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家に帰るとそこに

 看護士が昨日の夜に近くで爆発があったと気楽に話していた。

 法子はその爆発を遠くからではあるが病院の屋上で見ていた。実際に見たから言って、その爆発に対して看護士以上に真剣に考えているという訳でも無いが、何かおかしな事が起こっている様な気がして気楽には聞いていられなかった。それがあの魔王の息子がやって来た所為なのかはまだ分からない。

 結局昨日は爆発が起こった直後、燃え盛る炎に興味を抱いた魔王の息子が一方的に話を打ち切って去ってしまった為、邂逅はうやむやのまま終わってしまった。ほっとした反面、いつまた魔王の息子がやって来るか分からないと考えると緊張してしまう。

 法子の容態は良好で、結局午前中に検査の結果が出て異常が無いと診断された。即時帰宅を希望して、お昼には母親に迎えに来てもらった。

 帰る途中、軽い調子で母親が言った。

「しばらくは学校休んでても良いよ」

 今迄の法子ならきっとそれを喜んで応諾し、そして家の中に引きこもっただろう。でも今は違う。学校に待ってくれている人達がいる。だから法子は笑った。

「ううん。明日からちゃんと行く。体、何とも無いもん」

 母親は驚きに固まって、

「そう」

としか言えなかった。

 法子は母親の驚きがおかしくて更に笑った。

 家に帰ると弟が居た。まだ学校があるはずなのに。

「あんたどうしているの?」

「何か俺の学校が壊されてて、危ないから休みになった」

「何? 壊されたって」

「さあ、俺は見に行ってないから分かんないけど、友達に言わせるとでっかいバットでぶっ叩いたみたいに校舎が壊れてるって」

「爆発したって事?」

「違うよ。だから殴ったみたいに壊れてるんだって」

 何だそれ、と法子は混乱する。爆発に校舎の破壊、それに魔王の息子に襲撃者。どう関係しているのかは分からないが、確実におかしな事が起きていた。

「ま、そんな訳で俺はしばらく休み。これから友達と遊んでくる」

 外へ向かおうとする弟に法子が慌てて声を掛けた。

「気を付けなよ。変な事が一杯起こってるんだから」

「大丈夫大丈夫。姉ちゃんこそ巻き込まれんなよ。まあ、しばらく学校休むんだろうから外の事は関係ないかもしれないけど」

 弟がからかう様に笑った。法子も笑って応戦する。

「明日からちゃんと行くもん」

「え? 母さんが行けって言ったの?」

「違うよ。休んでいいよって言われたけど、私が行きたいから行くの」

 弟が母親と同じ様な驚き方をした。それも一層大仰な様子で、まるで凍り付いたみたいに固まってしまった。

 それを見て始めの内は優越感を感じていた法子だが、かなり長い間固まっているので、流石にむっとした。

「何?」

 失礼だろうと法子が問い質す。

「い、いや、うん、その」

 弟はしどろもどろになって法子を見つめた。

「そんなに私が学校に行くのが変?」

「まあ」

 法子が胸を張る。

「あんまりお姉ちゃんを舐めるなよ。じゃあね」

 勝ち誇ったまま法子が自室へ向かおうとした時、弟が突然真剣みを帯びた声を出した。

「姉ちゃん。明日もし行くなら早めに行きなよ。他の人が登校するよりも早く」

 法子が振り返る。

「何で?」

 弟は真面目な顔で法子を見ていた。

「みんな、姉ちゃんに注目するだろうから」

 法子は言われて気付いた。今や全国に顔が割れているのだ。世間では同情的に扱われているが、どちらにせよ目立つ事は変わらない。

「ま、俺には関係ないけどさ」

 弟がそう言って、駆けて行った。それを見送ってから法子は心の内に呟いた。

「どうしよう。全然考えてなかった」

「あの子の言った通り早めに行けば良いじゃないか」

「うん。そうだね」

 それでもきっと事ある毎に注目されるだろう。それを思うと憂鬱だった。

 法子が部屋に入ると、その憂鬱は一瞬で吹き飛んだ。

「な、な」

 言葉が出ずに、目の前を指差して口を戦慄かせる。

 法子の前には昨日あった魔王の息子が居た。

「昨日言った通りだ。今日からよろしく頼むぞ」

 そんな事を言った。ふんぞり返っている。

 驚いて何も言えずに居る法子に変わって、

「あんた何でここに居るんだ?」

タマが怒りを込めて尋ねた。

「だから昨日言っただろ? これから一緒に行動するって」

「法子は承諾していない」

「法子? ああ、そいつの名前か」

 魔王が恭しく礼をする。

「名乗るのがまだだったな。ルーマと言う」

 ルーマの自己紹介に、法子も慌てて答えた。

「あ、はい。えっと十八娘法子です」

「これからよろしく頼む」

 そう言われたので、何も考えず反射的に返す。

「はい、お願いします」

「おい、法子!」

「あ」

 言ってから、自分が大変な事を言ってしまった事に気が付いた。取り消さなくちゃと思うのだが、ルーマは勝手に話を進めようとする。

「じゃあ、今後の方針だが」

 それを法子が慌てて遮った。

「ちょっと待ってください」

「どうした?」

「無しです! さっきのは無し?」

「さっきっていうのは?」

「その、これから一緒に行動するのは無しです」

「どうして?」

「どうしてって、それは」

 法子は問い返されてしどろもどろになってしまう。

 代わりにタマが答えてくれた。

「あんたが信用ならないからだ。あんたと一緒に行動するなんて一秒たりとも私が許さない」

「そうか? 嘘偽りなく喋っているんだがなぁ」

「そんな言葉信用できるか」

「人間は冷たいな」

「私は人間じゃない!」

「俺達なら、その日の宿に困っている者が居れば快く泊めてやるんだが」

「そりゃあ、お仲間同士に対してだけだろう。……ておい、待て! お前まさか、この家に泊まる気か!」

「ああ、寝泊まりできる場所が無い。そういった施設にはどうやらこの世界の金が必要らしいが、あいにく持っていないしな」

「外で寝ろ!」

「外は寒い」

「凍え死ね!」

 タマは怒り心頭に発した様子、ルーマは終始楽しそうに口喧嘩をしていた。法子はそれを聞きながら楽しそうだなぁと思う。同時に法子は、どうしてタマちゃんはこんなにむきになっているんだろう、と今までになく感情的なタマを疑問に思う。

