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魔王の息子、降臨

 夜も更けた真っ暗な病室で、法子はベッドに座り月を見ていた。同室の少女に配慮してなるべく室内に光が入らぬ様に、ほんの僅かに開けたカーテンの向こうには雲一つない空にただ一つの月が浮かんでいる。法子は静かな月だと思った。そっと耳を澄ますと、遠くの県道から車達の走る音が聞こえてくる。それは法子とはまるで無関係の外側の事で、自分に関係のある内側は外側との対比が際立って一層静かに感じられた。

 対比は内外だけでなく、今と過去にも及ぶ。今日は一日人と話しっぱなしだった。人生で一番人と話した時かもしれないと法子は思った。だから人と接していた昼と比べると、只一人で月を見上げる夜はとても静かに思えた。

 まるで夜が息を詰めている様なしじまの中で、法子は昼のやり取りを思い出してそっと息を吐いた。

「疲れた」

「この期に及んでそんな感想なのかい?」

「だってこんなに話したの、久しぶりなんだもん」

 法子は何処か嬉しそうにそう伝えた。

 摩子と純が来て、帰った後に、将刀が来た。

 思い出す。将刀は開口一番に頭を下げた。

「悪かった」

 聞けば、文化祭の件で法子と衝突した事を悔いていたのだと言う。はっきり言って、その他の大変な事が色々あり過ぎて法子はもう何も感じていなかった。だから謝られても困ってしまった。それに法子には事実はどうあれ悪いのは自分だと考える癖がある。将刀が謝っている件は自分の八つ当たりでしかないと思っていた。だから法子は「こっちこそすみません」逆に謝ったのだが、将刀は承服できなかったらしく、更に謝って来て、それにまた法子が謝るというやり取りををしばし繰り返した。

 将刀の真っ直ぐな気性は法子にとって苦手な物だった。将刀は間違っていると思った事は正さなければ気が済まない性格の様だった。法子は正しさが嫌いだ。正しいというのは世間にとっての正しさであり、世間に隔意を感じる法子にとって正しいというのは束縛でしかない。

 一方で、こんな自分に飽きずに何度も話しかけて来てくれる人間というだけで法子にとっては好意の対象だ。摩子や純に感じる好意と同じ感情を将刀にも抱いていた。

 そうして苦手と好意の綱引きに揺れながら、それが段々と好意へ惹かれていった。将刀は用事がある様ですぐに帰ってしまったが、「じゃあ、また学校で」という将刀の別れの言葉を聞いた時、もう少し喋っていたいという感情さえ湧いていた。すぐ後に自分の性質を思い出し、人と、それも異性と話したいと思うなんてありえないと否定したが、法子は悶々と自分の変化に対して自問した。


 将刀が去った後、更に話しかけてきた者が居た。謎の奇病に罹ったという同室の少女だ。

 その時法子は窓の外の赤く変わり始める寸前の空を見ながら黄昏ていた。摩子と純、将刀、二つの見舞いについて考えながら法子はぼんやりと寒風の吹く空を見つめていた。

 そこに少女が話しかけてきた。

 最初の内は話しかけられている事にすら気が付かなかった。何度か声を掛けられ、それでも気が付かない事に、第三者のタマが苛立ち、法子に対して特大の思念を伝えた事で法子は現実に立ち返り、傍らに立つ少女に気が付いた。

 少女はお菓子の入った箱を持っていた。

「これ貰ったんだけど、食べきれないんだけど、要らない?」

 法子は差し出された箱に目を落とし、次いで顔を上げ、少女を観察した。純と同じ位の年頃。か細い体。けれど明るい表情。嬉しそうに笑っていた。

 今迄の法子であればそこで焦って何も言えずに居たかもしれない。けれど法子はそれまでに二つの難関を越えてきた。

「要り……ます」

 法子がお菓子を手に取ると、少女は期待して見つめてくる。気恥ずかしく思いながら法子は一つ口に入れた。少女の眼差しが見つめてくる。法子は急いで飲み下し、味すら分からなかったのに、こう言った。

