに釘づけられている姉を見てうんざりと溜息を吐いた。

「そんなに魔法少女になりたい訳?」

 聞くまでも無い。法子は常日頃から願っている。

「勿論なりたい」

「どうでも良いけどさぁ。チャンネル変えない? 俺、野球とサッカーの結果知りたいんだけど」

 法子はそんな言葉を無視して画面の中で丈の短いドレスの様な衣装を着て皆の喝采に頭を下げている女の子から目を離せずにいた。

「私もなりたいなぁ」

「止めてよマジで。ガキじゃないんだから」

「小学生のあんたに言われたくないんですけど」

「精神年齢の方。俺、来年から姉ちゃんと同じ中学校に行くんだから、変な事して俺に恥かかせないでよ」

「あんたはなりたくないの?」

「変身ヒーロー? もう卒業したよ」

「楽しそうじゃん。姉弟で魔法少女とか絶対に人気出るよ」

「ちょっとやめろよ。何で俺が女の格好しなくちゃいけないんだよ」

 テレビの画面には男性が着るには恥ずかしい衣装を着た少女が喝采の中去っていくところ映っている。

 法子はしばらくテレビと弟を交互に見てから真剣な表情でごはんを飲み込んだ。

「いける」

「絶対嫌だからな!」

 憤慨する弟を余所に、法子は魔法少女を夢見たまま、学校へと向かった。

 魔法少女になりたい。みんなを救うヒーローになりたい。みんなから賞賛されるヒーローに変わりたい。そんな事を考えながら何処までも夢見がちに。


 学校へ行くと、教室の一角で女子達が盛り上がっていた。

 法子はその様子に一瞥をくれてから、まるで興味の無い振りをしつつ席に向かい、けれど彼女達の会話に未練がましく耳だけは傍だたせて自分の席に坐った。昨日から読み始めた小説を開いて文字に目を滑らせながら、聞こえてくる会話に集中する。

 どうやら週末にサッカー部の練習試合があるという話らしい。何だそんな事かと、法子は聞き耳を打ち切った。下らないなぁと思う。もう少しましな話は出来ないのだろうかと思う。けれど少しだけ羨ましく思う。あんなに他愛の無い話で盛り上がれて良いなぁと思う。

 小説を読み、授業が始まり、授業を受けて、休み時間になって、小説を読んで、授業を受けて、それを繰り返して、お昼ご飯を一人で食べて、また小説と授業を繰り返して、そうして学校が終わる。部活も何も所属していないので家に帰る。下校する時はなるべく沢山の人に紛れて、一人で帰っている事に違和感を持たれない様にする。特にこれといった用事も無いので、毎日真っ直ぐ家に帰る。時たまそれが寂しくなる。

 今日読んだ小説の主人公にはあんなに沢山の友達が居るのに、私の周りには友達が居ない。毎日毎日、家で本を読んで、漫画を読んで、テレビを見て、ゲームをして、学校に行けば早く終わって欲しいと願ってじっと本を読んで授業を受けて、中学校に上がる際に何かと入り様だろうと買ってもらった携帯は全く使う機会が無くて。

 変わりたかった。こんな人に隠れてこそこそと生きる自分じゃなくて、人前に出て胸を張って生きられる自分になりたかった。けれど無理な話だ。そんな風になれるなら、とっくのとうに変わっている。

 その時唸り声が聞こえて、顔を上げた。

 道端で犬が輪を作って吠えていた。

 何だか危ない雰囲気だった。

 道を変えようかと思ったけれど、ふと嫌な予感に襲われる。もしかしたら小さな子供が襲われているのかも。見過ごして帰った後に、実は子供が襲われていたのだと分かったら。その可能性に行き当たると見捨てる事が恐ろしくなった。

 追い払わなくちゃ。法子はそう思って犬達へと近づこうとし、結局怖気づいて、出来るだけ離れて遠巻きにして素通りする事に決めた。ただの犬同士のけんかである事を祈りながら。

 いきなり犬が大声で吠えた。法子は怯えて立ち止まる。その脇を犬達が走り去っていった。法子が恐る恐る犬達の居た場所を見ると、犬達は居なくなっていた。

 代わりに別の生き物が落ちていた。犬に隠れていた所為で見えなかった生き物。小さな子猫の様な体つきをしている。顔を抱えて蹲っている。きっと犬にいじめられたのだろう。震えている。

