一方その頃英雄は
五月女摩子は浮かれていた。
それは病院に寄った帰り道だった。法子が退院した事を知って、明日の学校で会える事を楽しみにしていた。辺りは真っ赤に染まった夕暮れ時。まるで街中を均す様に均一な赤が周囲に落とし込まれている。赤い赤い夕暮れの中を、摩子は肩に猫の様な生き物を乗せて人通りの全く無い通りを歩いていた。
「全然人が居ないね」
摩子が通りを見渡してそう呟いた。傍からは独り言の様に見える呟きに答える者があった。
「テロだ何だって騒がれている時に呑気な顔して歩いているのはあなた位よ、摩子」
摩子の肩に止まった猫の様な生き物が気怠そうに窘めた。
「犯人を見つけたら私が捕まえちゃうのになぁ」
摩子が拳を何度か突き出した。
それを見た猫の様な生き物が呆れた様子で溜息を吐いた。
「はしたないわよ。もっと女の子らしくしなさいって言ってるでしょ」
「マチェの言う女の子らしいは厳しすぎるんだよ」
マチェが尚も小言を言おうとした時、摩子は立ち止まった。道端に店があり、入り口の上の看板には『金厳屋』と書かれている。
古びた店だった。中に入るとチューリップ型の光源が六つ付いた古めかしいシャンデリアが天上から弱々しい光を発している。それによって照らされた仄暗い店の壁には天井まで届く高い棚が隙間なく立てられていて、沢山の物が置かれていた。一目見ただけでは何に使うのは分からない様な物、古く黴が生えていそうな物、とにかく普通の店ではあまり見ない物が並んでいる。それ等が綺麗に陳列されている棚もあれば、乱雑に並べられただけの棚もある。部屋の真ん中には木製の椅子と丸テーブルが置かれている。椅子は二つ、テーブルを挟んで向かい合っている。丸テーブルの上には花の活けられた花瓶が置かれているが、花はしおれかけていて元気が無い。摩子が丸テーブルに近付いて、テーブルの上面にそっと指を這わせると、埃がこびりついた。
摩子は一瞬むっとしてから、顔を上げて、奥へ声を掛けた。
「きんげんやさん!」
すると入り口の反対側にあたる棚の向こうから微かに音が聞こえてきて、しばらくするとその音が大きくなり、足音だと分かった時には、扉の役割を担う棚が重たそうに動いて、眼鏡を掛けたきんげんやが現れた。
きんげんやは刺繍の入ったローブを身に纏って隠者然とした理知的な容貌に愛想のよい笑顔を浮かべ、手に持った箱を摩子が手を載せるテーブルの上に置いた。
「いらっしゃい。良く来てくれたね」
そう言うとまた奥へと引っ込んだ。
「きんげんやさん!」
摩子が再び呼びかける。けれど反応は無く、摩子の苛々が募りに募った頃になってようやっとポットとカップを朱塗りの盆に載せて戻って来た。
「この前、仕入れたお茶っ葉なんだけど」
きんげんやの言葉を遮って、摩子が言った。
「きんげんやさん! もう、たった二日来ないだけで、どうしてこんなにお店が荒れちゃうんですか!」
「え?」
きんげんやは一度店の中を見回してから、不思議そうな表情をした。
「そんなに荒れてるかな?」
「折角並べた棚はぐちゃぐちゃにしちゃうし、埃だって溜まってるし、お花も枯らしちゃうし」
「ああ、それはほとんど向こうに居て、こっちに来てなかったからね」
「こんなお店じゃお客さん来ませんよ」
摩子はそう言って店の中を見回した。今は乱雑で埃臭いが、薄明りに照らされ古めかしい調度で統一された時代かがった店内は、手入れさえ行き届けば十分に魅力的になるはずだ。けれどそれが、無頓着なきんげんやに管理されている所為で、ただの黴臭く辛気臭いお店になってしまっている。摩子にはそれが勿体無く思えた。素敵なお店にしたかった。
「趣味でやっているだけだからね。別に人が来なくても良いんだよ」