「おいしい、です」

「良かった。病室ずっと誰も居なかったから、人が来たの嬉しくて」

 少女が笑う。法子は自分の行動が間違っていなかった事に勢いづいて、将刀が持ってきた果物を少女に差し出した、

「あの、これは? 要る?」

 法子は渾身の勇気を持って、ぎこちない笑顔を浮かべた。

 だが少女はすまなそうな笑顔になった。

「その、私、お腹一杯だから」

 法子は少女がお菓子を食べきれないから勧めてきた事を思い出した。一気に恥ずかしさが天井を抜けて、顔を赤らめ、何も言えずに果物を元の場所へ戻した。

 何とか気を保って、法子は再び少女に向かう。少女は笑顔を浮かべていた。法子は笑われているのだろうかと不安になったが、少女はいかにも話が出来るのが嬉しいといった様子で法子に喋りかけてきた。法子がそれに口数少なく、僅かの言葉で応じる。するとその何倍もの言葉が返ってくる。法子がまた、前より少しだけ多い言葉で返す、更に多い言葉が返ってくる。

 法子自信はそう思っていないが、法子は人が嫌いな訳ではない。嫌いなのは人と上手く付き合えない自分自身であり、それがはっきりと自覚させられる他人との関わりが嫌いだった。だから相手が法子の欠点・失態に注目せず、ただ法子と話す事を楽しんでいてくれるのであれば、法子もまた人と楽しく話す事が出来た。

 少女は四葉と名乗った。法子は法子と応じた。少女の語る病気の話は、法子が看護士から聞いた話とほとんど同じだった。法子が話す入院の理由も少女はニュースで知っていた。だから二人共お互い知って居る事を話し続けた。それでも法子は会話を楽しいと思った。

 やがて少女は法子が疲れた表情をしている事に気が付いて、用事があると言ってその場を辞した。法子はそれを額面通りに受け取って、相手が気を使ってくれた等とは露にも思わず、疲れていたし丁度良かったと安堵した。

 安堵すると共に疲れは一気に全身へ行き亘って、法子は眠りに落ちた。

 そうして夜が更けた。


 眠れなかった。余りにも早く寝すぎてしまった。法子の枕元には家族の書置きとお見舞いの品があった。どうやら見舞いに来たが起こしても起きなかったので帰ったらしい。申し訳なく思いつつ、法子は手紙を戻した。

 斜め前の少女はもう寝ている様だ。起こしてはまずいと法子は息を殺した。

 手持無沙汰になった法子はそっとカーテンを開けて月を見上げた。自然にその日の出来事が思い浮かんできた。

 眼下の町並みを見渡す。そろそろ日付の変わる時刻。町の灯りが所々で消え始めている。

「疲れた」

 法子が心の中で呟いた。

「でも何とか頑張れた」

「そうだね。学校でもこの調子で頑張ってよ」

 タマがそう慰労したが、法子は首を振る。

「でももう無理。学校でずっと人と話し続けてたら死んじゃうよ」

「はぁ、どうしてそこで、うん頑張るって言えないんだろうねぇ」

「そういう性分なの」

「全く。今からでもお見舞いの客が来てくれればいいのに。それで法子の根性を叩き直してくれればいいのに」

「あのね。こんな夜中に誰かが来るわけないでしょ」

 法子はそう言いながら窓の外を眺めていると、突然逆さまの人が落ちてきた。その若い男は途中で止まってガラス窓一枚を挟んで法子と目を合わせた。

 その男は清涼で整った顔をしていた。けれど目付きだけが酷く鋭い。

 法子が突然の事態に息を呑んでいると、窓が勝手に開き始め、男が飛び込んできた。

「失礼するぞ」

 勝手に入り込んで、法子のベッドの傍に立った男は尊大に言った。

 法子がどう対応すれば良いのか分からないでいると、頭の中でタマが叫んだ。

「気を付けろ、法子! 魔物だ!」

 途端に法子の気持ちに冷水が浴びせられ、静まった心のままに変身する。変身を終えた法子はベッドの上に立ち、刀に手をかけて男と対峙した。

「まあ、そう急くな。害を加えに来た訳じゃない」

 そう言われても、信用出来ない。それに魔物は居るだけ世界に害を与える。だから臨戦態勢を崩さずに法子は隙を窺った。

 そこにタマの声が響いた。

「あんた等魔物は居るだけで悪い影響があるんだよ」

 あれ? と法子が思っていると、男が答えた。

「ん? まだ他に? ああ、従者か。その刀だな」

「従者じゃない」

「何でも良い。言いたい事は分かる。魔力を撒き散らすからと言うんだろ。安心しろ。俺は正規の方法でこちらにやって来た。俺が魔力を撒き散らしている様に見えるか?」

「正規の方法?」

 タマが低く呟く。

 タマが続けて問い質そうとした時に、法子が先に声を上げた。

「ちょっと。ちょっと待って!」

「どうした?」

 男の言葉が響く。

 法子がそれを無視する。

「タマちゃん、今声出してない?」

「出してるけど?」

 法子が驚いて刀を見つめた。

「タマちゃんて私の心の中にしか話しかけられないんじゃなかったの?」

「別にそんな事は無いよ。ただ声を出す必要が無かっただけ」

「ええー」

 法子が声を上げた時、病室の中で呻く様な声が聞こえた。慌てて法子が振り返ると、少女が少し身じろいだ。完全に起きた訳ではないが、これ以上騒げば起きてしまう可能性がある。