 法子は一瞬戸惑った。助けてあげたかったが、幾ら小さくても野良の生き物だ。ばい菌をもっているかもしれない。

 やっぱりこのまま通り過ぎようかと歩き出して、しばらく歩いて、それからやっぱり見捨てる事が出来なくて駆け戻った。

 蹲る生き物の傍で屈みこんで、その体に手を伸ばす。

 ぐぐと地の底から響く様な低音がその生き物から発せられた。

 嫌な予感がした。

「え?」

 法子が思わず手を離すと、生き物はその小さな身を起こして法子を見上げた。

 紫色の目をした犬の様な生き物。唸り声をあげ、歯を軋らせ、法子の事を睨みつけてくる。

 魔物だ。

 咄嗟にそう判断して、法子が慌てて立ち上がって身を引いた。魔物は人を襲う。そのほとんどは風の悪戯の様な些細な事しか出来ないけれど、偶に力を持っているのもいる。それこそ人を殺してしまえる様なのも現れると聞いていた。

 魔物に出会ったらどうすれば良いのか。子供達は周囲の大人達から耳にタコが出来る程聞かされている。

 逃げろ。

 逃げて大人の居る所へ行け。

 法子は親から言われている通りに魔物から逃げる為に駆け出した。それが子供達に教えられる対処法。根本的な解決ではないけれど一定の効果を上げる教えだが、今回はまるで役に立たなかった。

 魔物の足は法子よりも早く、疾風の様に法子へ襲いかかり、その身を倒した。地面に倒された法子ははいずりながら、後ろを振り向く。目の前にゴムの様に伸びて大きくなった口が迫っていた。

 殺される。しりもちをついたまま後ずさるが、当然逃げられない。魔物はまるでいたぶる様に少しずつその口を近付けてくる。

 殺される。再度そう思った時に、力が湧いた。勢いよく立ちあがって、魔物から少しでも離れる為に、駆け出そうとして──すぐさま魔物に飛び掛かられて、また倒れた。何とか逃げようとする法子の頭を魔物は足で押さえつけて、今度こそ牙を法子へと突き立てようとした。

 法子は背面に熱が走ったのを感じて死を覚悟した。噛まれたのだと思って、思わず振り返った。

 ところが振り返ってみると、魔物が居なくなっていた。辺りを見回すと、離れた場所で魔物が横たわっていた。

 法子は訳が分からずに呆然としていると、何者かが目の前にふわりと軽やかに着地した。丈の短いドレスの様な真白い衣装を着て、頭に奇妙な髪飾りを付け、肩に猫の様な生き物を乗せた女の子が法子に向かって手を差し伸べて笑いかけてきた。

「怪我はない?」

 法子が呆けていると、女の子は法子の体を見回して、

「ああ、ちょっと擦りむいてるね」

そう言って、手に持っていたステッキを振った。たちまち法子は光に包まれて、一瞬後には傷が全て消えていた。

「これで大丈夫」

 女の子は法子に背を向け、魔物を見据えて、そうして親しげに笑う。

「君も怖かったんだよね。だからこんな事をしちゃったんだよね」

 諭す様にそう言ってステッキを構えた。

「今帰してあげるから」

 ステッキが振るわれると、魔物の足元に光の円が描かれた。もう一度ステッキを振ると円の周りから光の蔦が伸びて、一瞬の内に複雑な模様を描き始め、それは中空へと伸びあがり、更に複雑な模様を描きながら魔物を包みあげ、再び少女がステッキをふるうと、一瞬爆発的に輝いて、光が収まった時には魔法円も魔物も消え去っていた。

「あなたは誰?」

 法子は思わずそう聞いていた。瞬く間に魔物を消し去った少女は一体何者だろう。

「私? 私は──」

 一瞬言葉が途切れ、顔を赤らめてから、

「名乗る程のものじゃごじゃいません!」

大きな声でそう言い切って、少女は跳躍して民家の屋根の向こうに消えていった。

 すぐに世界はしんと静まって、一瞬前の事が嘘の様に辺りは平穏な日常に戻っていた。空は暮れに向けて少しずつ熟れ始めていた。法子はしばらく少女の消えた先をぼんやりと見てから呟いた。

「魔法少女に助けられちゃった」

 法子はゆっくりと立ち上がって、危なっかしい足取りですぐそばの小さな公園に向かった。そこは丁度生活圏から乖離した奥まった場所にあって、人の通らない道に囲まれていて、余程何か無いと誰も来ない公園だ。ある時偶然見つけてからお気に入りの場所になっていた。

 今日もまた古びたブランコに腰かけて、ノートを開いた。心の中が興奮で荒れ狂っていた。魔物に襲われ命を失いそうだった事。初めて変身ヒーローを見た事。そのヒーローに助けられた事。何だかファンタジーの世界が自分の身近に迫っている気がしていた。