これだ。摩子がお店について口を出すと、きんげんやは必ず趣味と言い訳をして逃げようとする。けれど趣味ならばもっと凝っても良いんじゃないかと摩子は思う。少なくとも摩子がこの店に出入りする様になってから二週間、一度たりともお客が来た事は無かった。自分自身で店を仕切る事が出来たらもっといいお店に出来るのにと、摩子は思っていた。とはいえ、店の主人はきんげんやであり、摩子はちょっとしたお手伝いをしているだけで、摩子が持っている権限は整理整頓清掃が関の山で、その効果も一人の手では微々たるものである。
せめてもう一人同じ志を持ってくれる人が居れば、きんげんやに対してもっと強く意見を言えるし、お店の中ももっと綺麗に出来るはずなのにと思うのだが、このお店はおいそれと誰かを雇う事が出来ないので望み薄だ。この店に出入りするのは、摩子ときんげんやとマチェだけであり、きんげんやは前述の通り、マチェも店に興味は無いらしく、摩子の孤軍奮闘はまだまだ続きそうだった。
しかめっ面を作っている摩子を宥めようと、きんげんやはテーブルの上に置いた箱に手をかけた。
「そういえば、摩子君が送った手紙に返信が来たよ。ほら、歌手でもある、あの魔術師の」
「え? ノエミさんから?」
「そう。手紙だけじゃないみたいだよ」
途端に摩子の顔が晴れやかになった。
「早く開けて下さい!」
きんげんやは苦笑する。
「分かったよ。そう急かないで」
そう言ってゆっくりと箱を開けると、中には手紙と卵が入っていた。
「おや、これはイースターエッグかな?」
卵は赤く色付けされていて、模様が書かれていた。雪が降っている様な模様の中にデフォルメされた兎が二匹、書かれていた。
「わあ」
摩子はそれを物珍しそうに、そしてとても嬉しそうに眺める。
「何なんですか、これ」
「イースターエッグって言って鶏の卵を飾り付けた物だね。春に行われる復活祭っていうお祭りで使うんだ。最近だと本物の卵を使わない事もある。これもそうだね。プラスチックで出来ている。そういう場合は、中にお菓子が入っているものだけど、これは空みたいだね」
きんげんやが卵を何度か振って、中身が無い事を確かめた。
「でも今は秋ですよ?」
「確かにそうだね。手紙に何か書いてあるんじゃないかな?」
きんげんやの言葉に促されて、摩子は待ちきれない様子で箱の中の手紙を取って開いた。
ところが、その顔が再びしかめっ面に変わった。
「読めない」
手紙は日本語で書かれていなかった。一語たりとも読む事が出来ず、摩子はきんげんやに救いを求めて視線を送った。
きんげんやは摩子から手紙を受け取ると、呆れた様子で椅子に坐った。
「イタリア語だね。意地の悪い人だ」
摩子が泣きそうな顔で尋ねる。
「何て書いてあるんですか?」
「んー、そうだねぇ。僕が伝えてしまったんじゃ味気ないだろう? 後で手伝ってあげるから自分で翻訳してごらんよ」
「うー、分かりました。どうすれば良いんですか?」
「辞書が何処かにあったはずだから探しておくよ」
「今じゃ駄目ですか?」
「ちょっと用事があってね」
途端に摩子は驚いて立ち上がった。
「そうだったんですか? ごめんなさい、勝手に来ちゃって」
「大丈夫。そこまで急ぎって訳でもないから」
「でも邪魔ですよね。それじゃあ、私、帰ります」
「ああ、そんな急がなくても大丈夫だよ」
きんげんやは止めようとするが、摩子は背を向けて急いで立ち去ろうとして、その体が止まった。振り返って、テーブルの上に置かれた卵を手に取るときんげんやへと尋ねかける。
「せめてこの卵の事だけは教えてください。どうして送って来てくれたのか」
きんげんやは手紙を見返して、訥々と答えた。