 そんな事には全く頓着していない男は面倒そうに言った。

「何だか取り込んでいる所悪いがな、こっちの話をしても良いか?」

 法子が男へ掌を向ける。

「駄目。ここじゃ四葉ちゃんが起きちゃうから場所を変えないと」

 男が訝し気に眉を寄せた後、頷いた。

「確かにあまり衆目に触れるのは不都合がある。この建物の屋上になら誰も居ない。そこで良いか?」

 法子が頷くと、男が法子の手を取った。突然の出来事に法子が顔を赤らめ振りほどこうとするが、振りほどけない。男はそのまま法子の手を引いて、窓枠に足を掛け、垂直に跳び上がった。すぐに屋上へ達し、屋上の手すりを掴んで、屋上へ降り立つ。手を離された法子は慌てて男から離れる。

「それで! 何の用ですか!」

 法子が出来るだけ敵意を込めて男を睨みつけた。

 男は小さく笑って、

「その前に良いか? あんたが本当に俺の親父を倒したのか?」

そう聞いた。

 法子は意味が分からず押し黙る。

「ああ、親父っつっても分からないか。魔王って言った方が分かりやすいか?」

「あなたがあの魔王の息子?」

「そうだ」

 法子の心が再び冷える。魔王。思い出す。魔王と戦った時の事を。その強さを。そして負けた自分の惨めさを。法子はすっと男を見据えた。

「確かに戦いましたが、倒したのは別の人達です」

「何だ。やっぱりか」

「でも、あなたが仇を取りに来たのなら、私があなたを倒します」

 法子がゆっくりと腰を落とし、構える。水を差す様にタマが法子の心の内に語りかけた。

「おい、いきなり放言するな。相手はあの魔王の息子なんだろ? かなり強いはずだ。一人で戦おうとするな」

「でも」

「下は病院だぞ?」

 そう言われて、ここが如何に戦場に向かないかを悟った。だが宣戦布告は既に済んだ。今更止まれない。どうしようと法子が悩んでいると、男は敵意が無い事を示す様に笑いかけてきた。

「安心しろよ。仇打ちに来た訳じゃない。つーか、親父死んでないし」

「え?」

「戦う気は無いと言ってるんだ」

 法子は男の言葉を疑ってまだ剣から手が離せない。だが男は構えていないどころか、緊張感すらまるで無い。確かに戦おうとしているとは思えなかった。

「さて、どう切り出せばいいかな」

 男は手摺に背を預けて空を見上げる。

「こちらの世界では俺達の事を魔物と呼んで、別の世界から侵略しにくる厄介者と思っているんだろ?」

 法子は頷くか迷った。確かに人々がそれに近い感情を抱いているのは確かだ。

「だが、それは勘違いだ。俺達は別にこの世界に来たくて来てる訳じゃない。ある日突然時空の穴に落ちて、この世界に来ちまうだけだ。こっちの世界に干渉しようなんてほとんどの奴等は望んでいない」

 法子がそれに反論する。

「でも実際に人を傷つける魔物も居ます」

「それは居るだろうさ。でもごく一部だ」

「あなたのお父さんだって、暴れました」

 男は僅かに気勢を削がれて頬を掻いた。

「一応親父だって危害を加えようとした訳じゃない。ただ突然転移してびっくりしたから泣き喚いただけだ」

「泣き喚く? あれが? 随分傍迷惑な駄々っ子だな」

 タマが冷徹に言った。男は決まり悪そうに横を向いた。

「まあな。それは俺も恥ずかしく思う。つーかいつも苦労している。ただ親父が危害を加えたくて暴れた訳じゃない事は信じてくれ。元の世界に戻してくれた事も感謝していた」

 タマと男の会話が進む。

「それは分かった。ただあんたはその時空の穴に落ちた訳じゃなく、こちらの世界に自分から来たんだろ? 正規の方法でと言っていた。その正規というのも分からないけど」

「ああ。最近そういった魔術を開発してな。こちらの世界に来ても存在が安定する。そして魔力を撒き散らす事も無い」

 タマの声が鋭くなる。

「つまりいつでも魔物はこちらに来られる様になった訳か」

 男が笑う。

「だから心配するな。さっきも言った様に、俺達はこちらの世界を侵略したい訳じゃない。それに正規の方法で来る為に体を変質させるから全力が出せない。今迄だってあんた等は俺達を撃退してきたんだろ? それよりも弱い奴等が来ても問題無いはずだ」