 ノートを開いてそこに拙いイラストを書き入れる。魔法少女を見たのは一瞬の事で姿はほとんど覚えていない。だから想像で補って、先程の魔法少女を紙の上に起こしていった。イラストは拙いながらも形になって、最後に仕上げとして思いついた設定をイラストの横に書き加え、ほっと一心地付いた。この誰も居ない世界で自分だけの世界を作るのがとても幸せだった。こんなところは誰にも見せられない。ノートの中身なんてそれこそ親にも見せられない。

 頭の中に次々と妄想が湧いてくる。魔法少女。変身ヒーロー。喝采。人々の尊崇の眼差し。想像の中で法子は魔法少女になって先程の魔法少女と共に強大な敵を倒してみせた。しばらく妄想に耽っていた法子だが、寒風に身を震わせて現実へと立ち返る。そして公園の隅の生垣の下に何かが落ちている事に気が付いた。

 刀──の様に見えた。

 でもまさかこんなところに刀がぽんと落ちている訳が無い。見間違いだ。そう思うのだけれど気になって、近寄ってみると、それは紛う事無き日本刀だった。初めて見た刀は思っていたよりずっと大きかった。

 何でこんな所に刀が落ちているのか。疑問よりも先に期待と好奇心が湧いて、そっと触れてみた。

 金属の冷たい感触が伝わって来た。

「君が私の主か」

「ひえ」

 頭の中に突然声が流れてきて、法子は思わずしりもちをついて、辺りを見回した。だが辺りには誰も居ない。普通の人であれば辺りをもっとよく探すところだが、法子は違った。今迄見てきたフィクションの知識からすぐさま声の正体は刀であると見当づけて、今度は勢いよく刀を掴んだ。

「どういう経緯で私を手に入れたのか知らないが、まずは自己紹介から始めよう」

 再び頭の中に声が流れてくる。

「あなた刀なの?」

 法子は試しにそう思い浮かべてみた。

「その通りだけれど、もしかして君は私の事を良く知らないのかな?」

「まるっきり」

 刀が笑った──そんな印象が法子の頭の中に流れ込んで来た。

「まるっきり知らないのに、そんなに慣れた様子で私と話しているのか。時代は変わったな。魔術が開陳されたとは聞いていたが、ここまで慣れ親しんでいるとは」

「多分、私が特殊なだけ。漫画とかであなたみたいな存在には慣れてるから」

「ほう。良く分からないが、君は何か特殊な役職にでもついているという事かな?」

「そういう訳じゃないんだけれど」

「とにかく説明の手間が省けるのは助かる。では早速だ。誓いを交わそう」

 法子の思考よりも先へ話を持っていこうとする刀に驚いて、法子は刀を強く握り、頭の中で必死に刀を押し止めた。

「待って。私が知ってるのは、あなたみたいに無機物が頭の中に語りかけてくる可能性だけ。あなたがどんなものなのかは、さっき言った通り何にも知らないよ」

「なら説明しなくてはならない訳か?」

「うん」

「そうか。私はどうにもこの最初の邂逅が苦手なんだが」

 何やら愚痴りつつ、刀は面倒そうに聞いてきた。

「何から話せばいいかな?」

 そう聞かれて、法子は考える。こういう時漫画とかだと過去の話が入ったりする。あるいは突然魔物に襲われて分からないまま闘ったりもする。

 とりあえず辺りを見回してみて、不穏な気配も人の姿も見えない事を確認してから、法子は頭の中で言った。

「それじゃあ、あなたの目的とあなたが私に何を求めているのかとそれに対して私が何をすればいいのかを教えて」

 一体どんな事を要求してくるんだろう。何か無茶な事を言われるかもしれない。魂を差し出せと言われたらどうだろう。でも今の底なし沼にゆっくりと沈んでいく様な生活よりも刀の無茶な要求に身を破滅させた方が幸せかもしれない。不安半分、期待半分、でもどちらにせよ絶望的な想像を抱きながら刀の返答を待つが中々返ってこない。どうしたのだろうと訝しんでいると、刀が賞賛をあげた。

「素晴らしいな。こういう時、大抵の人間は混乱して面倒な事になるんだが、君はとても冷静に事態を把握しようとしている」

 素直な賞賛に法子は何だか恥ずかしくなった。考えてみれば褒められたのは久しぶりだ。歯がゆかった。照れ隠しにぶっきらぼうな口調になる。

「そんな事より、私の質問に答えてよ」

「ああ、そうだったな」

 刀の言葉が頭に流れてくる。

「目的は、何となくだな。君に求めているのは魔女になって貰う事だ。君は魔女になってくれればいい」

「魔女?」

「魔女だ。抵抗があるかね? まあ、そうだろう。迫害される身だ。だが本来魔女というのは人を救う身であるという事だけは知っていてほしい」

 刀の言葉は法子の頭の中を素通りしていった。法子はまさかという期待で一杯になっていた。まさか。まさか。だが早とちりはいけない。そう、まだ分からない。まだ魔法少女になれるとは限らない。