「何でも、露天で売られていて不思議な印象がしたから買ってみたらしいね。ただ調べても特に何も無くて残念で、けれど装飾自体は可愛いから摩子君が気に入るだろうと思って送ってくれたみたいだよ」
摩子が嬉しそうに卵に目を落とした。
「私の為に……」
摩子は卵を両手でそっと包むと、そのまま顔を上げた。
「それじゃあ、帰ります! また明日!」
「うん、さようなら。何だか町で変な事が起こっているみたいだから気を付けて」
「大丈夫です! いざとなったら犯人を捕まえちゃうから」
そう言って、摩子は卵を手で包んだまま店の外へ駆け出した。
店を出て、嬉しそうに通りを走る摩子にマチェが尋ねた。
「そんなに嬉しい訳?」
「うん、だって可愛いし、それにノエミさんが私の為に送って来てくれたんだもん。この前初めて手紙を送ったばっかりなのに。ずっと憧れてたノエミさんが優しい人だったから嬉しいよ!」
真っ直ぐな返答にマチェはたじろいだ。
「そういうものかしら」
マチェは前足で耳を掻きながらそう呟いた。
ところが次の瞬間、マチェは急に鋭い口調で摩子に注意を喚起した。
「気を付けて! 何か来る!」
摩子がそれに反応するよりも先に、一陣の風が横殴りに吹き、摩子が風の吹き抜けて行った方角へと目を向けると、民家の屋根の上に、誰かがが立っていた。
擦り切れた粗末な半袖とハーフパンツ、同じく粗末な材質のとんがり帽子を被ったその者の肌は明らかに木で出来ていた。関節は球体関節だ。
摩子が呆然と見上げていると、そのとんがり帽子は赤く色付けされた卵を目の前に掲げてしげしげと眺めはじめた。
摩子が自分の手を見ると、さっきまで持っていたはずの卵が消えている。
「いつの間に!」
摩子がとんがり帽子を睨みつける。
マチェが忠告する。
「気を付けなさい。魔物みたい。でも何だか、普通じゃない」
その言葉を摩子は聞いていなかった、摩子は既に変身して、臨戦態勢に入っていた。
摩子が指で剣印を作り、頭上に掲げる。すると指先に光が灯り、指を動かすとそれに合わせて光も動く。頭上から肩の横を通り、腰へ、そこで光は指先から離れ、足へ、反対の腰、肩、そしてまた頭上に戻って、円を作った。その円に摩子が剣印を突き通すと、指先を中心に円の中に波紋が広がり、波紋は次第に形を変え、複雑な模様を作った。
「卵、返せー!」
摩子が叫びと共に差し込んでいた剣印を掃うと、円の中から膨大な炎が現れ、屋根の上に立つとんがり帽子へ物凄い勢いで襲い掛かった。だが屋根の上を炎が通過した時には、とんがり帽子の姿が消えていた。摩子が振り返って反対側の屋根を見ると、そこに余裕の表情で卵を眺めているとんがり帽子が居た。
「うっざ」
摩子が何処からともなく杖を取り出して、それを振った。摩子を中心にして、炎で出来た九つの円が丁度腰の高さに現れる。その一つ一つに全く違う模様が描かれている。
「摩子、ちょっと落ち着きなさい」
マチェの言葉は届かない。
摩子が杖で地面を突くと、一つの魔法円から雷撃が起こり、とんがり帽子へ向かう。とんがり帽子がそれを避けようと、屋根から跳躍する。摩子はそれを見逃さず、とんがり帽子が跳ぶ先へ、別の二つの魔法円から生み出された蔦を伸ばす。とんがり帽子は虚空を蹴って方向を変え、蔦を躱し、地面に着地する。そこへ更に炎が襲い掛かる。とんがり帽子はそれをぎりぎりの所で横に跳んで避けた。それでも摩子の攻撃は止まず今度は巨大な獣の咢がとんがり帽子に迫る。
とんがり帽子がそれを見つめながら何かを呟いた。するととんがり帽子の目の前の空間がひずみ、獣の咢が渦を描きながらひずみの中に消え去った。
とんがり帽子が摩子を見ると、摩子は杖を掴んで目を瞑っている。異常な音が頭上から響く。とんがり帽子が上を向く。頭上に大きな魔法円が描かれている。民家の壁を突き抜ける様に描かれた魔法円は内部の模様を変えながら少しずつ収縮している。空気を劈く雷鳴がとどろいている。