 やがてルーマが突然真剣な顔をした。

「まあ、聞け。どうやら現状が分かっていないみたいだな」

「どういう事だ?」

 タマはルーマの突然の態度の変化に何かを感じたらしく、話を聞く気になったようだ。

「八度、戦闘を見た」

「どういう意味?」

「この町で起こった戦闘の回数だ。俺が見ただけで八度、町のそこかしこで戦闘が起こっていた。昨日あんた等と別れてから日が昇るまでに八度。これはあんた等の世界では普通の事か?」

 タマが黙る。代わりに法子が聞いた。

「魔物が沢山来てるって事ですか?」

「俺達じゃない。人間同士の戦いだ」

「何で?」

「さあな。だが俺の目から見れば、明らかにこの辺りで異常が起こっている。この世界に詳しいあんたはどう思う?」

「それは、私もそう思います。変です」

「だろう? それをどうにかしたいと思わないか?」

「どうにか?」

「問題を排斥して、正常な世界を取り戻したくはないか?」

「それは、したいです。解決したいです」

 男が笑う。

「なら俺がそれを手伝おう」

「ルーマさんが?」

「ああ、はっきり言って、あんた一人で解決するのは難儀だぞ? あんたより強力な奴が何人も居たし、戦いに参加する人数も多かった。解決するなら力が必要なはずだ。分かるか? 仲間は一人でもいた方が良いだろう?」

「それは分かります。でも、どうして? ルーマさんはどうして人間の事を助けようとしてくれるんですか? だって、ルーマさんには関係ないでしょ?」

「こっちにも利益がある。魔術師との戦闘になるだろうからな。昨日話した恋の魔法が見られるかもしれん。そうで無くとも人間達が使う魔法は俺達にとっては珍しいものが多いだろうしな。実地に闘って知っておきたい」

「そうですか」

「従者も話は呑み込めたか?」

 タマが不機嫌に答えた。

「従者じゃない。話は分かった。頭から信じた訳じゃないが」

 町で突然爆発が起こった件、法子の弟の学校が破壊された件、確かに何かの異常が起きているのは確かだ。

「でも、それであんたと手を組めるわけじゃない。もしかしたら犯人はあんたかもしれないし」

「この世界を壊しても俺達にとって意味は無いと昨日言っただろうに」

「それはあんたが言っただけだ」

 タマは剣呑な雰囲気を作っていく。

 一方で法子はルーマの事を信じかけていた。特に信じる理由がある訳ではないが、疑う理由も無く、見た所ルーマに敵意がある様にも見えないので、信じても問題なさそうに思えた。

「タマちゃん、良いんじゃない? 私、ルーマさんの事信じても良いと思う」

「あんた何言ってんの?」

「えっと」

 何より面白そうなのだ。魔王の息子と組んで戦うなんて。多少の犠牲を払ってでも味わいたい。

 タマはすぐにその心を読んで非難の感情を送って来る。だが法子はそれを抑え込んだ。

「とにかく、本当に町で変な事が起こっているのはそうなんだし、解決しなくちゃ。解決するなら仲間は居た方が良いよ。ルーマさん強そうだし」

「俺は強いぞ」

 ルーマの冗談めかした物言いを、法子は真剣に受け取った。

「ほら。だから、ね? それにもしもルーマさんが実は悪い人ならその時は倒せばいいんだし」

「あんたねぇ」

「当人を前にして言う事か?」

「あ、すみません」

 法子は興奮していた。昨日のお見舞いに。町の新たな危機に。新しい環境がどんどんと押し寄せて来る事に興奮していて、次から次へと前に進もうという気持ちが湧いてきた。逸る気持ちは激しくて、もう前しか見えず、後ろも横も見る事が出来ない。

「とにかくやってみようよ、タマちゃん。やって見なきゃわからないよ」

 タマは無謀な程逸っている法子の心を危惧していた。何とか止める為に、法子の意見に反論しようとする。

「解決するならこいつに頼らなくたっていいでしょ? 法子が強くなれば良い。こんな何考えているか分からない奴。それに、あんた本当に分かってる? こいつと手を組むって事はこいつを泊める事になるんだよ?」

 ルーマが家に泊まる。その意味をしばらく考えて、法子はそれがまずい事だと気が付いた。

「家族にもどう説明するのさ」

 その時、部屋の扉が開いた。

「法子? さっきから何騒いでるの?」

 法子の母親だった。法子の母親は心配そうに部屋を覗き、

「あら」

そんな声を出した。

 一方で法子は呆けた様子で、

「あ」

口を半開きのまま固まった。母親はそんな法子を見つめ、それからルーマの事を見て、もう一度法子の事を向いて、最後に目を見開いたかと思うと、

「あら!」

そう言って、扉を閉め始めた。

「ごめんなさいね。どうぞごゆっくり」

 母親のにやけた顔を完全に隠して、扉が閉まる。

「待って! 説明させて!」

 法子は閉まり切った扉に縋りついた。

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