「魔女って言うのは、魔女?」

「何を良いたのか分からないが、強大な魔力を持つ女性くらいのイメージで良い」

「魔女になるって言うのは、もしかして悪魔と……そのエッチするの?」

「いや、そんな事はしない。どうも魔女はあの暗黒時代に作られたイメージが強くていけないな。魔女になるのはとても簡単さ。私を携えて、魔女になると願えばそれだけでなれる」

 法子の心臓がはねた。これは。

「魔女になって何をさせたいの?」

「それは君の勝手だけれど、そうだな、人助けでもしてくれれば言う事は無い」

 まさか。

「黒いローブを着て森の中に住むの?」

「それは君のイメージに因る。もっと言えば、私の来歴と君の魔女に対する想像が混ざり合った形になる」

「変身するって言う事?」

「まあ、そうだね。そんな劇的な変化はしないけど。精々髪型や服装が変わる位だな。絶世の美女にはなれないから期待はし過ぎないでくれ」

 何となく失礼な事を言われた気もするけれど、法子にとってはそんな事もうどうでも良かった。

 やっぱりだ! やっぱり変身ヒーロー、魔女っ娘、魔法少女になれるんだ!

「変身ヒーローか言い得て妙だな」

 法子の思考を読み取って刀が答えた。確定だ。魔法少女になれる。

「その魔法少女というのは良く分からないな。今の時代は皆魔法が使えると聞いていたが」

「そういうんじゃないの。魔法少女は魔法少女なの。変身して人を助ける正義の味方なの!」

 法子の興奮した思念に刀は当てられた様だった。しばらく黙り込んでから、ようやっと喋る声音は弱々しく辟易していた。

「まあ、良い。喜んでくれたのならね。どうだい? その魔法少女とやらになる為にも、私と誓いを交わさないか?」

「交わす交わす!」

 法子が大きく首を振ると、刀から笑う様な気配が伝わって来た。

「では誓ってもらおう」

「誓います!」

「早いよ。良いかい? 魔女とは迫害される存在だ。それでも君は魔女となり魔女として生きる事を誓えるかい?」

 何だそんな事か。刀は今の世の中をあまり知らない様なので勘違いしている。そう今の魔女は、魔法少女は、皆から好かれ愛され望まれる人気者なのだ。全くもって迷う必要が無い。例えどんなに落ちこぼれた駄目人間だって、変身すれば素晴らしい英雄に変われるのだ。

 法子はそう考えてにんまりとして答えた。

「勿論誓います」

「そうか」

 刀がぽんという炭酸を抜いた様な音を立てて法子の指先に乗る位に小さくなった。

「私が大きいままだと何かと不便だろう。小さくなったから常に肌身離さず持って置く様に」

 法子は刀を握りしめて口を尖らせる。

「それより、どうしたら変身できるの? 早く変身したい」

 そう思念を伝えた時、

「なあ、そこで座り込んでる奴」

背後から声が掛かった。

 慌てて振り向くと、そこに背の高い男子が居た。法子の見たところ、年頃は法子より少し上。整った顔立ちで、少し冷笑的な表情を浮かべている。

 刀が何か言っているみたいだが法子には聞こえない。

 法子は絶望的な表情を浮かべてじっと男子が手に持つノートに視線を注ぐ。

「これ、あんたの?」

 男子から差し出された鞄とノートを受け取って、自分の体中から冷や汗が噴き出ているのを法子は感じた。

「もしかして中を見た?」

 このノートの中には恥ずかしい設定やキャラや物語や絵や台詞や技名が詰めに詰め込まれている。

 まさか見ていないだろう。そうだ。きっと見つけてすぐに、近くに居た私へ渡しに来てくれたに違いない。だから中身は見ていない。

 そう願って願って願い続けた。

 男子は問いには答えずに背を向けて公園の出口へと向かって言った。

 法子は安堵する。ああ、やっぱり見ていなかったのだろうかと。それは次の瞬間に打ち砕かれた。

「ああ、一つ良いか?」

 男子が振り返った。

「技の名前とかキャラの名前とか国の名前とか、それから説明とかとにかく全体的に長いし、意味もちぐはぐなのが多いから、短く簡潔にした方が良いと思うぞ」

 そう言って笑った。

 法子は何も言えずに硬直して、再び男子が背を向けて公園の外へと出て行く様子を見送った。男子が消えて、その足音も聞こえなくなってから、しばらくして法子はいそいそとノートを鞄に入れると、

「にぎゃあ!」

夕闇の中に悲鳴を木霊させながら家へと猛ダッシュした。

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