今にも発動しそうな魔法円の下を、とんがり帽子は駆けた。摩子へ向かって。
とんがり帽子は右手に闇を纏わせて、振りかぶりながら摩子へ向かう。その時、巨大な轟音が鳴り響き、頭上の魔法円から光の瀑布が流れ落ちてきた。とんがり帽子が駆ける。光は凄まじい速さで魔法円の真下に降り注ぐ。
とんがり帽子はそれをぎりぎりの所で躱した。僅かにかかとを焦げ付かせただけで、速度を緩めずに摩子へ襲い掛かる。
摩子が瞑っていた目を見開いた。その視線の先ではとんがり帽子が闇を纏わりつかせた右腕を振りかざして駆けてくる。
それを見て、摩子はにやりと両の口の端を釣り上げ、笑った。
その瞬間、何の前触れもなく唐突に、摩子の目前に魔法円が現れる。魔法円はそれ一つだけでなく、摩子の目の前からとんがり帽子の後ろまで、とんがり帽子を取り囲む様に魔法円が現れる。
それぞれの魔法円から光の線が放たれ反対の魔法円と結ばれる。光の線はある一点で交差している。その一点は魔法円達の中央であり、同時にとんがり帽子が丁度過ぎた場所。
光の線は一度一気に収縮して、次の瞬間魔法円に取り囲まれた空間が光りによって爆発した。強烈な光が辺りに膨れ上がる。
光が収まった時には魔法円もとんがり帽子も消えていた。
「むー」
摩子が唸る。そうして背後へ振り返った。通りの先にとんがり帽子が立っていた。服は少し焦げていたが、卵を手にして、余裕の表情で立っている。
摩子は少し肩を落として、残念そうに呟く。
「あれだけやっても駄目なのかー」
「あのね、もっと慎重にやりなさいよ。今の流れは幾らなんでも大雑把過ぎたわ」
「はーい」
摩子がマチェの言葉に応じた時、摩子の耳に擦れる様な風音が聞こえた。それがとんがり帽子の笑い声だと気が付いた瞬間、再び摩子は沸騰した。
「もう次こそ本気だからね! 本気で返してもらうからね!」
「ちょっと、摩子!」
そうして、摩子は杖を構え、
「誰?」
構えを解いて横を向いた。とんがり帽子もまた同じ方向を向いた。
二人の視線が屋根の上で交差する。屋根の上には一人の女性が居た。波打つ柔らかい髪を風に靡かせる嫋やかな女性はとんがり帽子の持つ卵を見つめて呟いた。
「覇王の……卵」
その呟きは風で紛れ消える様な小さな呟きのはずなのに摩子の耳に届き、そして柔らかな声音の優しげな呟きのはずなのに摩子の背を震わせた。
女性が屋根の上から降りて、摩子ととんがり帽子の間に着地した。
「まさか別の探し物が見つかるとは。これも運命、なのでしょうか?」
そう独り言ちる女性の顔はとんがり帽子へ向いている為、摩子には窺えない。けれどさっきまで余裕を浮かべていたとんがり帽子が途端に真剣みを帯びた表情になっている事から、何となく女性の凄まじさが伝わってきた。
緊迫した雰囲気が女性ととんがり帽子の間に起こっていた。余人が入り込めない様な鋭さがあった。
だが摩子はそこに入り込まねばならない。とんがり帽子の手には摩子がこれから宝物にしようとしていた卵が握られているのだ。
摩子は一つ息を呑んで、気合を入れると、思いっきり大きな声を上げた。
「ちょっと何でもいいけど、その卵、私の何だから早く返してよ!」
その言葉を合図に時間が動きだし、女性は摩子へと振り向いて、その隙を突いてとんがり帽子は逃げ出した。
「あ!」
摩子が驚きの声を上げ、女性がとんがり帽子の居た場所を再び見た時には、全てが遅かった。既にとんがり帽子は虚空へ溶ける様に消え、その姿は何処にもない。
女性はしばらく固まっていたが、ゆっくりと摩子へ振り返り、嫣然として問いかけた。
「あなたが覇王の卵を持っていたのですか?」