「いずれこちらを害しにくるかもしれない。それに何よりの問題は自由にこちらに来られる事だ。大勢の魔物がこちらに来る事になる。世界は大混乱だ」

「あんたは少し人間と魔物を舐めすぎだな。そんな無意味な破壊行為に興じる奴なんてほとんど居ない」

「だが」

 タマの言葉を男が遮る。

「事実、既にあんた等の世界と俺達の世界は協定を結び始めている」

「協定?」

「そうだ。交流が出来つつあるわけだ。秩序だった行き来が出来る様にな」

「そんな事が」

「まだあまり知られていない様だな。そもそも行き来する為の魔術の開発は人間から提案してきた事なんだが。まあ、いずれはあちらだとかこちらだとかの区別なく、自由に行き来できる時代が来るかも知れない」

 タマは衝撃を受けた様で黙り込んだ。人間と魔物が組むなど、今迄魔物と戦い続けてきたタマには受け入れがたかった。一方、法子は進みゆく世の中に感銘を受けていた。仲良く出来るなら仲良くした方が良い。そんな単純な思いで興奮していた。

「それじゃあ、あなたがこっちに来たのも、交流の為に魔界の大使として来たの?」

 男がその言葉を呆けた様子で聞いた。法子が何か変な事を言ってしまったかと不安になる。

「ああ、すまん。全くもって話が逸れていた。俺がここに来た理由と交流は全く関係ない」

 法子は躓きそうになって、何とかこらえた。

「じゃあ、何の為に?」

「魔術を探しに来たんだ」

「魔術を探しに?」

 男が手摺から離れて法子の元へと歩んできた。

「俺達の国でこれから王を決める選挙がある」

「魔王って選挙制なの?」

「ああ。代表者を投票で選びだし、代表者は知力体力魔力時の運、支配者に相応しいあらゆる能力を試す勝負で対決し、勝った者が魔王になる」

「何か凄そう」

「一大イベントだ。それがもうそろそろ行われる。そして俺はそれに参加する」

「じゃあ、魔界の王様に?」

「魔界の中の一国家の王だな。この前泣きながら帰ってきた親父が辞めるとか言いやがったから、急遽次の王を選出する事になった」

「えっと……頑張ってください」

「ああ、ありがとう」

 男が法子の傍へ寄ってくる。

「まあ、その選挙、十中八九俺の勝ちだ」

「そうなんですか?」

「他の候補者と比べて能力が違いすぎる。俺の一強だ」

 法子が不思議に思う。

「じゃあ、何の問題も無いんですよね」

「いや、ある」

 男が法子の横を通り過ぎる。法子が振り向くと、男は背を向けて尚も歩いていた。

「王というのはいついかなる時でも挑戦を受けなくてはいけない」

「挑戦?」

「一定数の署名を集めた奴から挑まれれば、さっき言ったあらゆる能力を試す勝負を必ず受けなくてはいけない。どれだけこちらが不利な状況であってもだ。そしてそれに負けたら王は交代する」

「病気の時でも?」

「ああ、どんな時でもだ。さっき言った親父の引退は、こちらの世界で痛めつけられた為に、その勝負に勝てなくなったからって理由もある」

「厳しいんですね」

「そうだ厳しい。はっきり言って、どんな時でも勝つなんて俺には出来そうにない」

 男は更に歩み、もうすぐ反対の手すりに着きそうだ。

「親父はそれが出来た。それ位に圧倒的な力を持っていた。けれど今の俺じゃ無理だ」

 男が振り返る。

「だから力が欲しい」

 法子は唐突に嫌な予感がした。何か、不吉な何かが近付いている気がした。けれどそれが何かは分からない。

「力? それがさっき言ってた探している魔術?」

 どんな時にでも必ず勝つ魔術。それがどんなものかは分からないが、凄まじい威力に違いない。使えば一つの国家を破壊してしまう様なそんな恐ろしい魔術に違いない。もしもそんな物があったとして、それを目の前の男が手に入れてしまって良いのだろうか。目の前の男は悪用しないだろうか。