その優しげな声音を聞いた瞬間、再び摩子の背筋に寒気が走った。だが退く訳にはいかない。摩子は気迫を込めて返答した。
「覇王の卵か知らないけど、あの卵は私が貰った大事な物なの! さっきの変なのの知り合い? なら返す様に言ってください!」
女性はその答えを聞いて摩子に興味を無くした様で、背を向ける。
「どうやら何も知らない様ですね。そのまま知らずに暮らした方が賢明です。深入りすれば全てを失いますよ」
そう言い残して、女性は曲がり角を曲がって、消えた。
摩子はそれをぼんやりと見送っていたが、女性が消えた瞬間、事態に気が付いて、叫び声を上げた。
「私の卵ー!」
叫び声は月夜を震わせたが、誰の耳にも届く事が無かった。
野上将刀は困惑していた。
それは病院に寄った帰り道だった。入院していた同級生の法子が既に退院した事を知って、安心した反面、少し残念に思っていた。赤に塗り潰されて陰った狭い路地を歩いている時の事だった。時刻は既に夕暮れ時を過ぎ、本来であれば月の夜が訪れているはずだった。けれど未だに辺りは夕闇のまま。不可思議な状況であったが、将刀は路地の先を見て納得していた。
路地の先に影があった。影は人の形をしていて、ふっくらとしたスカートの影が妙に印象的だった。近付くと細部が浮き上がり、整った顔立ちを台無しにする様にアイメイクで強烈な程隈取りした目に、安物のプラスチックで出来た様な光沢のある白い肌、黒とフリルが全身を支配した街中にそぐわない衣装が目に入った。
将刀は困惑していた。
明らかにそれは人間でなかった。外見の奇抜な少女であったがそれは別にして、にじみ出る気配が魔物のそれであった。
多くの人々は魔物の事を人類の敵だと思っているが、将刀は違う。魔物にも人と同じ様に様々な個が居て、その思いも様々で、皆が皆人類を害そうとしているのではない事を知っていた。現に将刀は昔、魔物を助け、友情を結んだ事もあった。だから目の前の魔物に対しても、出方によっては穏便に事を納める事が出来るだろうと考えていた。
だから話し合いをしようと声を掛けてみたのだが。
将刀は困惑していた。
将刀が幾ら話しかけても相手は一向に反応を示さない。僅かな身じろぎすらしない完全な無反応で、将刀はどうして良いのか分からずとりあえず少女の姿をした魔物へ近寄ってみた。
将刀が目の前に立った時、魔物がようやく口を開いた。
「リッツ」
そう言われた。意味が分からなかった。
「リッツ?」
将刀は鸚鵡返しにそう呟いた。
魔物は一度、目を細め、そうかと思うと口を閉ざして黙り始めた。
リッツの意味は分からず仕舞い。魔物の名前だろうかと思ったが、結局魔物が口を閉ざしてしまったので分からない。
将刀が困り果てていると、ふと背後に気配を感じた。振り返ると、波打つ柔らかい髪を風に靡かせる嫋やかな女性が赤く彩られていた。それもまた魔物だった。
女性の姿をした魔物は嫣然と笑いながら少女の姿をした魔物に声を掛けた。
「こんな所に。大分探したんですよ」
「シャメン」
「何を言っているのか分かりません。普通に話して下さい。とにかく行きましょう、ファバラン。重大な発見がありました」
「はい、私は戻る」
「まだおかしい」
女性は将刀の横を通り過ぎ、ぼんやりと立つ少女の横に並んで、少女の袖のフリルからちょこんとはみ出た指を掴んで手を繋ぐと、そのまま二人はあっさりと角を曲がり消えた。去り際に一瞬だけ少女が将刀へ視線を送って来た。
残された将刀は、今の二人と町中で起きている事件の関連性に思考を巡らせた。幾ら考えても情報不足で結局答えは出なかったが、とにかく町で何かがおかしな事が起こっている事だけは強く意識した。
ふと今日退院した同級生の少女の事を思い、大丈夫だろうかと心配する気持ちが湧いた。