 法子は途端に恐ろしくなった。

「そうだ。俺が欲しい魔術は」

 男が一拍溜める。

 法子が息を飲む。

「恋の魔法と呼ばれている」

 法子は一瞬凍り付き、

「ええ!」

驚いて耳を疑った。一方男は真剣な表情で空を仰いだ。

「何でも多大な魔力を生み出す魔術なのだそうだが、いくら調べても詳細が分からん。そしてある時、その魔術は人間だけが使えるのだと聞いた」

「は、はぁ」

 法子は混乱から立ち直れない。そして混乱のまま尋ねた。

「あの、魔物の人は恋とかしないんですか?」

 男が見上げていた視線を法子へ下ろす。

「恋愛感情はある」

「あるんだ」

「ああ、種族に因るがな。少なくとも俺の種族は人間にかなり近い。人間の言う恋愛感情、あるいはそれに近い感情はある」

「じゃあ、恋の魔法だって使えるんじゃ」

「それが分からんのだ。とにかく俺達の中に恋の魔法を使える奴が要るなんて聞いた事が無い。もしかしたら特別な術式が必要なのかもしれない。とにかく全く情報が無いから、実際にこの世界に探しに来たんだ。それであんたは使えるのか? 恋の魔法を」

「え? ええ! わ、私が?」

「ああ、使えるならぜひ教えて欲しい」

「い、いえ、私は使えないです。っていうか、本当にあるのかも分からないです。物語でしか聞いた事が無いです」

「そうか。だが伝わってはいるんだな。まずはその資料を当たってみるか」

 今言った物語って漫画の事なんだけどなぁと思ったが、どう説明して良い物か分からず、法子は何も言わなかった。

 男が笑みを浮かべる。

「まあ、そんな訳であんたに会いに来た訳だ」

「え? どういう訳で?」

 まさか、私と恋をしに来たんじゃと訝しみ、嬉しいんだか怖いんだか分からない感情に晒されていると、男はあっさりとそれを否定した。

「親父を倒したと聞いていたから、さぞかし名のある魔術師なのだろうと思って教えを乞いに来た」

 ちょっと落胆する。落胆した後、何を落ち込んでいるんだと、法子は恥ずかしくなった。いきなり告白される事を期待していたなんてと、自分で自分を馬鹿にする。

「で、でも私はそんな魔法良く分からなくて。それにあなたのお父さんを倒したのも私じゃないし」

「ああ、実際に対峙してみてそれは分かった」

 そうはっきり言われると、分かっていても少し傷つく。法子が落ち込んでいると、男が後ろを向いて言った。

「ところで気が付いているか? 今向かってきている魔力に」

 そう言われて、法子ははっと神経を研ぎ澄ませた。確かに大きな魔力がこちらに近付いてきていた。

「俺達を元の世界に帰す魔術は使えるんだろ?」

 魔物を帰す魔術?

 法子は頷く。

「なら十分だ」

 法子の感じた魔力がどんどんと近付いてくる。男が法子に背を向け、手摺を前にして、遠くの月を見つめた。

「その魔術を準備してくれ」

「え? は、はい」

 法子は慌てて魔術の準備を行った。魔力の反応はすぐそこまで来ていた。

 法子が不安げに男の背中を見つめていると、男は手を掲げた。

 突然、何者かが現れる。下から跳び上がって来たと思しき何物かは、月の光に照らされてその身を晒した。良くフィクションで見る悪魔そのものの姿をしていた。その悪魔はそのまま男へ飛び掛かり、男に顔を掴まれて、勢いよく屋上に叩きつけられた。

「それじゃあ、こいつを帰してくれ」

 男が言った。法子が慌てて、魔術を発動させて、悪魔を帰す。

 悪魔が消える様子を見ていた男は、やがて法子に笑いかけた。

「ま、こんな風に、選挙に参加できない様に俺を倒しちまおうって奴等が襲い掛かってくる。こっちの世界に来たのはそいつ等から隠れる意味もあったんだが、もう見つかったみたいだな。そんな訳で、あんたの魔術が必要なんだ。俺にはこいつ等を帰す事が出来ない」

「は、はあ」

 法子が良く分からずにまごついていると、男はとびっきり明るい無邪気な笑顔を浮かべた。

「それじゃ、これからあんたと一緒に行動するからよろしくな!」

 法子はしばらくその言葉の意味が掴めずに居たが、やがて驚きの声を上げた。

「え、ええ!」

 その声と同時に、彼方で火が上がり、遅れて爆発音が響いた。

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